緑の聖域
ユカリのスマホがポコンペコンと軽快なメロディーを奏でたのは夜が明けてすぐの時分であった。
「ふぁァい~はいはい~っ。なんでしゅか~、ユカリさんですよぉ~」
半覚醒の寝ぼけ眼で通話に出るユカリ。
「ハイハイ………えっ?」
不意に彼女が真顔になる。
その手からスマホが落ちて床で跳ね、画面に亀裂が入った。
「キョーコちゃん……」
落ちて画面が割れたスマホに目もくれず真っ青な顔で呆然と呟くユカリであった。
……………。
一時間半後。
火俱楽総合病院の廊下を険しい表情のユカリが足早に進む。
全身から悲壮感を漂わせ若干涙ぐんでいるユカリ。
「……キョーコちゃん!!!」
バーンと勢いよく病室の扉をあけ放って飛び込んできたお騒がせユカリさんを見るベッドの上のキョウコ。
「ユカリ……。ごめんなさい、貴女にも連絡がいってしまったのね」
辛そうな表情で俯く病院着の環境保全課課長。
彼女の頭には包帯が巻かれており痛々しい。
「死なないでぇ~!! キョーコちゃん~!!!」
泣きながら縋り付いてくるユカリをキョウコが嘆息しつつ抱き返す。
「死なないわよ、大丈夫」
キョウコはそう言っているが少なくとも先ほどユカリが彼女の部下から連絡を受けた時はまだ意識が戻っていなかったのだ。
超人ゆえの回復能力で持ち直しはしたが一時はかなり危ない状態だったのである。
昨夜、汚染エリアの浄化に出向いて謎の超人の襲撃を受けたキョウコ。
その相手……ダークネスウィングと名乗った覆面のレスラーは彼女を打ち倒すと他の職員には目もくれずに悠々と引き上げていったらしい。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇん」
だばだば涙を流しているユカリを抱きとめて顔を拭ってやっているキョウコ。
傍らでそれを見守っていたキョウコの部下たちや医師や看護師、ルクシエルたちが互いに目配せをして無言で病室を出ていく。
……そうして、その場はユカリとキョウコの二人だけになった。
「……ユカリッッ!!!」
周囲から自分たち以外の人の気配がなくなると今度は逆にキョウコがユカリに縋り付いてくる。
抑えていたものがあふれ出したかのように彼女は大粒の涙を零す。
「怖かった……怖かったわ、ユカリ……!! 私……私、殺されると思った……ッ!!!」
自分に縋り付いて嗚咽を漏らして震えているキョウコを優しく抱きしめるユカリ。
「うん。怖かったね……。もう大丈夫だよ。私が付いてるから」
穏やかな声でキョウコの耳元で囁き、背中を撫で続けるユカリであった。
……………。
病室の扉が開き、ユカリが出てくる。
キョウコは眠りに就いたので退出したのだ。
「ユカリ……」
声をかけてビクンと身をすくめたルクシエル。
ユカリからはこちらが息をのむほどの激しい怒りのオーラが放出されていたからだ。
「誰よ~……私のキョーコちゃん泣かしたのは~。バラッバラのコナゴナにしてやるからね~」
ムスッとした表情のユカリが低い声で呟いた。
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煌びやかに飾り付けられたホテルの豪奢なパーティーフロアに集った者たち。
立食形式の会場で彼らは思い思いにグラスを片手に談笑している。
人数は三十人弱といったところであろうか。
統一性のない集まりだ。
性別も年齢も恐らくは国籍もバラバラであろう人々。
ただ一つ、そういうルールであるのか全員が何らかの覆面で顔を覆っていて素顔はわからない。
「……………」
そんな人々を壁際で一人無言で眺めているスーツ姿のリゼルグ・アーウィン。
有難いことだ、とリゼルグは今考えている。
パーティー参加者たちの仮装のことだ。
これなら包帯で顔を覆った自分もむやみに目立つことはないだろう。
この集団は自分たちを『緑の聖域』と呼称している。
浸食原生樹海エンディア・デューラを世界全域に広げて人の世を終わらせようと目論む者たちだ。
(その割には……普通の人間ばかりだな)
視線だけで周囲を見回してリゼルグはそう思った。
普通の人間は浸食樹海内では死ぬか異形の怪物に成り果てる。
つまりここに集って楽しそうにしている者たちの大半はこの世界を道連れに破滅したいと願う異常者ばかりという事なのか……?
(酔狂ここに極まれり……か。理解できないな。興味もないが)
静かにグラスを傾けるリゼルグの視線が横に移動していく。
自分以外の参加者全員が常人というわけではない。
超人が……二人いる。
二人とも人々の談笑の輪には入ろうとせずに会場の片隅で揃って佇んでいる。
一人は白銀の鎧を着込んだ騎士。
身長は180台前半くらいか。灰色のマントを垂らし腰に長剣を下げたその騎士はフルフェイスの兜を被っていてやはり素顔はわからない。
兜の額の部分には白鳥を象った飾りがある。
もう一人は……女性だ。身長160前後。適度に日焼けした肌の長いブロンドの女性。
スカジャンにダメージジーンズというラフな格好で、顔には縁日の夜店で見かけるようなプラスチックのお面を被っている。何らかの特撮系のヒーローの面のようだ。
シルエットや格好からするに未成年か……?
