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エゴでしかないとしても

 青空を背景に聳え立つ全面ガラス張りの八角形の巨大な建物。

 火倶楽統治局本部ビル……通称火倶楽クリスタルタワー。


 その威容を少し離れた位置から見上げている者がいる。

 高級車の後部座席に身を収めてマドロスパイプを吹かしている口髭の紳士……フリッツ・バルドル・アルゴレア。

 浸食原生樹海エンディア・デューラでこの世界全体を覆いつくして新たな世界を創生しようと目論む集団『緑の聖域(グリューネ・オアーゼ)』を主宰する男。


「やはり見事な外観だ。美しいね。例え内包するものが悪しきこの時代を象徴たるものであったとしてもだよ」


 ゆっくりと紫煙を吐き出し、感慨深げに教授が言う。


「ガイアード・カグラの本社ビルとどちらにするか迷ったがやはりこちらにしてよかった。何というのかな、こういうのは……。そうだ、こちらの方が()()()と言えばよいのか」


 教授の言葉に運転席の男が同意する。

 最も彼は教授のこだわりや美意識を理解しているわけではなく唯々心酔しているというだけなのだが。


 ……………。


 フリッツ・バルドル・アルゴレアは歴史学、生物学、環境学に造詣が深い権威である。

 彼は今から数十年前、多国籍の浸食樹海の調査隊に参加していた。

 第四次と第六次の二回だ。

 そこで彼は異世界の樹海に足を踏み入れ、これこそが世界の真のあるべき姿であるという天啓を授かったのである。


 こちらの世界へ戻ってきた教授は密かに自分の理想の賛同者を集め始めた。

 文明によって汚された今のこの世界を嘆いて自然のままに還そうと考える者たちを。


 彼は巧みな話術で人々の心をつかんで思想を誘導できる非常に優れた扇動者であり、また類まれなカリスマを持っていた。

 こうして結成された秘密結社『緑の聖域(グリューネ・オアーゼ)』は今や多くの有力者たちが参加する巨大組織となっている。


 誰もがうらやむ巨大な『力』……それは財力であり権力であり影響力……そう言った力ある者たちから教授は自分の思想に染まりきった信奉者たちを増やしていったのだ。

 不思議と他社から見れば満たされきったような者ほど彼の語る終末論に強い影響を受けた。


 そして単に規模や資金力だけではないこの組織の最も厄介なところはガイアード・カグラ社や統治局といったこの火倶楽の中枢といってよい機関やその他の様々な企業や集団に大勢の思想賛同者を潜ませている事だ。


『大呪壁』の警備部隊もその例外ではない。


 浸食を広げるべく『壁の向こう側』から組織が数多の品々を取り寄せて火倶楽にばら撒いているのは番人の一部を抱き込んでいるからなのだ。


 ……………。


 そうして今、組織の……そして教授の究極の理想に向かった狂気の暴走も終幕が近付いてきている。


「『終焉の刻限(タイムオブジエンド)』計画もいよいよ最終段階だ。旧世界を象徴する塔は神の怒りによって崩壊し……そこには新世界を象徴する世界樹が屹立する。私はそれを実際に目にすることはないかもしれないが、美しく新しい世界を夢見て眠ることにしようじゃないか」


