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魔王

 高速で無数の光の矢が飛来する。

 通常、このレベルの破壊力の魔術は速射できない。連打もできないはずだ。

 だというのに目の前の少女はそれを何でもない事のように実行してくる。

 命中すると爆発するその魔術を必死に剣で振り払うユカリ。

 それでも間近で発生する小爆発の衝撃は少しずつ彼女にダメージを蓄積させていた。


(だーッ!! ヤバい! マっズい! 負けそう!!!)


 焦燥感に駆られて内心で歯噛みするユカリ。

 自分は……エトワールを殺せない。

 それどころかなるべくなら大怪我もさせたくない。

 立ち回りは大幅に制限されている。


 一方のエトワールは一切の容赦がない。

 自分含め一切合切を終わりにしようと思っている彼女は手心を加える理由がない。

 それどころか、愛した相手を自分の手に掛ければ永遠に独占できる……そんな暗い喜びさえ感じている節がある。


 ……改めて実感する。

 手加減して勝てる相手ではない。


(このままやってたら削り殺されちゃう。一気に……いくしかないか)


 エトワール・ロードリアスは武術と魔術の天才。

 彼女は非常に高度なレベルで二つを両立させているが、武術のみならばまだユカリに一日の長がある。


 最速最強の一撃で彼女を倒す。

 死なせたくはないがもうここから先は自分と彼女の運命は天に委ねるしかない。

 このまま続けていたら負けて死ぬのは自分の方だ。


「……!」


 空気が変わったことを相手も察したらしい。

 エトワールは一瞬瞳を揺らして表情を引き締める。


 音が消える……。

 ユカリの踏み込みが床を砕いて破片を後方へ散らした。

 神速でエトワールの間合いを侵略する。


『雷霆』……ユカリの渾身の一撃が、神速の斬撃がエトワールの鎖骨の辺りに命中して……。


「あ……ぁッ」


 悲痛な声を漏らしたのは攻撃側のユカリの方で。

 やっぱり、エトワールは攻撃を避けようとはしなかった。


 視線が交錯する。


 笑っている……エトワールが笑っている。

 幸せそうな微笑みを口元に浮かべている。

 対するユカリは泣きそうなのに。


「んっぎぎぎぎぎぎぎ……ッ!!!!」


 剣が彼女の体に飲み込まれていく。

 吹き出す鮮血の中で必死にユカリが攻撃を止める。

 無茶を強いた彼女の両腕から何かが裂ける嫌な音が響いた。


「……あ~ぁ」


 心底残念そうな声を出すエトワール。

 決着の一撃を無理に止めたユカリの両腕が壊れた。

 腱が裂けた。この戦闘中にはもうこの負傷は元に戻せない。


 赤い飛沫を散らしながらユカリの剣が床に落ちた。

 しばらくはそれを拾い上げることもできないだろう。


 もう、打つ手がない……。

 絶望感で目が眩む。


「……っ」


 そのユカリの視界に……。

 背後からエトワールに飛び掛かった青い髪の少女の姿が。

 ルクシエルの姿が映った。


 割って入る気だ……!!


