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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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疲れた時は甘いもの

 火倶楽(カグラ)市の中央を通る主要道路。片側三車線のその広い道は『玄武通り』と呼ばれている。


 煌神町(こうがみちょう)の玄武通りに面したオフィス街の一角……今そこで騒ぎが起きていた。

 逃げてくる多数の民間人。彼らの背後から何かが割れるような音や爆発音、悲鳴も聞こえてくる。

 そして、道路を封鎖している多数の警察車両。

 前方の状況がわからず突然渋滞に巻き込まれた車が鳴らすクラクションの音が鳴り響く。

 喧噪も相まって周囲は混沌とした状況だ。


 そんな中、『火倶楽警察』のロゴが扉に入った黒い装甲車が現場近くに到着する。

 ぞろぞろと降りてくる盾を装備した重装甲の警官隊。

 彼らの目的地はこの先のガイアード銀行(バンク)の煌神町支店の建物である。


「ご覧くださいッ! 装甲部隊です! 今警察の装甲部隊が現場に到着しましたッ! 益々緊迫の度合いを増してきた現場からリポーター、中野原(なかのはら)ショーゴがお送りしておりますッ!!」


 カメラに向かってマイクを手に叫んでいるスーツの上にジャンパーを羽織った七三分けの男。


「あぁ~コラコラっ! ダメだって撮っちゃ!! 連絡いってるだろ」


 そこへ割り込んでくる二人の制服姿の警官。


「うわッ!! ちょっと……! 私たちは視聴者の皆さんに真実をお届けする義務がッ!!」


 叫びながら警官によってぐいぐいと押し退けられていくリポーターとカメラマンであった。


 ……………。


 銀行の広いロビーの一角に行員やたまたま居合わせた不運な客たちが縛られて身を寄せ合うようにして座らされている。

 大半の者は青ざめた顔で震えており、中にはすすり泣く者もいた。


「妙なことは考えるなよ。命が惜しかったらな」


 そう言って手にした自動小銃を見せつけるように持ち上げてニヤリと笑ったのは作業服姿のオオカミの獣人だ。

 この男のほかにもう一人、同じく作業服姿で自動小銃を持ったバッファローの獣人が人質の見張りに付いている。


 彼ら、武装した銀行強盗のグループが突入してきたのは今から二時間前。

 警備員数人と抵抗した者が殺害され、彼らの亡骸は今も拘束されている人質たちから見える位置に転がされている。


 拘束を受けていない数人の行員が現在金庫の現金をカバンに移し替える作業をやらされていた。


 そして、ロビーのソファに悠然と座っている迷彩柄のジャケットとズボンに軍用ブーツといった出で立ちの大柄な男二人。

 二人は人間族で獣人メンバーのように小銃は持っていない。

 だというのにどちらもメンバー内では明らかに格上感があり異様な迫力がある。

 一人は金髪のオールバックで一人は銀の短髪。

 赤の他人だが兄弟かと思うほど雰囲気のよく似た二人だ。


「おい……! 何やってんだ! 金を積み込むのを手伝えよ!!」


 そんなソファの二人に駆け寄ったのはジャンパーにデニムのズボンにスニーカー履きの中年男だ。

 眼鏡を掛けていて華奢で額には黒字で『解放』と記された白の鉢巻を巻いている。

 銀行強盗をするような恰好や体格の男ではない。

 迫力の上では座って寛いでいる迷彩服の二人とは雲泥の差であった。


「そう、あくせくしなくたっていいだろう……隊長サンよ」


 迷彩服の男の一人……ブロンドのオールバックがタバコを咥えて火を点ける。

 そうしてフーっと紫煙を吐き出してから彼は凄みを感じさせる笑みを見せた。


「まったくだ。これはデモンストレーションも兼ねてるんだろ? だったら堂々と余裕のある所を見せつけてやらねえとな」


 そう言って短髪の方も笑った。

 二人の態度に鉢巻の男が僅かな間言葉に詰まる。


「た、確かに我々火倶楽(カグラ)解放戦線(かいほうせんせん)はガイアードの悪しき支配を打倒する為に立ち上がった義勇軍だ!」


 若干裏返った声を張り上げる鉢巻の男。

 宣言するようなその発言は主に人質たちに聞かせるためのものであった。


「だからこうしてガイアードの金を奪い我らの活動資金とする一石二鳥の作戦を慣行しているッ!」


 喋っているうちに興奮気味になってきた鉢巻の男。

 テンションと共に声量も上がり彼は頭上に拳を振り上げる。

 迷彩服の二人が自分に冷たい嘲りの視線を向けていることには気付いていない。

 鉢巻の男は彼らが自分たちの理念に賛同してくれていると思っているがそれは誤りだ。


 迷彩服の男たちは傭兵である。

 金を受け取り、今は鉢巻の男に味方している。


「こうした我らの正義の戦いがまだ見ぬ潜在的な同志たちに勇気を与え、立ち上がる切っ掛けになってくれれば……」


 突然、迷彩服の二人が立ち上がった。

 薄笑いだったはずの男たちが真顔になっている。


「……ど、どうした?」


 演説を止めて眉をひそめる鉢巻の男。


「下がってろ」


 鉢巻の男の方は見ずに短髪の男が言った。

 二人は今、正面入り口から堂々と入ってきた一人の男を見ている。


 長い黒髪で、黒一色の装束の……蛇沼シズマ。

 彼は片手に刀を、もう片手にスマホを持って誰かと話をしている。


「……俺だ。今入った。五分後に処理班を入れろ」


 話しながらシズマはロビーを見回す。


強化人間(ヴァンク)が二人、獣人が二人の四人だな」


