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本日はおデートでして

 私立星辰館学園。煌神町の中心部に広大な敷地を構える中高一貫教育の学校だ。

 火倶楽でも随一の名門校である。

 集った優秀な生徒たちの多くは政界財界の大物たちの子だ。


 そんな星辰館のある日の昼休みの事。


「……比良坂(ヒラサカ)さん」


 廊下で呼び掛けられて比良坂ミレイは振り返った。

 見れば何となくほわっとした雰囲気の女生徒がこちらに近付いてくる。

 春の陽だまりを思わせる優しく暖かい空気を持つ少女である。


「こんにちは、矢間部(ヤマベ)さん」


 彼女の名前は矢間部瑛子(エイコ)

 ある事件をきっかけにしてミレイと知り合った同学年生だ。

 エイコはその件でミレイを恩人だと慕っている。


「お昼をご一緒してもいいかしら?」


「ええ、勿論よ。私はお昼大体いつも中庭なのだけど、そこでいい?」


 中庭のベンチがいつものミレイのランチの場だ。

 あまりクラスに馴染めていなかった頃に昼休みは教室に居辛く感じて始めた事なので現在は別に教室で食べてもいいのだが、なんとなく習慣になってしまっていて今でもそうしている。


 ……………。


 ベンチでは先に来ていたキリヲとアカネがもう食事を始めていた。

 遅れてやってきた二人に気付いたキリヲたち。

 ガタンとアカネが元気よく立ち上がって手を振った。


「おやまぁ、おいでやす」


「エーコちゃん! こんにちは!!」


 この中で一人だけクラスが違うエイコは普段この面々と一緒にいることはあまりない。

 昼休みに合流するのも初めてのことだ。


「こんにちは。今日はご一緒させてもらうわね」


 微笑んで軽く会釈するエイコ。


 四人での昼食が始まった。


「久遠寺さんも……改めて本当にありがとう」


「まぁた、その話ですのん? あては面白がって首突っ込んだだけどす。お礼言われるような事は何もしてまへんえ」


 エイコはミレイに感謝して慕っているのと同様にキリヲの事も恩人だと思っている。

 ふぅ、とやや呆れ気味に小さく苦笑する黒いセーラー服の少女。


 エイコの認識としては『自分を探しに来て佐倉邸の異変に気付いたミレイとキリヲが通報してくれたので自分と恋人である佐倉ユウイチは助かった』という事になる。

 会話に侵食樹海に絡んだ内容が一切出てこないのは統治局の情報統制措置により厳しく口止めされているからだ。


「うんうん、二人ともすっごく頑張ってたもんね! エーコちゃんが無事に見つかってよかったね!」


 何故かアカネが後方理解者面で腕組みして頷いている。


「お蔭様でユウイチさんも少し前に退院できたの。今日はその報告がしたくって……」


 少し遠慮がちに声量を抑えてはにかむエイコ。


「……そうだったの。それはよかったわね!」


 それはミレイにとっても喜ばしいニュースである。


 自分があの家で遭遇した人と植物の中間のような怪物が変異してしまったサクラユウイチであった事はミレイも聞かされている。

 そして彼女が知らされているのは変異したユウイチは無力化されて収容されたという事と、その時点では人に戻れるかは五分五分であるという所までだった。

 元の姿に戻れたというのであれば最良だ。

 ここまできて戻れませんでしたとか助かりませんでしたとか言われたら結局この話はバッドエンドになってしまう。


「……え? 何? 誰?」


 一人だけ話がわかっていないアカネがキョロキョロしている。

 この中で彼女だけがサクラユウイチの存在を聞かされていないので知らない。

 そもそも最初にヒントを掲示したのはこの少女なのだが……。


 ミレイはアカネに事件のおおまかな話は聞かせたが流石に彼の事は口にしていなかった。


「ユウイチさんっていうのはね……」


 エイコがアカネにサクラユウイチとは今回一緒に事故に遭って入院していた自分の幼馴染で交際相手であると説明する。


「幼なッッッ馴染ッッッッ……の……カレシッッッッッッ!!!!!!」


「ちょっと、アカネ……鼻血」


 アカネが興奮状態に陥ってしまった。

 そんな彼女に顔をしかめつつハンカチを差し出すミレイであった。


 ……………。


 中庭で談笑を続けているミレイたち。

 そんな彼女らに足音が近付いてくる。

 足音を殺しているというわけでもないが、静かで落ち着いた歩調。


「……ここにいたか。比良坂」


近衛(コノエ)先生……」


 やってきたのは白い簡素な神職の装束を着た翡翠の色をした髪の男……近衛ジェイド。

 彼が姿を見せた時、一瞬キリヲの視線が冷たく鋭くなったがその事に気が付いた者はいなかった。


「比良坂、話がある。放課後生徒指導室まで来なさい」


「……は、はぇッ!!??」


 静かに告げる近衛教諭に対し何故か激しく驚くミレイ。


 近衛ジェイドは倫理の教師であり生徒指導員の肩書も持っている。

 どう見ても二十代かその下なのだが古参の強面の教師たちからもまるで目上の上司に対するかのような態度で接されている特異な存在だ。

 普段はそれほど口うるさくはないので肩書ほどは生徒たちから忌諱されてはいない。


「あ、あ、あの、その……後日……後日というわけにはいかないでしょうか」


 露骨に狼狽えているミレイ。

 その彼女にジェイドはゆっくり首を横に振る。


「ダメだ。必ず来なさい」


「……何やのん、不細工どすえ? お小言くらい腹括って受けてきやし」


 動揺しまくっているミレイにキリヲが呆れた様子で嘆息した。


「ちがっ、ちがくて……私、私……」


