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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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真っ黒いお掃除屋さん

 ユカリは正義の味方ではない。

 義憤に駆られてやってきたわけではない。

 近所の者として一言文句を言いにきただけなのだ。


 ……だというのにだ。

 軽く小突いたつもりの立てこもり犯は思った以上に相手はぶっ飛んでしまった。

 そして近くで縛られていた恐らくは人質にされていたのであろう別の男性を巻き添えにして死んだ(死んではいない)。

 自分は事態を収束させたのか悪化させたのか……判断がつかずにゲンナリしているユカリである。


「間近で怒鳴るからさ~。もうちょっと静かにしてよねっていう意味だったのに……」


 とりあえず昏倒している二人を並べてみた。

 同じ作業服姿のサイの獣人と人間の老人。

 二人とも白目を剥いて口は半開き……地獄の底を覗いたかのような苦悶の形相である。


「とりあえず笑顔にしてみたらもうちょっとマシになるかな?」


 ぐにぐにと顔をいじくり回して二人を無理やり笑顔にしてみる。

 ダメだ。不気味な笑顔の死体が二つになっただけだ。

 これはもうホラーものの物語の導入シーンである。


「酷いことになっちゃった。まあいいわ。とりあえず私はとんずら……」


 その瞬間、首筋を背後から冷気が撫でていく。

 思わず体を強張らせるユカリ。


「余計なことを」


 不快感を隠そうともしない静かな男の声。


 振り返ったユカリの目に入ったのは黒髪に黒服の男。

 冷たい目をした美男子だ。細面で色白の面相。

 腰まであるストレートの黒髪を特に束ねるでもなく無造作に垂らし、その隙間から氷のような視線をこちらへ向けている。

 黒い柄なしの長袖シャツに黒のズボンに黒い靴……何もかもが黒黒黒。

 それだけに白い顔がより際立つ。

 袖から覗く両手はケガ人のように包帯に覆われている。


 ……そして、その静かで冷たい雰囲気の男は腰に刀を帯びていた。


(『死喰鷲隊(フレースヴェルグ)』~~~~~~ッ!! それもよりにもよってコイツ……!!)


 表情には出さずに内心で思い切りイヤそうな顔をするユカリ。


 この男とは初対面ではない。

 名前は、蛇沼(ヘビヌマ)シズマ。

 彼の所属する部隊『死喰鷲隊(フレースヴェルグ)』は統治局付の特務部隊である。

『首斬り人』『始末屋』『死神』……()()に流れているこの男を形容する言葉は枚挙に暇がない。


 ……面倒な男に見つかってしまったものだ。


特戦隊(トクセン)が出てくるような事件(はなし)じゃないでしょ?」


「別件で近くにいた。俺が来れば……すぐに終わる」


 フレースヴェルグは精鋭部隊だ。

 警官隊や治安部隊では事態の収束が望めない場合に出張ってくる。

 ちなみにこの男が来たという事は問答無用で殺してお終いということである。


「景気よく()りすぎなんじゃないの? 化けて出られるわよ~」


 胸の前でそろえた両手の指先を下に向けてベロンと舌を出すユーレイのポーズをするユカリ。


「ルールに則って粛々と処理しているだけだ。嫌なら罪を犯さなければいい」


 だが黒髪の男は意に介した様子はない。

 はぁ、と諦めたようにユカリは嘆息して肩をすくめる。


「……はいはい。で、私はどこへ出向けばいいのかしらね。なるべく手短にお願いしたいんですけどね」


「……………」


 観念したユカリに対してわずかな間沈黙するシズマ。


「……失せろ」


「はい? いいの?」


 やがて男から発せられた簡潔な一言にユカリは目を丸くした。

 取り調べで最短でも半日は潰されると覚悟した矢先にこれである。


「こっちも好き好んでお前みたいなのと関わりたいわけじゃない」


「むかっ」


 冷たく言い放つシズマに一瞬ユカリもムッとなるがすぐに気を取り直して出口へとスタスタ早足で歩いていく。

 帰っていいというのなら彼の気が変わらない内にそうするだけだ。


「とにかく何だかよくわかんないけどありがとね。イイとこあるじゃない、(スネーク)


