バズを求めて
……ユカリの知っている比良坂ミレイという人物はいかにもな深窓の御令嬢であり、生い立ちからくる陰を持つ物静かな少女である。
しかしそれはもう過去の事であるようだ。
(明るくなられたなぁ……)
今のミレイは以前よりも生命力と自信に満ち溢れている。
超人へ覚醒した事で車椅子と杖に頼らない生活を手に入れた彼女は生来の闊達な性格を取り戻しつつあるのだ。
……それはいいとして。
「えと……ミレイさま、私の悩みって?」
少女の来訪の理由が見えないユカリ。
まだ様付けで呼んでくるユカリに一瞬ムッとして半眼になるミレイ。
「そうよ。私はいつもユカリの事を考えて暮らしているから貴女が苦しんでいる事もちゃーんとわかっているんですからね」
自信ありげにそう言うとミレイが自分のスマホをいじる。
「これよ」
「そ、それは……!!?」
ミレイがスマホで見せつけてきたものは『のすたるじあチャンネル』のユカリの動画である。
……ハッキリいってほとんど反響のないやつ。
「ユカリ、貴女はせっかく出した動画がスベってて悩んでいるのよね?」
「スベっ!!??」
ドスッと言葉のナイフがユカリの胸に突き刺さる。
相手の顔に青く並んだ縦線が入ったのがわかったのだろう……ミレイが「しまった」という顔付になる。
「御免なさい、はしたない言葉を使ってしまったわ。……動画が虚無ったので悩んでいるのよね?」
「うぐッ」
胸を押さえて呻くユカリ。
悪意のない正直な言い回しが彼女を襲う。
「……でも、ミレイさま、よく私が動画を出したのがおわかりになりましたね?」
動画は出したが気恥ずかしさから知り合いには一切伝えていないユカリである。
「昼休みにキリヲが見ていたのよ。楽しそうにしているから何を見ているの? って聞いたら『空回りしているのに一生懸命で可愛らしい』って」
「キリヲ……」
純粋に動画を楽しめ、裏側の苦悩を娯楽として消費するんじゃないとキリヲに言ってやりたいユカリである。
「貴女の動画を万バズさせてあげるから。その為に今日はこちらに来て頂いているのよ」
「いやぁ~、そ、そ、そこまで安請け合いはしてないんですけども……ふひっ」
と、それまでミレイの後ろに隠れていた少女が顔を出す。
ミレイと同じ星辰館学園の制服を着た娘だ。
「ま、まぁ……とりあえずは、存在を忘れられてないみたいで……よ、よかった、ですよ。……こ、こ、このまま、延々と……放置されたまま……話しが進むのかと、ふひひ」
長い黒髪で頭にヘアバンドをしていて……顔立ちは整っているのだが顔色が青白くて頬がややこけている。
オマケに目の下には濃い隈があって、どうにも不健康な印象を受ける少女だ。
彼女はミレイと一緒に入店してきたのだが、ここまで会話に加わる事ができずに無言で佇んでいたのである。
「ユカリ、こちらは現映研の会長、儀仗巴先輩よ」
「幻影拳ッッ!!??」
またゴツい名前の集いのリーダーが来た。
「げ、現代映像研究会で……現映研です、ね……ふひっ」
ユカリの誤解を察したのか訂正するトモエ。
「トモエ先輩、お願いします」
「ば、ば、バズは……運の要素も、大きくて、そそ、そんな狙って確実にバズらせるのは、むむ、無理……だけど、は、反響が大きくなるように……アドバイスくらいは、で、できる……かな」
トモエも自分のスマホを取り出してユカリの動画を再生する。
「ど、動画……見せて……貰い、ました。ああ、あれこれ、細かい問題点はあるんですけども……ままま、まずはですね。一番の問題点という、か……ここ変えた方がいいかなって、言うのは……せせ、折角のユカリンさんの……いい、良い所がですね、あまり、出せてないかなっていう部分で……」
「私の良い部分……」
オウム返しに口にしてからユカリがふと眉を顰めた。
「……そんなのあるんでしょうかね」
動画の評判が散々なのでちょっと弱気になっているユカリ。
「あ、あ、あります、よ……。ちょ、ちょっとですね、そこ、そこを……意識して、ああ、新しいのを、一つ撮ってみましょう、か……」
そう言って頬を引き攣らせた……いや、どうもそれは笑顔であるらしい?
