なし崩しにラストバトル
現人類が生存することのできない異界の樹海エンディア・デューラ。
その樹海で世界を覆いつくそうと目論んでいる秘密結社『緑の聖域』と対決しボッコボコのベッコベコにしてやろうと決めたユカリさん。
目的は世界平和……等ではなくエトワール・ロードリアスを救い出すためだ。
いや救いになるのかはわからない。
嫌がられるかもしれない。
これはもう拉致である。
あの子は可愛いのでおうちへ連れ帰るのだ。
言っていることがもう丸っきり変質者だ。
……しかし組織の者たちはどこにいるのかもわからない。
お店はお店で開けなきゃならない。
有力な情報が新たに入ってくるということも今のところはない。
モヤモヤしつつユカリさんの日々は過ぎていく。
そんなある日の夕方のことであった。
ぽこんぺこんと軽快なメロディーを奏で始めたユカリのスマホ。
画面を見る彼女が半眼になった。
……どうやらあまり好感度の高くない相手からの連絡らしい。
『よぉ~、元気かよユカリぃ~』
スマホから聞こえてくる馴れ馴れしいダミ声の主は三好ショウセイ……昔の名前はハイドライド・エルドギーア。
最強の黒騎士と呼ばれたかつての総長。
「……何の用なの?」
ユカリの声はトーンが低い。
奇妙な腐れ縁のこの男に対する彼女の好感度はお世辞にも高いとは言えないのだった。
何故かと言えばこの男は以前、大事なカノジョであるルクシエルを拉致した挙句に殺し合いを挑んできやがった事がありますので。
『今忙しいかぁ? ヒマしてんならよぉ、俺と遊ぼうぜ~』
「暇なはずないでしょう。普通にお店開けてます。……何ゆってんのよ、もう」
ユカリが思いっきり渋い顔になる。
急にナンパとか何考えてんだ、コイツ……と舌打ちしながら。
『まぁ、そーだろうなぁ~。けどよぉ、俺の話を聞くだけ聞いてみろよ~。案外お前も乗り気になるかもしれねぇぜ~?』
「ならないっての……切るわ………」
ユカリの言葉が途中で止まる。
ショウセイが話している声が僅かにスマホから漏れて聞こえてきている。
どんどん顔色が悪くなっていくユカリを見てルクシエルがおや? というような表情になった。
「ちょっと……」
ようやく絞り出したようなユカリの掠れ声。
「それ、いつの話……?」
『ククッ、聞いて驚けよ~』
何を告げられたのか、動揺して声が震えているユカリに対してショウセイは楽し気である。
『なんと今夜の話だ~』
「オマエなぁッッッ……!!!!!」
店中に響き渡る怒声。
怒鳴りながら壁の時計をユカリは見た。
時刻はもう夕刻である。
『今から一緒に邪魔しにいってやろうぜ~。お前だってこの街がなくなっちまったら困るだろうがよ~。もしかしたらなくなるのはこの街だけじゃねえかもしれねーけどなぁ~』
話を聞きながらユカリはギリギリと歯軋りしつつ、ルクシエルを見て人差し指で天井を指し、くるんと手首を縦に半回転させて今度は床を指す。
シャッターを閉めろ、閉店しろとの合図だ。
察したルクシエルがすぐに閉店作業に取り掛かった。
『キリヲの奴も誘ってやろうとしたんだがよ~。アイツ出やしねーんだよなぁ~……何回掛けてもよ~』
「あんたそれ着拒食らってるんじゃないの? ちょっと待ってて、一回切るわよ」
一旦通話を切るとユカリは別の相手をコールする。
相手は久遠寺キリヲだ。
ショウセイ同様に自分にとっては色々と訳ありで積極的に連絡を取りたい相手ではないのだが今はそんな事は言っていられない。
……が、何度コールしても彼女は通話に出なかった。
「出ないじゃないのよ、何やってんのよアイツ……」
実はユカリもキリヲに着拒を食らっているのである。
何故かというと以前ハゲ頭を送り込んだから。
再度ショウセイに通話を繋ぎ、キリヲとは連絡がつかないことを告げるユカリ。
『ま~繋がんねーもんはしょうがねえ~。今迎えにいってっからよ~他に呼べるお友達がいるんなら呼んどけよ~』
「わかった。大急ぎで来てよ……」
通話を切ってからユカリが全身で息を吐きだす。
「何があったの?」
眉間に皺を寄せたルクシエルが聞いてくる。
ユカリの表情を見て相当にロクでもない事になっている事を彼女も察しているようだ。
「例のテロ組織が今夜とんでもない事をやらかすんだって……。統治局のビルが目標らしいんだけど、もし上手くいっちゃったらそこだけじゃなくて火倶楽全部がメチャクチャになる……っていうか、多分この街は消えてなくなることになる」
まだ半分呆然としているのか、ユカリの語り口はどこか現実味を帯びておらず淡々としていた。
そして……彼女はギュッっと握りしめた拳に欠陥を浮かせて目じりを吊り上げる。
「……ハイドライド! あのスットコドッコイ!! 絶対わざわざギリギリまで黙ってたのよアイツ!!!」
ユカリはぷんすか怒っている。
とはいえギリギリだろうと教えてくれたのは事実なので怒りのやり場がない。
「まあ、そのムカつきはテロしてる連中にぶつけようよ」
……いや、やり場はあった。
このイライラはルクシエルの言う通り連中にぶつけようと誓うユカリである。
「……手伝ってくれる?」
「放っておいたらこの街無くなっちゃうんでしょ? いいも悪いもない」
はは、と乾いた笑いを浮かべるルクシエルであった。
────────────────────────────────────────
