彼女の戦場
超人たちの中でも最上位の実力者たちが集う紫桜会。
伝説の大魔女アムリタ・アトカーシアが主催する集団である。
その紫桜会の数日前の会合の時のこと。
会場は『紅龍飯店』の広い客席フロア。
宴もたけなわといったところだ。
「貴方が行くのはいいんだけど~……」
トウガを見上げて言う紫桜会の盟主アムリタ・アトカーシア。
翡翠の色の髪を持つ少女。
若干アルコールが回っている彼女の頬はやや紅潮している。
「戦闘は一切禁止ね。わかってる?」
「うッ……!!」
呻いて動きを止めた巨漢……緒仁原トウガ。
彼は無頼の格闘家。自らが考案した武術『天凱流』の開祖だ。
人呼んで……攻撃する筋肉。
その異名の意味は彼と立ち会えば自ずと理解できる。
トウガはギギギギ、と軋む音が聞こえてきそうなほどぎこちない動きでアムリタの方を見た。
「いや……超人ってのはよ……」
「私も超人ですけどぉ~? その私がやめてねって言ってるんだからやったらダメよ」
にっこり笑って言うアムリタ。
笑顔ではあるが圧が強い。
紫桜会に集った無双の豪傑たちは唯我独尊の精神の持ち主ばかりなのだが……皆一様にこの少女のような外見をした盟主には弱い。
畏怖しているので従わざると得ないというわけでもない。彼女の独特の人徳である。
「いや……武術家ってのはよ……」
「だぁかぁら~、私も武術家でしょうって!! これから仲良くしませんか? ってお誘いに行くのに喧嘩売ってどうするのよ」
ぷんすか怒り出してしまったアムリタ。
どうすりゃいいんだ、みたいな困り果てた表情でトウガは天井を仰いだ。
「……キキッ、ソイツぁ殴り合ったら親友になれるっつー幻想を信じてンだよ。少年漫画の世界で生きてんのさァ」
グラスを傾け、それからギザギザの歯を見せて笑うツリ目の美女……リュアンサ。
狼狽える巨漢を見る女医は楽しそうだ。
「そういう世界観を否定するわけじゃないけど……」
眉間に人差し指を当ててフゥ、と物憂げな吐息を吐くアムリタ。
「少なくとも私はこっちの意見は無視して一方的に戦闘を仕掛けてくる相手にいい感情は持たないけどなぁ」
「けどなァ、実際にはそんなヤツらばっかしだろ? 強者の宿命だなァ……キシシッ」
グラスを頭より上の位置まで持ち上げるリュアンサ。
照明の明かりを受けて波打つ琥珀色の液体がキラキラと煌めいている。
「『強さ』ってのはなァ……それを持ってても持ってなくてもキラキラ光った宝物みてーに思ってるヤツが多いって事さ。比べてみたくなるんだよ、アイツとオレの宝物はどっちがキラキラでピカピカなのかってなァ」
「自分の価値は自分が知っていればいいものだと思うんだけどね……」
トホホ顔で水餃子を口に放り込むアムリタであった。
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……そして現在。
緒仁原トウガはリゼルグ・アーウィンの繰り出したナイフの一撃を生身の人差し指で止めていた。
(妙な武技を使う……)
眉間に皺を刻むリゼルグ。
力を込めて刃を押し込んでみるが、その鋭い切っ先に人差し指の先を当ててトウガは微動だにしない。
彼の指先から血が一滴垂れて落ちたがその程度では痛みも感じてはいないだろう。
「どうよ? 俺の天凱流はよ」
黒い道着の男はニヤリと不敵に笑う。
今、トウガは全身の魔力を人差し指の先に集中している。
天凱流の極意とは全身に纏った魔力を自らの意思で自在に操り集散させる事にある。
身体の好きな部位に集めるのも散らすのも長年の修練によって思うがままだ。
つまり現在トウガは指先以外は全く魔力を帯びていない。
魔力を帯びていない箇所は超人ではない普通の人間程度の耐久力しかない。
そんな部位に超人級の攻撃を受ければ一撃でお陀仏である。
だというのにこの男はこの剛硬指変を多用する。
……何故ならハッタリが効くからだ。
これを披露すると大抵対戦相手はドン引きする。
「……………」
現にリゼルグも……。
身を退いて再び『影渡』を使ってトウガの視界から姿を消す包帯の男。
再度死角からの攻撃を仕掛けるつもりかとトウガが警戒していると……。
「……んあッ!? オイッッ!!!」
殺気が……遠ざかっていく。
リゼルグは戦闘を放棄してあっさり撤退してしまった。
「何だよえらい諦めがいいじゃねえかよ!!」
肩透かしを食らって不満げな声を出すトウガ。
深追い無用と判断すれば執着せずに立ち去る……この切り替えの早さもリゼルグ・アーウィンが精神的な部分で以前の彼とは違う事の証左。
リゼルグ・アーウィンはメンタルの部分に僅かに脆さを抱えていた。
以前の彼であれば状況が思うように展開しなければ気分を害して思考や行動が荒っぽく雑になっていた所だ。
突然乱入してきた得体の知れない男がすぐに始末できるような相手ではないと理解するや否や彼は二対一になる事を警戒して迷わず撤退を選んだ。
(急ぐこともない。機会はいくらでもある。ユリアーゼはこの街を離れはしないのだから)
倉庫街を疾駆して何処かへと姿を消すリゼルグであった。
