序列十一位の男
落ち着いていて洒落た内装の店内にカランカランとドアベルの音が響き渡った。
入ってきたのはお出かけ用の装いのユカリ。
「ユカリ、こっち」
入ってきたユカリにテーブル席から手を振っているのはスーツ姿のいかにもシゴデキな美女……統治局環境保全課課長、織原鏡子。
煌神町某所にあるエスニックな雰囲気のこの喫茶店は昔からの彼女のお気に入りである。
「こんにちは、キョーコちゃん。このお店久しぶりだけど変わんないね~」
「ふふ、以前はよくデートに使っていたわね」
優雅に微笑んでサトウキビのお茶を口にするキョーコ。
そこへお水とおしぼりを持ってウエイトレスの女性がやってくる。
「キョーコちゃんの飲んでるお茶と同じものと……後はえーと、このケバブサンドを……三皿」
「……三皿!!!」
驚きのあまり復唱の声が妙にデカくなってしまったウエイトレスの人。
「あいかわらず滅茶苦茶食べるわね。……その割に体型はまったく変化しないし。うらやましいわ」
嘆息しつつじっとりした視線でユカリを見るキョウコであった。
……………。
「今日来てもらったのはね、この前の事件のことで色々とわかったことがあるから伝えておこうと思って。あの時の娘たちに伝えるのかどうかはユカリの判断に任せるわ」
「……ふがふが」
ケバブサンドを齧りながら肯くユカリ。
キョウコの言うこの前の事件とは汚染された佐倉ユウイチ邸を舞台とした矢間部エイコ失踪事件の事である。
「というか……あのお嬢様、調査で話を聞きたくても上司からストップがかかるのよ。皇国のお殿様の血族なんでしょ?」
「そうだねー。かなりのワケアリのご身分かな」
曖昧に言葉を濁すユカリ。
そのあたりは自分の一存で喋ってしまえる話ではない。
……あの事件は。
比良坂ミレイを超人に覚醒させようと目論んだ久遠寺キリヲによって引き起こされた。
キリヲはミレイに超人覚醒の素養である人より優れた魔力量と、そして長年に渡って蓄積されてきた鬱屈した感情がある事を感じ取っていた。
『抑圧が強者を作る』……これはある超人を長年研究している学者の唱えた説である。
何か切っ掛けがあってその抑え込んできた感情が爆ぜれば覚醒に至ることができるはず。
キリヲはそう考えて彼女に強いショックを与えるべくあの汚染された家に誘導したのだが……。
……では、どうやってキリヲはあの家を……汚染された佐倉邸を準備できたのだろうか?
汚染にも彼女が関わっているのだろうか?
この疑問はユカリにもあった。
なので、彼女は直にキリヲにそれを問い質している。
二人で殺しあって双方ズタボロになって、キリヲが意識を取り戻してからミレイの病院に謝らせに行く前のことだ。
『……ちゃうわ。逆どすえ。ミレイはんを連れて行こ思てあの家を探してきたわけやあらへん。あの家をあてが見つけたからミレイはんを連れてく事を思いついたんどす』
包帯と絆創膏まみれの姿でキリヲはそう言った。
キリヲにはユカリと同じくそういった異変を敏感に察知する能力があった。
月夜の散歩で偶然佐倉邸を見つけたキリヲは単独で内部を調べて矢間部エイコがそこに囚われていることを知ったのだ。
……これはチャンスだ、とそう彼女は思った。
当時のミレイは足のこともあり過保護に扱われていて、尚且つ本人も外出に抵抗を感じていた。
外へ連れ出すには相応の理由が必要だ。
あの汚染された家に結び付いたヤマベエイコの失踪はうってつけの口実であった。
キリヲは目算の通りにミレイを焚きつけて失踪事件の調査を開始させることに成功したのだが……。
『そこからはほんまに難儀しましたわ』
当時を思い出したのか疲れた様子で嘆息したキリヲ。
そこまでは順調だったのだが計算違いが発生した。
ヤマベエイコは徹底的に周囲に自分とサクラユウイチの関係を隠していたのだ。
調べても調べてもサクラユウイチの存在が出てこない。
これではあの家に辿り着くことができない。
最終的にキリヲはエイコとユウイチの関係をミレイに掲示する為ににエイコの幼稚園時代のデータまで遡って調べて引っ張ってくる羽目になった。
……………。
つまり、キリヲは偶然に侵食樹海に汚染された佐倉ユウイチの家を見つけたのだ。
では何故佐倉邸は汚染されていたのだうか。
いつぞやかの大河原邸とは違い地下から来た汚染ではない。
「今回の汚染源は……これよ」
キョウコが出してきたスマホの画面。
そこに映し出されていたものは……。
「え……これって、望遠鏡?」
「そうよ。天体望遠鏡ね。例の家で回収してきたものよ」
映し出されてたものは白い筒の本体に黒い三脚の付いた天体望遠鏡であった。
若干使い込んだ感じというか、年季を感じさせる見た目だ。
「これ全部が汚染源というわけではないの。ここと、これと……」
キョウコは天体望遠鏡の画像を拡大しながら指さしていく。
いずれも小さな金属部品だ。
「この三つの部品ね。他のパーツは問題なかったわ。恐らく……この三つの部品だけが、壁の向こう側から持ち込まれた物よ」
壁の向こう……即ち、浸食原生樹海エンディア・デューラから持ち込まれた部品だという事だ。
誰かが、壁の向こう側から持ち込んだ部品と火倶楽で作られた部品を組み合わせて品物を完成させ流通させたのだ。
「佐倉ユウイチ氏は天体観測が趣味だったんですって。これは十年以上前に彼が雑誌の広告で見つけて購入した品物だそうよ」
「その会社は……?」
ユカリが尋ねるとキョウコは首を横に振る。
