始原の児
我武者羅に斬りかかって……。
そして、その全てが捌かれる。
もう何十回……何百回も。
同じことを繰り返して同じ結果。
無駄。無意味。効果なし。
一瞬たりともその事は意識しない。
「……………!!」
必死のユカリ。
声なき叫びを発しながら彼女はもう無呼吸のまま三分近く攻撃を続けている。
彼女自身気が付いていないが……。
その攻撃はほんの僅かに、少しずつ少しずつ加速していた。
もうあとほんの……。
0,01秒程度の加速で……。
「ヌ……」
ゼクウの頬に細く短い赤いラインが引かれた。
薄っすらと滲んだ赤は血の色。
「よく来た」
自らに百年ぶりに傷を付けた女を見て静かにゼクウは口にする。
憤怒もなく狂喜もなく……淡々とした口調で告げる。
「ここが天頂だ。お前の名を聞こう」
翳したサーベルを持っていない左の手。
放たれた衝撃波がユカリを数m弾いて後退させる。
「近所で……評判の美人店主の、壬弥社ユカリさんって私のことよ!!」
踏み止まって叫んだユカリ。
剣の柄を握り直して再度彼女は貨車の縁を蹴って飛翔する。
「ヨロシク……は、別にしてくれなくていいけどッッ!!!」
……何かが見えた。
あの男の言う通りに奴の世界の入り口にようやくつま先を掛けることができた。
この感覚をはっきりと自分のものにできれば。
ユカリの一撃を頭上に地面と水平に掲げた軍刀でゼクウが受け止める。
「俺はゼクウ……その外にも数多の名を持つが……」
ギリギリと軋んで火花を散らす二つの刃。
その下の顔……口元が僅かに笑みを浮かべる。
「最も旧い時代には嘉神征崇と名乗っていた」
「はァ……!!?」
ユカリが思わず驚愕して目を見開いた。
叩き付けた剣を持つ手に力を入れて飛び退る。
何を言われようがもう言葉で動揺させられることはないと思っていたが……。
流石に今の名乗りはハイそうですかとは聞き流せない。
世界史を学んでいて今の名前に聞き覚えのないものはほとんどいないだろう。
嘉神マサタカ……乱世だった皇国を統一し龍皇幕府を開いた開祖。
初代将軍征崇。
「大権現さまだっていうの? あなたが……?」
「自分でそう名乗ったことはないがな」
マサタカは現在では軍神として将軍家……嘉神家の菩提寺に祀られている。
……事実であればこの男はミレイの先祖だという事だ。
「あの時代はよかったぞ……実に」
そう言ってゼクウは軍帽の下の眼差しを遠くへ向ける。
「俺は数多の豪傑たちが鎬を削り覇を競い合った時代の生き残りだ。全ては終わり皇国には俺の敵はいなくなったが俺の魂は猛ったままだった。それを鎮める為には更なる敵が必要だったのだ。だが……周囲はそれを許さなかった」
知りたくもない歴史の真実を知ってしまった。
重苦しい気分になるユカリ。
後世には英雄として……類まれな名君として伝えられているマサタカ公の本当の姿。
この男は乱世を終わらせようとして戦ったのではなく……戦国の世を満喫していたら誰も自分の相手になる者がいなくなってしまったのだ。
「家族であったはずの者たち、友であったはずの者たち、臣下であった者たちの手によって俺は大地の底深くに封印され眠りに就いた。酷い話だ。そうは思わないか? ユカリ」
「……………」
何とも、返答のしようがない。
当時を見てきたわけでもなく、一方の話を聞いただけの状態では。
「俺のほうも奴らを家族とも友だとも思ってはいなかったがな。それを読まれていたようだ」
……冷たく笑ったゼクウのその言葉こそが、彼を裏切ったとされる人々の行いが過ちではなかった事の証左なのだろう。
「それから数百年が経ち、ある者が俺の封印を解いて現世に蘇らせた。早速大暴れしてやろうと思った矢先に……。まあ、この話はいいか。長くなる」
ゼクウはその復活に備えて皇国が手配していた大勢の超人たちによって倒され海に消えた。
死んだとされていたものの実際には記憶を失って生きながらえており……それからまた十数年の時を経て記憶を取り戻し完全な復活を果たした。
そして……彼は二度に渡る失敗を、敗北を経て考え方を変えた。
戦国でもない現世で無駄に名乗りを上げて己の存在を誇示した所で厄介ごとが増えるだけで思うように事は進められないと、そう思い至ったのである。
「会えて嬉しいぞ。壬弥社ユカリ」
言葉とは裏腹に笑顔もなくゼクウは低い声で言う。
「俺はお前に会いに来た。世界の危機はその為の舞台だ」
「迷惑過ぎるでしょーが! 巻き添え食らう人のこと考えなさいよ……!!」
本心から迷惑そうに叫ぶユカリ。
強者を炙り出すためにそこまでするか。
力加減を誤って世界が滅ぼうがどうでもいいのか……この男には。
「取るに足らんものに目を向けるな。上だけを見ろ。武の高みは果てしないぞ」
「あぁ、もーダメ。全ッッ然話嚙み合わない。分かり合える気がまったくしない!!」
再び……攻防が始まる。
二つの刃がぶつかり合う刃が激しく鳴り響く。
「ならば俺を否定してみせるがいい!」
「ぎゃー!! 無敵の論法止めてよね!!!」
結局……どうあがいてもこの男と殺し合わなくてはならない。
思う壺だ。
泣きそうなくらいそれが悔しい。