……………。
僅かな間周囲の気配を伺い、どうやら相手が本当に立ち去ってしまったらしい事を理解するトウガ。
彼は釈然としない様子で自分の頭を鷲掴みにして乱暴に掻いた。
「チッ、まあいいか……。お邪魔虫が消えたってんなら本命にお相手を……」
ゆっくりと振り返る。思わせぶりな溜めを作りながら。
(悪いなアムリタ。やっぱ俺はどうしても比べてみてえんだ……ピカピカをな)
緒仁原トウガは自分を紫桜会で最強の超人だと思っている。
それは大半のメンバーも同じであろうだろうが。
そんな彼がもしかしたら、ひょっとしたら……ほんのちょっとだけ自分よりも強くないか? と思っていたのが三好ショウセイだ。
そのショウセイが破れたと言う。
相手の強さに興味を持つなと言うのは無理な話だ。
壬弥社ユカリと戦うために自分はやってきたのだ。
本気で拳を交えればわかりあえるという幻想をトウガは信じている。
「ありがとう!! も~心底困り果ててたの!! 本当に助かったわ!! どこのどなたかは存じないけどあなたは私の恩人よ!!!」
「……うおッ!!?」
思わせぶりに振り返ってみれば自分のすぐ近くまで迫ってきていたユカリ。
彼女はトウガのゴツくて大きな手を両手で取ってぶんぶんと勢い良く振る。
「お礼をしたいんだけど……ごめんなさい! 今ちょっと滅茶苦茶立て込んでて!! これ私の番号ね……連絡下さい!! ヨロシクね!!」
一方的にそうまくし立てるとユカリは折り畳んだメモ紙をトウガに握らせ、ドババババと派手に砂埃を上げながら一目散に走って行ってしまった。
「…………お、おう」
茫然とそれを見送ってから呟くように言う黒い道着の男であった。
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倉庫の中は熱気に包まれている。
「……二十万!!」
「二十二ッッ!!!」
手を上げて声を張り上げている骨董業者たち。
ここは海千山千の目利きたちが鎬を削る戦場である。
「二十二……いないか!!? ハイ黄玉堂さん落札ッッッ!!!」
競り人の老人が声を張り上げ、また一つの品が売れていく。
そんな中に混じってユカリも必死に競りに参加している。
「……四十ッッ!!!」
先程ユカリが興味を持って眺めていた水屋箪笥が競りにかけられ、ユカリが真っ先に叫んだ。
狙った品物にいきなり高値を入れて他を黙らせる「一本槍」と呼ばれる入札のテクニックである。
自分の本気度を示すことで相手に競っても無駄だと思わせるのだ。
勿論同程度の熱量の持ち主がいたらそこから競り合いになってしまうこともある。
「………………」
その様子を人垣の後ろで腕組みをして黙ってトウガが眺めていた。
……………。
数時間後。
ユカリはライトバンの後部にぎっしりと競り落とした品物を積み込んでハンドルを握っている。
助手席にはトウガが座っている。
「やー、積み込みまで手伝ってもらっちゃって何てお礼を言えばいいやら……」
「あんなモン運動の内にも入らねえよ」
ヘッ、と軽く笑う無精ひげの巨漢。
結局彼は市場の終わりまで見物して、それからユカリが競り落とした品々を車に積み込むのを手伝った。
そうして二人は帰路の途中というわけだ。
「欲しいやつは全部買えたのか?」
「まっさかぁ~。そうそう上手くはいかないわよ。あの市場はねえ、火倶楽中どころか外国からも目利きが集まってるんだから。でもまあ、今日は割と買えた方かな……うふふ」
欲しいものを競り落とすというだけなら金に物を言わせればいくらでも可能であるが、それではただの富豪のマニアでしかない。
ユカリは古道具屋だ。商売なのだ。
いくらで落としていくらで売るのか……きちんと考えて商売になる範囲で落札しないといけないのだ。
屈託なくユカリは笑っている。
疲労もあるが満足げなその表情が何故かとても眩しく思えてトウガは目を細める。
『アイツにはよ~、他に大事なモンがあんだよ~』
ショウセイの台詞が思い出される。
「……この辺でいいぜ。寄せてくれ」
「え? 私に何か用があったんじゃないの?」
驚くユカリにああ、とトウガが肯いた。
「人づてにアンタの話を聞いてよ。どんなヤツなのか興味があって見に来たんだ」
妙にすっきりした表情でトウガは軽く笑う。
「見たかったもんは見れた。俺は満足だ。引き上げることにするよ」
「ご飯食べてかない? お礼したいんだけど……。お酒飲んでもいいわよ。私が送るから」
危ない所を助けてもらって荷物運びまでさせてしまっているユカリには心残りがあるようだ。
「だはははッ!! そいつぁえらい魅力的なお誘いだが……まぁ、それは次の機会があればって事にしとくぜ」
ユカリが路肩に車を寄せて停めるとトウガは見た目に寄らない軽快な動作で降りる。
「じゃあな。縁があったらまた会おうぜ」
そう言って大男は肩越しにひらひら手を振って去って行ってしまう。
ガランゴロンと下駄の音が遠ざかっていく。
「……私の何を見たかったんだろ? カッコいい競りかな?」
首を傾げてから車を出発させるユカリなのであった。




