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涙ヲ流セ哀レナ獣

 ……久遠寺(クオンジ)キリヲは非常にイライラしていた。


 彼女は普段、表に出しているほど内心では感情は動いていない。

 喜怒哀楽のほとんどが演技。

 逆に今は内心のいら立ちは表情には出ていない。

 彼女は冷たく澄ましているだけ。

 だけど確かに彼女心の中ではドロドロとした猛毒の沼のような不快感が渦巻いている。


「……姐さんッ! クオンジの姐さんッッ!! お疲れさんです!!!」


 ……原因はこのスキンヘッドの男だ。


 この男、葛城(カツラギ)ジンパチが自分に付きまとうようになったのは数日前のこと。

 そのようになった経緯がまた不快感を加速させる。

 そもそもがこの男は元々ユカリに付きまとっていたのに。


「俺は素手戦闘(ステゴロ)なんだから自分よりクオンジの姐さんに教えを乞うべきだってユカリ姐さんにご紹介頂きまして!! よろしくお願いしますッッ!!」


「……………」


 下校時に校門で自分を待ち受けていたジンパチに冷たい視線を向けながらキリヲの脳内にはべえ、と舌を出しているユカリの顔が浮かんでいた。


(あの……あかんたれ)


 ……厄介者を押し付けてきやがった。


 だが自分はそんなものに付き合ってやる気はさらさらない。


「お帰りやし。あては弟子(そういうの)は取りまへん」


 冷たく拒絶するもジンパチは引き下がらない。


「姐さんはきっとそうおっしゃるだろうから根性見せろって言われてます!! 押忍ッッ!!!」


 ビキッ、と思わずこめかみのあたりに青筋を浮かべてしまってから深呼吸をして落ち着くキリヲ。

 何十年も一緒にやってきただけの事はある。

 対処法は伝授済みというわけか。


 舌先で追い払うつもりだったが……。

 それが不可能だというのならしょうがない。


「……覚悟は決めてきはってるようやねぇ」


 心が殺意で凍て付いていく。

 その冷気が視線に乗った。


「うお……ッ」


 絶対零度の視線で射竦められて思わず声が出るジンパチ。


「ほな、ご希望の通りに地獄巡りへご案内しまひょか」


 ……ようやく、キリヲの口元にいつもの薄笑みが戻った。


 ……………。


 そして、キリヲはジンパチを伴って煌神町の外れにある廃寺へやってきた。

 ここが廃寺になったのは比較的最近の事でまだ建物はそこまで傷んではいない。

 勝手に住み着いたのではなく、キリヲはきちんとこの廃寺を買い取って自分の住居としている。

 近代的な住まいよりもここの方が彼女にとっては落ち着くのだ。


 長い石段を上がると境内がある。

 その奥が本堂だ。


 境内の途中で足を止める黒いセーラー服の少女。

 足元に適当に鞄と黒傘を置くとキリヲはジンパチに向き合う。


 風が吹いた。

 キリヲの長い艶やかな黒髪が靡く。


「あてはああだこうだ言いまへんえ。やるんなら徹底的に痛めつけさせてもらいますさかい。術理は勝手に盗みやし」


「……お、押忍ッ!!」


 稽古をつけてやるつもりなどまったくない。

 言葉の通りに相手が音を上げて逃げ出すまで……無慈悲に徹底的に蹂躙するだけだ。

 不用意に自分に近付いてきた事を心の底から後悔させてやろう。


 自然体のキリヲに対してジンパチが構えを取る。


(カラテが土台(ベース)の打撃主体の格闘術……)


 構えを見ればキリヲには相手の戦闘スタイルがわかる。

 投げると極めるが主体のジュウジュツをベースとしているのがキリヲの戦闘スタイル。

 だがあえてここは相手のスタイルに合わせる。


 ……打撃戦だ。


「でやぁぁぁぁッッッッ!!!!!」


 裂帛の気合と共に放たれたジンパチの流星のような拳打。


 ……なるほど。悪くはない。

 戦い慣れしているし、センスも無くはないようだ。

 だが、それだけ。

 自分のいる高み(せかい)へは到底届きうるものではない。


 迫る拳を身を退いて回避するキリヲ。

 間合いを完全に読み切っている彼女の顎先数ミリの所で伸びきったジンパチの拳が止まる。


「『なみだ』」


 攻守が入れ替わる。

 繰り出されるキリヲの無数の拳打。

 鞭のように、蛇のようにしなって曲がり変幻自在に軌道を変えるのが彼女のこの打撃の特徴だ。


 ……(ナミダ)(ナガ)(アワ)レナ(ケダモノ)

