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戦いが終わって

 ハイウェイを軽快に走る一台のライトバン。

 ユカリの車だ。ハンドルを握っているのは胡散臭い口髭の中年男……ショウセイ。

 免許を持っているメンバーの中で一番一番傷が浅いからという理由でめでたく彼が運転手抜擢となった。


「……お陰で……死なずに、済んだ。ありがとう」


 後部座席に座っているシズク。

 グッタリとした様子で掠れ声で礼を言う彼女が一番酷い傷を負っている。

 全身を覆った包帯は血塗れだ。

 超人(オーバード)故に自己再生は始まっているが回復までにはまだかなりの時間が掛かるだろう。魔力の消耗も激しいはずだ。


「あんたたちもな……」


 運転席のショウセイと助手席のキリエにも声を掛けるシズク。


「俺は誘われて遊びに来ただけだ~。楽しそうだったからなぁ~。礼を言われる筋合いはねぇ~。送迎付きだし弁当も出た。肝心のバトルはちょい不完全燃焼だったが噂の財団のボスを直に見る事もできた~。言う事なしだ~」


「あても取引に応じただけどすえ。あんたはんの為に来たわけやあらへん」


 ショウセイは面白がっている様子でキリヲはそっけない。

 そんな二人の様子にほんの少しだけ苦笑してからシズクがぐらっと傾いて隣に座っているユカリの肩に頭を当てる。


「……すまない」


「いいよ~。寝ちゃって、シズク。眠れば少しは魔力の回復も早まるよ」


 子供に接する母親のように優しい声で言うシズク。

 抱き寄せられたシズクの意識は急速に暖かい闇の中に沈んでいくのだった。


 ────────────────────────────────────


 同時刻、財団の面々も手配していた車で空港から遠ざかりつつあった。

 財団特注の白い大型車は戦車並みの装甲を持つ。

 最も乗り込んでいる面々からすればそんなものは大した意味もないのであるが……。


 ガレオンだけは未だ意識が戻らないので別の車で病院に直行だ。


(今回は反省点ばかりだ。まさかこの四人で出向いて破れて帰る事になるとはな……)


 後部座席のギャラガーが顔をしかめる。

 胸の傷がズキンと痛んだからだがそれだけではない。

 不手際による敗北の苦味が彼の眉間に皺を刻んでいる。


 そんな彼の心情など素知らぬ様子で隣に座っている若い姿のゼノヴィクタは早速大いびきをかいて寝てしまっている。


心臓(これ)を完全に元に戻すまでは……二、三日、いや、もう少しかかるか)


 計算外だったのは……蛇沼シズマ個人の戦闘力を低く見積もっていた事。

 そして元黒騎士(オルドザイン)の、それも最強格が三人も出てきた事だ。

 彼らの関係はわからないが、それを事前に調査できず可能性を考慮できなかったことも大きな敗因である。


「……いや~、何だか知んねーですけど、めっちゃくちゃツエーおっさんでしたわ。誰なんだろうな~あれは」


 助手席のエトワールが外を流れる景色を何となく見ながら独白のように言う。

 ミヨシショウセイなんて名前の超人(オーバード)は聞いた事が無い。


「あれが、ハイドライド・エルドギーアだ。エトワールよ」


「……へっ?」


 ギャラガーの言葉にポカンとして後部座席を振り返ったエトワール。


「ハイドライドって……元黒騎士(オルドザイン)の……」


 その男は歴代最強の黒騎士(オルドザイン)と言われている元総長。

 そして彼女はその名の男が自分にとってどういう意味を持つのかを思い出す。


「……って、うちのパパンをブッ殺した奴じゃん!!!」


「そうだ。お前の父親を殺した男だ」


 ギャラガーが肯くとエトワールはふぉー、と大きく息を吐いてボスンとシートに身を沈めた。


「……えぇ~。そんじゃ教えてくださいよあの場で~。そうだってんなら色々話してー事ももあったのに」


「必要ない。殺し合いの前にそんな話をした所でノイズになるだけだ。言っておくがエトワール……仇討ちは許さんぞ。一族の掟だ」


 エトワールの父は、即ちギャラガーにとっては弟。

 常日頃から自分に何かがあった時には財団総帥の座を継がせようと思っていたほど可愛がっていた兄弟だ。


 財団……ロードリアス一族にとっては戦闘は仕事(ビジネス)である。

 勝敗も生死もその結果として受け入れる。私情を挟むことは許されないのだ。


「いや、そーゆーつもりはねーですけどね。その辺はキッチリ割り切ってるんで。でもホラ、死ぬ間際に笑える遺言とか残してるかもしんないじゃねーですか。HDDの中身見られたくねーから物理的に完全にぶっ壊してくれとか、そーゆーの」


