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五大老の依頼

 夜になりホテルにロードリアスの四人が揃った。

 日中は家族はそれぞれバラバラに行動していたのだ。


 ホテルの豪奢な食堂で一家四人はテーブルを囲んでいる。


「いくつか有意義な商談が纏まった。これだけでも来た意味があったというものだ」


 上機嫌なギャラガーがワイングラスを傾ける。


 世界有数の武闘派超人(オーバード)の一族とは言っても彼らの表の顔は別にある。

『人類の発展と繁栄』を掲げて活動する世界最大の民間慈善団体ロードリアス財団……その総帥というのがギャラガーの世間一般で認知されている姿であった。

 同時に彼は財団に属する複数の企業の代表でもある。


「伯父貴は相変わらずお仕事熱心ですことねぇ~」


 へらっ、と薄笑いを見せるエトワールにギャラガーは軽く肩をすくめた。


「仕方があるまい。優れた能力を持ち高い地位にいるものは相応の振る舞いが求められる。高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)というものだ。我らロードリアスは人類の導き手となるべく定められた血族なのだぞ。エトワール……お前もその一人として自覚を持って日々を過ごせ」


 へぇ~い、とあまり真剣には聞こえない返事を返す姪に小さく嘆息するギャラガーだ。

 そして彼は老婆とは思えない勢いで分厚いステーキをガツガツ食べている母親に視線を移す。


「ママはどこへ行ってたんだ?」


「ちょっと古い知り合いのところにね……。過去にアタシと()りあってまだ生きてる稀有な女さね」


 上品に口元を拭ってからゼノヴィクタがニヤリと笑う。


「制服なんか着こんで女学生気取りだったよ。何をやってんだかねぇ」


「うわぁ、そりゃグロい……」


 めっちゃ顔を顰めたエトワール。

 彼女の脳内には女子高生の格好をしたしわくちゃのお婆ちゃんが何故か迫真の真顔で「ヘイ! カモォン!!」とか叫びながら手招きしている姿が浮かんでいる。


「どうでもいいが……」


 そこで口を開いたのは無言でサラダを突いていたガレオンだ。

 青白い顔の青年は憂鬱そうに眉間に皺を刻んでいる。


「いつになったら()()に取り掛かるんだ、父さん。俺はこんな大都市にいつまでも留まりたくはな……ぅオェッッ!!!」


「うォォォい! えずくんじゃねーですよ人が楽しくお食事してる隣でぇッッ!!!」


 慌てて自分の皿を持ち上げながら非難の声を上げるエトワールだ。

 息子の様子にギャラガーがふむ、と唸った。


「……蛇沼ゼンマが帰らんのだ。あの男がいる内は迂闊に身動きが取れん。気を張ってなくていいんだから当面は休暇と思って過ごしなさい」


 火倶楽の滞在期間が蛇沼ゼンマと重なることは避けたかったギャラガーであるが、ずらした結果彼が標的(ターゲット)である息子を皇国に連れて帰ってしまえば仕事の完遂が極めて困難になる。


「伯父貴、いっつも皇国系の仕事は徹底的に避けるよね」


「ああ、今回はママが受けてしまったから仕方がないが……。皇国の者(かれら)は命よりも面子を重んじる頭のネジが飛んでる連中の集まりだからな」


 フーっと重たい息を鼻から吐くとギャラガーはグラスを呷る。


 命よりも面子を重んじるというのは皇国のみに限った話ではない。

 多かれ少なかれ名を重んじる精神は多くの国家や集団にあるものだが、皇国はその()()()()が常軌を逸しているのだ。

 ハラキリ、などという他国からすれば狂気の沙汰の風習が根付いている国だけのことはある。

 不名誉の前では命が軽すぎる。


「『ナメられたら死ぬまで殺せ』というのが彼らの生き方だ。我々の試算では皇国にいる超人(オーバード)の数は一万を超える。財団が動員できる超人(オーバード)の数十倍だ。そいつらが必殺の執念を持って延々と送り込まれてくるんだぞ。割に合わんどころの騒ぎじゃない」


