絶対零度の邂逅
偶然、街で散策中だったエトワールを拾ったユカリはおねだりされて街を案内する事になった。
本当は店番をルクシエルに任せっきりなので戻らなければいけないはずなのだが……あっさりと美少女の誘惑に負けて寄り道の旅に出発進行。
……この辺は駄目人間の面目躍如。
常に己の欲望に敗北する女……壬弥社ユカリ。
談笑しながらドライブした後でユカリはエトワールを小洒落たレストランに連れてきた。
賑やかなエリアからは少し外れた場所にあるそのお店は知る人ぞ知る名店。
ユカリが良く使うデートスポットの一つだ。
……たまに店内でカノジョ同士が鉢合わせして修羅場になる。
「ここはね、厨房にしっかりした窯があってそれで焼いたピザが美味しいのよ」
エトワールを店内へエスコートするユカリ。
(んっふっふ~。ここはねぇ、雰囲気もいいのよね~。周囲が静かで外の眺めは程よく緑もあったりして。大人の雰囲気のデートにご案内しちゃうわよ~っと)
……等と内心で邪悪にほくそ笑みつつ。
「おほっ……手慣れてますねぇ、おねーさん。デートのプロなんです?」
割と鋭い指摘をかましてくるブロンドの美少女にユカリの視線が露骨に泳いだ。
化けの皮が剥がれると脆い女、ユカリ。
……………。
給仕に案内されてテーブルに着き二人は注文を済ませる。
「……そういえばさ、エッちゃんは普段は何をしてる人なの? 今更だけどこんな事しててだいじょぶ?」
エトワールの外見は十代後半の少女なのだが、見た目と実年齢がまったく違ったりするのが超人の世界。
自分よりも年下のつもりで喋っていた相手が自分の数倍生きていたなんて事も別に珍しくはないのだ。
「あたしです? あたしは見たまんま……現役のジョシコーセーですよん」
聞けばエトワールは外見のままの17歳なのだそうだ。
財団の本拠地のある国のガッチガチの名門校の生徒であるらしい。
「あらら、それじゃおサボりなんじゃないの?」
「ま、そーゆー事になりますかね~。つってもあたし、元々ほとんどガッコ行ってねーんで~」
フッとちょっとビターな感じの笑みを見せるエトワール。
「あたし11歳の時に大学卒業までの単位全部取っちゃって12の時に経済学の博士号取ってるんでもう正直ガッコ行く意味ほとんどねーんですよね」
あっけらかんと言い放った少女にユカリの口がカクンと開いた。
超人だからと言っても常人と頭の良さは変わらない。
彼女は正真正銘の天才なのだ。
エトワール・ロードリアスは学問であろうと運動であろうと魔術であろうと全てにおいて既に教師たちよりも優れているのだ。学校へ行っても彼女が学べることはほとんどない。
オマケに彼女が暮らしているのは財団が支配しているといっていい国であり国王ですらギャラガーにまったく頭が上がらないのである。
「登校すると一々校長センセが出てきてお早うございます!とか言って頭下げてくんですよね。そーゆーのがもうめんどくさくて……。対等の友達なんてのもいねーですしね。同世代はビビりまくって距離置かれるか揉み手しながら擦り寄ってこようとするのか、そのどっちかなんで」
「う~ん……」
冷めた口調で淡々と話すエトワールにユカリは複雑な表情だ。
あんまり他人様の家庭のことに口を出したくはないのだが……。
今のエトワールの周囲の環境はあまり恵まれているとは言えない気がする。彼女にとって。
「ちょっと失礼~。すぐ戻るからね」
席を離れるユカリ。
……少しお節介を焼こう。そうユカリは決めた。
それが良い結果になるのかどうかは正直わからないが。
……………。
メッセージを残すつもりでスマホに掛けたのだが相手はすんなり通話に出た。
『どうしたの? こんな時間に……ユカリ』
「こんにちは、ミレイさま。ええっとですねぇ……突然なんですけどミレイさまにご紹介したいお嬢さんがおりまして~」
即座に通話に出た相手は比良坂ミレイ。
今日は平日で彼女は学園のはずだが、幸いにしてちょうど休み時間だったようだ。
『紹介? 私に……?』
スマホから聞こえてくる声から相手の戸惑いが伝わってくる。
……それもそうか。話が少々唐突すぎた。
「私が親しくしてる外国のお嬢さんなんですけど、彼女はこちらに知り合いがほとんどいなくて。ミレイさまと同い年の子なんです。よろしければ交流を持っていただけましたら……」
『ちょっと待って』
言葉を遮られたユカリ。
少しミレイの言葉の温度が下がったような……?
親しくも何もまともに言葉を交わしたのも今日が初めてなのだが「私もよく知らない人を紹介します」ではますます意味不明になってしまうのでしょうがない。
『……今、その人と一緒なのね?』
「ええ、はい、まあ一緒にお食事などを……」
何故か問い詰められているような心地になりユカリは若干言葉がたどたどしくなる。
『二人だけなのね?』
「はい、そう……ですね?」
フーッとスマホから長い息の音がする。
嘆息なのか……これは? よくわからなくて怖い。
『今すぐに行くわ。そこを動かないでちょうだい』
えらく無機質な声でそう言うとミレイは通話をブツッと切ってしまう。
「えぇッ!? ちょっと!? ミレイさま……!!?」
まだ放課後ではないはずなのに? 今自分がどこにいるのかも伝えていないのに!?
