路地裏の少女
葛城ジンパチは超人である。
喧嘩カラテと揶揄される『無銘流』の使い手。
そんな彼には実は本人も自覚していなかった異能力……瀕死の重傷だろうとごく短時間で全快できるという超回復能力があったのだった。
初めはこの男の持つ異能をたいして意味がないと評していたキリヲ。
しかし、それはあくまでも生きるか死ぬかの実戦においてどれだけ異能が役に立つかと言う話。
むしろ修行ではこの上なく有用な能力であることに気付く。
修業は過酷で実戦に近ければ近いほど身になるものだ。
だが毎度実戦形式で本気でやり合っていればケガも増えて回復に時間がかかりロスになる。
しかしジンパチはこのロスをそっくりキャンセルできてしまうのである。
つまりジンパチは他の武術家たちよりも短い時間で高密度な修行が可能なのだ。
そして彼のこの体質はキリヲにとってもメリットがある。
(あても少し鈍っとったさかい……。この辺でちょこっと勘、取り戻させてもらいまひょか)
……少々乱暴に扱おうが長持ちするということだから。
「……ッ!!!!」
構えを取ってキリヲに向き合っていたジンパチが全身総毛立つ。
先日までの立ち合いなど彼女に取っては戯れに過ぎなかった。
(ヤベぇッッ!!! 怖えぇッッッ!!!)
本気の殺意の片鱗を覗かせただけでこの無頼の男をして膝が砕けかかっている。
黒騎士時代は序列二位。副長職を務めていた。
ハイドライドの持っていた最強の黒騎士の称号を狙おうかと思ったこともある。
だが、そうはしなかった。
戦えばどっちかは死ぬ。そこまではしなくていいかと思ったのと、何よりも……。
あの時の身体はもう……耐用年数超過だったから。
(誰が勝てますのん? 本気出したあてに……この久遠寺キリヲに!!)
自分は不滅の存在……輪廻転生の魔人、久遠寺キリヲ。
……この新しい身体にも大分馴染んだ。
そろそろギアを上げて運用していくことにしよう。
「『あかつき』」
……闇夜ヲ裂イテ暁ヲ喰ラウ。
目では追えない速度で飛び込んできた黒いセーラー服の少女がジンパチの肩のあたりに手を置いた。
「ぐおォォォぉぉぉ……ッッッ!!!???」
何をされたのか、どんな攻撃を受けたのかもまったくわからない。
いくつもの竜巻に同時に飲まれたかのようだ。
投げられながら手足が出鱈目に捩じれていく。
四肢の腱が……筋が千切れていく激痛の中でジンパチは意識を失い、そして脳天から地面に叩き付けられた。
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煌神町、煌神商店街の外れ『陣だこ』店舗。
じゅうじゅうと鉄板の上の窪みで爆ぜる生地。
ピックを使ってそれを手早く鮮やかに裏返していく禿頭で強面の若い男。
「どーよ? スゲーだろ? 俺の鮮やかすぎる焼きテクはよぉ」
自慢げに語るジンパチ。
聞いているのは彼の店の前でその手並みを見上げている一人の小さな少女だ。
褐色の肌で黒髪。瞳が大きく可愛らしい顔立ちをしている。
しかし髪はボサボサで着ている服は薄汚れていてヨレヨレだ。
女の子はただカクカク肯いている。
「よぉーっし出来たぜ! アッチーからよ。気を付けて食えよ」
ジンパチが差し出したパックを女の子が両手で受け取った。
「……あり、がと」
「おうよ」
お礼を言ってペコリと頭を下げると女の子はジンパチが置いてやった逆さにしたビールケースを椅子代わりにして座って食べ始める。
……名前も知らない娘だ。
たまにこの近辺で一人でフラフラしているのを見かけて、その都度小さな子が一人で危なっかしいなと思ってはいた。
「……おう、ハチよ」
野太い声が聞こえてジンパチがそっちを見る。
異様にガタイのいい男がそこに立っている。立っているのはいいんだがその男……真っ赤なチャイナドレスを着てその上にジャンパーを羽織っている。
角ばった鬼瓦みたいな顔に分厚い化粧をして茶色のワンレンのヘアスタイル。
「どうもッス、おやっさん」
「馬鹿野郎、マムと呼べつってんだろうが」
この商店街から枝分かれしている細い路地でオカマバーを経営している男だ。
付近の顔役でありスジ者にも顔が利くので皆に一目置かれて頼りにされている。
見た目は劇物だが中々に面倒見のいい親分肌の人物だ。
「食わしてやったんか」
「ええ、まぁ……。腹グーグー言わせてたんで」
熱いたこ焼きをふーふー冷ましながら必死に食べている少女を見ているマム。
彼はその光景に目を細めてから煙草を咥えてライターで火を付ける。
そしてフーッと青空に向けて紫煙を吐きながら遠くを見やった。
「程々にしとけよ。情でも移っちまえば辛いのはオメェだぜ」
「……どこの子なんスか? たまに見かけますけど」
マムはジンパチのその質問にすぐには返答せず、煙草を吸い切ってから携帯用灰皿を出して吸殻を捨てる。
そして札を1枚取り出しジンパチに向けて放ると手を伸ばしてたこ焼きを1パック取った。
「毎度」
「……すぐそこのスナックで働いてる女の娘だ。どっか西の方の国から流れてきたって女なんだが……」
立ったままその場でたこ焼きを食い始めるマム。
その語り口はどこかほろ苦いものを感じさせる。
「どうしようもねえバカ女でよ。すぐクソみてぇな男に騙されて金を巻き上げられたり一緒に逃げちまったりするんだよ。そんでしばらくすると男に捨てられて帰ってくる」
「そりゃ……ひでェな」
聞いているジンパチが思い切り顔をしかめた。
つまりあの娘の母親は……。
「また何日か前からいねえらしいや。いつもの病気が出ちまったんだろ」
娘を置いて男とどこかへ行ってしまっているということか。
なんとも言えないどんよりとした気分になったジンパチが渋い顔をする。
「あっ……マム、釣銭」
のしのし帰っていくマムに向かって呼びかけると。
「サーラに飲みモンでも買ってやってくれ」
サーラというのがあの少女の名前か。
振り返らずにマムはそう言うと路地に消えていった。
去り際にまだ食べている女の子に「またな」と声を掛けていく。
「……うん、ばいばい」
歩いていく肩幅がやたらと広いオカマの背にサーラが小さな手を振っていた。
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たこ焼きをサーラに食わせてやった日から、どうにもジンパチの脳内にあの褐色の肌の少女の事がチラ付いてしょうがない。
というか正しくは娘ではなく顔も知らないその母親の事をふとした時に考えてしまっている。
その後もなんとなく商店街の人々に話を聞いているが、やはり彼女の母親は帰ってこないらしい。
サーラは今母親の働いていたスナックのキャストたちの控室で寝泊まりしていて店の者たちが面倒を見てやっているらしいのだが……。
(あぁッ! クソッタレ……もやもやするぜ! カーチャンならしっかりカーチャンしてやりやがれってんだよ!!)