「……お前は自分の父親を何だと思っているんだ」


 流石の帝王も引き気味である。


「ま、いっか~。どっちも生きてんだし、この先いくらでも機会はあるっしょ~」


 呑気にそう言ってイヤホンを耳に入れてスマホで音楽をかけるエトワールであった。


 ─────────────────────────────────────


 ……財団との激しい戦闘はユカリたちの勝利で終わりを告げた。


 しかしそれで全てが片付いたというわけではない。

 大人の世界には色々と後始末と言うものがある。


 空港での戦闘から数日後。

 ユカリの店『のすたるじあ』店内にて……。


 その男は敗者の側にあっても尚、圧倒的な威容を誇っていた。

 ……スーツ姿のギャラガー・C・ロードリアス。

 彼は店のカウンターで何かの書類に署名している。


「……よし、これでよかろう」


「は~い、どーもね」


 署名した書類をユカリに手渡すギャラガー。

 書類は賠償金に関する取り決めの合意書だ。

 今回破れた財団側は莫大な賠償金を払う事になる。

 シズクがまだ立ち上がれないのでユカリが交渉の代理人を務めている。


「……ん~、OKかな? 二百億!! 二百億かぁ……高くついたわね」


 書面を確認して改めて驚いているユカリに財団総帥は軽く鼻で息を吐いた。


「その程度の金は財団にとっては何でもない。……だが、敗北の屈辱による胸の痛みは少々長引きそうだ」


 そう言ったギャラガーが一瞬辛そうに表情を歪めて背を丸めた。

 胸の痛みは心情的なものだけではなさそうだ。


 彼の心臓はまだ動いていない。

 それなのにこれだけアクティブなのだから怪物である。


「辛いなら代わりの人でよかったのに」


「そうはいかん。私は財団の長だ。これはケジメだ」


 ユカリの言葉にギャラガーは首を横に振る。


「とにかく、こっちはこれで結構よ。お疲れ様でした」


 書類をケースにしまうユカリ。

 賠償金は莫大だが、結局これはほとんどが空港の修繕に消えることになっている。

 そっちも財団にふっかけてやってもよかったのだが、一番ハデに空港をぶっ壊したのはユカリだ。

 お金が欲しいわけではないし、あまりもぎ取り過ぎても後々の事を考えるとよろしくない。

 この辺りが落しどころだろう。


「よし。ならばここからはプライベートな時間だな。それと……あとそれからあれもくれ。こっちの花瓶も貰っていく」


「はいはい」


 ギャラガーが指さした商品をルクシエルがカウンターに運ぶ。


「……何だこれは、贋作(イミテーション)じゃないか。こんな物を出していたら店の格が落ちるぞ」


「あああああ! それは……ごめんなさいおっしゃる通りです。それは見なかったことにして」


 ギャラガーが眉を顰めて指差したのはこの前キリヲにも言われた贋作の花瓶。

 あれからドタバタしていて値札を修正するのを忘れていた。


 ギャラガーは時折胸を押さえて顔をしかめながら店の中を回っている。


「休まないの? 辛いんでしょ?」


 超人(オーバード)であっても普通心臓が潰れていれば死ぬか行動不能になるはずなのだが……。

 本当に彼は超人(オーバード)なのだろうか? と疑問に思ってしまうユカリだ。


「久しぶりの余暇なのだ。ベッドの上で終わってたまるか……。火倶楽からの帰りにグローゼンブローに立ち寄ってスキーをして、それからファーレンクーンツにも寄ってフットボールの試合を観戦してから帰る予定だ」


「心臓治ってからにしなさいよね……」


 乾いた声で言うユカリさんであった。


 ……結局、ギャラガーは15分程の滞在で二千万近く店の品物を買っていった。


 ──────────────────────────────────────


 ……皇国、皇都。

 その中心部にある巨大な屋敷。

 五大老である蛇沼家の屋敷である。


 先程から屋敷には何かが壊れる音や叫び声が断続的に聞こえてきていて、使用人たちは不安げに顔を見合わせている。


「……どきなさい」


 そこに現れた長身のスーツ姿の男性……当主、蛇沼ゼンマ。


「だ、旦那様……若様が……」


 震えながら告げるメイドに、わかっているというようにゼンマが肯く。


 ゼンマが一室のドアを開けると中は酷い有様であった。

 家具や調度品が投げ出され、倒れて破壊されていて書類が撒き散らされている。


「……くそーッッッ!!! 終わりだッッ!!! 何もかも終わりだぁーッッ!!! 何が財団だ!!! 最強の一族だ!!! 役立たずどもがぁッッ……!!!」


 部屋の中央で泣きながら喚き散らしているのはつい先日までこの家の時期当主の座が約束されていた男……ゼンマの長子、レンマである。


「レンマよ」


「……ッ!!?? ち、ち、父上ッッ!!!」


 部屋に入って来た父に気付いたレンマ。

 彼は一瞬我を忘れた様子であったが、すぐに父の膝に縋りつく。


「父上……父上ッッ!! お助け下さい!! このままでは私は腹を切れと言われてしまいますッッ!! どうか、どうか……それだけは……!!!」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を息子を無表情で見下ろしているゼンマ。

 やがて彼は小さく息を吸ってから口を開く。


「レンマよ……上様にお詫びしに行くぞ。お前は全ての御役目を失う事になる。母の郷里で静かに余生を過ごせ」


「ほ、本当ですか、父上。私は……私は死ななくて済むと……」


 肯くゼンマ。

 その父を見てレンマは大きく安堵の息を吐きだした。


「わかりました……。参ります、上様のところに」


 部屋を出ようとするレンマ。

 彼は自分の背後で父が刀を抜き放ったことに気付いていない。


 そして、何かがドサッと床に崩れ落ちる音が聞こえて……。

 部屋は静寂に包まれた。


「……………」


 少しの間ゼンマは黙って倒れている息子を見下ろしていた。


「愚か者め……」


 やがて、静かに重苦しく呟いた衣服を返り血で汚した父であった。

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