……だけど掛け直してもミレイは出てくれない。
ユカリがテーブルに戻って大体30分くらい経過した頃に駐車場にタクシーが停まった。
降りてきたのはベージュのブレザーの……ミレイだ。
本当に来てしまった。
どうしてこの場所にいるということがわかったのだろうか。
……その答えはミレイはユカリのスマホの位置情報を登録していたからである。
「ごきげんよう。初めまして……私は比良坂ミレイと申します。こちらの壬弥社ユカリさんに公私ともに色々とお世話になっている者です」
ユカリたちのテーブルまで来るとミレイは優雅な所作で一礼して名乗った。
一部の隙も無い完璧な良家の令嬢としての振舞いだ。
「どーもでーっす。あたしはエトワール・ロードリアス。ヨロシク~」
対するエトワールは挨拶をラフにさらっと流した。
流しつつも……彼女の頭蓋の内は高速で回転している。
(あ~ん? ヒラサカミレイ? 何か聞いた事ありますね……)
エトワールの頭の中には財団にある要人データが大体記憶されている。
(ああ、そーだそーだ。皇国の将軍位継承問題で兄貴を毒殺されて自分もヤバかった元お姫様か……。さっすがおねーさん、ヘンなのとパイプがありますね~)
表面上笑顔を見せつつもそんな事を考えているエトワールだ。
(……ってゆか、ヘンなのっつーかヘン過ぎるでしょこのお嬢様。魔力量はあたしらと互角張れるくらいあんのに戦闘は完全にどシロートじゃねーですか)
エトワールくらいの使い手になれば相手の視線の移動や歩き方からでもどのくらいの戦闘巧者であるのかが見分けられる。
彼女の見立て通りにミレイは戦闘に関しては完全な素人である。
一方でミレイは……。
(ロードリアス!? ロードリアスってあの財団の!!? 覇王の血族……!! どこで引っ掛けてきたのよ……ユカリ……っ!!)
と、それはそれで内心で戦々恐々としているのであった。
ともあれ表面上は極めて和やかに談笑している二人。
スマホの番号を登録しあったりもしている。
その様子を見てユカリもホッと安堵の吐息を漏らした。
「それじゃ私はちょっとお化粧室に……」
席を外すユカリを二人が笑顔で見送る。
そしてユカリの視線がテーブルから切れた瞬間……。
『………………』
エトワールとミレイは同時に会話を止めて真顔になる。
表面を取り繕って喋っている間もお互いに相手の内心の冷気には気が付いていた。
無言になって視線をぶつけ合わせる両者。
その間の空間には見えない冷たい火花が散っている。
「ハッキリ言わしてもらいますけど……」
口火を切ったのはエトワールだった。
「お宅、おねーさんの傍にいるのに相応しくねーですよ。わかってます?」
「な……ッ!!」
表情を強張らせたミレイが椅子から腰を浮かせかける。
「どういう意味よ……!」
ギラリと目を光らせるミレイにやれやれと言った様子でエトワールは肩をすくめた。
「そこでまだピンと来てねー時点でお話になんねーんですよ。お宅、おねーさんがどんだけ凄い超人なのかわかってねーでしょ? あの人は超人の世界でも頂点にいるほんの一握りの上澄みなんですよ。そんでもってお宅は? まったく戦えねーですよね?」
「うっ……」
痛いところを突かれたミレイが言葉に詰まる。
その様子を見たエトワールが冷たく笑う。
「つまりお宅はおねーさんが何かピンチの時でも一切役に立たねーって事でしょうよ。それどころかおねーさんはお宅を守るのに手を取られるかもしんねーですね。足手まといだってこと」
「……………」
何かを言いかけて半開きになったミレイの口が結局言葉を発することなく閉じられる。
……言い返せない。
完全に言い負かされた。相手の言う通りだと沈痛な表情で俯くミレイ。
「ただいま~っと。あれ? どしたの?」
そこに呑気にユカリが戻ってくる。
入れ替わるように、よっこらせとエトワールが立ち上がった。
「や、なんでもねーですよ。……ちょいっとあたし用事が入っちったんでここで失礼させてもらいますね」
「え? 送る送る……」
慌てて再度立ち上がりかけたユカリをエトワールが肩に手を置いて留める。
「いやいや、ミレイさん来たばっかしなんで、もうちょいお付き合いしてあげてくださいな。あたしはその辺の景色見ながら歩いていきますんで~。楽しかったですよ、おねーさん。また遊んでくだせーな」
ひらひら手を振って行ってしまうエトワール。
出ていく前に彼女はカードで支払いも済ませて行ってしまった……ユカリたちの分まで。
「ユカリ……っ!!」
エトワールが店を出ていくのと同時に勢いよく立ち上がったミレイ。
栗色の髪の令嬢は思い詰めた表情ででユカリに縋りつくと彼女をガクガクと揺さぶった。
「アウアウ」
「お願い……ユカリ、私に戦い方を教えてちょうだい。私を戦えるようにして……!」
そして彼女は必死に懇願する。
「え? イヤです」
「なんでよ!?」
あまりにもあっさりバッサリ断られて悲痛な声を出すミレイ。
「なんでは私のセリフですよぅ。急にヘンな事言いださないでください。ビックリしちゃうじゃないですか。ミレイさまは戦いません。戦わせません。だからそんなお勉強する必要は全く全然これっぽっちもないんですよ。……ね?」
ミレイの両肩に手を置いてユカリが優しく微笑む。
……しかし、その優しさは今のミレイが求めているものではない。
涙目になって口を尖らせた彼女はプイッとそっぽを向くのであった。