マムはあの少女……サーラについてジンパチに入れ込みすぎるなと忠告をしていったが、まさにそういう状態になってしまっている。
子供が不幸だというのはどうにもダメだ……受け入れられない。
「俺がカーチャン探してやるか……。いや、駄目だな。そんな余裕どこにもねえ」
日中はたこ焼きを焼いて……夕方にキリヲを迎えに学園にいって、それから手合わせをしてもらって、その後は数時間死んでいるというのがジンパチの毎日だ。
どれも疎かにはできない。
たこ焼きの店も商店会長に頭を下げてキッチリ商売をして商店街を盛り上げるという約束で借りた店舗だ。週一の定休日以外に休むわけにはいかない。
キリヲにも頼んで弟子入りさせて貰ったのだ。用事があるんで今日は行けません、では筋が通らない。
開店準備をしながら悶々としているとジンパチのスマホが鳴った。
『……あてどすえ。今日は用事がありますよって、お相手はお休みさしておくれやし。……て言うか、これからはあてから連絡入れますさかい。そしたらあてのお寺まで直接来ておくれやす』
無感情な物言いのキリヲからの連絡。
ジンパチはまるで目の前に彼女が居るかのように背筋をピンと伸ばして直立の姿勢になる。
「お、押忍ッ! 承知しやした……!」
ほなまた、の言葉を残して切れる通話。
「……………」
通話が切れた後もジンパチは少しの間無音のスマホを見つめてその場で硬直している。
……このタイミングでのキリヲからのこの連絡。
誰かが自分の背中を押している。そんな気がした。
……………。
通話を切ってからキリヲはスマホをしまって、それからアカネの方を見る。
「これでよろしおす。お付き合いできますえ」
「やったね! 楽しみだね~」
今日は彼女の提案で放課後皆でカラオケに行くのだ。
アカネはミレイもエイコも、ほかの友人にも声を掛けている。
澄ました顔をしているが、キリヲには友人とカラオケに行った経験など一度もない。
長い人生で初めてのことだ。
(ハゲ頭をしばき回すのにすっかり夢中になってもうて忘てしもてましたわ。あてはそもそも学生生活を満喫しよ思て学園に通い始めたんどすえ)
フッと小さく笑ったキリヲ。
そうだ。自分は女学生の気分を……空気を味わうためにここにいる。
ここしばらく連日ジンパチが毎日校門でキリヲを待っているので校内であれはキリヲの彼氏なのかと変な噂が立ってしまった。
その件でジェイドに呼び出しを食らってお小言も受ける羽目になった。
もうあいつは学園には近付けるわけにはいかない。
「……カラオケのお作法、お作法っと」
そんな彼女の近くではやはりカラオケ初体験であるミレイがスマホで一生懸命検索しているのであった。
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ジンパチはサーラの母親が働いていたスナックに出向いてマネージャーに話を聞く。
小一時間ほど話してわかったのは、店の者たちもどんな男と逃げたのかは把握できていないという事だ。
店の常連客の中にはそれっぽい男はいないらしい。
そっちの手掛かりはなかったが母親が写っている写真を入手することができた。
他のキャストたちと一緒に薄暗い店内で写した写真だ。
サーラと同じ褐色の肌のやつれた女が写っている。
「……おじちゃん、ママを探してるの?」
気が付けばサーラが傍にいた。
マネージャーとの話を聞かれていたか。
「おじちゃんじゃなくてお兄ちゃんな。ちょっとな……俺がお前のママを探してきてやっからよ」
屈んでジンパチがサーラの頭を撫ででやる。
すると今度はそこにマムがのしのしと近付いてきた。
「深入りすんなつったのによォ」
「すんません、マム。……どうにも落ち着かねえんス」
腕組みをして嘆息するマムに苦笑するジンパチ。
するとマムがポケットから名刺を取り出す。
「これを持ってけ。何かあったらそれ出して山縣の使いのモンだって言え。少しは力になってやれるかもしれねえ」
「うっス……恩に着るっス」
頭を下げて名刺を受け取るジンパチ。
そこには『ニューパワーラバーズ支配人 山縣ハルエ』と記されていた。