「妙な呼び方をするな」


 手を振って工場を出ていくユカリに顔をしかめるシズマであった。


 ───────────────────────────────


 翌朝、『のすたるじあ』一階奥の食堂。

 朝食の席では今日もニュース番組が流れている。


「昨日の話、まったくやらないね」


「そ~ねぇ……」


 ルクシエルが言うように昨日の立てこもり事件は今のところ一切報道される気配がない。

 苦笑いでそれに対応するユカリ。


 彼女には報道されない理由がわかっている。

 昨日の事件は迫害され搾取されていた獣人族の不満が爆発したのが原因らしい。

 それは統治局の不手際。

 ひいてはガイアード社による支配の綻びとも受け取られるだろう。

 奴隷のようにこき使っている者が反逆してきたという事件なのだから。


 それ故にこの一件はなかったこととして扱われる。

 ……別にここでは珍しい話ではない。


 だけどこの爽やかな朝のひと時にそういった政治の生々しい話をするのは抵抗がある。

 なのでユカリははぐらかすことしかできないのだった。


 ……………。


 壬弥社ユカリとルクシエル・ノイアーが一緒に暮らし始めて半月ほどが経過していた。


 ルクシエルは古物の知識については相変わらずであるが、通常の店舗スタッフの業務はほぼ問題なくこなせるようになっている。

 今では彼女に留守を任せてユカリが出張買取に出られるほどだ。


 ある日の午後、今は店内に客の姿はない。

 ルクシエルは独りカウンターにいる。

 ユカリは買取で外に出ており、彼女は留守番であった。


「……………」


 自分以外無人の店内を見回して物憂げに軽く息を吐いたルクシエル。

 彼女は今自分がこの火倶楽の街へ……ユカリの下へやってくることになったその経緯を思い出していた。


 ……………。


『ウィンザリア聖王国』


 ユカリには告げていないルクシエルの本当の祖国。

 西方の大陸の巨大国家。

 文化、軍事、経済……その全ての項目で世界最高クラスの大国だ。


 その日、ルクシエルは呼び出しを受けて聖王城へとやってきた。


 美しい白亜の巨大な城。

 そこは王城でもあり同時に女神を奉る神殿でもある。

 白銀の鎧を身に纏い純白のマントを靡かせて聖王城の廊下を歩むルクシエル。

 騎士団の精鋭たちでも今の彼女と同じ鎧を身に纏えるものはごく少数。

 聖騎士の証である。


 大廊下を進む表情のないルクシエルの横顔には若干の緊張による強張りが見られる。

 不断の努力で彼女が聖騎士になってまだ半年ほど。

 聖王城はいまだ彼女にとっては神経をすり減らさずには過ごせない場であった。


 城の中枢、巨大な両開きの黄金の扉の前で彼女は足を止める。

 扉には見事な女神の彫刻が施されている。

 この扉の向こうに聖王国の頂点に立つ者たちがいる。


「ルクシエル・ヴェルデライヒ……参上いたしました」


「入りたまえ」


 中からの声に応じて扉の両脇に立っていた騎士がゆっくりと扉を開いていく。

 ルクシエルは広い室内に入り、床に片膝を突くと深く頭を下げた。


 豪華な室内にいる八人の男たち。

 老人から中年まで年齢には開きがある。

 共通点は全員の装束。

 金の縁取りがされ豪華な刺繍の施された白いローブ。

 そしてもう一つは身に纏った厳粛な空気。


 彼らは聖王国の最高評議会のメンバーだ。

 今日は全員が集合しているというわけではないらしい。他にも数名の最高評議会員がいる。


 この国のトップである聖王はあまり統治には積極的に関知しない。

 実質的にウィンザリア聖王国を動かしているのはこの最高評議会員たちである。


「今日、わざわざ君に出向いてもらったのは大事な話があったからだ」


「これはお前にとっても悪い話ではないぞ」


 二人の最高評議会員が交互に口を開く。

 台本があるかのように淀みなく、互いに言葉が重なることもないタイミングで。


「はい」


 なんというか……。