 すぅ、とミレイが息を吸う。


「今日……デートなんですッッッ!!!!」


 異様にデケェ声で叫んだミレイ。

 何事かと付近の教室の窓が開いて数人の生徒が顔を出した。


「……配慮はしよう。そう長い話じゃない」


 やれやれ、といった様子でこめかみのあたりを押さえるジェイド。


「おデートッッッッッッ!!!!」


 そしてまたもバブシュッッ!! と鼻から鮮血を噴き出すアカネであった。


 ────────────────────────────────────


 放課後、言われたとおりにミレイは生徒指導室にやってきた。


「話はこの前の事件の事だ。君も大分体調がよくなったようだし、言っておかなければならない事がある」


「はい……」


 神妙な様子で肯くミレイ。

 その話である事はわかっていた。

 他に自分に呼び出しを受けるような問題点はないはずだし……。


「色々と話は聞いている。大分無茶をしたな」


「……………」


 俯いたままのミレイ。

 大分無茶をした自覚は……大いにある。


「最初に言っておきたいのは、友人のために無償で手を差し伸べようとした君のその精神は尊いものだ。そこを責めるつもりはない」


 無言のままのミレイ。


 そこも……胸を張ってそうです、とは言い辛い部分だ。

 エイコが心配だったというのもないではないが、あの時点では自分とは面識のない娘であったし。

 自分は訳ありの腫物ではないと周囲に知らしめてやりたいだとか、色々な下心があった上での行動だった。


「だが一歩間違えば君の身も危険だった。次からはもっと手前の部分で誰か大人を頼りなさい。心当たりがないというのなら僕でもいい」


「はい……わかりました。近衛先生」


 ミレイが神妙に肯く。


「よし。なら行っていい。……学生としての節度を忘れずにな」


 最後にデートについて少々釘を刺されてお小言タイムは終わりになった。


 ────────────────────────────────────────


 放課後の星辰館学園。


 校門を出てぞろぞろと帰宅の途に就く学生たち。グラウンドの方向からは部活動に励む生徒たちの声が響いてきている。

 いつもの光景。

 ただ今日はそこにいつもとは違う要素があった。

 校門付近の生徒たちが妙にざわついている。


 校門を出てすぐ向かいの道路に一台の真っ赤なスポーツカーが停まっているのだ。

 それだけではなく、運転手らしき人物が車体に寄りかかって学園のほうを向いている。


「スッゲー美人……」


「モデルさん? 何かの撮影かな」


 赤黒い髪の若い女性だ。サングラスを掛けていて目元は見えないがそこを考慮しなくても相当な美女である事がわかる。

 スタイルも抜群でスラックスのスーツスタイル。

 煙草を咥えて物憂げにしているその姿は学生たちに何かの撮影と思われるのも無理はないというレベルで決まっていた。


「ユカリ……!」


 そのサングラスの女性に小走りに駆け寄る少女……ミレイだ。

 ユカリは近付いてくる彼女に向って軽く微笑んだ。


 二人が車に乗り込み……赤い車体はエンジン音を響かせて走り去る。


 ……………。


「……あの~、ミレイさま。この格好何なんでしょうか? どうして私はチョコ咥えて待ってなきゃいけなかったんです?」


 走り出してすぐにユカリが疑問符を顔に浮かべつつ掛けていたサングラスを額まで押し上げる。

 彼女は喫煙しないので咥えていたのはタバコ型のチョコレートだ。


 今日のユカリのスタイルと車はミレイの指定である。

 その為ユカリは今日最初に唐橋邸にいつものライトバンで出向いて車を乗り換えてから学園までミレイを迎えに来たのだ。


「何ですぐ外すの! もうちょっと掛けていてよ……」


「いえ、怖いんですってグラサン掛け慣れてないし! 後この車……すっごいガクガクして運転し辛いです!」


 乗り慣れないスポーツカーをおっかなびっくり運転しているユカリである。

 普段よりも視界が異様に低い。それがまた怖い。


「おどおどしなくていいってば。別に他人に迷惑さえ掛けないなら壊しちゃっていいわよ」


「また恐ろしいことを……。キズでも付いたらそれだけで私の何週間分のお給料が吹っ飛んでいくか……」


 今日のデートの為だけにミレイがポケットマネーで用意した車のお値段は世の中の比較的裕福なおうちのパパの年収五年分だ。

 お金がないわけではないが消費的な部分での感性は普通のご家庭のそれであるユカリがビビるのも無理はない。


 今日はこれから予約してある夜景のきれいなレストランで二人で食事をする予定なのだ。

 きっと期待しているようなムードたっぷりのディナーにはならない気がする。

 ……それでもきっと自分にとっては幸せな時間になるだろう。

 そんな確信に近い予感があるミレイだ。


「ひぃ~……今のこの車(わたし)に近付いて来ないでよ~……。今の私はちょっとばかりキケンだぜ~……主に道交法的な意味で……」


 ステアリングを握って何やらぶつぶつ言っているユカリ。


(私の騎士(ナイト)はいつもはこんなだけど……。肝心な時はちゃんとカッコいいんだから)


 ミレイは小さく微笑む。

 強くて綺麗で優しくて……だけど普段は割とポンコツ。

 壬弥社ユカリはそんなひと。


「よしっ! 飛ばしていきましょうか! さあ踏んで……ユカリ!」


「これ以上踏んだら飛ぶのは私の意識なんですけど!?」


 そして……夕闇の煌神町の車道をへろへろと走り去る真っ赤なスポーツカーなのであった。


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