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武の化身

 鼻歌交じりにユカリが外出着を選んでいる。


「ご機嫌だね。デート?」


「うん~。……あ」


 ルクシエルがそう背後から声をかけると反射的に肯いてしまってからユカリの動きが止まった。

 やべ、みたいな感じでちょっと顔を引き攣らせつつ。


「ち、違うよ~。買い物に行ってくるだけ! ショッピングだから!」


 何故か自分と目を合わせようとはせずに明後日の方向を見ながら必死なユカリにルクシエルは半眼になった。


「こいつは……」


 バレバレのウソをつくユカリを冷たい視線で射貫くルクシエル。

 いつもなら悪びれずに堂々としているユカリだがこの前ルクシエルがキレたばかりなので今回はごまかそうと試みたらしい。

 ……御覧の通りでまったく意味はないが。


 しかしながら今のルクシエルはあまりユカリを咎め立てる気にはなれないのであった。


(ユカリもキョウコの手伝いとかで疲れてるだろうしね……)


 店を閉めてから環境保全課の巡回任務に同行して明け方戻ってきて少しだけ仮眠して開店作業に入る……そんな日もあるユカリ。

 超人(オーバード)である彼女にとって肉体的な疲労はさほどないはずだが精神は別だ。

 心の疲労や摩耗は超人も常人も変わらない。

 少しでも気が休まるならと思うルクシエルだ。


「ミレイさんは機嫌直ったんだ、よかったね」


「ミレイさまじゃなくって……あ」


 またも反射的に返事をしてしまってから固まるユカリ。

 どうやら本日のお出かけのお相手はミレイではないようだ。


「こ、こいつは……」


 やっぱり一回殴っておくべきだろうかと悩むルクシエルであった。


 ─────────────────────────────────────


 火倶楽中心部に聳え立つ外周が八角形の巨大なタワー。

 火倶楽(カグラ)統治局。

 この巨大都市の行政の最高府である。


 その最上階にある広いフロア……首長の執務室に現在、蛇沼(ヘビヌマ)シズクの姿があった。


「御呼びとの事でしたので参上しました」


 シズクが慇懃に深々と頭を下げる。

 黒い長い前髪が揺れてその隙間から彼女の陰のある怜悧な目が覗く。

 シズクの装束は正装ではない常日頃のもの。

 黒いラフな上下にシルバーのネックレス。

 街を闊歩する若者をそのまま連れてきたようなスタイル。

 束ねもしない長い黒髪。

 この場にあっても帯刀を許されている彼女。


 ……最も彼女に()()()があるのなら素手でも数秒で目的を遂げてしまうであろうが。


 彼女の目の前で大きな半円の天板の執務机に付いている白いローブ姿の老人。

 統治局局長エンリケ・ラディオン。


 細く長い目の彫りの深い顔立ちの男だ。

 銀色の長髪をオールバックにしている彼は瘦せていて長身であり、髭のない細面は彫像のようにほとんど表情を変えることがない。

 いつ見ても統治者というよりは裁判官のような男だとシズクは思った。


「現状を報告せよ」


 エンリケの口元が僅かに動いて抑揚のない声がする。


「巡回にて二か所の汚染を発見……これを除去するも現時点で件の者どもとの遭遇はまだなし」


 短く要求した局長に対し端的に答えるシズク。

 正体不明のテロ組織『緑の聖域(グリューネ・オアーゼ)』の超人(オーバード)の襲撃を警戒して環境保全課の護衛任務に就いている彼女。

 しかし今の所連中が姿を現す様子はない。

 あのキョウコが襲撃を受けた夜以来、組織の者は表立った動きは見せていない。


「本国から三名の超人(オーバード)の派遣準備が整ったとの連絡がきた」


 黙って肯くシズク。

 キョウコが申請していた例の増員の件だ。


 白ローブの執政官が取り出した三枚の書類をデスクに歩み寄ったシズクが受け取る。

 ざっと目を通す彼女。

 その目がほんの僅かに細められる。


「荷が重いかと」


 書類を返しつつシズクは小さく首を横に振った。

 非公式のその書類には細かくランク分けされた戦闘能力のデータも記載されている。


 それによれば火倶楽に送られてくる予定の三名はいずれもキョウコに実力で及んでいない。


「そうであるか。だがそれでも上手く使ってもらわねばならぬ」


 予想された事態ではある。

 件の覆面超人(オーバード)とまともに戦える者を派遣してくれと要請した所でそれは無理であろうとシズクは思っていた。

 ユカリや自分くらい戦える超人(オーバード)を手配しろと言うのは並大抵の事ではあるまい。


「我らの敗北は人類の滅びへと繋がる。手を尽くすのだ」


「……承知しました」


 話題の重大性に比べて淡々としている両者。

 しかし二人は事態を軽く考えていると言うわけではない。


 浸食原生樹海(エンディア・デューラ)が火倶楽を飲み込んでしまえば大陸は滅亡の危機に瀕する。

 だというのに本国や周辺国家からの支援が大々的に行えない最大の理由が侵食樹海の存在が秘匿されているからだ。

 どの統治者も『壁の向こう』はこの世ではなく何もないのだという建前を遵守している。

 真実を知るのは国家の要人の極一部だけだ。

 大規模な支援を行うには多くの人々の理解が必要。

 だが壁の向こう側の秘密を明かすことはできない。

 秘密を打ち明ける者が増えればどこかから一般社会に情報が洩れる。


 自分たちが当然と思って享受している平穏な毎日。

 それが実は薄氷の上に成り立っているものだと知ってしまったら……。

 そうなればどれだけの恐慌(パニック)を生むことになるか。

 真実から目を背けるための虚構に縛られて身動きが取れなくなっているのだ。