 それが久遠寺キリヲが自分の打撃に付けた本当の名前。

 長い時を掛けて数多の武術を取り込んだ彼女の格闘術はもはや原形を留めておらずほぼ我流と化してしまっている。


「ぐ……が……ッッ……!!!!」


 激しく血を吐きながら錐揉みに吹き飛んでいくスキンヘッドの男。

 この時点で既に彼は意識がない。

 数か所の骨折に内臓破裂。

 超人である彼でもギリギリ即死は避けられたというラインに瀕死の重傷だ。


「……なんぞお勉強できることがあればよろしおすなぁ」


 境内の砂利の上に叩き付けられて転がったジンパチを見て冷たく笑うキリヲであった。


 ───────────────────────────────────


 そして翌日。

 朝の教室。

 ある生徒は気だるげに、またある生徒は朗らかにクラスメイト達が挨拶を交わし合っている。


「キリヲちゃんご機嫌だね」


「あてはいつもとおんなじどすえ」


 アカネに声を掛けられて平然と応えるキリヲ。

 とはいえ、自分が普段よりも上機嫌である自覚はある。

 自分に付きまとっていた鬱陶しい男を思うさま打ちのめすことができたからだ。


 昨日は境内にジンパチを放置したまま自分は寺に入って普段通りの夜を過ごした。

 朝になって見てみたらいなくなっていたので夜のうちに意識を取り戻して立ち去ったのか。

 救急車が来たような気配も無し。


 しかしいくら超人とはいえあの傷を数日で癒すことは不可能。

 当分はベッドの上の住人になるはず。

 自分の生活に静けさが戻ってきたことは喜ばしく気分がいい。


 ……そう思っていたのだが。


「押忍ッッ!! 姐さん、お疲れ様ですッッッ!!!」


 放課後、やはり校門で待っていて自分に頭を下げるジンパチに思わず無表情で黙り込んでしまうキリヲ。

 当然無傷ではない。男の全身は包帯まみれ。だが、確かに男は自分の脚で立っている。


 ……どういう事だ?

 キリヲは非常に奇妙な感覚に襲われる。

 自分が力加減を間違えたとは思えない。

 骨を折った感触も臓腑を傷付けた感触も確かにあった。


 先日の……あのギャラガー・ロードリアスのように超人(オーバード)基準でも桁外れの魔力量をしているというのであればこの回復の早さはありえる。

 だがこの男の魔力量は超人(オーバード)として見れば平均的か平均よりやや下程度。

 ごり押しの高速自己回復が可能なレベルではない。


 まあいい。


「あないな目に遭うたばかりで……お勉強熱心でよろしおすなぁ」


「恐れ入ります姐さん!! ビシバシお願いしますッッ!!」


 皮肉のつもりが言葉の通りに受け取ったようだ。

 ハァ、とキリヲが短く嘆息する。


 根競べのつもりなら受けて立とう。

 回復できるというのは痛みと恐怖に耐えられることと同義ではないのだから。


 そうして……。


 キリヲはまた自分の住まいにジンパチを連れてきた。

 昨日と同じく境内で対峙する両者。


「あてが思うてたよりも頑丈なようやし……昨日よりちょい痛くしますえ」


「押忍ッッ!!」


 頭を下げたジンパチが構えを取る。

 ……姿勢は安定している。

 深い傷を負った身体に無茶をさせているという風でもなさそうだ。


(ほんまに……けったいな)