 そう言ってシズマは通話を切りスマホをポケットに戻す。

 その彼に向って迷彩服の強化人間の二人が猛然と襲い掛かった。


 ……………。


 30分後。


 銀行から人質にされていた者たちがぞろぞろ外に出てくる。

 そのまま待機していた救急車に乗る者もいた。


 ロビーに並べられている数体の遺体。

 不幸にも犯人たちによって殺害されてしまった者たちと、襲撃犯である迷彩服の二人と獣人二人のものだ。


 シズマは一台の警察車両の後部座席でスマホで誰かと話をしている。


『……一人逃がしたって? 珍しいミスをしたな』


「面目ない。八浪した浪人生みたいな男がいて、巻き込まれた民間人だとばかり思っていたらそいつもメンバーだったようだ」


 渋い顔の黒髪の男。

 鉢巻の男は一切交戦しようとせずにシズマと他の襲撃犯たちが戦っている間に逃げてしまっていたのだ。

 最初からシズマに追跡の意思もなかったのでまんまと逃げおおせてしまった。

 犯人たちが使ったライトバンは金の入ったカバンが半端に積み込まれた状態でそのままだ。

 身体一つで逃げていったらしい。


 蛇沼シズマが今の部隊『死喰鷲(フレースヴェルグ)』に所属してから標的を生かして逃がしたのは初めてである。

 現場に一人だけ明らかに場違いで弱そうな者がいた場合は疑ってかかれという学びは得たものの、それを喜ぶ気にもなれない。


 嘆息しつつ後部座席のドアを開け車外へ出るシズマ。


「どちらに?」


「少し頭を冷やしていく。お前は先に戻っていろ」


 尋ねる運転席の警官に、そちらを見る事もなく答えてシズマは歩き出した。


 ……………。


 見知った顔が……通りのベンチに腰掛けてドーナツを食べている。

 足を止め、その女を見る。

 何となく気分がささくれ立っている事もあり、普段より視線が冷たい自覚はあった。


「……………」


 その女、壬弥社ユカリは手にしたドーナツにちょうど齧りつこうとした所で自分を見て固まっている。


「ち、違うのよ! これはお昼ご飯の代わり! 今日は忙しくて昼食を取っている暇が無かったから!」


 挙句に何も言っていないのに勝手に弁明を始めた。


 ユカリは出張買取が空ぶって店に帰る途中。

 昼食を取って言う時間は無くこのドーナツがその代わりであるという事に偽りはない。

 それはそれとして「可哀想な自分」への慰撫の意味合いもあったりする。


「知らん。どうでもいい」


 まるっきりの本心としてそう言うシズマ。

 するとユカリはふと怪訝そうな表情になる。


「あれ? 何だかお疲れ? 体調悪い?」


 勘が鋭い……そう思ってシズマは内心で舌打ちをする。


 それにしても、何という馴れ馴れしい女だ。

 数回少し接触した事があるというだけの、しかも立ち位置としてはやや敵対者寄りのはずの自分に対してこの友達に接するかのような態度。

 流石のシズマも若干の戸惑いを覚える。


「しょうがないなぁ……。ほら、これ一つあげる。疲れてる時は甘いものが一番」


 紙袋から取り出して……差し出されたものはチョコレートのかかったドーナツ。


「この間見逃してくれたお礼も兼ねて」


「いらない。その理由なら癒着になるだろう」


 眉を顰めて拒否するシズマ。

 しかしユカリは能天気な笑顔を崩さない。


「ドーナツ一つでそこまで考える人はいないでしょ」


「いらないって言ってるだろう。こんな人目のある場所でそんな物呑気に食ってられるか」


 お前と違って、と付け足しかけたがそこは自重する。


「えぇ? しょうがないわね……。じゃあちょっとこっち来て」


「なっ……おい!」


 自分の手を引いて歩き出すユカリ。

 普段であればそう簡単に自分の身体に接触を許すはずがないのに伸ばされた手を避けられなかった。

 相手にあまりにも邪気や敵意の類がないからか……?

 それとも自分はやはり疲れているのだろうか?


 近くに停めてあったユカリのライトバンの助手席に強引に押し込まれてしまったシズマ。

 何だかもう抵抗するのも馬鹿らしくなってシズマはされるがままシートに座った。

 馴れ馴れしい上に強引な女だ。

 それも、死神と呼ばれて忌諱されている自分に……。


 呆れと感心がないまぜになった感情のシズマは不機嫌そうな表情でドーナツを食べ始める。

 甘いものは嫌いではない。

 癪だが摂取した糖分が少しだけ荒んだ気を和ませてくれるような気がした。


「六丁目でいいんだっけ?」


 そう言うと返事も聞かずにユカリは車をスタートさせる。

 どうやらついでに送ってくれる気のようだ。

 六丁目には所轄の警察署がある。

 別にそこへ行く用事はないが訂正する気にもなれずに黙って食べているシズマ。


「ね、何で男のフリしてるの? 本当のお名前は?」


「~~~~ッ!!!??」


 驚きすぎてドーナツと一緒に指まで噛んでしまった。

 愕然とした表情でユカリを見るシズマ。


 ……何故わかった。

 同僚ですら知る者はいない自分の秘密を。


「ち、違う。お前の見間違い……お前は勘違いをしている!」


 丁度その時タイミングよく車が信号待ちで停車する。

 シズマは慌ててドアを開けて車外に出る。


「……俺は、俺は男だ! 忘れるなよ!」


 捨て台詞のように言い残して黒い髪を靡かせ走り去ってしまうシズマ。


「あちゃ~……ちょっとデリカシー無かったかしらね」


 それを茫然と見送って嘆息するユカリであった。




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