動画配信者ユカリさん
古道具屋『のすたるじあ』……その店舗正面では今日も巨大な狸の置物が静かに佇んでいる。
「……イチロウさぁ~ん、お客さんが来ないよ~」
静かに煌神町の様子を見詰める市郎さんに泣きつくユカリ。
そう、ここのところの『のすたるじあ』は客の入りが今一つ。
連日、閑古鳥が鳴いている。
「確かに最近お客さんが少ないね」
店内に戻ってきて黄昏ているユカリにコーヒーを出すルクシエル。
たまにドカンと売れているので売り上げ的にはまったく問題はないのだが……。
「うちは生活必需品置いてるお店じゃないからね~。こういう時もあるっちゃあるんだけどさ……」
トホホ顔でマグカップを受け取ってユカリが口を付ける。
最近商売以外であれこれありすぎて仕入れがあまりできていない。
店内の品物が代わり映えしなければお客は飽きて離れていってしまう。
「ユカリが殺し合いばっかしてるから」
「自分から殺しに行くことはないんだけどなぁ。私の身の回り殺されそうになる人とか殺しに来る人とか多すぎだよ……」
ふへぇ……と力なく嘆息するユカリ。
サツバツとした世界からは足を洗ったはずなのに。
どこまでも過去に追われる女、ユカリさん。
「古いものにはロマンがあるんだけどな~。皆にもそれが伝わってほしいよ~」
そう、ユカリはお金儲けがしたくて店をやっているのではない。
古道具の魅力を多くの人々に知ってほしくてやっているのである。
「……まぁ、皆にウケる趣味じゃないし」
「そうなんだけどさ~」
何だかすっかりユカリはふにゃふにゃだ。
スタッフとして、パートナーとして何とかしてやりたいと思うルクシエルだったが……。
「SNSとかは活用しないの? お店のアカウントあったよね?」
「たまに入荷した品物を紹介したりしてるよー。まあ、でも、ぶっちゃけあんまり反響はない……」
ユカリが熱心に更新していないのでフォロワーも増えずあまり反応のない『のすたるじあ』のSNSアカウント。
確かに一人で店のことをあれこれやっていて、その上殺し合いまでしているユカリにSNSまでしっかりやれというのは酷な話かもしれない。
(……と、すると別の手でいったほうがいいかな)
何かを思いついた様子でスマホをぽちぽちと操作するルクシエルであった。
……………。
数日後。
『のすたるじあ』の自動ドアが開いて一人の男が入ってきた。
(た、只者じゃない……!)
その男を見た瞬間、ユカリは先日蛇沼ゼンマやギャラガー・ロードリアスが来店した時とは別種の緊張感を覚え思わず身構えてしまう。
「やぁやぁ、どうもどうも……どうもです! やって参りましたぞ~むっふふ」
「い、いらっしゃいませ……?」
入店してきたのは三十前後くらいの男性客。
眼鏡を掛けていて丸顔で、小太り。
頭はパーマでもじゃもじゃ。額には青いバンダナ。
白地に青いチェック柄のシャツを着てリュックを背負っている。
……そして何だか異様にフレンドリー。
思わず気圧されて声が裏返ってしまっているユカリであった。
「隊長、こっち」
店の奥でルクシエルが男性客に手を振っている。
(隊長……!?)
奇異な呼び名に内心で眉を顰めるユカリ。
なんの部隊を率いる男なのか……このチェックシャツの男は。
「来てくれてありがとう。……ユカリ、この人『鉄人会』の会長さん。皆からは会長じゃなくて隊長って呼ばれてる」
「鉄人会……」
また……えらくゴツい名前の会である。
「いやっはっはっは、恐縮でござる。正しくは『レトロな特撮を語る鉄人たちの会』と申しましてな。拙者が会の取りまとめ役をやっております『ジョニー』でござる。いやいや! 勿論HNでござるぞ! 本名は蝉丸丈二。名前の『ジョー』と『二』でジョニーでござる。どうでもいい話でござったな! はっはっは!』
マシンガンのように語り倒すジョニー。
言葉をはさむ余裕もなくただカクカク肯いているユカリ。
「え、ええと……ルクも鉄人なの……?」
「うん。私もサークルのメンバー。たまにオフ会に出てる」
休日によく出かけていくと思ったらそんな事になっていたとは……。
レトロ特撮の沼にハマったルクシエルはいつの間にやら同好の士が集うサークルのメンバーになっていた。
「『るっく』さんは拙者らにとっては期待の星ですぞ~。まだこの世界に足を踏み入れて半年くらいとの事ですが拙者らのような界隈に二十年以上住んでるような古豪とも互角に語り合えますからな~」
「ほぇ~……」
『るっく』さんというのがルクシエルのHNなのか。
ジョニーに褒められて満更でもなさそうな様子のルクシエル。
しかし、ルクシエルはこの男を店に呼んで何をしようというのであろうか……。
「……で、今日隊長に来てもらったのは」
「そうそう! 配信の手ほどきでござったな~お任せあれい!」
……動画配信。
聞けば、ジョニーはレトロ特撮を扱った配信を個人で手掛けておりまあまあの視聴者を抱えているらしい。
それでルクシエルが『のすたるじあ』でも古物の魅力を発信する動画チャンネルを開設すればいいのではないかと考えて彼を呼んだというわけだ。