 今日のキリヲは相手の攻撃を待つ事はせずにジンパチが仕掛けてくるのと同時に前に出た。

 交差する両者。

 突き出された真っ直ぐな拳に絡み付くようにキリヲの白い手が伸びて相手の顎を打つ。

 脳を揺らされて意識が飛ぶジンパチ。


 ……だが、まだ楽にはしてやらない。

 男が地に崩れ落ちる間の数秒間で全身を滅多打ちにする。


 昨日同様に周囲に真紅の飛沫を散らしながら倒れて動かなくなるスキンヘッドの男。


「……………」


 今日はわざわざ倒れているジンパチに歩み寄り、怪我の状態を確かめるキリヲ。

 ……間違いなく自分の想定した程度の負傷をしている。

 ここから回復していくのだろうが現在は虫の息だ。


 これでもし短時間で回復してくるようなら……。


 ……………。


 そして一夜が明けて。


 放課後の校門。

 若干ざわついているのが近付くだけで伝わってくる。


「……………」


 ため息を付いたキリヲ。

 もう疑いようがない。


 ……やはり校門にはスキンヘッドの男が待っている。


(間違いおへん。この男……()()()超人(オーバード)やわ)


 超人(オーバード)であれば誰しも魔力による高速の自己回復能力は備えている。

 だがこの男、葛城ジンパチはその回復速度が異能レベルで早いのだ。

 そして恐らく自己回復で消費する魔力量も他の超人(オーバード)たちに比べて遥かに少量で済むのだろう。

 だから瀕死にされても極短時間で復活してくる。


 とはいえ……。


(哀れどすなぁ。それはこの男が求めてはった能力(チカラ)とはちゃうやろに)


 ジンパチが求めているのは攻撃力(パワー)技巧(テクニック)だろう。

 彼の持つこの異能はそのどちらもに寄与するものではない。

 復活が早いとはいえ身体の防御性能が上がっているというわけでもないので、自分のような格上に当たればこの連日の手合わせのように呆気なく行動不能にされる。

 自分に殺意があるのならいくらでもその間に止めは刺せる。


 ()()()()()()()()()()()()など、死合いでは何の意味もない。

 自分と同格の相手と戦うのなら戦闘中に回復できて多少は有利になるのだろうか?

 いずれにせよ効果がある(刺さる)場面が限定的すぎる。


 だが……。


(ほんまに……ほんま今のあてに嫌がらせ(いけず)するんに持って来いの異能どすえ)


 痛めつけて自分から遠ざけたり心を折ったりする事が非常に難しいという事だ。

 眉間の辺りに鈍痛を覚えてキリヲが目を閉じる。


「いやぁ~、それにしても流石クオンジの姐さんはお強いですわ。ユカリ姐さんは『私の方が強いから師匠として物足りないかもしれないけど~』なぁんておっしゃってましたがね。とんでもねえ! 俺にとっちゃあどちらも雲の上の存在ですわ」


「へぇ……」


 屈託なく笑っているジンパチはキリヲがその言葉にかつてない程の殺意と冷気を身に纏った事に気が付いていない。

 目を細めた黒いセーラー服の少女が薄く笑う。


(……あてに一回まぐれで勝っただけで随分と粋がってはるようどすなぁ)


 これはもう単にこの男を追い払って済むような問題ではなくなった。

 そこまで言うのならとことん付き合ってやるとしよう。

 ……あの女(ユカリ)は泣かす。

 いや、泣くかどうか知らないが少なくとも自分のしでかした事を心底後悔してもらう事にしよう。


「あてもあんたはんの覚悟を見誤ってたようどすえ。そこまで本気なんやったらあてもキッチリあんたはんを武術家として仕上げてさしてもらいましょか」


「ほ、本当っすか!! ありがとうございますッ!! 死ぬ気でやりますんで!!!」


 自分に向かってぺこぺこ頭を下げるジンパチにキリヲが微笑む。

 ……しかし、目だけは少しも笑っていない。


 この男(ジンパチ)を刺客に仕立て上げて……ユカリにぶつけてやる。


 キリヲに対してまるで召使のように傅いているスキンヘッドの強面の男に周囲の生徒たちが眉を顰めてひそひそと何事かを囁き合うのだった。

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