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始まる変革

 振動、振動……また大きな揺れ。

 大地が揺さぶられる。

 統治局本部ビルの間近のエリアで巨大な円形の鉄蓋が持ち上がり、その下から泥の塊が這い出してこようとしている。


 その偉業を目にしたミレイは思わず動きを止めて凝視していた。


「……な、何よ、あれは……」


 暴走する組織の戦闘員を次々に華麗な蹴り技で撃退していた彼女。

 たった今ミレイに蹴り倒されて自動小銃を踏み壊された組織の男。

 彼は横倒しの姿勢のまま、血だらけの顔を持ち上げても恍惚とした表情でそれを見ていた。


「創生の樹よ……新たな世界を導くものよ!! どうかっ、どうか……この穢れた時代に終焉を……!!」


 呼吸を乱して喘ぎつつ祈りと呪詛の言葉を口にする男。

 彼を見下ろしてミレイは物憂げに眉を顰める。


「何を勝手な……。今の何が穢れているんですか」


「穢れているだろうがッ! この大地が抱える数多くの病巣がわからんとは言わさんぞ小娘ッ!! 公害や森林伐採による気候変動……全部が人の手による大地の汚損だ!!!」


 狂熱を込めて男が叫ぶ。


「だからこそ我々は立ち上がったッ! この大地をリセットする為にな……!!」


「確かにそこは今後改善していかなきゃいけない点だとは思いますけど……」


 言いたいことはわからないではないが……だから世界をリセットしようなどと言い出す者と議論が成立するとも思えず内心で頭を抱えるミレイである。


 それでも生真面目な彼女は足元の男に向かって言うべき言葉を必死に模索したものの……横合いから数名の新手が現れ彼らの対処に向かわねばならなくなった。

 そして、その間にも泥の巨人は地上に這い上がってゆっくりと統治局へ向かって移動を開始している。


 泥の巨人が向かう先にはアルゴレア教授が歓迎するかのように両手を広げて待っている。


「さあこっちだ、我が子よ。このビルが新たな世界のシンボルとなる大樹の添え木だ」


 尊いものを……神々しいものを迎え入れるかのように迫ってくる巨躯を見上げている教授。

 何故この泥の巨人は教授に従うのか。

 それは本当にこの存在が正真正銘の教授の子を核として成り立っているからである。


 多国籍調査隊に参加していた時、教授は妊娠していた妻を「壁の向こう側」に埋めてきていたのだ。

 妻は公式の記録では調査中に事故死となっている。

 その場に居合わせた者たちのみで真実は秘匿され……外部には一切漏れていない。


 妻の肉体はとうに土中で朽ちているのだがその胎内の子は生き続けている。

 生まれながらに……否、生まれる前から樹海の影響を受けた新たな生命として。

 その後も何度も教授は秘密裏に壁の向こう側へ足を運んで我が子の成長ぶりを記録し研究し続けてきた。

 そして今回、彼は我が子を壁の外で「完全態」へと成長させるために連れ出してきたのだ。


 親子である教授と泥の中の児は血縁故にある程度の意思疎通が思考するだけで可能だ。


 巨大な泥の巨人が統治局本部ビルを抱き抱えるようにして取り付く。

 外壁の分厚いガラスが割れ、内部に泥が流入していく。

 泥だけではない。

 そこから伸びた樹木の幹や枝もだ。

 彼らの言う通りにビルを支えとして巨人は大樹に姿を変えようとしているのである。


 同時に周囲への浸食が開始されていた。

 ビルの周囲の舗装された近代的な地面が緑が生い茂る草地へと変貌していく。


「ああ、なんと晴れやかな気分なのだ……!! ずっと夢に思い描いてきた美しい世界が今、現実のものになろうと…………」


 パンパン、とそこで乾いた破裂音のようなものが二回続く。


「お……」


 グラッと傾く教授を周囲の組織のメンバーたちが慌てて支える。

 教授の胴を支えた男の手がべっとりと血で濡れた。


「教授ッッ……!!?」


「あいつだ……!!!」


 倒れた教授を取り巻く一人が指をさすとその先にいたのはサングラスを掛けたスーツ姿の男、クロカワ。

 彼は発見されたと知ると未だ銃口から硝煙を上げている拳銃を手に素早く建物の陰に姿を消した。


 ごふっと血を吐いたアルゴレア教授。

 彼は背中を二発撃たれている。

 そう長くはもたないであろう事は誰の目にも明らかであった。


「諸君、私のことは気にせずともよい……」


 徐々に細くなっていく呼吸と共に教授が苦しそうに言葉を絞り出す。


「新たな世界の到来はもう……約束されたような……ものだ……」


 すでに彼の眼は現実を映してはいなかった。

 到来を確信する新世界を見ていた。


「私は……緑に覆われた美しい新たな世界を……夢見て……眠ることにしよう……。どうか……諸君らも……よい、終焉……を……」


 力なく教授の手が地面に落ちる。

 最後の息を吐いて彼はそのまま動かなくなった。


 ──────────────────────────────────────


 ゼクウの放った真紅の雷を纏った巨大な斬撃『天叢雲剣(アメノムラクモ)』によって一溜りもなく崩壊してしまった地下道。

 広い空間は瓦礫で埋まってしまっている。


「いたたた……酷い目に遭ったわ」


 大きな瓦礫が持ち上がったかと思うと脇へドスンと転がり落ちた。

 下から立ち上がったのはユカリである。


「大丈夫? ルク」


 ユカリは自分の下にルクシエルを庇っていた。

 未だ意識のないエトワールを背負っているルクシエル。