「……ッッ!!!??」
不意に伸ばされた白手袋のゼクウの右手がユカリの喉を鷲掴みにした。
「が……ッ!!!! ぐグッッ……!!!」
メキメキと音を立てて首に食い込んでいく指先。
苦し気に呻くユカリの両足が浮き上がる。
片腕で彼女を持ち上げた軍服の男が更なる力を手に込めた。
「我儘を通すには力が必要だ」
ユカリの首を締め上げながら冷たく瞳を輝かせるゼクウ。
締め上げるというか……このままへし折るつもりか。
「俺を前にして我を通したいのならそれに相応しいだけの力を示してみるがいい」
「……!! ……ッ!!!!」
必死にもがくユカリ。
ゼクウの右手を両手で掴み、振り子のようにぶら下がった足を一度後方に引く。
「ンがーッッッ!!!!」
反動でゼクウの右手を蹴り上げるユカリ。
だがその蹴りでも彼は腕を離さない。
そう思った次の瞬間……。
「……!!」
素早く手を放してその腕を引いたゼクウ。
一瞬前まで彼の腕が伸びていた空間に走った銀閃。
「よォ~……まだ生きてるみてーだなぁ~。命冥加で何よりだ~」
……ショウセイだ。
スタジャンを着た口髭の中年男がニヤリと笑う。
彼は貨車に飛び乗りつつ刀を振るったのである。
投げ出されたユカリはシズクが受け止めている。
二人とも完全回復には程遠い状態なのだろうが……。
それでも幾分かは復調して追い付いてきてくれたのだ。
戦線に復帰した二人に鋭い視線を向けるゼクウ。
「揃ったか。では第二幕と……」
言い掛けてゼクウの言葉が止まった。
ゴオンと大きな音を立てて列車が止まったのだ。
いつの間にか列車は大きな円形の空間に到着していた。
この広いフロアは上に向かって吹き抜けになっている。
長く大きな円形の縦穴の底なのだ。
「その前に河岸を変える必要があるな」
軍服の男が目を閉じる。
「終点だ」
その言葉は周囲に不気味な静けさを呼んだ。
終着点……。
では、この上が統治局の本部ビルなのか。
ズズズズ……と、重苦しい何かを引きずるような音を響かせて列車が揺れる。
いや、揺れているのはフロアそのものか。
何かが貨車から……幌の下から隆起しようとしている。
起き上がろうとしているというべきか。
(……泥?)
周囲に漂い始めた異臭に眉を顰めるユカリ。
湿った土の匂いに似ている。
「飛び降りるぞ」
ユカリの腰に手を回して小声で言ったシズクが貨車を蹴って床に降りる。
「目覚めの時だ。始原の児よ」
縦穴を見上げているゼクウ。
ブチブチと幌を押さえていたロープが千切れ……その下からそれはゆっくりと起き上がる。
……泥だ。
泥の巨人だ。
焦げ茶色の泥でできたボディの巨大な人型である。
体表の一部には水草が生えていたり大きな岩が覗いている。
人型をした湿地帯のようなものだ。
緩慢な動作で腕を持ち上げた巨人が縦穴の外壁に取り付く。
そしてどういう仕組みなのか、べったりと壁面に張り付いて上昇を開始した。
穴から地上を目指すつもりだ……!!
「なんだか知らねーがよ~……ボーっと見てるわけにもいかなそうだなぁ~」
大きく刀を振るうショウセイ。
彼にしては珍しい飛び道具。
衝撃波のようなものを発生させる斬撃か。
「そうはいかん……。今少しの間お前たちには傍観者でいてもらおう」
……だがそれは横合いからゼクウが放った紅い雷撃に撃ち落されてしまう。
「少し腰を据えて楽しめ。この世の瀬戸際など、滅多には見れんぞ」
「そーしてぇのは山々だがよ~」
納刀したままの刀を体の前に縦に構えるショウセイ。
「……俺ぁアマノジャクでよ~。順調に進んでるモンを見るとどーにも引っ掻き回してやりたくなるんだよなぁ~」
……地走リ。
以前ユカリが見切ったものともエトワールが受け止めたものとも違う。
本当の、本気の一閃。
ゼクウは軍刀でそれを受け止めたが、殺しきれなかった一撃は軍服の手首の近くを切り裂いていった。
鮮血が宙に舞う。
その空中の赤い雫の向こう側でゼクウが口の端を上げる。
「……ククッ」
「嬉しそーな顔してんじゃねえよ~! 人のご自慢の一撃を涼しいカオして受け止めやがってよ~!!」
喉を鳴らして笑ったゼクウ。
そんな彼に向ってショウセイが顔を顰めている。
「紛れもない本物の武人の一太刀だ。喜ぶなとは酷なことを言う」
「あ~そーかい。お褒めに預かりキョーエツシゴクってか~?」
ぐぐっと腰を低く落とし刀の鞘の鯉口付近を持つショウセイ。
再びの居合の構え。
だが地走リのそれとはフォームが異なっている。
「だったら気持ちよく喰らって真っ二つになってくれりゃこっちも楽でいいんだがよ~……!」
「そうなることもあるだろう」
目を閉じるゼクウ。
「お前の武が俺の武の上を行くのならばな」
鞘走ったショウセイの刀。
白刃が煌めき迫る斬撃を前に軍服の男が手にしたサーベルを構える。
轟音を立ててサーベルの刃に集まる赤い雷。
「……覇王の一撃を受けてみるがいい」
それは皇国の乱世を終焉に導いた一撃。
数多の英傑たちを破り屠ってきた一閃。
「『天叢雲剣』」
そして……。
一瞬の静寂の後に巨大な赤い光の刃がフロアを薙ぎ払い、周囲は一たまりもなく崩壊していくのだった。




