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世界樹の苗木

 火倶楽市の地下を走る巨大な空洞……放棄された大トンネル。

 十年以上の時をかけてそこには下水道の補強工事という名目で組織の息のかかった業者が張り込んでレールと敷設してある。

 たった一度きりの利用の為にだ。


 そして現在、その上をゆっくりと巨大な貨車を引いた列車が走行している。


 何を運んでいるのか。

 巨大な長方形の蓋のないコンテナを搭載している貨車。

 それはまるで棺のようであった。

 納められている荷は何なのか……。

 貨車の上の何かには幌が掛けられているが、盛り上がったその幌が形作っているものは人型をしているようだ。

 巨人が寝かされている……?


 巨大な人型の胸部辺りに立っているのはカーキ色の軍服の男である。

 魔人ゼクウ。

 東の国から来た厄災をもたらすもの。


「……よく、()()()()()踏みつける気になりますなぁ」


 マントを靡かせている軍服の男に薄気味悪そうに声を掛けたのは黒地に赤隈取の覆面のレスラーである。


「罰当たりだと言いたいのか?」


 気にする様子もなく薄く笑うゼクウにダークウィングは大げさに肩をすくめて首を横に振る。


「別に吾輩はそちらの御方を信仰してるってワケじゃありませんがね。噛みついてきやしませんかね?」


 ダークウィングは教授や組織の者たちが焦がれて待ち望んでいるような「新しい世界」には何の思い入れもない。

 今のこの世界を滅茶苦茶にしてくれるのであれば、それはなんだって構わないのだ。

 自分の望む様に世界が滅んだ後は……どうしようか。今はまだ考えていない。

 自ら命を断つかもしれないし、何となく死なずに生きていくのかもしれない。


 ただ尽きることのない怒りと憎しみと絶望が自分を動かしている。

 生きがいであった愛娘を奪い、それだけでは飽き足らずその死を汚した権力。

 そんなものが動かしている人の社会が許せない。


「噛みついてくるのならそれはそれで愉快」


 言葉の通りに楽し気なゼクウ。


 彼の足の下の何かはアルゴレア教授が「壁の向こう」から連れてきた。

 正規の多国籍の調査隊に参加し侵食樹海(エンディア・デューラ)に感化され、新たな世界の信奉者となった教授は秘密結社『緑の聖域(グリューネ・オアーゼ)』を立ち上げて密かに賛同者を募った。

 そうして「壁」の防衛部隊の一部を抱き込んだ彼はその後も何度も壁の向こう側の世界に出入りを繰り返している。


 今回の計画の要……新世界創世の鍵として教授は壁の向こう側からこれを連れてきた。

 この得体の知れない巨大な何かは教授の言う事には黙って従うのだ。

 もしかしたら教授もとっくに「人ではない何か」になり果ててしまっているのかもしれない……見た目からはわからないというだけで。


 これは何なのだ、と問う同志たちに対して教授は……。


世界樹(ユグドラシル)の苗木さ」


 思わせぶりにそう言って笑ったという。


 この巨大な何かを統治局ビルの地下部分まで運び込めば計画は完了する。


 創世が始まり……現世界は終わる。

 終わると言うか、()()()()()()()()()のだ。


 苗木と呼ばれた巨大な何かが見える位置にスワンとエトワールも控えている。

 二人とも無表情で、二人とも無言だ。

 顔色の悪いスワンはいつもの顰め面で、エトワールはつまらなそうだ。


「味気のねぇもんですなぁ。案外、世界の終わりなんてのは案外こんなもんなのかもしれませんがね」


 ふん、とダークウィングが鼻を鳴らして笑ったその時……。


『失礼しますッ!! 何者かが坑内に……ぐあッッ!!??』


 通信機が慌てふためく男の声を放った。

 おやおや、と言った様子で背後のゼクウを振り返るレスラー。


 通信機はノイズ音を吐くだけで報告は途絶えてしまった。


 幌の上に立つゼクウが軍帽の鍔を持ってやや浮かせる。


「さて、退屈な道行きに彩りが添えられた用で結構。……始末してこい、お前たち。俺は貨車を守っている」


 覆面のレスラーが、白銀の鎧の騎士が、スカジャンの少女が……それぞれ肯き、そして姿を消した。


「……………」


 闇の中へと跳躍していく直前にチラリとエトワールが背後の旧時代の軍服の男を振り返った。

 噛みついてくるのなら……。先ほどの男の言葉を少女は思い出している。

 もしそうであるのなら斬り捨てるだけだと、あれはそういう意味でったのではなかろうか?

 自分たちの切り札であるはずのものを。


 やはりこの男にとってはこの計画も、その成否もどうでもいいのではないだろうか?

 いや、どうでもいいのならまだいい。


 ……状況を楽しむだけで最後には世界の更新を邪魔する気ではないのか?