「苦しいが……我らはそれをやるしかないのだ」


 目を閉じて厳かに告げるエンリケであった。


 ─────────────────────────────────────────


 ……呼び出しを受けた。


 喜ばしくも無し、煩わしくも無し。

 靴音を響かせ屋外のヘリポートに出てくる包帯の男……リゼルグ・アーウィン。

 屋外に出た時強めの風が吹いて彼は包帯の隙間に覗く目を細めた。


 ここはネフティス・ロイヤルホテルのヘリポートだ。

 賓客をヘリで迎え入れることもあれば、火倶楽一周の遊覧飛行に出る事もある。


 既にヘリポートには先に着いて待っている者がいた。

 覆面の巨漢レスラー、ダークネスウィングと鎧の騎士、スワン。

 スワンは兜は被らずに小脇に抱えている。


(……二人とも()()か。件のリーダーとやらのお出ましか)


 組織にはもう一人超人(オーバード)がいると聞いている。

 その何者かがリーダーだとも。

 それを自分に聞かせた少女は今この場にはいないようだ。


 等とリゼルグが考えていると上空からヘリのローター音が聞こえてきた。

 近付いてくる一機のヘリコプター。

 軍用の大型ヘリ……こんなものまで組織はどこで調達してきているのやら。


 やがてヘリコプターが着陸し一人の男が降り立つ。


(……? あの格好は)


 僅かに眉を顰めたリゼルグ。


 降り立った男が身に纏っていたのはカーキ色の軍服だ。

 そして同じ色の軍帽を被ってマントを羽織り、腰には軍刀を帯びている。


 リゼルグはその装束に見覚えがあった。

 あれは旧皇国軍の将校の軍服だ。もう百年近くも昔のもので現在は当然使用されていない。

 自分がそれを知っているのも何かの映像作品で見た事があるからだ。


 何とも時代錯誤な恰好と言わざるを得ない。


仮装(コスプレ)か……?)


 同志に覆面レスラーがいる以上、どんな格好でも珍奇さで一人悪目立ちをするという事もないだろうが……。


 男は見た目は三十代くらいの精悍な顔立ちの細面の男だった。

 顔立ちは丸きりの東洋人というわけでもなくどこか西洋の者のシャープさも併せ持っている気がする。

 髭などは生やしておらず濃いこげ茶の髪は肩まである。

 鋭い眼光で周囲を睥睨する軍服の男。

 そして彼は軍靴を鳴らしてこちらに近付いてくる。


 レスラーと騎士が無言でその場に片膝を突き、首を垂れた。

 一瞬遅れてリゼルグもそうしていた。


「……………」


 二人に倣ったわけではない。

 頭を下げるつもりなどまったくなかった。

 自分は誰かに従属したつもりなどないのだから。


 だが気が付けば自然とそうしていたのだ。

 身体が無意識に動いた。


 今自分は出会ったばかりのこの男をもう畏れている。

 魂が……服従している。

 気配だけで決して歯向かってはいけないものだと理解してしまった。


「新顔がいるようだな」


 自分のすぐ側で軍服の男は足を止めてそう言った。


「リゼルグ・アーウィンと申します」


 また……何かを意識し思考するよりも早く自分は名乗っていた。


「お名前を存じ上げず申し訳ありません」


 そうするべきであると本能が告げているのだ。


 かつて帝国に仕えた黒騎士(オルドザイン)であったリゼルグ。

 当時、自分よりも上位の位階の者に会った時も皇帝やその一族に謁見している時もこのような心地になった事はない。

 超人(オーバード)か……?

 これはもう超人(オーバード)といえるのだろうか。

 人を超えた者を超人(オーバード)と呼称するのであれば、その超人(オーバード)をも超えてしまった者をなんと呼ぶべきなのか。

 自分にはその答えが無い。


 目の前の男は圧倒的な上位種だ。

 鼓動が早まり手の内に汗をかいている。


「俺か……俺は『武』だ」


 男はそう低い声で告げた。

 自分は武力そのものであると。

 闘争の化身であると。


 妄言のようだが、この男が言えばそうなのだろうと思わざるを得ない。


「ククク……戯言(ざれごと)だ。真に受けるなよ」


 喉を鳴らして短く笑うと軍服の男は自分の前を通過して歩いていく。

 カーキ色のマントを風に靡かせながら。


「いつか胸を張ってそう言えるようになればいいと研鑽を積んでいる身だ」


 自分からすれば見上げて視界に入れる事すら能わぬ遥かな高みにいるはずの男が自分が修行中の身であると言っている。


「俺はゼクウだ。仲良くやろうじゃないか、同志よ」


 男はゼクウと名乗った。


 リゼルグにはその名に覚えはない。

 帝国(ヴェーダー)のデータベースにあった世界中の特に実力者である超人(オーバード)のデータは残らず記憶しているが……その中にゼクウという名は無かった。


 これほどの実力者が世にまったく知られていないと言う事があるのだろうか?

 訝しむリゼルグ。

 そして何故この男はこの世の終焉を望む『緑の聖域(グリューネ・オアーゼ)』と行動を共にしているのだろう。


「……虎の娘がおらぬようだが」


「デートだそうですぜ」


 ゼクウの言葉に返答したのはダークネスウィングだ。


「フハハハッ!! そうか……あれはそういう年頃の娘であったな。常世の者はどうにも見た目ではわからんから難儀なことだ」


 するとゼクウは楽し気に天を仰いで笑う。


「呼びますかい?」


「無粋な事はやめておけ。結構な事ではないか」


 頭を振り歩いていくゼクウ。

 そしてその後ろを三人の超人(オーバード)が追従するのであった。



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