飲食物には一切手を付けようとしない鎧の騎士と違って、こちらは面をずらして自分で取って来た料理を食べているようだ。
その所作は見た目にしては上品である。
(二人とも相当な実力者だな)
発するオーラから二人の超人の実力を推測するリゼルグ。
どちらも元自分が所属していた黒騎士レベル……それも上位陣に匹敵する。
(どこで見つけてきた? これほどの戦士を……)
同時に彼の心中に疑念が沸き起こっていた。
二人の超人は頑張って探してきたからといって見つかるようなレベルの人材ではない。
大国の王が頭を下げてまで迎え入れたくなるような超一級の超人をこんな目的の集団が……?
高額の報酬で釣れるようなものでもないだろう。
何せこの集まりの目的が達成される時、いかに多くの報酬を受け取っていようがそれを使える世界そのものがなくなってしまうのだから。
「やあ、諸君。遅くなってしまってすまないね。年甲斐もなく衣装選びに熱が入ってしまったよ」
やってきた教授をパーティーの参加者たちが拍手で出迎える。
今日の彼はタキシードに蝶ネクタイ姿。
そして目元を覆う羽を広げた蝶々の覆面をしている。
「皆に新たな我々の友人を紹介しよう。彼の名は……そうだな、『傷付いたもの』としておこうか」
教授の紹介を受けてリゼルグが軽く頭を下げる。
あだ名で紹介したのはそういう集いだからなのか。
何とでも好きに呼んでもらえればいいと思っているので呼び名をあっちで考えてくれたのは助かる。
その後、数人がやってきて教授を交えて会話をしたのだが他の者たちも互いにニックネームを名乗り合っていた。
ある程度の顔見せらしいやり取りを済ませた後、リゼルグを伴い会場の奥へ移動する教授。
……あの二人がいる場所へ向かっている。
超人の二人。
「君と同じ我が『緑の聖域』の頼もしき守護者たちだ」
教授はまず白銀の鎧の男の前にリゼルグを誘った。
すぐ近くまで来てみてもリゼルグの二人への印象は変わる事は無かった。
二人ともただ静かにそこに佇んでいるだけなのだが、それでも自分には内包する凄まじい魔力量がなんとなく感じ取れる。
もしかしたらこの二人は黒騎士でも無双の強者であった序列一位と二位の二人にも匹敵する……或いはそれを凌ぐかもしれない使い手なのではなかろうかとすら思った。
「『白鳥の騎士』だよ」
「……………」
紹介を受けた白鳥の兜の騎士は無言で剣を掲げて敬礼の姿勢を取った。
見た目のままの異名だ。
リゼルグも黙ったまま肯くのみに留める。
「そして『剣牙虎』だ」
「ちぃ~っス」
スカジャンのポケットに両手を突っ込んだまま、首を横に傾けて挨拶? らしき声を上げるセイバートゥース。
随分とお行儀がよろしくない。
これもスカジャンの背には虎が刺繍されているのでそのままといえばそのままのニックネーム。
つまり自分も含めさしたる意味もない呼び名と言う事だ。
互いを識別する記号であるというだけで。
これほどの猛者が二人、何故世界を滅ぼす陰謀に加担しているのか。
自分のように投げやりにどうでもいいと思ってそうしているのだろうか……。
「グアーッハッハッハッハッハッハッハァッッ!!! いやいやすっかり遅くなってしまったッッ!!」
その時、会場の入り口の辺りから突然大声が聞こえてきて全員の視線がそちらに向き、会話が止まった。
入ってきたのは黒地に赤い縁取りのマスクを被った巨漢のレスラーであった。
やってきたのが彼だとわかると会場がワッと沸いて拍手や歓声が沸き上がる。
珍妙な恰好をした男だが……あれも超人。しかも他の二人と同等の実力者であるという事をリゼルグが察する。
これで自分を含めて超人は四人になったわけだ。
「彼は『闇の翼』だ。人気ものでね。君に紹介できるのは少し後になるかな」
教授の言葉の通りに覆面レスラーは多くのパーティー参加者に囲まれている。
正直リゼルグとしてもあまり積極的に交流を持ちたくなるタイプの相手とは思えないのでそこはむしろ助かるのだが。
「所属している超人はここにいる方々で全員ですか?」
包帯の男が教授に尋ねると彼はいいや、と首を横に振った。
「あと一人いるんですよねーこれが。あたしらを束ねてるリーダーがね。今は来てませんけどね。近い内に会えるでしょーよ……お楽しみにぃ~」
台詞の最後にククッと短い笑い声を発したヒーローのお面の少女。
その声はどこか面白がっているように聞こえる。
会えば驚くぞ、と言われているようだ。
そうですか、と短く返事をするリゼルグ。
となれば、この組織に所属する超人は全部で五人。
この場にはいないリーダーとやらもこの三人を束ねているというのなら少なくとも同クラスの実力者なのだろう。
大国とも余裕で戦争ができそうな戦力である。
……最もこの組織の最終目的は世界の滅亡なのだからこれだけの人材を集めてもまだ足りていると言えるのかはわからない。
教授が人数分のグラスをトレイに載せて運んでくる。
「さあさあ友人たちよ。乾杯しようじゃないか。間もなくやってくる完全なる美しき世界にね」
一人一人にグラスを手渡しながらいつもよりか幾分か弾んだ声で言う教授であった。




