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母を求めて

 商店街で見かける少女サーラの母親が行方不明になってしまった。

 成り行きで探偵の真似事をする事になった葛城ジンパチ。


 母親の名前はマーヤ。年齢は二十九歳。

 西方……砂漠と香辛料の国プラトリアから流れてきたらしい。


 彼女の働いていたスナックのマネージャーによれば……。

 マーヤがこれまでに男と逃げて行方を晦ませたことは二度あった。

 いずれも店の客だった男にそそのかされたのだ。

 ……しかし、今回はそれらしき相手が客の中に見当たらない。

 そこを店のスタッフたちも不思議がっているという。


 ()()から考えて今回もマーヤは客の男と逃げたのだと思い込んでいたジンパチ。

 いきなり当てが外れてしまった。


(なら店の外でオトコと繋がったってぇのか……?)


 客に疑わしい者がいないということであれば必然的にそういう事になる。


「いやぁ、それもどうかね。……ちょっとオツムのユルい女だからなぁ。後ろめたい事があんならすぐ顔やら態度やらに出るタイプでよ」


 マネージャーはそう言って首を傾げていた。

 マーヤは……男と逃げたわけではないのか?


「……チッ! しょうがねえ。地道に当たってくしかねえか」


 蛇の道は蛇。

 ジンパチは手がかりを求めてまず同じ繁華街の夜職の店を順番に回ってみることにした。

 キャバクラやラウンジ、そしてガールズバー等が裏路地には軒を連ねている。


 突然押し掛けて話を聞かせてくれと言っても迷惑がられるかとやや気が重かったジンパチだが幸いにもどの店のスタッフも比較的協力的であった。

 キャストが逃げてしまうというのは他人事ではないのだろうか。


 だが、数日かけて繁華街を回っても有力な情報は得られなかった。

 わかった事と言えばどの店でも似たような話はあるという事だけだ。


 ────────────────────────────────────


 そして……古寺での修練の時間。

 何故かキリヲはその日はジンパチを意識が飛ばない程度に痛めつけるだけで手を止める。


 投げられ……普段であれば容赦なく石畳に叩き付けられる所を激突の瞬間に手を引いて威力を殺したのだ。


「……身が入ってまへんえ。あてに付き合わせといてどういう事ですのん?」


 冷たい口調のキリヲにジンパチが息を飲む。

 ……怒っている。当然だ。

 手を緩めたのは慈悲ではなく、どういうつもりだと詰問する為か。


「すッ、すんません……姐さん!!!」


 ひれ伏したジンパチが砂利に額を擦り付ける様にして必死に頭を下げる。

 実はああですこうですなどと言い訳はしない。

 そんなものはキリヲにしてみれば何の関係もない話なのだから。


「……………」


 土下座しているジンパチを冷たく見下ろす黒いセーラー服の少女。


 ……キリヲはこの男の強くなりたいと言う気持ちの真っ直ぐさ、真剣さだけは評価している。

 その彼が気もそぞろに立ち合いに臨むのならそれだけの事があったということか。


「何を抱え込んでますのん? 話してみやし」


「……いや、姐さん、それは」


 顔を上げるジンパチ。

 そして見下ろすキリヲと視線が合う。


 彼女は……笑っていた。口元には酷薄な薄笑み。

 氷のような視線が自分を射抜いている。


「あてはなぁ、お願いしとるんやないんどすえ」


 ……命令だ。

 喋ろと言っているのだ。


「はっ、ハイ!!! ちっと厄介ごとに首を突っ込んじまいまして……!!」


 砂利の上で正座になり背筋を正して話し出すジンパチであった。


 ………………。


 浜縁に腰を下ろした少女がさしたる興味も無さそうに話を聞いている。

 一通りの事をジンパチが語り終えるまでキリヲは一切口を挟まなかった。


「しょうもない事に関わってはりますなぁ」


 やがて話し終えたジンパチに向かってキリヲが呆れたように嘆息する。


「……おっしゃる通りっス」


 俯いているスキンヘッド。

 何をやっているんだ、とは自分でも思っている事なので反論はまったくない。


 葛城ジンパチは自分を正しい人間だと思ってはいない。

 むしろ悪漢側の存在だと自認する。

 仕事となれば会った事も無い人物を平気で半殺しにできる者が悪党でなくなんだというのか。


 今回の話だって、サーラが可哀想だとかそういう気持よりも先にジンパチに芽生えたのは不快感だった。

 母親でありながらその役割を放棄して生きようとするマーヤに対する不快感だ。

 酷くイライラする。落ち着かないのだ。

 悪党にもこれはこうあるべきという物差しはある。

 親は子に愛情を注ぐべきだ。


(そうじゃねえっつーなら子供(ガキ)は何を信じて生きてきゃいいんだよ……)


「そのお母はん、娘に情がありまへんえ。そないなもんを無理やり連れ戻しても娘にとっても幸せやないんやおへん?」


「かもしんねえです」


 親と子が絶対一緒にいるべきとはジンパチも思っていない。

 中には引き離したほうがお互いの為という親子もいるだろう。

 サーラの場合は……母親を連れ戻した結果、やはりそうなるようであればまたお節介を焼く必要があるのかもしれない。

 だがそれも全ては母親を見つけてサーラの下へ連れ戻してからのことだ。


「上の空でやられたらあてもたまったもんやおへん。その件どうにかするまではあての前に顔出す事を禁止させてもらいまひょか」


「!!!」


 ジンパチが息を飲んで全身を硬直させる。


「気合入れて片付けてきます……!!」


「せいぜい気張りやし」


 再び深く頭を下げて言うジンパチにどうでもよさそうに返事をするキリヲであった。


 ………………。


 そしてジンパチが立ち去った後の境内。


「……覗き見とは、ええ趣味してはりますなぁ」


 境内の一角、石灯籠に向かってキリヲが声を掛ける。


『ふふっ』


 すると、どこからともなく女性の笑い声が聞こえ石灯籠の背後の空間が蜃気楼のように揺らいだ。


「だって、気になるじゃない。()()久遠寺キリヲが弟子を取ったなんて聞かされたらね」


 浮かび上がるように姿を現したのは一人の女性。……いや、少女か?

