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赤い雷

 薄暗い巨大な通路を緩やかに列車が進む。

 この世の終わりと、新たな世界の始まりを積んだ列車が進む。

 殊更に速度を落として走行しているのはゼクウの指示だ。

 その指示を受けた者たちは命令者の真意を考察することもなくただ盲目的に従っている。


(つまらん時代だ)


 車上の男が声には出さずに呟いて嘆息する。


 技術が発展して万事が便利になった。快適になった。安全になった。

 ……だが、失われてしまったものもある。


(行儀よく小奇麗に整いすぎている)


 ゼクウは遠い昔……自分の生まれた時代に思いを馳せる。

 粗野で雑然としていたが熱を帯びた力強さのあった時代……戦国の世を。


「お前たちも世が世であれば英傑として知られた存在であったろう」


 そして……軍服の男はゆっくりと後ろを振り返る。

 カーキ色のマントが風に煽られる。


「いやぁ……別に私、そうなりたいと思った事ないから」


 急に話を振られて怪訝そうな表情を見せたのは……貨車に這い上がってきたユカリだった。


 追い付いてきたのだ。

 内側がボロボロになって満足に剣を握る事も出来なくなったはずの腕……それが今はしっかり元の通りに動かせているようだ。


「英雄や救世主とはなろうと思ってなるものではない」


 サーベルを抜き放つゼクウ。

 冷たく輝く切っ先をユカリに向けて男は小さく笑う。


「気が付けばそのように生きているものだ。……まさしく今のお前のようにな」


「私はお友達を迎えに来ただけなの。今やってるこれはついで、オマケ」


 イヤそうに言って貨車の上にユカリが立つ。

 そして彼女は剣を構える。


 巨大な棺の上で対峙するユカリとゼクウ。


「ならば、ついでで世界を救ってみるがいい」


 冷たく目を輝かせるゼクウ。

 真っ赤な……まるで血のような色のオーラを軍服の男が噴き上げる。


 ……………。


 ……五分前。

 遠ざかっていく列車を無言で見送りながら動かない……動けないユカリたち。

 最後の最後でとんでもない化け物が出てきてしまった。

 ここまで相手が途方もないと思考も気力も麻痺してしまったようになり俄かに動こうという気にもなれない。


「ユカリ、両腕を見せて」


 そこへ小走りに駆け寄ってきたのはルクシエルだ。


「ルク……」


 驚きつつもユカリは素直に両方の腕を差し出した。

 何をする気なのかはわからないが彼女が見せろいうのならユカリは黙ってそうするだけだ。


 片膝を突いて腰を落としユカリの両腕を手に取るルクシエル。

 真剣な目つきだ。それに緊張しているようにも見える。

 彼女が意識を集中すると淡い水色の光がユカリの腕を包み込んだ。


「え……凄い」


 思わず呟いてしまった。

 暖かい魔力に包まれて両腕が癒えていくのがわかる。

 ……治療魔術だ。

 これもルクシエルの『加護の力(ディバインフォース)』の一つ。


「覚えたてだから……上手くいくか、わからないけどッ」


 魔術を行使しているルクシエルは汗を流して苦し気な表情だ。

 専門の治癒術士(ヒーラー)ではない彼女……不慣れな魔術を使っているので魔力、体力共に消耗が激しい。


「効いてる効いてる。……すっごい治ってるよ!」


 両腕を動かしてみるユカリ。

 まだ僅かに違和感のようなものは感じるが戦闘可能な状態にまで腕を回復する事が出来た。

 そして、ルクシエルは地面に手を突いてぜいぜいと呼吸を乱している。


「あの子は……私が背負ってくから……」


 ルクシエルが意識を失って倒れているエトワールを見る。

 そして彼女は視線をユカリに戻した。

 二人の視線が交錯する。

 かわす言葉もないほんの数秒間の事だったがそれでも伝わるものがある。


「行って……ユカリ!」


 肯いてユカリが立ち上がる。


「……悪ぃな~、俺はもうちょい呼吸を整えてからいくぜ~。とにかく時間だけ稼いどけ~」


 未だ座り込んだままのショウセイとシズク。

 特に……ショウセイの消耗が激しいようだ。

 何しろ彼は先ほどの一戦で何十発もの魔力消費の激しい大技を使ってしまっている。


 シズクも無言のまま、申し訳なさそうな視線をユカリに向けた。

 二人とも動けないわけではないが、疲労困憊の状態でゼクウに立ち向かっても無駄にやられるだけだと理解している。


「何とかやってみるわ。上手くいくか自信ないけど……」


 苦笑して列車が向かったほうへと走り出すユカリ。


 ……………。


 そして今、ユカリはゼクウに追い付き貨車へと上がってきた。

 長い時を生きてきた血の色の魔力を纏った魔人に彼女が立ち向かう。


 舞い踊るように高速でゼクウの周囲を移動しつつ嵐のように攻撃を繰り出すユカリ。


 だが表情を変えないゼクウはその全てをサーベルで受け流してしまった。

 全部本気の攻撃なのに。

 フェイクもフェイントも一切混ぜていないのに。

 どさくさに紛れて足元の幌の下の「何か」を破壊してやろうかとも思ったがそれも無理そうだ。

 積み荷へのフォローまで完璧にこなされている。


 これまで「格上」の相手とも何度も戦ってきている。

 しかしこれほど実力の差がある相手は初めてだ。

 正直「とんでもなくヤバい」という事だけがぼんやりとわかるだけで相手の強さに関してはピンときていないユカリ。

 遠すぎてまだこの男の実力を測れるレベルに到達していない。


「今一つだな。その程度では俺を傷付けることはできんぞ」


 ゼクウはそう言いながらユカリに左の掌を向けた。


「……!!!」


 轟音が響き渡り白手袋の左手から放たれた紅い雷。

 空間を引き裂くかのように真横に走ったそれをユカリは横に身を投げ出すようにして何とか回避する。


「っく~……!!」


 掠ってさえいないのに……。

 間近を通って行ったというだけで余波で全身を殴打されたような衝撃とダメージ。

 これを雑に連打されるだけでも自分は倒されてしまうだろう。


(痛い! 辛い! おうち帰りたいッッ!!!)