 言葉の通り夢見るように視線を遠くへ送る教授だ。


 アルゴレア教授は自身の死を恐れてはいない。

 むしろ新たな時代を導く礎となる事に彼はたまらない幸福感、歓びを覚えている。

 樹海に覆われた新しい世界が真の楽園であると信じてわずかな疑問も持っていないのだ。


 そして多くの彼の信奉者たちも彼と同じ気持ちなのだ。

 ……ほんの極一部の例外を除いてだが。


 ───────────────────────────────────────


 ……ユカリは正座させられている。


 目の前には折り畳みのパイプ椅子に腰を下ろしたルクシエル。

 青い髪の少女は難しい顔をしている。


「……えーっと、何だって?」


 眉間に皺を刻んで首を傾けたルクシエルが薄目でユカリを見た。


「そのぉ……ですから……なりゆきでエッチな事をしてしまった子がですね。そのような事になってしまっているわけでして……」


 上目遣いのユカリ。

 彼女が非常に緊張していると言う事は頬を伝う冷や汗から窺い知ることができる。


「私といたしましては……何とか助けたいな、と」


「よし。…………いや、全然よくないけど」


 はぁ、とルクシエルは大きなため息をついた。

 とりあえず状況とユカリの言いたい事は理解できた。

 納得はできていないが理解はできた。


「あのさ……」


 渋い顔をしながらもルクシエルは慎重に言葉を選ぶ。


「言いたくないんだけど、そんなものに関わってるって相当にヤバいんじゃないの、あいつ」


「はい……」


 ユカリがしゅんと項垂れた。

 何しろ相手は世界の滅亡を企て人類を滅亡させようとしている集団だ。


「別に助けてくれとも言われてないんでしょ? 望んでないんじゃないの? 向こうも」


「おっしゃる通りです……」


 殺してくれとは言われたが助けてくれとは言われていない。

 むしろ助けたいなどと言ったら何となく拒絶されそうな予感がある。


 余計なことをしているというのは百も承知だ。


「それなのにやるんだ。余計なお節介なんじゃないの?」


「多分……そうです……」


 これは初めからそういう話だ。

 誰かが自分の意志で決めてやろうとしている事にエゴで横槍を入れる話。


「……それでもやるのね?」


「やります」


 即座に顔を上げてはっきりそう言い切ったユカリ。

 そこだけは一切の迷いがない。


 余計なお世話だろうがエゴでしかなかろうが……。

 それでもやると決めている。


「じゃあ手伝うけど……」


 ルクシエルが椅子から立ち上がった。


「やるならやるで『やっぱり上手くいきませんでした』とか許さないから。死ぬ気でやんなさいよ」


 やや気が重い様子で言うルクシエルに目を輝かせたユカリが子犬のように激しく何度も肯いている。


 ……まあ、仕方がない、と。

 ルクシエルは嘆息する。

 ユカリがやると決めている以上自分がアシストするしかない。

 何故って……。


 失敗してしょげ返っているユカリなんて見たくない。

 自分はバカでアホでスケベでドジだけど、やる時はやるユカリが好きなのだから。


 ──────────────────────────────────────


 スタジャンのポケットの中のスマホが震えだす。

 男はそれを取り出して通話に出る。

 とっくに終電は行ってしまって明かりも落ちた小さな駅のホームのベンチに座っているスタジャンの男……三好ショウセイ。


「おう、俺だ」


『ご無沙汰してます、課長』


 スマホから聞こえてくるのはかつてショウセイがガイアード・カグラ社に勤めていた時に課長補佐を務めていたクロカワという男の声だ。

 彼はショウセイがガイアード・カグラ社を去ってからもその指示で会社に残っていた。


「課長はよせよ~。クビになった男によ~」


『そうですか。ではミヨシさんで』


 苦笑するショウセイに対して淡々とした口調のクロカワ。

 この二人はショウセイがハイドライドという名で黒騎士(オルドザイン)の総長を務めていた頃からの付き合いだ。

 ある時、戦場で瀕死のクロカワを拾ったショウセイ。

 その時にショウセイの手配で強化人間となり命を繋いだクロカワは以後、腹心として彼の密偵を務めているのである。


 面白みのないやつ、と評しつつもショウセイはクロカワを有能な配下として信頼している。


 先日、ガイアード・カグラ社にいるクロカワからの連絡でショウセイは死んだと思っていたリゼルグが実は生きていて秘密裏に身柄がどこかへ移されていたことを知った。

 それを手配したものは誰か。

 今現在リゼルグはどこにいるのか。

 その二つを探れと命じられているクロカワだ。


『社内にいた例の組織との内通者を割り出して接触して……それで首尾よく潜り込めたんですが』


「お、話が早えじゃねえかよ~。流石だなおい~」


 配下の手際の良さに上機嫌になるショウセイ。


『恐れ入ります。ですがちょっと喜んでばかりもいられない事態でして。自分の想像以上に危険な組織だったと言いますか……取り急ぎご報告した方がよいかと思われることをお伝えしますので』


 言われてみれば確かに今日のクロカワは普段よりもやや早口だ。

 ふむ、と鼻で息をしたベンチのショウセイが姿勢を正す。


 クロカワが現在潜入しているのは『緑の聖域(グリューネ・オアーゼ)』だ。

 有能なこの男は組織に潜入して早々に内部の様々な機密情報に接触して調べを進めている。


 そこからしばらくの間はクロカワの話が続く。

 ショウセイは相槌を挟むこともなく無言で話を聞いていた。


 そうしてようやくクロカワの話は一段落して……。

 随分とショウセイはうんざりした様子で表情を歪めている。


「なンだよそりゃ~よ~。随分とヤベー話になってんじゃねえかよ~」


『ええ。ですから取り急ぎご報告を。安っぽい言い回しで申し訳ありませんが、世界滅亡の危機です』


 口をへの字にしたショウセイが乱暴に足を組んだ。


『どのように処理しましょうか? まずは関係機関に通報してしまいますか?』


「……いや~、待て待て、それは待て。面白くねえ~」


 面白くないからやめろというショウセイの制止にクロカワが言葉に詰まる。

 世界が滅ぶ……かどうかはまだわからないがとりあえず火倶楽が吹っ飛ぶかもしれないという話をしているのに。


「いつも言ってんだろうがよ~。お前はエンタメってもんがわかってねぇ~。そういうのはもっともっとギリギリになってからでいいんだよギリギリでよ~」


『自分としましては今がまさにそのギリギリの瀬戸際だと思っているのですが……』


 苦笑するクロカワ。

 主の性格のことならこの男が一番熟知している。

 ショウセイがそうしろというのなら従うだけだ。

 それで仮に自分が命を落とすことになったとしても、初めからショウセイに拾ってもらった命なのだから。

 心酔しているというよりかはどちらかといえば腐れ縁のように感じているが、それでもクロカワがショウセイを慕っていることには変わりがない。


「滅多にない話だしよ~。どうせなら楽しもうぜ~。とりあえずその話はわかった。お前は指示するまで引き続き内定を進めとけ~」


『わかりました。お気を付けて』


 現時点で気を付けるべきなのはクロカワの方であるのだが、忠実な密偵である男はそう言って通話を切った。


「さぁて~……とりあえずは……」


 スマホをポケットに戻したショウセイが夜空を見上げる。


「どこなんだよここはよ~……」


 泥酔して寝こけているうちに来てしまった終点の駅でボヤくショウセイであった。



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