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帰ってきた復讐者とやってきた挑戦者

 星辰館学園、朝の教室。

 本日の比良坂(ヒラサカ)ミレイは上機嫌であった。


「……ミレイちゃんが幸せそうだ!」


 鼻歌を歌いながらスマホを操作して画面を眺めている御令嬢を興味深そうに見ているアカネ。

 彼女は忍び足でミレイの背後に回ると背伸びしてスマホの画面を覗き見る。


 ミレイが眺めている画面には……可愛らしい子供服がいくつも表示されている。

 どうやら子供用衣類を取り扱う販売サイトらしい。


「えっ!? 妊娠した!!??」


「……してないわよ!!!!」


 真後ろでとんでもねえ事を言い出したアカネに振り返ったミレイが叫ぶ。

 教室中の視線が二人に集まってしまった。


 慌てて口元に手を当ててお上品にごまかし笑いをするミレイ。


「……この前言ったでしょ? 私、妹ができたの」


「ああ~、何かおうちが外国の子を引き取ったって……」


 それは先日の事件で母を失ってしまい孤児になったサーラの事だ。

 彼女は現在、唐橋老人に引き取られて彼の屋敷でミレイと一緒に生活している。


 ミレイがスマホを捜査して画像を表示する。

 しゃがんだ彼女と顔を並べてまだ若干ぎこちなく微笑んでいる褐色の肌の少女の画像だ。


「凄く可愛いのよ。私のことをお姉ちゃんお姉ちゃんって……。ハッ!!?? あげないわよ!!!」


「……あほくさ。誰がくれ言うてますのん」


 白けた表情で嘆息するキリヲであった。


 ───────────────────────────────────────


 古道具屋『のすたるじあ』の午後。

 カウンターにある店のPCを眺めていたルクシエルが顔を上げた。


「……ユカリ、案件の依頼が来てるんだけど」


「へ……?」


 ぽかんとしているユカリ。

 何を言われているのかが理解できていない。


 ルクシエルの言う「案件」とは企業から動画にPR投稿をしてもらえないかという依頼の事である。

 若者言葉に属するのでユカリはピンときていない。


「クニマツ食品さんから。多分ユカリの動画で自分のところの商品を食べてくれないかって話だと思うけど……」


「ん~……そういうのはいいかな……。益々動画の趣旨から外れてっちゃうし……」


 ユカリはあまり乗り気ではないようだ。


「焼肉屋さんからうちに来て上ミノとかミスジを好きなだけ食べてくださいとかいう依頼はないの?」


「趣旨はどこいったのよ……」


 半眼になるルクシエル。


 そこそこ話題になり結構登録者数も増えてきた『のすたるじあチャンネル』であるが、相変わらず再生数のカウンターが回るのはユカリが食べている投稿ばかりだ。

 食べていないものは極端に再生数が落ちる。

 ユカリが動画を投稿し始めた動機である「古道具の良さを皆に伝える」という目標についても効果が出ているのか出ていないのかいまいちよくわからない。


「人が食べてる動画をなんで皆喜んで見てくれるのかしらね……。妙に好意的なコメント多いし……」


 自分の動画が何故うけているのかがよくわかっていないユカリであった。


 ─────────────────────────────────────


 煌神町では三か月に一度、骨董業者たちによる大きな競り市場が開催される。

 ユカリが店のマスコット? であるイチロウさんを競り落としたのもこの市場だ。


 だだっ広い倉庫を貸し切って開催されるこの市場。

 そこには競りにかけられる数多の品々が並んでおり、数多くの業者たちが集って開始時間まで回って吟味するのである。


「……お、ユカリも来てんなぁ」


 野球帽にジャンパーに前垂れ姿の競り人の老人に声を掛けられたユカリ。


「こんにちは~。今日はよろしくね」


 笑顔で手を振るユカリ。

 今日の彼女は気合が入っている。

 前回の市場はなんやかんやゴタゴタしていた時期で来られなかったのだ。

 ユカリにとって半年ぶりの市場であった。


「おうよ。張り切って落としてくれよ」


 老いた競り人が所々隙間のある歯を見せて笑った。


 ……………。


 その後も倉庫内を回って品物を見て回るユカリ。


(あ、この水屋いいなぁ……)