それから凡そ一時間の後、『のすたるじあ』の前に一台のキャンピングカーが停まった。
運転手はサングラスの男……クロカワである。
「よぉ~っし乗れ乗れ、乗っちまえよ~。話は中でしようぜ~」
降りてきた相変わらずスタジャン姿のショウセイが待っていた者たちを手招きした。
この一時間、戦場のような忙しさであったユカリは既にグッタリしている。
可能な限り各方面に連絡を取った。
呼べるだけの応援も手配した。
「凄いのに乗ってるのね……」
黒光りしている大型の車体を見てユカリが言う。
「レンタルだよレンタル~。狭っ苦しい車にギュウギュウ詰めで最後の決戦に行きたくねえだろよ~。まー、この車を俺が返しに行けるのか、それとも全部がご破算になって返さなくてもいいようになっちまうのかは、こっからの俺らの頑張り次第って事だな~」
縁起でもないことを言ってニヤニヤしているショウセイにじっとりした視線を向けるユカリ。
随分とご機嫌のようだ。
この男にとっては火倶楽がなくなってしまおうが、世界が滅亡しかかっていようが全ては自分がギリギリのスリルを楽しむための要素でしかない。
楽しめるかそうでないのかだけが重要なのだ。
そして楽しむためなら今回のようにわざと危ない橋を渡る。
吹っ飛ぶのが自分だけなら好きにしろと言いたいユカリであるが巻き添えが火倶楽や世界ではたまったものではない。
「俺はバイクで追従する。そのまま出てくれ」
言いながらシズクがフルフェイスのメットを被る。
彼女がバイクで行くのであれば、車に乗り込むのはユカリとルクシエルの二人だけだ。
キョウコにも連絡を入れてあるが彼女は統治局ビルにいるので職員の退避の誘導を頼んである。
始まる前になるべく大勢をビルから逃がしてしまわなければならない。
戦場がビルになることは避けたいユカリだがどうなるかは不透明だ。
「ようこそ~俺の城へ~……借りモンだけどなぁ~」
内部は外から見てユカリが想像していたよりも広々としていた。
キッチンがありテーブルがあり……ソファのようなゆったりとした大型のシートもある。
「ま~テキトーに座ってくれよ~。後は黙ってたって現地へ一直線だ~。着くまでは楽にしときな~……今夜は長い夜になるぜ~」
ショウセイに促されて二人がシートに腰を下ろす。
静かに走り出すキャンピングカー。
「さぁ~って、それじゃー今夜の俺たちの遊び場の説明をしとくか~」
がさがさとテーブルの上に折りたたんでいた大きな紙を広げるショウセイ。
統治局ビルを含む火倶楽中心部の地図と、それに重なるもう一枚……蛇のように曲がりくねった広い道の図である。
「これが地下道……?」
「そうだ。火倶楽の黎明期に掘られた資材搬入や地下下水道の整備やらに利用された地下道だ~。当初の計画じゃあその後これを使って地下鉄を開通させる予定だったが、地上部の電車で諸々事足りたんでその計画は頓挫して今までずっと放置されてたってワケだ~」
『緑の聖域』はその打ち捨てられた廃地下道に目を付けた。
何年か掛けて密かに地下道に延長しそこに線路を敷いた。
今日、組織はそれを使ってあるものを貨物車両で統治局本部ビルの真下まで持ち込むつもりなのだ。
「地下道の端っこは『壁』のすぐ近くまで延びてやがるぜ~」
ショウセイが言うには『壁』の本日の警備部隊は丸々組織によって洗脳が完了している尖兵たち。
彼らは壁の向こう側から持ち込んだ何かをもう貨物車両に搭載し終えており今まさに地下を通ってその車両は統治局本部の地下を目指している。
「どれだけ仲間があっちこっちに紛れ込んでるのよ」
うんざりした様子で目を閉じてこめかみに指先を当てるユカリ。
『緑の聖域』の手先が紛れ込んでいるのは大呪壁の警備部隊だけではない。
ガイアードカグラにも統治局の内部にも連中の手先はそれこそどこにでも入り込んでいる……とはもう聞かされている。
組織がここまで大規模なテロを計画し進めていたのにそれが露見せずにいたのは各機関にいた工作員たちが隠蔽してきたからだ。
「組織の幹部に有力者が多いからな~どこにだって潜り込み放題だぜ~。そんな権力のある連中がどいつもこいつもこの世の終わりを待ち望んでるってのは中々に世も末だよな~文字通りにな~」
「笑えないっつの」
ショウセイをジト目で見て乾いた笑みを口元に浮かべるユカリ。
「いきなり最終決戦だね」
ショウセイに出された缶コーヒーを飲むルクシエルであった。
「そんなもんだ~。人生なんてのはよ~。ヤベー事が自分のタイミングで来てくれる事なんてありゃしねえ~」
「とにかく私たちの仕事は向こうの超人をぶっ叩くことよ。聞いてる話だと覆面レスラーのヤツと銀色の鎧のヤツ、それから……エトワール。私とあなたとシズクでそれぞれ一人ずつ。なんとかなりそうかな……」
「ところがよ~……そうでもなくてな~」
大袈裟に肩をすくめながら困った顔をするショウセイ。
無論演技である。この男は本当に困ってもそうそう表にはそれを出さない。
「その三人の他に、さらに格上のヤツが一人いるらしいぜ~。困ったもんだ~」
「は……? え? 何ですって?」
頬を引き攣らせて固まるユカリ。
「足りないじゃないの、それじゃあ!」
そして僅かな間を置いてキャンピングカーの内部にユカリの上げた裏返った声が響き渡ったのだった。