 口を開けば怒涛の泣き言が溢れ出てしまいそうだ。

 これはキツい。キツ過ぎる。

 運命の神様もとんでもないババの札を自分に回してきたものだ。


「でもまー……私がやるしかないか~」


 ふっ、と引き攣り笑いを浮かべユカリはゼクウに向けて剣を構えた。

 銀色に輝く刀身にまで鼓動が伝わっている。


「少しいい目になってきたな」


 ゼクウの厳めしいへの字口が薄笑みに変じた。

 ようやくわずかに自分に興味が向いたのか。


(こんなのどうにかしようと思ったら奇跡に頼るくらいしかないんだけどさ……)


「俺を糧に高く跳んでみせろ。奇跡など……命を、全てを燃やし尽くした先にしかないぞ」


 まるでこちらの心を読んだかのようにゼクウが言った。


 ──────────────────────────────────────


 地上、統治局本部ビル周辺。


 散発的に銃声や爆発音、そして怒号が響いている。

 退避する統治局局員たちとそれを警護している保安課の戦闘員たちを『緑の聖域(グリューネ・オアーゼ)』の武装メンバーが襲っているのだ。


 組織の計画はここでの戦闘は含まれていない。

 戦闘は妨害があった場合の応戦のみであったはずだ。

 計画を完遂すれば全ての人間は新しい世界に適応した存在に変り果てるか死ぬかのどちらかである。

 わざわざ戦闘をする意味がない。


 だが自分たちの理想の実現を目前にして興奮状態に陥った一部のメンバーが勝手に攻撃を仕掛けてしまい、それを相手の抗戦があったと勘違いした別のメンバーがさらに戦闘を仕掛け……。


 軽挙妄動と誤解が絡み合って戦線は拡大していく。


(馬鹿なことをしている……)


 そしてその様子を一人眺めているスーツ姿の顔を包帯で覆った男。

 リゼルグだ。


 今更組織に加勢する気にもなれず冷めた目で彼が状況を眺めていると……。


 突如自分のすぐ目の前に一人の少女が滑り込むように姿を現した。


「何よこれッ! 何でこんな事になってしまっているの!!」


 状況を目視し、何やら少女は怒っているようだ。

 ベージュのコートを着た……学生か?

 栗色の長髪の凛とした美少女。


 それはニュースを見て屋敷を飛び出してきた比良坂ミレイであった。


 彼女を見て包帯の間の目を細めるリゼルグ。


 ……超人(オーバード)だ。

 身に纏った魔力(オーラ)でわかる。


「そこの貴方!」


 その少女が急に自分に顔を向けた。


「手を貸して下さい! この馬鹿な騒ぎを終わらせます!」


 真っすぐに自分を見据えて強い調子で言うミレイに若干鼻白む。

 よくまあ見ず知らずの、しかも今の自分のような異様な面相をした男に臆さずに声をかける気になるものだ。

 中々の魔力量の娘ではあるが戦闘に関しては素人に毛が生えたレベル。

 所作でそれを読み取るリゼルグ。

 自分がその気なら数秒で絶命させられる相手だ。


 ふぅ、と冷めた吐息を漏らす包帯の男。


「お断りしますよ、お嬢さん。私には関わる理由がない」


 まさか自分が今騒ぎを起こしている組織の一員だとは思っていないようだ。

 喧騒から一人離れて佇んでいたので通りすがりの傍観者とでも思われたか。


「理由? だって貴方……超人(オーバード)なのでしょう?」


超人(オーバード)だから何だと言うのです?」


 怪訝そうに眉を顰めるミレイに、冷めた無表情のままのリゼルグ。


「理由ならそれだけで十分です。私たちは普通の人たちと違ってこれだけの力を持っているのよ。その力を困っている人の為に使えないのなら生きている意味がないわ」


「……………」


 迷わずに言い切った。

 自分を射抜いている強い視線から彼女が本気でそう思っていることがわかる。


 ……笑ってしまうような青臭い理想論だ。

 自分のように斜に構えた者でなくとも賛同者はそう多くはあるまい。

 世間とは、他人とは……それだけの価値があると、自分たち超人(オーバード)が無償の奉仕を捧げるに値するようなものだとこの娘は本気で思っているのだろうか?


 だが、どういうわけか……。

 思考と感情に反して鼻で笑う気にはなれない。

 ずっと、遠い昔に自分にもこんな時代があったような気がする。


「自分も色々と訳ありでしてね。戦闘に加わるのは御免です」


 ハァ、と嘆息してからの自分の言葉にミレイが瞳を曇らせる。

 自分は既に精神的には離反した身だが、それでも流石に組織のメンバーを自分の手で傷付けられるほどの割り切りはないのだ。


「……ですが、戦闘以外でしたら。救助なら少々お節介を焼くことにしましょうか。どうせ暇している身ですから」


「!! それで十分よ!! 行きましょう!!」


 一転して顔を輝かせ、戦闘が起こっている方向を指さして力強く言うミレイであった。


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