 そんな不穏な寒気を感じながら姿を消すスカジャンの少女であった。


 そうして自分以外の超人(オーバード)がいなくなった場で軍帽の下、男は一人静かに口の端を上げる。


「……生まれ出でよまだ見ぬ英傑たちよ。世界の危機に立ち上がるがいい」


 口元に鋭く光る犬歯を覗かせ喉を鳴らす混世魔王。


 ─────────────────────────────────────


 ……十五分前。


 円筒型の縦穴に備え付けられた鉄の梯子を伝ってユカリたちは地下へと向かっていた。

 先頭で下っていて一行の一番下にいるのがシズクである。


「白い鎧にマントの剣を持った奴が出たら俺が相手をする。一度立ち会っていて手の内も実力も大体把握してる」


 淡々と言うシズク。死地に臨んで普段と全く変わった様子もなく表情のない彼女。


 続いて下るユカリは対照的に困り顔だ。

 なし崩しで現在の状況になってしまってまだエトワールをどうやって説得しようかとか全然考えることができていないからである。


(……急すぎて私の魔剣(ブロークンハート)も持ってこれなかったし……。まあ、でもあれ狭い場所じゃ使いにくいし手加減もできなくなるからそれは別にいっか……)


 火力オバケ過ぎて見境のない破壊には向くものの小回りが利かないユカリの魔剣。

 その為に何かと扱いがよろしくない。


「財団の子は私が相手するから、覆面レスラーが出たらあなたが相手してよ……ハイドライド。本当はそっちも私がやりたいんだけど。私の友達に酷いことしたやつだから念入りにボコボコにしてよね」


「そんなもん、別にカッチリ決めとかなくていいだろうがよ~。成り行きでいこうぜ成り行きで~」


 ショウセイは不満げである。

 黒騎士(オルドザイン)時代は几帳面で神経質に作戦通りに行動することに拘っていたはずの男が……。

 肩書が外れてしまうとこんなものなのか。


 だがユカリとしてはこの男を好きにさせるわけにもいかない。

 さっさとエトワールに襲い掛かられでもしたら一大事。


「例のヤバいっていう四人目が出てきたらどっかが二対一になっちゃうから、そうなったら狙われた人はとにかく逃げて時間を稼いで」


 聞いている範囲の情報では敵の三人の超人(オーバード)はいずれもかなりの手練ればかり。

 こちらの三人も精鋭とはいえ楽に勝てる相手はいないだろう。

 そこに更に強いのが一人乱入してしまうと一気に瓦解してしまう恐れがある。


「私はまあ……手伝えそうな所を手伝うし、無理そうならやれる事を探すよ」


「俺はヤバそうでも助けに来なくていいぜ~」


 ルクシエルの言葉にニヤリと笑ったショウセイ。


「最初からアンタは助けるつもりない」


「おいおい~冷てえじゃねえかよ~。オジさんキズ付いちまうぜぇ~」


 はっ、と短く嘆息して言うルクシエルに大げさに嘆く口髭の男。


 そうこうしながらも四人が地下空洞に降り立つ。

 一息ついて周囲を窺うでもなく即座に動く四人。


 件の列車はまだ遠いようだが……すぐ傍に数人の人影がある。

 組織の見張りがいるのだろう。


 全員が銃器で武装した男たちが線路の警備に立っていた。

 人数は八人。

 彼らは音もなく襲い掛かってきたユカリたちによって瞬く間に制圧された。

 一人通信機に向かって何かを叫んだが途中でその男も昏倒させられた。


「さぁ~って、これで俺たちが来たことが連中にバレたな~」


「……構わないでしょ。どっちにしたってすぐに接敵するわ」


 嘆息して間に合わせの剣を担いだユカリ。


「列車を止めたいんなら()()を壊せばいいだけじゃないの?」


 言いながらルクシエルがカン、と線路をスニーカーのつま先で蹴った。


「そうしてぇとこなんだがよ~。うちのが調べてきた感じじゃ、妨害が入って途中で止まった場合その場でやっちまえって事になってるらしい。別に例のブツは何が何でも統治局の地下まで運ばなきゃいけねーってもんでもないらしいな~。何運んでんだか、何をやろうとしてんのかは知らねーけどよ~」


 列車が止まった場合、運んでいる切り札を組織はその場で起動するのだという。

 半眼のルクシエルが嘆息する。


「何それ……面倒くさい」


「いやいや~面白えじゃねえかよ~。ちゃーんとルールに則って遊ぼうぜって事だ~。ステージをぶっ壊しちまうような反則はナシでよ~。これ企画したヤツは中々エンタメってもんがわかってやがるぜ~」


 ショウセイは上機嫌だ。

 で、この男が上機嫌である時は大体ユカリたちはゲンナリしている。

 その法則は今も有効であった。


「お喋りは一旦ここまでだな」


 やや硬質の声で告げたシズク。

 彼女は腰の刀の柄に手を置いて薄暗い空洞の奥を見ている。


 闇の向こうから……。

 何かが来る。


「グアーッハッハッハッハッハッハッ!!! 揃っておるなーッ!!! 不届きものどもがーッッッ!!!!!」


 両腕に力瘤を作りながらポージングを決め、靴音を響かせやってくるマッシブな巨漢。

 赤く炎のように縁取られた黒いマスクで素顔を隠し、全世界の悪役(ヒール)となったレスラー。

 憎悪の翼……ダークネスウィング。


「出たわねアブノーマルパンツ!! 不届きものはどっちよ!!」


「誰それ!? 悪口!!!??」


 自らを指さして声を張り上げるユカリに思わずレスラーキャラが剥がれ落ちたウィング。


「おい~……下がっとけよユカリぃ~。アイツは俺がやんだろ~?」


 ユカリの肩をつかんで無理やり脇へどけるとショウセイが前に出た。


 そして、シズクは……。


(……? 蹄の音?)


 眉を顰めている黒髪の剣士。

 大空洞の奥から冷たい風に乗って微かに聞こえてくるのは規則正しい馬の蹄の音だ。


「……!!!」


 そして闇を切り裂き白い姿が躍り出る。

 青白く透き通った軍馬に跨った白銀の鎧の男……ナイトオブスワン。


「また会えたな……我が、好敵手……ッ!!!」


 突進しながら馬上から鋭い一閃を放つスワン。

 その一撃を刀で受けるが、流しきれず肩に傷を負って血を飛沫かせる苦痛に顔を歪めるシズクであった。

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