 全員、体型も顔の造りも髭の有無や髪形など違っているというのに、どうしてか酷く似ているように感じる八人だ。

 交互に喋られるとすぐに誰が何を言ったのかがわからなくなる。

 全員の名と顔は頭に入ってはいるのだが、こうして集合されていると頭の中でごちゃごちゃになってくる。

 長く同じ地位にして同じ職務を行っていると目には見えない部分が似てきてしまうのだろうか、とルクシエルは内心で首をかしげている。


「君の父君、ハインツ・ヴェルデライヒ卿にとっては因縁浅からぬ相手……黒騎士ミューラーの現在の所在が判明したのだ」


「……!!」


 一瞬、呼吸が止まった。


 黒騎士ミューラー……ユリアーゼ・ミューラー。

 軍事大国であるヴェーダー帝国最強の精鋭たち、黒騎士(オルドザイン)の序列六位にいた者。

 そして……父の片腕を奪い聖騎士の座を退く原因を作った者である。


 音を立てず天井から大きなスクリーンが下りてくる。


「かの者が黒騎士を辞して帝国を去ってから我らはずっとその所在を追い続けてきた」


「現在は『ミヤノモリ・ユカリ』と名乗って火倶楽(カグラ)で生活しているらしい」


 スクリーンに映し出された映像は、赤いメッシュの入った黒髪の眼鏡の女が満面の笑顔でソフトクリームを食べているものであった。

 映像が切り替わる。

 今度は同じ女がラーメンを食べている。

 その次はカレーライス、天丼、たい焼き、ポテトチップ……次々に画像は切り替わっていく。


「……食ってばっかりではないか」


「むぅ、一食一食の量も多くないか。どれもドカ盛りだ」


 評議会員たちが言葉を交わしあう。

 そのさ中、どこかから腹の虫が鳴く音が聞こえてくる。

 食べてばかりの画像が誰かの食欲を刺激したか。


「……わしではない」


「いや、私でもないぞ」


 ……挙句に醜い擦り付け合いが始まっている。

 そんな中、一人の最高評議会員が弛緩した空気を引き締めるかのようにゴホンと咳払いをした。

 全員がそれを合図になんとなく沈黙する。


「さて、ルクシエル。我らの言いたいことはこれである程度は伝わっただろうか」


「……色々と思うところがあるのではないか? ミューラーには」


「そうだ。君の家の……大事な父親の名誉を汚した女だ」


「詳細に調べたのだが、現在の彼女は一切帝国との関わりがないらしい。本当に切れている」


 次々に口を開く白いローブの男たち。

 相変わらず事前にリハーサルでも行ったのかと思うような連唱である。


「……………」


 無言のルクシエル。

 彼らの意図は明白である。


(……殺してこいって言いたいのね、私に。彼女……ミヤノモリ・ユカリを)


 やるせない気分で内心で嘆息するルクシエル。

 ミューラーに対して憤懣やるかたないのはむしろ目の前の彼らであろう。


 西方大陸のある地方の鉱物資源を巡っての帝国との数年間の戦争。

 最終的に父が敗れたことで聖王国にとっては極めて不利な条件で講和が結ばれ終結したあの戦いの遺恨を……怨念を彼らは今も引き摺っているのだ。


(まったく、しょうもない……)


 直接暗殺を指示してこない所がまた何とも陰険である。

 あくまでもルクシエルが自分の意志でやった事だという事にしたいのだ。

 もしもの時の保険として。


「君にその気があるというのなら我々が手を貸そうではないか」


「……わかりました」


 初めからこの話は断れないのだ。

 それはわかりきっている。


 確かに彼らの言う通り、黒騎士ミューラーには自分としても思うところはある。

 片腕を失い、瀕死の状態で帰ってきた父に泣いてすがりついた……その時の事はまるで昨日のことのように今でも鮮明に思い出せる。


「ブッ殺してきます」


「オブラードに包もう?」


 どストレートなルクシエルの物言いに思わず突っ込んでしまった最高評議会員Aであった。



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