「私は平気。……ありがとう」


 例を言ってユカリの下から立ち上がる青い髪の少女。

 ルクシエルは先ほど奇襲を仕掛けてエトワールを倒したのと、その後に不慣れな回復魔術をユカリに使用したのとで全身のほとんどの魔力を消費してしまっている。

 一番消耗が激しいのだ。今も顔色は悪く若干足元がふらついている。


「シズクは……」


「俺も無事だ」


 近くの瓦礫が両断され、下からシズクが姿を見せる。

 彼女を見てホッと安堵の息を漏らすユカリ。


「ハイドライドは……」


 そして周囲を見回してからユカリは僅かに表情を曇らせた。


「流石に死んでるわよね……。あんなの喰らったら」


 ゼクウのアメノムラクモはショウセイを狙って放たれた。

 あれを凌げたとも避けれたとも思えない。

 もう肉片も残っていないのではないか……そう思うユカリだ。


「ところがよ~……生きてんだよこれがよ~……」


 か細いだみ声が聞こえて思わず一同が表情を硬直させる。

 幽霊にしては太々しい口調だ。

 しかし、見渡しても周囲にはそれらしき人影はない。


「こっち? この辺から聞こえた……?」


 とりあえず声が聞こえたと思わしき位置でユカリが大きな瓦礫をどけると……。


「呆れた。あんた本当にしぶといわね」


 下にはショウセイがいた。

 だが生きているとはいえ彼は酷い有様だ。

 全身に深い傷を負って瓦礫に背を預け身を投げ出すようにしている。

 激しい出血で赤く染まっていない部分がほとんどない。

 中でも……左足は半分ほど千切れてしまっていた。


 辛うじて息はあるという状態か。


「あん時にぶっ放したのが『飛燕(ヒエン)』だったからよ~……。あれじゃなきゃ死んでたな~」


 飛燕とはショウセイの使う秘剣の一つ。

 高速の居合切りからの戻り刃が発生する二段階攻撃だ。


 その返しの一閃による二撃目が彼の命を救った。

 二発目がアメノムラクモとぶつかり合ってその威力を僅かに削いだのだ。

 その僅かな相殺がショウセイの生死を分けた。


「とはいえこのザマだ~。俺はもうしばらく使いモンにはならねぇ。ここへ置いていけよ~。ゼクウ(ヤロー)地上(うえ)に向かったぜ~……追いかけろお前ら~」


 やはりゼクウは地上へ向かっていた。

 息の根を止めたことを確認していかなかったのは彼にこの場で決着をつける気がないからだろう。


 ショウセイのすぐ近くに片膝を突いたルクシエル。

 その手を左足の傷に向ける。回復魔術を使おうとしているのだ。


「よせ! やめろ~無駄な事すんじゃねえ~」


 顔をしかめたショウセイが強い調子でルクシエルを制した。


「この先も何あるかわかんねーんだぞ~。こんなトコで魔力を無駄遣いすんじゃねえ~。脱落したヤツなんざ放っていきゃいいんだよ~」


「……………」


 ルクシエルの肩にユカリが手を置いた。

 納得したのか彼女は無言で立ち上がる。


「いいか~。ヤツは確かにべらぼうにツエーがよ~、打つ手がねーわけじゃねえ。冷静にやれよ~頭使ってなぁ~……必ず付け込むスキがあるからよ~」


「わかってます。……えらっそーに」


 ショウセイのアドバイスに膨れるユカリ。

 フグのように頬を膨らませてる彼女を見て口髭の男はニヤリと笑う。


「流石に……少しくたびれたなぁ~。俺は眠ってくぜ~。目ぇ覚ましたら世界がジャングルでしたってのは勘弁してくれよな~」


 そう言って……ショウセイは項垂れて動かなくなった。


 ユカリがルクシエルとシズクを見る。


「行きましょ。あの男を止めないと……」


 その言葉に黙って肯く二人であった。


 ───────────────────────────────────────


 泥の巨人から伸びた巨大な樹木が統治局の本部ビルを内側から突き崩しながら空へ向かって伸びていく。

 その大樹が枝葉を伸ばせばそれに呼応するかのように世界は切り替わっていく。

 石と鉄の近代都市から原初の樹海へと……。


 そんな少しずつ大樹に変貌していくクリスタルタワーのすぐ近くに激しいエンジン音を立てて一台の車が猛スピードで突っ込んできた。

 滑らかな曲線で構成されたボディーの黒いスポーツカーだ。


 停車した黒い車。

 助手席のドアが開くと翡翠の色をした髪の少女が飛び出してくる。

 黒いワンピーススタイルのアムリタだ。


「ちょっと、リュアンサ……やっぱり貴女のこの車、乗り心地悪いわ」


スポーツカー(こういうクルマ)に快適さを求めんじゃねェって。ロマンに全振りしてる車なんだからよォ」


 渋い顔をしているアムリタに対して運転席から降りてきたリュアンサは涼しい顔だ。


「もうあんなに大きくなっちゃってる……!! 急いで鎮めないと」


 大樹を見上げて頬を引き攣らせるアムリタ。


「……あのサイズをアタシら二人でやれっかァ?」


「できるできないじゃないでしょ。やらなきゃ!!」


 流石に顔をしかめているリュアンサを促して走り出すアムリタ。

 そのすぐ目の前をカーキ色の軍服の男が横切る。


 そして……双方が動きを止める。

 一瞬世界に静寂が訪れる。

 まるで時が息を飲んだかのようにだ。


「意外な場所で会うものだ。西方の魔女よ」


「……魔人ゼクウ!!!! 何で……何で貴方が生きてるのよ!!!!」


 自分を見て冷たく目を輝かせる軍服の男に悲鳴に近い声を上げるアムリタであった。


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