「とっくになくなってしまっているわ。該当の雑誌を探し出して広告の住所も当たったけどテナントで今は全然無関係の事務所が入ってる。多分、この望遠鏡を売るだけ売ったら会社ごと雲隠れしたんでしょう」
「そんな事してる人がいるんだ~……」
これまでの樹海の浸食はいわば天災であり自然現象だった。
だがこれはそれとは明確に異なる。
誰かが……人類側に『内通者』がいて浸食を広げようとしている。
「ユカリは壁の向こうに行ったことがあるのよね?」
「うん。第三次の調査隊。例の実験には帝国も本格的に関わってたからね~。私ともう一人黒騎士が護衛に付いてたの」
当時を思い出しながら、それでもやっぱりケバブサンドをもぐもぐ食べているユカリ。
話が大分深刻寄りになったにも関わらず彼女の食べるペースは落ちていないのであった。
「めちゃくちゃお金掛けてたっぽいしあんな事になっちゃっても少しでも利益になるもの見つからないかなって必死だったんじゃないかな。結局中には二週間くらいいて……。私たち超人は全然平気だったんだけど、調査隊のメンバーはほぼ普通の人だったから、おかしくなっちゃう人が出始めて。それでその人たちを処理して、帰りましょうか……みたいな」
……………。
どこまでも、なにもかもが緑色の世界だった。
凶悪な敵性生物が数多く生息しており、これまで自分たちが暮らしていた世界の常識が通用しない……そんな地獄。
昨日まで深い谷間だった場所が今日は一面の湿地帯。
そんな事が当たり前に起こる。
「……オイッ! 大丈夫かユリアーゼ!! ケガしてねえか!?」
野太い声だ。
ワイルドで豪放磊落……それを発した男をこの上もなく表現しているといえる。
大男だ。身長は2m近い。
全身を分厚い筋肉の鎧で覆ったその男は身の丈程もある巨大な剣を軽々と担いでいる。
粗野だがどことなく気品もある精悍な顔立ち。
オールバックにした黒髪がバサバサと逆立っている。
そんな彼の足元には小型の恐竜に似た生き物が両断されて転がっていた。
「んん~? 私の心配してくれちゃってるのかな~?」
岩に腰かけて食事中だった自分。
というかそんな獰猛な原住生物に襲われても別に食べる手を止めもしていない。
右手にはフォーク、左手には缶詰。
「生意気~ぃ! 私、序列六位よ。あなたの序列は?」
「がっはっはっは!! この世の果てのそのまた先まで来て序列がどうのでもねえだろ!!!」
にひ、と白い歯を見せて笑った自分に彼もそう言って豪快に笑い飛ばして……。
……………。
(懐かしい。彼は強かったな~。絶対序列の通りの実力じゃなかった。それ言ったら私もあえて下位に留まってたんだけど……)
序列十一位のウォードヴェルド・ラゴール。
見た目と扱う武器からして力任せのパワーファイターなイメージの彼であるが、実際は実に巧みに剣を使う戦巧者であった。
彼は元気であろうか。
いまだに黒騎士をしているのか、それとももう脱退してしまっているのか……それすらわからないユカリである。
「……ユカリ?」
僅かな間、思い出に浸っていたユカリ。
キョウコに呼ばれていることに気付いてハッとなる。
「あ、ゴメンゴメン。ちょっとボーっとしちゃってた」
あはは、と照れ笑いするユカリ。
「大丈夫? 疲れているの? ……それで、彼が貴女に直接お礼を言いたいといっているのよ。近くまで来ているから呼んでもいいかしら?」
「ほえ? カレーのお礼?」
聞き間違えた上に後カレー一皿くらいなら入るしいいか、とか考えているユカリであった。
……………。
キョウコが連絡を入れると10分もしない内にその男はやってきた。
ダウンのジャケットを着た若い男性である。
柔らかい雰囲気で穏やかな面相をしている中肉中背の青年だ。
「佐倉ユウイチさんよ」
キョウコが紹介すると彼はぺこりと頭を下げた。
件の汚染事件の被害者、一時は緑人と化してしまっていた佐倉ユウイチである。
「おーっ!! 元気になったんだ!! よかったね」
「はい。お陰様で日常生活に戻れるくらいには回復しました。本当にありがとうございます」
再度ユカリに頭を下げるユウイチ。
身にまとった空気同様に物腰も柔らかい。
ユカリにしてみれば緑人になりかかっていてそこから人に復帰できた者に会うのは初めてであった。
「私は何にもしてないよ。おかしくなってたあなたを大人しくさせたのはキョーコちゃんだし」
「でも貴女がいなければ私はそもそもあの現場に辿り着くこともなかったわよ。まあ、功績を押し付けあっていてもしょうがないしその話はここまでにしましょう。……実はね、ユカリ。彼とも話し合って決めたのだけど、これから彼は環境保全課で働いて貰うことになったわ」
え、と驚くユカリ。
言っちゃ何だがキョウコ率いる統治局の環境保全課は日夜浸食樹海の汚染と戦うかなり危険な職場なのだ。
そこに被害者である彼を……?
「手間掛けさせた分、働いて返せ……とか?」
「違うわよ」
呆れ顔のキョウコが突っ込む。
「……彼はね。完全に元の身体に戻れたというわけではないの。だけどそのお陰……と言っていいのかは微妙だけど常人にはない新しい能力に目覚めていてね」
キョウコが顔を向けるとユウイチが肯く。
「今の彼の両眼は汚染を可視化された情報として捉えることができるの」
キョウコのその言葉を合図にしたかのようにユウイチの瞳はブラウンから鮮やかなエメラルドグリーンに色を変えて輝いたのだった。




