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背負っているもの

 地上から100m近い高さの管制塔の屋根の上に立つ銀髪の青年……ガレオン・A・ロードリアス。

 大きな白い洋弓を手にしたオッドアイの青年が目を細めて遠くの滑走路を見やる。


(こちらに向かってきているのは……壬弥社(ミヤノモリ)ユカリか。とすれば、接近されなければ脅威ではない)


 冷静に状況を判断するガレオン。

 ユカリの介入は予想された事態であり彼女の大まかな能力(スペック)は頭に入っている。

 接近戦においては世界有数のスペシャリストだが遠距離戦は苦手のはず。

 ……自分とは真逆だ。

 つまり寄られなければ大いに勝機があり、逆に寄られてしまえばかなり不利になる。


(近付けるわけにはいかない)


 眼下の未だ点でしかない相手に向かってガレオンは弓を引き絞り矢を放つ。

 仄かに白く輝く魔力を帯びた矢は風を置き去りにして一瞬にして光る点と化して地平へ向かった。


 ……………。


 ……来る!!


「うひゃぁッッ……!!!」


 辛うじて身を捻り飛来する矢を回避したユカリ。

 間一髪、彼女を掠めて数本の髪の毛を散らして背後の地面に突き立つ矢。


「と、とんでもねーっ! なんて速度と正確さ……」


 死角からの拳銃の弾丸ですら察知して比較的余裕をもって回避できるユカリがどこから飛んでくるのかがわかっている矢をギリギリで回避するので手一杯だ。

 恐るべき手練れの射手。

 管制塔に近付こうとすると妨害するように連射が来て中々目的地に近付くことができない。


(避けながら塔に向かうのは……無理かな。どうする……ここでもたもたしてるわけにはいかないしな~……しゃーない、やるしかないかっ!)


 強行突破する覚悟を決めるユカリ。


(何発か被弾しながらでも無理やりに突っ切っちゃおう。受ける瞬間に防護(ガード)に魔力を回せば食らってもヤバいダメージにはならないはず!)


 しかし常に全開で防御に魔力を回し続けていたのでは管制塔に辿り着くことができたとしても魔力が枯渇してしまう。

 それでは戦闘続行が不可能になり意味がない。

 魔力を集中するのはあくまでも着撃の瞬間だけ……非常にシビアなタイミングが要求される。


(その辺りの見極めは自信あるから大丈夫。大体矢の速度にも目が慣れてきたし……)


 むんっ、と気合を入れてから再び走り始めるユカリ。

 キラリと光る前方の空。


 ……迎撃が来る!

 狙いはこちらの……頭部! それも眉間!!


 左手を持ち上げ、顔の斜め上に翳す。

 これで命中の瞬間に魔力を右手に集めて障壁にして矢を弾く……。


「……あれッ!!??」


 ……ズガッッ!!!!


 しかし矢は容赦なくユカリの掌を貫通する。


(いで)エエエ~~~ッッッ!!!! なんで!? どうしてよ……タイミングが……」


 見極めていたはずだった着撃のタイミング。

 しかし矢は1秒遅れでズレて彼女に命中した。

 結果として意識を集中して魔力を高め、それが緩んだ時に食らってしまった。


 再び前方の空がキラキラと光っている。

 次弾が来ている……!


 自分が考えているよりも1秒遅く来ると言うなら防御のタイミングを修正しなければ。


「ッッ……!!!」


 ドスドスと左手の前腕部に突き刺さる二本の矢。

 今度は最初に把握していたタイミングの通り……1秒遅れを想定して構えていたユカリの防御は間に合わなかった。


(マズいわ……相手はどういう方法だか知らないけど当てるタイミングを調整して一定じゃないようにしてる……)


 三本の矢が突き刺さっている左腕から血が滴り落ちる。

 管制塔を見上げて歯噛みするユカリであった。


 ……………。


 ……命中した。

 狙いの通り。


 ガレオンにはユカリの考えが読めている。


(元黒騎士(オルドザイン)でも屈指の実力者とはいえ……この状況に追い込まれた者の考えることは大体一緒だな)