 だから今回の依頼、蛇沼シズマの暗殺には遂行にあたって二つの条件があった。

 一つは蛇沼ゼンマに危害を加えないこと。もう一つは暗殺は皇国の外で行うこと。

 皇国の重鎮、五大老への狼藉も皇国内での狼藉も確実に幕府の逆鱗に触れる。

 そうなれば終わることのない報復戦が始まってしまう。


「ンじゃ、もし標的(ターゲット)とパパンの間で話がまとまっちゃってて明日にでも出発しちゃった場合はどーすんです?」


「飛行機に飛ばれてからでは打つ手がない。その時は空港で標的(ターゲット)を襲う」


 ギャラガーの言う飛ばれると打つ手がないというのは殺せたとしても巻き添えを大量に出してしまうという意味だ。

 皇国に着くまでに機上の標的を墜落させずに暗殺する手段がない。

 ギャラガーは自分の戦闘に巻き添えが出ることをよしとしない。

 それは仕事の手際の良さ(スマートさ)の話である。

 余計な破壊や余計な死者を出す者は三流……彼のその精神は一族の者たちにも徹底されている。

 ……稀に無視する者もいるが。


 しかし、それならば人の多い空港で戦闘になったとしても無関係な犠牲者が出てしまうはずなのだが。


「空港なら問題はないさね」


 ゼノヴィクタ・ロードリアスが口の端を吊り上げてまるで絵本に出てくる悪い魔女のように笑っている。


「アタシの『よくお聞き、子供たち(サイコウェーブ)』とガレオンの『原初の(プライモーディアル)静寂(サイレンス)』があればねぇ……ヒヒヒヒヒヒッ」


 邪悪に笑う老婆にまだ顔色の悪いガレオンがぎこちなく肯くのであった。


 ──────────────────────────────────────


 スマホから聞こえてくるのは落ち着いた低い男の声だった。

 何故教えていない自分の番号を彼が知っているのかについては特段不思議な点はない。

 彼がそのくらい造作もない権力者であるからだ。


『ユカリ君、私です。先日はお世話になったね』


「どうもです~、お父様。先日はご来店頂きありがとうございました」


 その声を聴けば脳内に先日の初邂逅のシーンが再生される。

 東の覇王……将軍嘉神(カガミ)タケヒサの五人の側近、五大老の一人蛇沼ゼンマ。


 目の前にいない相手にも笑顔で愛想のいいユカリである。


「すいません、まだ例のお話をシズマさんとできていなくて~……」


『そうか。だが今日は私もその話で連絡したわけではない』


 おや? とユカリは怪訝そうな表情になった。

 ゼンマが他に自分に何の用があるのだろう。


『実は君に仕事を一つ依頼したい。これはプライベートな頼み事ではなく、五大老である私からの正式な依頼と取ってもらって結構だ。極めて……難しい任務であるが相応の報酬を約束する』


「お聞きしますね」


 ユカリの顔から笑みが消えて彼女は真顔になっている。

 凡そ自分の周囲の者たちだけで大抵の問題を処理できるはずのゼンマほどの男がここまで言うとは。

 ただ事ではないだろう。


『息子に……シズマに刺客が送られたようだ。既に火倶楽に入っていると聞いている。ロードリアス財団の総帥とその家族だ。自ら乗り込んできた所を見るとうちの息子はずいぶんと高評価を頂いているらしいな』


 フッと短く苦笑するゼンマ。


 ……ロードリアス一族。

 その名は当然ユカリも知っている。

 ロードリアスは古く由緒正しく強大な魔術師の家系。

 大魔術師と超人(オーバード)とは得てして同一の存在である。

 故にこの血族が多くの超人(オーバード)を擁しているのも必然といえる。


 以前、同僚だったハイドライドは『魔術師狩り』を得意としていた。

 魔術は強力だがその行使にあたってどうしても集中のための隙ができる。

 使おうとする魔術が大きく威力の高いものであればあるほどその隙も大きくなる。

 ハイドライドならその隙を突いて相手を斬り捨ててしまえるからだ。


 しかし、そんな彼が一度だけユカリの前でこうこぼしたことがある。


「極まった魔術師というものがあれ程厄介だとはな……」


 後にユカリはその時のハイドライドの相手がロードリアスの血族であった事を知った。

 ハイドライドが勝って相手は死んだらしいが、あれは彼なりの好敵手への最大限の賛辞だったのだろう。

 後にも先にも戦った相手に対して彼がそんな事を言ったのはその時だけだ。


『シズマを失うわけにはいかない。ユカリ君、あれの護衛を頼まれてくれないか』


 彼がユカリにこう依頼をしてきたという事は、当然彼女が元黒騎士(オルドザイン)の腕利きであるという事を知っているという事だ。

 知っていたからこそ彼は息子の嫁になれと言ってきたのだろう。


 息子を守ってほしいというゼンマの依頼に対してユカリの返答は……。


「申し訳ないんですけど、そのお話はお断りさせていただきますね」


『……………』


 意外なことにNO……あっさり依頼を断ってしまう。

 無言のスマホから重苦しい雰囲気が伝わってくる。

 断られるとは思っていなかったか……ゼンマが言葉を失っているようだ。


「シズマさんは私の大事な人なので……お仕事ではやりません。プライベートでやりますから。ドーンとお任せください!」


 スマホの向こうの沈黙は続く。


『私は……』


 やがて聞こえてきたゼンマの声には先ほどまでの立場故のものであろう硬質さが幾分か和らいでいるように聞こえた。


『あれにとって、これまで父親らしい事など何一つしてやらずにここまできた。君も聞いているかもしれないがね』


 懺悔というには淡々とした口調である。

 ユカリはそれを黙って聞いている。


『そんな私に虫のいい事を言う資格はないだろうが、あれを死なせたくないのだ……。どうか、よろしく頼むよ』


 返事はせずに口元を綻ばせるユカリ。

 静かに通話を終えた彼女が長めの息を吐いて天井を見上げる。

 疲れから出る嘆息ではなく、決意した者の息吹であった。


 そしてすぐに目元をキリッと凛々しく引き締めるとユカリは手にしたままのスマホでどこかへコールした。


 敵は魔術王の血族……ロードリアス。

 それも複数で来ている。

 このままでは太刀打ちできない。


 2コールの後に相手が通話に出る。

 相手が何かを言いかけて息を吸う音がしたが構わずに先に声を出す。


「突然ですが!! この前、アナタはワタシにめちゃくちゃ迷惑を掛けました! そうですね!?」


 いきなり叫ぶユカリさん。


『……………』


 相手からの返答はない。

 そりゃ掛かってきた電話でいきなりそんな事を言われてみたら絶句もするだろう。


「かけましたよね!? メーワク!! かけたんですよ、認めなさい!!」


『何やのん? ほんまに……かなんわぁ』


 さらにテンションを上げて畳みかけるユカリに少し間を置いてからイヤそうに返事をしたのは……。

 元黒騎士(オルドザイン)の鬼の副長、久遠寺キリヲであった。

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