 一棹の水屋箪笥に目をとめたユカリがまじまじとそれを眺めていると……。


「あっ……」


 不意に感じた首の後ろを炙られるかのような感覚。

 これまでにも何度となく味わってきている……しかし一生慣れることはないであろう凍てついた炎の気配。


 ……殺気だ。


(ちょっとちょっとちょっと~!! 今はやめてよ~!! せめて六時間後にして~!!!)


 ユカリが内心で頭を抱えて悲鳴を上げる。

 誰かが自分の命を狙っているという事よりもそっちの方が遥かに彼女にとっては大問題。

 今トラブルになると競りに参加できない……!!


 ……とはいえ。


「はぁ……」


 重たいため息をついてからユカリが倉庫を後にする。

 もし相手が本格的にイカれていてあの場で遠慮なく仕掛けてくるようであれば……あの場の品物や人々に被害が出てしまうようであれば自分はもうこの業界にはいられない。


 泣きたいような気分でユカリは倉庫を出てあえて人気のない方へと向かう。


「誰だか知んないけど……」


 酷く荒んだ気分で涙目のユカリが振り返る。


「今の時間に私の邪魔したら楽な死に方はできないわよ……!!」


「それは失礼したな。お前の店を荒らすよりはいいかと気を使ったつもりだったが」


 振り返った彼女が見たものは、酷いガラガラ声で話す顔面を包帯で覆ったスーツ姿の長身の男。


「あれ。……え?」


 一瞬、怒りも忘れて目を丸くするユカリ。

 男の声には聞き覚えがなかったが発する魔力には覚えがある。


「なーんだ、またリゼルグ(あなた)なの。この前の仕返しのつもり?」


「私が生きているという事についてはそれほど驚きはないか」


 あの夜、ガイアードカグラ本社ビルで退けた男が再び自分の前にいる。

 リゼルグ・アーウィン。

 元自分と同じ黒騎士(オルドザイン)の序列三位だった男。


「別に殺したつもりはないからね。邪魔だったから無力化はしたけど」


 ユカリに本気の殺意があればあの時首を落としてから先に進んでいる。


「……けど、そこまでメチャクチャにした覚えはないわよ」


 顔をしかめるユカリ。

 彼女が言っているのはリゼルグの顔を覆っている包帯のことだ。

 雑に巻かれているので所々に隙間があり、そこから無残な傷跡が覗いているのだ。


「これか……」


 リゼルグが目の下あたりの包帯に指を引っかけて顎まで引き下げた。

 顔の中央部分が外気に晒される。

 ユカリが若干眉をひそめた。

 顔中が傷だらけだ。

 特に眉間にひと際目立つ大きなバツの字の傷がある。

 彼の自慢であったはずの美しい面差しが……今では見る影もない。


「これなら気にするな。死なずには済んだが回復の過程でしばらく正気を失っていてね。自分で付けた傷だ」


 凄惨なことを淡々と語るリゼルグ。


「あの時のお前の気持ちが今ならよくわかる。確かに私は殺すほどの価値もない相手だったな」


 乾いた笑みを見せる傷顔の男に警戒感を強めるユカリ。


(うわッ! めんどくさ! 何コイツ……前よりかなり強くなってる)


 以前のリゼルグとは明確に威圧感が違う。

 これは……自分の生命を脅かしうる強敵の放つ圧。

 彼ほどの力量の戦士が短期間で身体能力や戦闘技術を大幅に高めるのは極めて難しい。

 変わったのはきっと精神(こころ)のあり方……何かを悟ってメンタル面が強化されたか。


「今でも夢に見る。……あの時のお前の目。私のここを切り裂いていった時の」


 首に真横に走った傷跡を指先で辿るリゼルグ。


「まったく価値のないものを……無意味なものを見る目だった」


(そうまで考えてはいなかったと思うけど……)