「とはいえ畑違いのジャンルの事ゆえ、拙者も動画の内容にまではアドバイスはできんでござるぞ。まずは思うがままにやってみるのがよろしいかと! 拙者も最初は中々視聴者が増えずに苦しんだもんでござる」
「うん。ありがとう隊長」
ジョニーの言葉に肯くルクシエル。
…………。
それから、数時間を掛けてユカリとルクシエルはジョニーの指示のもとで裏の作業室の一角をスタジオに改装した。
その間にジョニーは配信の登録を行う。
「名前は~……『のすたるじあ』のお店のチャンネルですし、シンプルにのすたるじあチャンネルとしておくでござるよ! 他にいいのが思いついたら後で変更してくだされ」
ジョニーは動画を撮影してアップするまでの手順を丁寧に説明すると帰っていった。
謝礼を支払うと言っても頑なに受け取らず……。
「いやいやいやいや、仲間のために一肌脱ぐというのはヒーローに魅せられた特撮モンじゃ当たり前のことでござる」
そう言って颯爽と去っていったのだった。
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……かくして、『のすたるじあ』の公式チャンネルが開設された。
早速意気込んだユカリがいくつかの動画を投稿する。
……………。
『こんにちは、ユカリンです。今日は皆さんにこちらの器を紹介したいと思います! こちらはですね。今から大体六百年位前にですね。皇国の東のエリアの~……』
「……………」
動画をPCで再生しながら口をへの字にしたルクシエルが腕組みをしている。
画面ではユカリが色鮮やかな染付焼の皿を視聴者に向けて紹介している。
それを見守るルクシエルは今一つ浮かない表情で……。
(これ、本人には言い辛いけど……)
悶々と思考する青い髪の少女。
(あんまり面白くない……かな)
ふーっと彼女の鼻から重たい息が抜けていく。
ユカリの動画というのは今はあまり古道具に興味を持っていない層……いわゆる初心者へ向けたものだ。
そういった人々に骨董の世界に興味を持ってもらおうと頑張っている。
その為既に知識のある者たちにとっては物足りない。
かといって初心者を思わず釘付けにするような印象もなく……。
ルクシエルからすればなんとも残念な出来の動画であった。
本人が必死に頑張っているのだけは伝わってくるので猶更やるせない。
……………。
夕食の席で動画の話になった。
今日のメニューはとんかつだ。
とんかつは幸せの味だ……以前ユカリはそう言っていた。
ルクシエルもそれには異存はない。
「ね、ルク。私の動画って今どんな感じなの?」
しかし、ここからの場の空気は果たしてとんかつの幸福感だけで中和しきれるであろうか。
……来たか、とルクシエルが内心身構える。
避けては通れない話であった。
「ん、今60くらいかな……」
大体一週間の視聴数がである。
勿論この中にはチラッと見に来て即帰った者も含まれる。
「60? それって……どうなの?」
ルクシエルは迷った。
どう答えるべきか……言葉を選んだほうがいいのか。
なるべくユカリを傷付けないように。
(いや、そうじゃない)
当たり障りのないことを言ってお茶を濁すのがパートナーなのか。
それは違うはずだ。
困難にも、苦しみにも逃げずに真正面から一緒に立ち向かわなくてはならない……!!
「ハッキリ言って……虚無」
「キョム!!!??」
目を閉じて厳粛に告げるルクシエル。
愕然として箸からとんかつを落とすユカリ。
「無いのも一緒」
「無いのも一緒ッッ!!!??」
摘まみ上げたとんかつを再び落とすユカリ。
「……そ、そっかぁ~」
肩を落としてこれ以上ないくらいにユカリはしょぼくれている。
「隊長も最初から上手くはいかないって言ってたし……どうすればいいのか一緒に考えていこうよ」
「うん……」
しおしおになっているユカリが涙目で肯く。
……とは言ったもののルクシエルも動画配信に関しては素人もシロウト。
大して視聴経験があるわけでもない。
正直言ってどうすればいいのかまったく見当もつかない状態なのであった。
…………。
そんな事があって、翌日の夕方。
店の自動ドアが開いて軽やかな足取りで勢いよく飛び込んできたのはベージュのブレザー姿の少女。
「……来たわよ、ユカリ!」
「はぇ……!?」
驚いて読んでいた雑誌から顔を上げたカウンターのユカリ。
その視界に入ったのは栗色の髪の凛とした美少女である。
「ミレイさまっ……!」
「もうっ! さま付けやめてって言ってるでしょう」
口を尖らせた比良坂ミレイ。
毎日のようにユカリとメッセージのやり取りはしている彼女だが、こうして実際に顔を合わせるのは半月ぶりになる。
「ユカリ、困っているわよね? 貴女、悩んでいるでしょう」
突然お嬢様はそう決めつけてユカリをビシッと指さしてきた。
突然のことにユカリは目を白黒させている。
「でも心配しないで。私がこうしてやってきたのだから。貴女の未来の伴侶である私がエレガントかつスマートにその悩み、解決してあげるわ」
自信満々にそう言い放つとミレイは自らの胸に右手を当てて上体を反らせるのであった。