ともかく力なく曲がった二本の指でピースサインを出すトモエであった。
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『こんにちは! ユカリンです。今日皆さんにご紹介したいのはこちらの器で~……』
そうして、トモエの指導の下で始まった新しい動画の撮影。
ユカリがまた骨董の良い器を紹介している。
……ここまではこれまでの動画と一緒の流れだ。
しかし今日は撮影側からは見えていない角度に火にかけられたお鍋がある。
「今日はですね、実際にこちらの器を使ってお食事をしてみたいと思います! 良い器を使うとそれだけで味が全然違ったものになるんですよ!」
ユカリが喋っている間にルクシエルが予め調理してあったスープを同じ器に注いでいる。
それから茹でてある麺を入れて、具材を飾って完成だ。
「そんなに気取ったものじゃなくて、皆さんもよくご存じのメニューですよ。さあ、出てきましたね」
ユカリの前に出された鉢。
中身はラーメンなのだが……。
「……って、赤ッッ!!?? スープ真っ赤!!! ラーメンの御つゆってこんな血みたいな色してましたっけ!!!??」
真紅に染まったスープがぼこぼこと泡立っている。
ここまでスープが赤いと湯気まで赤い気がしてくる。
何となく地獄の血の池を連想させる光景であった。
「ちょ……匂い、匂いが痛い! 鼻の粘膜が傷付いてってる感じがする……!!」
鼻を押さえて涙目になっているユカリさん。
凄まじい刺激臭が目に染みる。
「ご、ごめんなさい。てっ、てて、訂正します。何か皆さんがよくご存じなやつじゃなくてやたらアグレッシブなラーメンが出てきました。……でも! 安心してください! こんな猛り狂ってるようなお料理でもこの器で食べればアラ不思議!!」
ユカリは箸を手に取り、両手を合わせて頂きますと頭を下げる。
何となく絵面に悲壮感が漂っているように感じるのは気のせいか。
そして……彼女はずずーっと結構勢いよくラーメンをすすった。
(一気にいった……!!)
それを見ているミレイが痛々しいものを見る目で顔を顰めている。
何しろあの赤は全て唐辛子の赤だ。
ユカリが一気にいったのは躊躇ったらそのまま臆して踏み出せなくなると思ったからか。
「ごっ……ほ、ほら美味しい……!!」
表情筋を酷使し、激しく引き攣った顔に無理やり笑顔らしきものを作ったユカリ。
根性を見せる彼女であったが……。
「だ、だめッ!! 辛い!!! 辛いっていうかもう、ただひたすらに痛い!!! ……ごほッッ!!! ぶフッッッ……!!!!」
しかしさしもの超人であっても地獄スープには耐えられなかった。
激しく咳き込み悶え苦しんでいるユカリ。
机の上は大惨事だ。
「あぁッ!!? ユカリ……鼻からラーメンが……!!!」
ハンカチを手にミレイが慌ててユカリに駆け寄る。
「……ねえ、毎回こんな事すんの?」
眉を顰めてその様子を眺めていたルクシエルが傍らに立つトモエに尋ねた。
この惨劇を企画した少女は「それでいい」とばかりに自信ありげに腕組みをして状況を見守っている。
「い、い、いえいえ……これは、今回だけ……ですよ。ここ、こんな事を続けた所で、最初だけ面白がる人がいても……すぐ、飽きて、いなく……なります。こ、今回はあくまでも掴みと、いうか、取っ掛かりです。つつ、次からは普通の、と、いうか……ユカリンの好きなメニューを用意、してください。な、なるべく、沢山……お代わりとか、すると、いいですね」
ふひ、と口の端を上げるトモエ。
奇をてらうのは最初だけ。彼女はユカリが骨董の器で毎回食事をする動画にしろと言っているようだが……。
「び、び、美人の、お姉さんが……お、美味しそうに、お食事をするシーンは、そ、それだけで……需要が、あるものなので……ふひっ」
「……ね、ねぇ、ごれ……ホントに公開するの? 乙女が鼻からラーメン出しちゃってるとこなんて人様に見られたくないよ~!!」
まだ小さく咳き込みながらユカリが必死に訴える。
そんな彼女の背中をルクシエルが優しく擦る。
「大丈夫だよ。ユカリは乙女っていうほど清らかな存在ではないし」
「な、慰めになってない~! っていうか、ここで正論でパンチしてくるのやめようよ~!!」
ルクシエルの指摘する残酷な真実に膝から崩れ落ちるユカリであった。
……………。
……こうして、『のすたるじあチャンネル』は骨董の器を使ってユカリが食事をするという基本スタイルになった。
今まで通り器の解説もしつつ、食レポもする。
別段変わったメニューが出てくると言う訳でもない。
ユカリの普段の夕食だ。
『今日はとんかつですよ! とんかつって幸せの味がしますよね。勿論キャベツの千切りも添えてとってもヘルシーです。とんかつと千切り、もうこれは食卓の黄金コンビですよね』
今日も動画でユカリは幸せそうにご飯を食べている。
ユカリは結構な大食漢なのでお代わりはデフォだ。
『……はぁ、幸せ。ご飯がいくらでも入りますよ。というわけで今日もお代わりしちゃいます』
結局、この『のすたるじあチャンネル』は爆発的に跳ねる事はなかったものの知る人ぞ知る配信者としてユカリは界隈ではそれなりの名前になっていくのであった。
ユカリの望んだ古道具の良さを伝える事に繋がっているのかいないのか。
その効果のほどは定かではない。
……………。
そうしてしばらく後の事……。
ある寒い日の夜。
「……うぅ、寒っ」
夜風に吹かれてコートの襟を立て一人の中年サラリーマンが家路を急いでいる。
彼は単身赴任の身でありこれから独りで夕食だ。
手にはコンビニのレジ袋……中身は弁当である。
「お、新しいの上がってるな」
スマホで『のすたるじあチャンネル』をチェックするサラリーマンの顔が綻ぶ。
「今日はユカリンと一緒に飯にするか……」
呟いたサラリーマン。
アパートへ向かうの足取りは多少軽くなるのであった。