 あの時のことを思い出しつつ内心で嘆息するユカリ。

 しかし彼の言葉を強く否定はできない。

 まあまあ……冷たい目はしていたと思う。


「あんな無様を晒しておいて今更プライドがどうという話ではないが……」


 リゼルグ・アーウィンが武器を構える。

 彼が取り出したのは刃渡りの長いナイフである。

 長剣を扱う戦士だったはずの彼だが、戦い方を前とは変えたのか……それを左手で逆手に構え彼は腰を低く落とす。


「せめて穏やかに眠れる夜くらいは取り戻させてもらおうか」


 右手は……あの夜自分が切り飛ばした右手は。

 義手か? とりあえず腕は付いてはいるようだ。

 右手だけは完全に包帯で覆われていてその下の手が生身なのか人工物なのかはわからない。


「……………」


 ユカリも無言で構える。

 素手で立ち合うには相当にキツそうな相手だが……今は武器になるものを何も携帯していない。


「やはり武器はないか。あの時と同じだな。悪いが遠慮はしない。いかなる有利も最大限に利用させてもらう」


 状況は似通っていたもあの時とは相手の精神状態がまるで違う。

 慢心や油断が微塵もない。

 そもそもあの時はそこに付け込んでユカリはリゼルグを一蹴したが、もしも初めから彼が全力で掛かってくればもっと苦戦したはずだ。

 そこまで両者の実力には大きな開きがあるわけではなかった。


 だが今は戦士としてのリゼルグの精神は万全であり、付け込むべき隙は見出せない。


(……しゃーない、ちょびっと死に物狂いでやりますかねー)


 ユカリは……覚悟を決めた。


 恐らく死闘になる。

 ハイドライドやキリヲと戦った時同様に。


 張り詰めていく空気。

 濃縮され爆発寸前の殺意。

 そこに……。


 不意に……向き合う両者の耳に風切り音が聞こえてくる。

 周囲に高い建物はないのに何かが上空から落下してくる。


「ちょォォォォっと待ちなぁ~ッッ!!!!!」


 突如として二人の中間地点に降ってきた巨大な黒い影。

 のっそり起き上がったそれは肩から袖を落とした黒い空手道着に身を包んだ筋肉質の巨漢であった。

 太い眉に黒いぼさぼさ髪、顎には無精ひげのあるワイルドな男。


「悪ぃな色男。そちらのお姉ちゃんはこれから俺が口説くつもりでよ。割り込ませてもらうぜ」


 現れた男……紫桜会(シオウカイ)緒仁原(オニハラ)トウガがニヤリと笑う。


「誰だお前は……。月並みな脅し文句で申し訳ないが邪魔をするなら先にお前から死んでもらう事になるぞ」


「いいねいいねェ! やっぱ口説き文句ってのはそういうシンプルなやつじゃねえとな!!」


 両腕を体の前に出し構えるトウガ。


「『天凱流(テンガイリュウ)』の緒仁原トウガだ!!! 一つ盛り上がっていこうじゃねえかッッッ!!!」


「馬鹿め。これから死ぬ男に名乗る意味もない……」


 嘲りの言葉と共にリゼルグの姿が消えた。


「ぬッ!!?」


 歩法『影渡(カゲワタリ)』……相手の死角を突く武術の移動法。

 緩急織り交ぜた幻惑的な歩幅と視線の誘導で相手の視界からリゼルグが一瞬で消える。


(死ね……ッ!!!)


 トウガの注意が向いていないはずの位置から繰り出されたリゼルグの鋭いナイフの切っ先。

 それを……。


「天凱流『剛硬指変(ゴウコウシヘン)』」


 謎の武術家、緒仁原トウガは生身の人差し指の指先をぴったりと合わせて止めていたのだった。

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