「……あたしとおねーさんの時間を邪魔すんじゃねー」


 ギリッと奥歯を鳴らすエトワール。

 振り返らなくても彼女もその奇襲に気付いている。

 漏れ出た呟きにはこれまでにない苛立ちと憤怒が滲んでいた。


雑魚(オマエ)の出番なんてこれっぽっちもねーんですよ!! それがわかんねーんですかねッッ!!!」


 振り返りながらエトワールは刀を振るった。

 怒りに任せた雑な一撃。だが相手を絶命させるには十分すぎる威力を秘めた剣閃が背後の少女を強襲する。

 鋭い切っ先が……ルクシエルの胴体に炸裂した。

 声なき悲鳴を上げるユカリ。


 だが、ルクシエルの表情は変わらない。

 冷静にエトワールを視界に捉えている。


「……あんただけのユカリじゃないから」


 ルクシエルの胸の前にはぼんやりと青く輝く半透明の六角形の障壁(シールド)があった。

 その障壁が……『聖なる盾(イージス)』がエトワールの一撃を受け止めている。


「な……ッ!!??」


 エトワールが目を見開いて硬直する。

 その瞬間、鞘に納めたままの長剣でルクシエルが思い切り彼女の頭を殴打した。


 エトワールの視界が、思考が激しく揺さぶられる。


「お前……なんか、に……」


 口惜し気に掠れ声を発して……そして昏倒した少女はその場に倒れて動かなくなった。


「ごめん、横槍入れた」


 申し訳なさそうに言って視線を伏せるルクシエル。


「ううん。助かった~。殺さないで勝つの無理そうだったから途方に暮れてた」


 満足に動かせなくなってしまった腕を、振るえる腕を伸ばしてルクシエルを抱き寄せるユカリ。

 そしてそのまま彼女をぎゅっと抱き締める。


「ルクは……頼りになるなぁ」


 胸の中に収めた青い髪の少女の頭をユカリが優しく撫でる。

 ルクシエルは無言だったが僅かに表情を緩めてはにかんだ。


 寄り添う二人。

 だが穏やかな時間は長くは続かない。

 やがて聞こえてきた低い振動音に二人は身を離す。


 列車が……近付いてくる。


 やがて姿を現す巨大な車体と……。

 そして、その上に立つ皇国の古い時代の軍服姿の男。


「……………」


 全員が無言だ。

 その男と面識のある者はいない。

 誰もが言葉を失って立ち尽くしていた。

 あの普段は飄々としているショウセイでさえも「はぁ?」という表情のまま固まってしまっている。


 現実味がないのだ。

 目の前に現れた男の存在が、である。

 まるで悪い夢を見ているようだ。

 子供のころに見た、自分ではどうすることもできない恐ろしいものに追われる夢。

 そんな悪夢の「どうにもできないもの」をこの男は想起させる。


「三人ともやられたか」


 カーキ色のマントを靡かせた男が低い声で言う。冷たい視線を眼下に向けながら。


「意外だな。もう少し混戦になると思ったのだが……」


 唸って彼は腕組みをした。


「あぁ、そうだ。まずは名乗るべきだったな……」


 思い出したように息を吐き、そして。


「俺はゼクウだ。見知り置くがいい」


 顎を僅かに上げて名乗った男が口の端を上げた。


 ……悪い冗談だ。

 ルクシエルを除いた三人が僅かに顔を顰めた。

 東方に馴染みのあるその三人にとっては初めて聞く名前ではなかったからだ。

 ゼクウとは皇国の神話の魔王の名である。


「あなたが……」


 両手をだらんと下げたユカリがゼクウに鋭い視線を向けている。

 怒りの炎を宿した彼女の瞳が頭上の軍服の男を映している。


「お前が……火倶楽を滅ぼそうとしているの?」


「俺の企画ではない。楽しそうだから乗ったがな」


 そう言ってゼクウは自分の足元を見下ろす。


「俺の足の下にある()()が全ての終焉を導く鍵だ。お前たちがこれを破壊する事が出来れば我々の計画は失敗に終わる」


 自分の顔の前で白手袋の手を拝む様に重ねるゼクウ。


「非常に単純(シンプル)でわかりやすいルールだろう。さあ、来るがいい……俺の知らぬ英傑たちよ。俺はお前たちに会うためにやってきたのだ」


 その言葉が終わり切る前にゼクウの左右にそれぞれ舞った二つの人影。

 シズクが……そしてショウセイが魔王を名乗った男に斬り掛かる。


 ゼクウが左手で腰に帯びた軍刀(サーベル)の柄を逆手に握った。


「……チッ」


「怪獣か~お前はよ~……」


 そして、攻撃側の二人は絶望の吐息を吐いて顔を顰める。

 ゼクウは|軍刀を半分程度鞘から抜いて覗いた白刃で二人の刃を受け止めていた。


「物足りん。それで全力か? もう少し死に物狂いになれ」


 空いている右手を持ち上げて翳すゼクウ。


『……!!!』


 危機を察した二人が同時に飛び退ろうとするが……。


 それよりも早く生じた衝撃波が二人を車上から吹き飛ばした。


「……ぐッッッ!!!!」


「いっでェなあ~……!!!!」


 血を流しつつも空中で辛うじて体勢を立て直し、足から着地するシズクとショウセイ。

 そのままゼクウは持ち上げたままの右手を下のユカリに向ける。


「!!!」


「……お前は両腕が駄目なのか。仕方のない奴等だな。少し時間をやろう。回復してから追ってこい」


 小さく嘆息するとゼクウは攻撃する事無く右腕を引いた。


 列車が通過していく。

 ユカリたちの前を殊更にゆっくりと。

 車上のゼクウはもう自分たちの方を見ていない。

 興味を失ったかのように前方を見据えている。


「追ってきて……それで少しは遊べるようならその時にお前たちの名を聞こう」


 今の段階ではこの場の誰の名も自分の記憶に残すには値せず……そう告げて列車と共にゼクウが闇の中に消えていく。


 誰もが言葉もなく……その場に立ち尽くしたまま遠ざかっていく列車を見送るしかできなかった。


 ────────────────────────────────────


 火倶楽中心部、煌神町の一角にある高層マンションの一室。


 食卓を囲んでいるのはエメラルドグリーンの髪の美少女……魔女アムリタと赤いショートヘアのツリ目の美女リュアンサ。

 この部屋は二人が暮らしている部屋だ。

 と言ってもアムリタはジェイドとしても別の住まいを持っていて普段はそっちにいる事が多い。

 リュアンサも職場に泊まり込むことが多いのであまり利用されていないこの部屋であるが、それでも二人は予定を合わせて週に一度か二度はここで一緒に食事を取って夜を明かす。


「おソース取ってくれる?」


「あァン? ソースかけるようなモンねェだろ……?」


 怪訝そうな顔をしながらもアムリタにソースの容器を渡してやるリュアンサ。


「私、エビフライはソース派だもん」


「あァ、そういやァそうだったな。……フッ、アタシらは何でも価値観を共有して分け合ってやってきたが……そこだきゃァ相容れねェな」


 楽し気にギザ歯を見せて笑うリュアンサ。

 彼女はエビフライはタルタルソース派なのであった。


「さァて、明日のお天気は~っと」


 アムリタにソースを渡してやってからテレビのリモコンを手に取ったリュアンサが電源を入れた。


 すると、大画面に突然緊迫した様子のスーツの腕にジャンパーを羽織った七三分けの男のドアップが映し出される。


『ご、ご、御覧頂けておりますでしょうか!! 現地からリポーター、中野原(なかのはら)ショーゴがお送りしておりますッ!! ここから先は閉鎖されており進むことができません!!』


 必死にマイクに向かって叫んでいる男の背後に映し出されているものは統治局の本部ビルだ。

 夜景に浮かび上がる巨大なクリスタルタワー……そのガラスの壁面に時折映る紅い光。

 ……爆発か?


 遠くにはビルから逃げ出したらしい人々が避難していく様子も映っている。


「ありゃりゃ、えれー事ンなってんなァ」


「ンぐッッ……!!? けほッ! な、何よ……これ。何がどうなってるの?」


 喉に詰まりかけたエビフライを無理やり飲み込んで立ち上がったアムリタ。

 その彼女の前でカタンとソースの容器がテーブルに倒れたのだった。


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