 多少の被弾を覚悟で強引に突破しようとする。

 これまでに自分が屠ってきた数多の猛者たちと同じ選択をしたユカリ。


(だが、そうはいかない。俺の『再動の矢(アローオブリアクト)』がお前をここで葬り去る……壬弥社ユカリ)


 また一本の矢を放つガレオン。


 その矢が……空中のある一点で停止する。

 一旦停止ボタンを押した動画のようにそのまま動かない。


 これがガレオンの持つ異能の一つ『再動の矢(アローオブリアクト)

 彼は放った矢を空中の任意の一点で停止させる事ができるのだ。

 そして停止させてある矢は彼の望んだタイミングで再び動かすことができる。

 先ほどはこの能力を使って空中で矢を1秒だけ停めた。

 だからユカリは防御のタイミングを合わせられなかったのだ。


 そして、何本の矢を空中にキープできるのかは能力者の魔力量依存であり……。


 ……………。


 足を止めるユカリ。

 彼女が前方の空を呆然と見上げている。


「……な、なんじゃこりゃ」


 思わず口から漏れた乾いた声。


 前方の空に無数の……数百の矢が浮いているのだ。

 すべての鏃をこちらへ向けて。


 前後左右、どこにも逃げ場のない致死の空間。


「これが五百の射線が作り出す結界……『終狩の地(エンドオブハント)』 終わりだ、ミヤノモリユカリ」


 静かにそう口にして新たな矢を弓に番えるガレオンであった。


 ────────────────────────────────────────


 兄の記憶は、白い色の記憶だ。


 真っ白いカーテンの真っ白い部屋。

 白いシーツ……白いベッド。

 いつでも白の中に兄がいた。


 穏やかな性格で本を読むのが好きな兄だった。

 自分の知らないことを色々教えてくれる兄がシズクは好きだった。


「僕がこんな身体じゃなきゃ……。シズクにも迷惑を掛けてるね……」


 そう言ってベッドの上で力なく笑った兄。

 彼には妹が自分の影武者を務めているということは知らされていなかったのだが、聡明な彼は薄々それを察していたのだろう。


 兄の代わりを務めることはシズクにとっては重荷でも苦痛でもなかった。

 剣は得意であったし体を動かすことも好きだったから。


 だけど兄が自分を見て申し訳なさそうにするのは辛かった。


 ……………。


 ……そんな自分が今。

 ニセモノの蛇沼シズマが今、最強の帝王と相対している。


 ハッと我に返る。

 危ない。意識が飛びかけていた。


 すでにシズクはかなり負傷してしまっている。

 戦闘が開始されて五分も経過していないのに。

 足元にぽつぽつと彼女の流した血が滴り落ちる。


 あらゆる意味で強大な男。

 超人(オーバード)たちの世界では神にも等しい絶対者。

 財団総帥『帝王』ギャラガー・ロードリアス。


「……なるほど、確かに優秀な超人(オーバード)だ。お前ほどの実力者を手元から遠ざけて今まで放置していた蛇沼ゼンマの意図がよくわからんが」


 右手を軽く持ち上げたギャラガー。

 その手が血で汚れている。

 シズクの斬撃を腕に浴びたのだ。


「私でなければ他の一族の者でも危ないかもしれんな」


 みるみるうちに傷が消える。

 肉体の損傷だけでなく切られた上着の袖まで元通りになっていく。

 これも魔術ですらない。彼の桁外れの魔力がもたらす作用でしかない。

 再生や復元が肉体のみならず身に纏った物にまで及ぶのだ。


 魔力とは意思(ねがい)を現実にするための力。

 傷ついた体を癒したい、破損した着衣を元通りにしたいと願えば魔力がそれを実現する。

 無論並みの超人(オーバード)ではそこまでの事はできない。可能だとしても時間がかかる。

 ごく短時間でそれができるのは神にも等しいとまで称されたギャラガーの魔力量があってこそである。


 シズクの剣の腕をもってしてもギャラガーには深手を与えることができない。

 半端な負傷は即座に回復されてしまう。


 そして帝王が一旦攻勢に転じると……。


「死なすには惜しい逸材だがこれも契約だ。悪く思うな」


 シズクに向かって右手をかざすギャラガー。