 十代後半から二十代前半くらいの少女だ。

 陶器のような白い肌にゆるやかにウェーブを描いたエメラルドグリーンの長い髪。

 瞳が大きく睫毛が長い美少女である。

 ジャンパーにロングスカート、そしてブーツというスタイルで両手は上着のポケットに突っ込んでいる。


「弟子ていうほどのもんやあらへん。あての武技(わざ)を教えとるちゅうわけでもおへんしなぁ」


 フッと鼻で息を吐いて肩をすくめるキリヲ。


「そうね。大体が古豪(わたしたち)は基礎になる武術は学んでいても長い時間を掛けてそれを自分専用に変容(カスタマイズ)させてしまっているものだしね」


 微笑んで翡翠の色の髪の少女が肯く。


「また近々集まりを持とうと思っているの。ショウセイ君に会えたらサボるなって言っておいてくれる?」


「お断りどす~。あてはあの男の保護者やあらへん」


 そっけなく言うキリヲに少女がやれやれと言った様子で嘆息する。


私的(プライベート)で連絡取り合っていないの?」


「気色悪いこと言わんといておくれやし。用があったって話したないいうのんに」


 眉間に皺を刻んでキリヲが顔を顰める。


「貴女たち前は同じ職場にいた同僚なのに仲が悪いわねぇ」


 苦笑してからカクンと項垂れる少女であった。


 ──────────────────────────────────


 ……これでいよいよ本腰を入れてマーヤを見つけなくてはならなくなった。

 フーッと鋭く息を吐いてジンパチが気合を入れる。


 夜の町を彷徨いながらジンパチの耳の奥にはキリヲの言葉が反響していた。


『娘に情がありまへんえ』


 実はその話はハルエマムからもされている。


「ハチよ。やる気になってっとこ悪ぃがよ。お前が本気だってんなら先に話しておかにゃならねえ事がある」


 強面のオカマはそう前置きして語り始める。


「マーヤってのは前も言った通りどうしようもねえ女なんだが、特に母親としてみるとかなりのクソだ。……サーラは父親が誰なのかもわかんねえらしい。そこは夜の世界じゃそこまで珍しい話でもないんだがな。俺がムカついてんのは、マーヤが前に人買いに娘を売っ払おうとした事があるって話だ。そん時ぁ人買いの方がその前に逮捕され(パクられ)ちまって話が流れたらしいんだがよ……」


 自分の子供を……サーラを売ろうとした事がある。

 マムは苦い表情でそう言った。


「俺が言いてぇ事がわかるか? ハチ。マーヤを見つけてやる事がサーラの為になるって思ってるとしたら、これはそんな甘い話じゃねえんだってこった」


(そんでも……マム、俺ぁアホだからとりあえずはサーラんとこにカーチャンを連れてってやる事しか今は考えられねえっス。そんで上手くいかねーようなら……)


 その時はまた、どうすればいいのかアホなりに考える事にしよう。


 何件目かの夜の店からジンパチが出て、夜空の月を見上げて大きく息を吐く。

 ここでも有力な手掛かりは得られなかった。


「……ちょっといいかい? お兄ちゃん」


 そんな自分に声を掛けてきた者がいる。


「あん?」


 目を細めてその相手を見る。


 ……三十代から四十代くらいの三人組の男だ。

 三人とも荒事に慣れた独特の雰囲気を持っている。

 格好はその辺のありふれた中年男なんだが身に纏っている空気が冷たく鋭い。


(……スジモン(ヤクザ)かよ)


 ジンパチが内心で渋面になる。

 超人(オーバード)である自分にとって例え彼らが刃物や銃で武装していようが取るに足らない相手であるが、この周辺を根城にしている者として地回りのヤクザとトラブルになる事はなるべく避けたい。


「悪いがよ。アンタらを喜ばすような話はできねえぜ、俺ぁ」


「そこんとこ判断すんのは俺らじゃなくてな。ちィと時間貰えますかね。兄ちゃんとお話してえって言ってる人がいてよ」


 警戒して目を細める自分に、ニヤリと笑うヤクザの男。

 彼が身体をずらすと向こう側の車道に一台の黒い高級車が横付けされて停まっているのが見えた。


 ……仕方がない。ここは素直に聞いたほうがよさそうだ。

 ジンパチは無言で肯いて了解の意を示す。


 促されて黒い車の後部座席に乗り込むジンパチ。

 そこには黒ジャケットの黒髪をオールバックにした男がいた。

 気だるげであるが、その奥底にはシャープな冷たさを感じさせる男……。


 周辺一体を縄張り(シマ)にしているヤクザ組織、黒麒会の若頭樋口(ヒグチ)ナオヤだ。


 ジンパチが乗り込んでくるとナオヤは飲んでいたペットボトルの緑茶を口から離す。


「急に悪いね、兄さん。ちょっといくつか話を聞かせて欲しくてな。……お茶飲む?」


 そう言ってナオヤは足元のクーラーボックスの中のペットボトルを視線で示すのであった。

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