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炙り出される者たち

 ヤクザ者に促されて乗り込んだ車の後部座席に座るジンパチ。

 隣にいるのは樋口ナオヤ……煌神町の一角を縄張り(シマ)としているヤクザ組織『黒麒会(こくきかい)』の若頭だ。


(……コイツ、()()()な)


 チラリと一瞥しただけでジンパチは隣にいる黒ジャケットの男の事をそう評価した。

 相手は普通の人間であり、戦闘力であれば超人(オーバード)である自分の敵ではないが……。

 頭が切れて油断ならない人物である事が身に纏った空気から伺える。


 その気になれば自分をこの社会から排斥する事もできるだろう。

 超人(オーバード)といっても、その強さほど自由な存在ではない。

 むしろその強さ故に様々な制約を課されているのだ。


 ジンパチがポケットの中のマムの名刺を確認する。

 話が面倒なことになる前に先に出しておいたほうがいいか……。


 白い紙片を差し出すとナオヤが「おや?」という表情になってそれを受け取った。


「俺ぁその人の関係者だ。アンタに見せて効果があんのかは知らねえが……」


「ヤマガタの兄貴のねぇ。あの人はあんまこういうの出さねえんだよ。信頼されてんだな、兄さん」


 感心したようにそう言うとナオヤがニヤリと笑って名刺を返してきた。


「急に悪かったねぇ、兄さん。警戒させちまったかもしれないが俺は別にアンタをどうこうしようってんじゃない。ちょっとばかり話を聞かせて欲しくてね。……いなくなった夜の店の女を探してんだって?」


 のんびりした声で言うナオヤ。

 流石にその辺りのことはもう調べてあるのか。


「まあな。知り合いのガキのかーちゃんが消えちまってよ」


「そいつぁ可哀想にな」


 真顔になってそう言うとナオヤは煙草を咥える。


「男と逃げたと思ったが……どうもそうじゃねえらしいって流れか?」


「ああ、そうだ。あんた何か知ってんのか?」


 若干眉をひそめてジンパチが尋ねるとナオヤは首を横に振る。


「悪いが兄さんの力になれそうな情報はねえな。夜の街から誰かが消える……別に珍しい話でもねえ。(うち)の系列の店でもよくあるよ。何せ、ワケ有りが多い世界だからな」


 ナオヤが苦笑と共に吐き出した紫煙が車内に漂う。


「時間取らせて悪かったな。その子の親が見つかるといいな」


 ジンパチが肯くと後部座席のドアが開いた。

 ナオヤが合図を出したのか外にいた組員が開けたのだ。

 今夜の会談はここまでという事らしい。


「俺は黒麒会のヒグチってもんだ。ヤマガタの兄貴にヨロシクな」


 車外に出ようとするジンパチの背に最後にナオヤがそう声を掛けた。


 ……………。


 後部座席のドアが閉まり、一人のスキンヘッドの男が夜の町へ消えていった後。

 車は静かに走り始める。テールランプの赤い残滓をその場に残して。


「……釘を刺さなくってよかったんですかい? 若頭(カシラ)。ウロチョロされたんじゃこっちの邪魔になるんじゃねえですか?」


 運転席の組員が後ろの席のナオヤに向かってそう声を掛けた。


「気が変わってな。折角あんな活きのいい兄さんが噛んできてくれたんだ。一つ共同作業といこうじゃねえか。その辺に情報(ネタ)を流せ。消えた女を探し回ってる頭ツルピカの兄さんがいるってな」


 それに、とナオヤが吸い終えた煙草を灰皿に押し付けた。


「俺にどうのこうの言われて止まるタマじゃねえよ、あれは。超人(オーバード)だぞ?」


 ナオヤの言葉に運転席の男の顔が引き攣った。


「与太話じゃねえんですか……」


「いるんだよ、実際な。それも案外その辺にフツーにいるよ」


 窓の外の夜の煌神町を眺めながら呟くように言うナオヤであった。


 ──────────────────────────────────────


 ……見られている。


 たこ焼きを焼きながら口をへの字にするジンパチ。

 首筋のあたりに生暖かい風を吹きかけられているかのような不快感。

 誰かが自分を見ている。見張っている。

 常人を超えたジンパチの感覚がそう訴えている。


 ……近くではない。

 周囲を窺うがそれらしい人影はない。

 離れた場所から自分を監視している者がいる。


(チクショー……。望遠レンズか何かで見てやがんのか? 俺になんの用があるってんだ)


 先日会ったあのヤクザの男……樋口ナオヤの差し金かとも思ったがあの夜の彼とのやり取りとその後のこのやり口がどうも噛み合わない気がする。

 しかしいずれにせよ自分を監視している何者かがいるというのは事実だ。


「こーいうのは苦手だぜ。何かあんなら直接言ってこいよなぁ」


「……どうしたの?」


 そんなジンパチを不思議そうに見上げているサーラ。

 最近少女は日中よくジンパチの店に来て彼がたこ焼きを焼いている姿を眺めている。

 こっちの視線は別に気にならないのだが……。


「つっても毎度毎度メシがたこ焼きってのもガキンチョにはよくねえよな」


 そう思って今日は予めスーパーの弁当を買ってあるのだった。

 サーラが来なければ来ないで自分で食べればいいと。


「待ってろよ~メシにするぜ~」


 レンジで弁当を温めるジンパチ。


「……タコヤキがいい」


「そいつぁたこ焼き屋冥利に尽きるってモンだが。お前くらいの年のチビがいつもたこ焼きってのはよくねえよ。ちゃんとした大人になれなくなっちまうからよ。何でも食うイイ子になれよ」


