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二作目は難しい

 皇国、皇都──。


 3600万もの人口を擁する東の大陸最大の都市。

 言わずと知れた皇国の首都にして世界有数の近代都市でもある。

 都市の中央部分に聳え立つ無数の天を突く高層のビル群。

 その内の一棟の廊下を早足で歩くスーツ姿の男がいる。


「……だからァ! 蛇沼家(うち)の者たちは使えないんだよ! 今、火倶楽(むこう)には父上が行ってるんだぞ!! 面が割れてる!! 動かせん!!」


 スマホに向かって叫んでいるのは赤茶けた緩やかにウェーブが掛かった髪の精悍な顔立ちの男だ。

 外見は三十前後。長身で横顔には父ゼンマの面影がある。

 五大老、蛇沼家の長子……蓮真(レンマ)

 シズクの腹違いの兄だ。


『落ち着いてくださいよ、坊ちゃん。私に向かってがなり立てた所で事態は何も好転しませんよ』


 通話の相手は皇国でも有数の巨大企業のトップ。

 レンマは常日頃からこの企業に立場を利用し様々な便宜を図ってきた。

 勿論多額の裏金(リベート)と引き換えにだ。


「落ち着いてなどいられるか……!! このままでは私もお前たちも破滅だ!! わかっているのか!? 事態の深刻さが!!」


 しかしこの企業は皇国では「ご禁制(タブー)」とされている特定の技術や情報を国外に流出させるビジネスに手を染めていたのである。

 今回それが幕府に露見してしまい、この企業とその後援者たるレンマは窮地に立たされているのだ。


『危ない橋を渡っているのは貴方だってわかっていたでしょう』


「……ぐッ。あれは……お前たちがリスクはほぼないと言うから」


 ギリッと奥歯を鳴らしたレンマの声がややトーンダウンした。

 企業側の言い分を鵜吞みにして非合法な取引に目を瞑り……あまつさえ後押ししてきたのは紛れもない事実。

 ずぶずぶの癒着だ。

 自分だけ逃れるのは不可能だろう。


「とにかく、今付き合いのある各国の有力者や企業の経営者たちに上様の怒りが鎮まるように口添えを頼んでいる。時間が必要なんだ。私が蛇沼の跡継ぎの座を追われるという話になれば連中も手を引いてしまう! そうなれば本当に終わりだ! シズマにはどうしても消えてもらわければならん!!」


『わかっていますよ。もう手は打っています。とんでもない額の報酬を要求されましたが背に腹は代えられない』


 相変わらず抑揚のない声だ。

 本当に危機感を持っているのかと疑わしく思ってレンマは顔をしかめる。


「腕は確かなんだろうな? 生半可な奴を送り込んでも返り討ちに遭うだけだぞ」


『例の御前試合の話ですな。あれは有名だ。……ですがご心配なく。今度は試合じゃありません』


 言葉の最後に珍しく短く含み笑いをする通信相手であった。


 ─────────────────────────────────────


 本日は『のすたるじあ』は定休日。


 ユカリとルクシエルは煌神町の中心部……最も栄えているエリアにデートに来ている。

 まずは映画を観た二人。

 映画館を出ると二人はレストランに入り昼食を取りつつなんやかんやと感想を語り合う。

 誰かと映画を見る醍醐味とも言えるだろう。


「……イマイチだったわね」


 初手からバッサリいったのは目の前にカツサンドの皿とジンジャエールのグラスを臨んだルクシエル。

 こういう時の彼女は辛口……というか馬鹿正直だ。

 いいものにはいいと、悪ければ悪いとはっきり口に出す。

 それに対してシーフードのパスタをちゅるんと吸い込んでからユカリは苦笑した。

 しかし彼女のその感想には自分も首を縦に振らざるを得ない。

 二人が観てきたのは以前大ヒットしたアクション映画の続編である。


「前の時のドキドキもあって二作目ってハードル高くなっちゃうよね~」


「そこを差し引いて考えたって微妙だったでしょ。前のに比べてストーリーもアクションも何か大味になっちゃってたし……。それに、ストーリーとしては独立してるんだからあんなに前作を鑑賞してる事を前提としてるシーンを入れるべきじゃない。今作だけ観る人だっているんだから、あれじゃそういう人たちが延々置き去りにされる」


 ルクシエルの苦言は止まらない。

 そんなルクシエルを見てユカリは微笑ましい気分になっていた。

 指摘は彼女がどれだけ真剣に映画を観ていたのかの裏返しでもあるからだ。


「……で、ユカリはシズクと結婚するの?」


「ン、ぐっ!!」


 突然急旋回した話題にパスタを喉に詰まらせたユカリ。

 あの嵐のような男、蛇沼ゼンマの来店は昨日のことである。

 結局あの場ではユカリははっきり返事はしていない。


「いえ、その~……シズマさんともお話してみない事には……」


 そう言ってお茶を濁したのだ。


「なるほど、道理だ。では二人でよく話し合ってみなさい。いい返事を期待している」


 ゼンマはそう言い残すと二百八十万の値札が付いた現時点では店に置いてある商品の中で一番高額の花器を購入して帰っていった。


「……ルクはどう思う?」


「私は別に。ユカリほど火倶楽に思い入れはないし、どうしようが付いていくだけだから」


 ルクシエルはジンジャエールを一口飲んでから軽くユカリを睨むような目付きをする。


「まさか、置いていく気じゃないよね? ずっと面倒見るって言ったよね?」


「置いてかないよぉ~」


 ぶんぶん首を横に振るユカリ。


「……っていうか、魅力的なお話だけどやっぱりお受けできないかな~。シズクから一切なんの話もないから多分パパさんが勝手に言ってるんだと思うし」


「シズクが乗り気なら?」


 ルクシエルの問いにユカリは腕を組むと目を閉じて首を横に傾けた。


「……ん~、それでもやっぱりOKできないかも。だって、パパさんの条件飲んだらそれ私のお店ですって胸張って人に言えなくなっちゃうもん。たくさん良い物に接する機会があるっていうのは本当に魅力的なんだけどね……」