「……クッ!!!」


 先ほども一度食らった攻撃が来る。

 咄嗟にその場を飛び退るシズク。


 だが……。


「『朱橙裂衝波(バーミリオンショック)』」


 橙色の衝撃波が周囲を薙ぎ払う。


「ッッッ!!!!」


 シズクが弾き飛ばされて滑走路に叩き付けられて跳ねる。

 巨大なこん棒で全身を殴打され、尚且つ内臓をミキサーにかけられたかのようだ。

 血を吐きながら彼女が必死に立ち上がる。


「タフだな。だが無駄に苦しむ時間が長引くだけだぞ」


 ギャラガーに慈悲はない。

 彼は再度右の掌を持ち上げてシズクに向けた。

朱橙裂衝波(バーミリオンショック)』は魔力を攻撃力に変換して放つだけの魔術と呼ぶにも烏滸がましいような単純な攻撃だ。

 だが、それをこの男が放つとほぼ回避不能でしかも一撃必倒の威力になるのだ。


「俺は……負けない」


 口の中の血を吐き捨ててからシズクがはっきりとそう言った。


「……それを決めるのはお前ではない」


 三度目の『朱橙裂衝波(バーミリオンショック)』……ギャラガーの右手が戦車の砲身を思わせる動きでシズクを狙う。


 離れた位置で斬り合っていたショウセイが動きを止める。


「……オイ、斬るぞ」


「あん?」


 エトワールも動きを止めて伯父の方を向いた。

 ショウセイは自分に向けて脅し文句を口にしたのかと思ったがそうではなさそうだ。


 伯父はバーミリオンショックの体勢で相手を狙っている。

 彼がああなったらもう対戦相手の運命は決まっている。


 斬るって……誰が何を?

 あいつが伯父を?


「……いや、無理でしょーよ」


「斬る」


 エトワールの言葉など意に介さないかのようにショウセイは少年のように目を輝かせている。


 帝王の殺意が煌めく。

 ……オレンジ色の波動が来る!


 臆すことなく致死の波動に向かって踏み込むシズク。

 彼女の耳の奥に懐かしい声が木霊する。


『僕はもうすぐ君の前からいなくなるけど……。星になってずっとシズクを見守っている』


 一瞬だけ。

 光の中に兄の横顔を見た気がした。

 大好きだった……この世でたった一人の半身の微笑みを。


 現在(いま)、自分は……。

 彼の名を名乗って、彼の人生を生きている。


『シズマの分まで生きろ』


 父の声が聞こえた気がする。


 ……うるさい。

 そんな事はわかっている。

 今自分のいる場所は本来彼がいるはずだった場所。

 見ている景色(せかい)は本当は彼が見るはずだった景色(せかい)なのだから……!!!


 踏み込みながらシズクが大上段から刀を振り下ろす。

 帝王の無敗の魔術にラインが引かれ、そこから左右にズレる。

 バーミリオンショックが縦に割れてそこに道ができた。


「馬鹿なッッ!!!??」


 驚愕するギャラガー。

 攻撃を放ち終えて無防備になった彼にシズクが体ごとぶつかってくる。


 魔術を斬る事など不可能だ。物理干渉はできない。

 それがこの世のルールだから。


 だが……。

 魔力が意思(ねがい)を現実にするための力であるというならば。


 その常識(できないこと)の壁を越えて……向こう側の景色を見る者がいるのではないか。


 ギャラガーに体当たりしたシズク。

 彼女の刀が財団総帥の胸板を刺し貫いて背中へ抜ける。


「ぐオオオオッッ!!! こんな……こんな事がぁぁぁッッ!!」


 喉を反らせた帝王。

 叫び声と共に彼は大量の血を吐く。


「何故そんな傷付いた身体で……この速さを、重さを……ッッ!!! ありえんッッ……ガぁぁぁッッッッ!!!」


「わからないか、帝王……」


 血の塊を吐き出して叫ぶギャラガーにシズクは握った刀の柄に更なる力を籠める。


「俺の剣には……宿ってるんだ……」


 みしみしと音を立てて胸に突き立てられた刀が傷口を広げる。


「俺に……俺に託された大事な想いが宿っているんだッッッ!!!!」


 体重をかけて全力で刀を押し込みながら咆哮するシズクであった。

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