 暖めた弁当と割り箸を渡してやるとサーラは「ありがと」とそれを受け取った。


「イイ子にしてたら……ママ帰ってくる?」


「………………」


 即答……できなかった。

 ジンパチの頭の中をマムの言っていた彼女の母親が彼女を人買いに売り渡そうとしていたという話が過ぎっていく。


「……ああ、帰ってくるさ」


 ようやく、搾り出すように口に出したジンパチ。

 彼のその言葉に表情を綻ばせるサーラであった。


 ────────────────────────────────────────


 そしてまた夜の捜索の時間がやってくる。

 ジンパチは土地勘があるわけでも伝手があるわけでも頭が冴えているというわけでもない。

 できる事と言えば地道に足を使う事だけだ。

 そう思って今日も彼は夜の街を行く。


 ……………。


 繁華街で何件かの店で話を聞く。

 相変わらず有力な情報はない。

 昼間のサーラの儚げな笑顔を思い出してジンパチに焦る気持ちがじわじわと広がっていく。


 ……あれは。あの笑顔は。

 半分くらい諦めている者の笑顔だ。

 あんな年齢の子供が間違ってもしていい表情ではない。


「……クソッ」


 焦りと苛立ちでジンパチが足元の小石を蹴ったその時。


「オイ、止まんなァ、兄チャンよお」


 背後から低い男の声が掛かった。

 もう言葉を交わす前からわかる。自分を良く思っていない者が発する声音だ。


 振り返れば声を掛けてきたのは二人組の男だ。

 先日同様に一目でまっとうな生き方はしていないとわかる剣呑な空気を纏った男たち。

 先日のやくざものたちとは違って今度の男どもは初めからジンパチに対する敵愾心を隠そうともしていない。


「なんだよ、てめーらはよ……」


 思わず目を見開いて眼を飛ばしてしまうジンパチ。

 普段はそういった振る舞いはガマンしてお行儀良く過ごすようにしているのだが、この夜の彼は色々あってやや凶暴である。


 その余りに獰猛な眼光に荒事に慣れている男たちも流石に怯む。


「あれこれ嗅ぎまわってるらしいなァ。おォ?」


「好奇心はナントカを殺すって言うだろ~? ハゲを殺すだっけかぁ?」


 凄む男達。

 すると周囲からわらわらと荒んだ雰囲気の男たちが現れる。

 ジンパチはあっという間に彼らに取り囲まれた。

 人数は……全部で八人。

 自分ひとり〆るのに大袈裟な事だとジンパチは内心で嘆息する。


 最も……この十倍いたとしても何の意味もないだろうが。


「おらッ! ヤキだぞテメエッ!」


「こっち来いや!!」


 自分を取り囲んだ男たちの一人がジンパチの尻を蹴ってきた。

 無言でその男を睨むジンパチ。

 しかし彼は抵抗はせずに言いなりで連行されていく。


 彼らがジンパチを連れ込んだのは繁華街の路地を更に抜けた人気のない裏通りだ。


「オメェにゃあ余計な事に首突っ込んだらどういう目に遭うのかってのをよぉ~くお勉強してもらわなきゃならねえ。勢い余って殺しちまうかもしれねえが、そん時は…………あ、あれっ!?」


 余裕たっぷりに脅しの口上を垂れていた先頭を歩いていた男。

 背後を振り返った彼が目を丸くする。


「勢い余ってか……」


 パンパンと塵を払うかのように手を叩いているジンパチ。

 彼の周囲には無数の男たちが倒れて呻いている。

 振り返った男以外の全員だ。


「俺はそんなヘマはしねぇよ、心配すんな」


「……何だよオイ。何だこれッッ!!!」


 怯えて後ろに下がりながら短刀(ドス)を抜く男。

 しかし瞬きの間に、まるで手品のようにその短刀は自分の手の中からジンパチの手に移動している。


「つまんねーもん出してんじゃねえよ。(オトコ)の喧嘩は素手(ステゴロ)だろうが」


 言いながら短刀を縦に持つジンパチ。

 彼が鈍色に輝く刃の部分を横に手刀で払う。

 あっさりと折れた刃の先が男の足元に飛んできて地面に突き刺さった。


「次はなんだ? 拳銃(チャカ)か? ……やめとけよ弾丸(タマ)代が無駄んなるだけだぜ」


「ちきしょうッッ!! このバケモンがッッ!!!」


 脱兎の如く逃げ出す男。

 軽く息を吐いてジンパチが追跡しようと思ったその時……。


「うおッッ……!!!?? テメエら……」


 逃げた男の身体が突然グイッと地面から持ち上げられた。

 片腕で彼の襟首を掴んで軽々と持ち上げているのはシャツの胸元を大きく開けてそこに金のネックレスを覗かせた日焼けした金髪の巨漢だ。

 その男……黒麒会のリュウジだ。ユカリに言わせれば丘ちゃんである。


「悪いね兄さん。ちと邪魔するぜ」


 その巨漢の脇から姿を見せたのはナオヤである。

 リュウジが男の背をコンクリの壁に叩き付ける。

 低く呻いた男がグッタリして動かなくなった。


「そいつらは俺に絡んで来たんだぞ」


「おっしゃる通りだ、兄さん。けど兄さんは拷問得意じゃねえだろ? 吐かせんのはこっちでやるよ。見る気なら立ち合ってくれ」


 咥えた煙草を吹かすナオヤ。

 そして彼は少しだけ愁いを帯びた表情になる。


「……俺としちゃ、できれば兄さんにはここで手ェ引いて欲しいんだがね。こっから先はグロいもん見せることになっちまう」


「………………」


 ナオヤの台詞のニュアンスから、彼の言う「グロいもん」とは拷問の事ではないと察するジンパチ。

 この男は事件の真相がジンパチの心に暗い影を落とすのではないかと……それを危惧しているようだった。


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