 それに、とユカリが付け足す。


「どう考えてもシズクがOKするはずないし、この話前には進まないと思うな~」


 ゼンマはシズクの人間関係を調べて外堀を埋めるつもりで自分に取引を持ち掛けたのだろう。

 しかしユカリの見たところ、彼女の父に対する感情は凍て付いている……というより乾ききってしまっているように見える。

 自分の介在で考えを変えるとは思えない。


(怖いのは正攻法が通じないとわかった時にパパさんが次にどうするかってとこね……)


 その事を考えて少し気持ちが曇るユカリであった。


 ────────────────────────


 火倶楽国際空港。


 一機の大型旅客機が着陸し、多くの利用客が到着ロビーへと吐き出されてくる。

 その中に一際人目を引く一人の男がいた。


 長身で筋肉質な肉体をスーツで包んだダンディである。

 赤みがかったブロンドに彫りの深い鼻筋の通った顔立ち。

 もみあげから顎にかけてのラインを濃い目の髭で覆っている。

 一挙手一投足が堂々として洗練されており、彼のいる空間はまるで映画のワンシーンのようだ。

 実際に周囲の人々は彼を見てどこの映画俳優だったかと頭を捻っている。


 ……彼の名はギャラガー・ロードリアス。

 超人(オーバード)である。


 そのギャラガーが足を止め、周囲を見回している。


「ン? ママ? おい、ママ……! どこだ!」


 しかし視界の中には彼の探している人物の姿はない。

 やれやれと大きなため息を付くギャラガー。


「またか……。どうして目を離すとすぐ一人でどこかにいってしまうのだ」


 仕方がない、と言った様子でギャラガーが背後を振り返る。


「ガレオン、エトワール……ママを探してくれ。どこかへ行ってしまった」


 しかし……彼の背後に人影はない。


「こっちもおらんのか!」


 顔を顰めて肩を落とすギャラガー。


 ……………。


 空港のロビーの土産物屋で一人の老婆が商品を物色している。


 紫色の上品な服装の小柄な老婆だ。

 皺だらけの顔に鷲鼻が特徴的。

 白に近い灰色の髪を二房に編み込んで小さな長方形のレンズのサングラスを掛けている。


 彼女の名はゼノヴィクタ・ロードリアス。

 ギャラガーの母親であり、彼女も超人(オーバード)である。


「ママ! こんな所にいたのか。独りで動き回らないでくれっていつも言ってるだろう」


 ゼノヴィクタの背後に早足で近付いてくるギャラガー。


「うるさいね。お土産を選んでるだけじゃないか。男が細かい事をグチグチ言うんじゃないよ」


 ギャラガーをジロリと睨んだゼノヴィクタ。

 彼女はしわがれた声でそう言うとお土産の吟味に戻る。


「今買ったら荷物になるって。帰る時にしなさい、ママ」


「ババ様、伯父貴~……あたしィお腹すいたんですけど、どっか入ってメシにしません~?」


 コツコツとブーツの音を響かせて近付いてきたのは襟にファーをあしらった革製のジャンパーにダメージジーンズといった出で立ちの少女だ。

 ブロンドの長髪にややツリ目で瞳が大きな美少女である。

 見た感じは十代の後半。

 ポケットに両手を突っ込んだ彼女は気だるげにガムを噛んでいる。


 エトワール・ロードリアス。

 ゼノヴィクタの孫にしてギャラガーの姪。

 そして彼女も……超人(オーバード)


「エトワール、どこにいたんだ。ガレオンはどこだ?」


「あたしィはちょっとお花を摘みに~」


 にひ、と白い歯を見せて笑うエトワール。


 ……ウソである。

 エトワールは伯父の祖母探しという定番のイベントに関わるのを嫌がって離れていたのだ。


「ガレ兄なら、ホラあそこ」


 エトワールが視線で示した方角……こちらへ向かって歩いてくる黒のライダースジャケット姿の長身の青年がいる。

 銀の髪を逆立てた切れ長の目の彼の容姿もまた嫌味な程に整っている。


 ガレオン・ロードリアス。

 ギャラガーの息子……超人(オーバード)


 ガレオンは両手に大きなスーツケースを持っている。


「手荷物を受け取って来た。着いたら父さんはババ様を探すと思っていたからな」


「相変わらず卒のないやつだな」


 淡々と告げるガレオンに感心半分呆れ半分といった様子で肩をすくめるギャラガー。


「大体が、標的(ターゲット)は一人なんだから私だけでよかったものを」


 ギャラガーがスマホの画面を見る。

 そこに映し出されているのは黒髪の青年……シズクだ。


「何を言ってんだい。戦場じゃどんな不測の事態が起きるかわかんないんだよ。アタシらはどんな時だろうが一家(ファミリー)で動く。それが無敵のロードリアスの掟だよ」


 手にしたステッキでギャラガーの足をぺしぺし叩くゼノヴィクタ。

 家長である老婆の言葉に黙って肯く三人の血族たち。


 そうして四人の超人(オーバード)は揃って歩き出し、ロビーの人ごみの中に消えていくのだった。

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