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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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好きの気持ちから始めましょう

 バイト募集でやってきたちょっと人付き合い方面が不器用そうな美少女ルクシエル。

 彼女とユカリ、二人の新しい生活が始まった。

 浮かれているのはユカリ一人。

 時折思わせぶりな表情を見せるルクシエルの目的とは……?


 ……………。


 そもそもが「人を雇えば寝坊ができる!」という邪悪な理由それだけではないがでバイトを雇う事にしたユカリ。

 しかし、やってきたのが想像以上にどストライクな美少女だったので彼女を店に入れてからここ一週間ほどは寝坊はしていない。

 むしろ独りの時よりも数倍はりきって仕事をしているのだった。


「……はぁ~、ウットリしちゃう。私の玄之坊(ゲンノボウ)ちゃ~ん」


 日中、自分の周囲に大量のハートマークを浮かべながら上機嫌で花瓶を磨いているユカリ。

 武骨な造り、くすんだ色合いと微妙な歪みが特徴的な玄之坊焼(げんのぼうやき)の花瓶……大体300年くらい昔の品である。


「ねえ……」


 そのユカリに若干白けた感じで声を掛けたルクシエル。

『のすたるじあ』には制服はないので彼女は私服にエプロン姿である。

 ユカリも補修作業や清掃の時だけはエプロンを身に着ける。

 その時以外は外していて普段のワイシャツネクタイにスラックススタイルだ。


「私にもそのゲンノボーとかの事、色々教えて欲しいんだけど。店員なんだし、そういうの知らなきゃ困るんでしょ?」


「え? ……う~ん」


 ルクシエルは不満げである。

 ここ一週間で彼女がユカリから教わったのはレジ打ちのやり方や品物の手入れや清掃の手順など。

 骨董の知識のようなものは一切ユカリは教えようとはしなかった。

 その扱いにルクシエルは思う所があるのだ。

 なんというか……そういう方面では初めからまったくあてにはしていません、と思われているような気がして。


「ルクはこのお店にどのくらいの種類の品物があると思う?」


「……ん。えっと……五千……くらい?」


 周囲を見回し思い付いたままに答えるルクシエル。

 異国の甲冑や花器、古い家具……はたまた半世紀前くらいの薄汚れて少し壊れた玩具なども。

 それなりに広さのある売り場に所狭しと品物が並べられているが……。


「ぶっぶ~」


 口を尖らせてブザー音を出すとユカリが人差し指同士で小さなばってんを作った。


「正解は凡そで八万五千点くらい。それだけの品物が置いてあるのよ」


 言葉に詰まるルクシエル。

 彼女はここにそんなに大量の種類の商品があるとは思っていなかった。


「その全部をちゃんと説明できますか? って言われたら私でもムリ。私もまだまだお勉強中だから。だからルクも焦らないで、まずは何かをいいなって思う所から始めて欲しいの」


「何かを……いいなって?」


 怪訝そうなルクシエル。

 柔らかく笑って肯いたユカリ。


「そうそう。好きから始めて欲しいの。それはそんなしっかりした意見や気持ちじゃなくて、何となく好きかもって感じでいいのよ。大好きが極まってこのお店を始めた私でもまだ全然ゴールは見えていないんだから、お仕事でやろうと思ったら疲れちゃう」


「でも……でもさ……!」


 早口になったルクシエル。

 何かに焦りを感じているように彼女はやや不安げである。


「私は……悪いけど、生活のためにここで働いてる。店長みたいに古いものを好きになれるかはわからないよ」


 申し訳なさからであろうか……語尾は段々としぼんでいって最後は辛うじて聞き取れるくらいの小声になっていた。


「うんうん。それでいいんじゃないかな。職場で扱ってるものを必ず好きにならなきゃいけないかっていえば別にそんな事もないだろうしね~。……ちょっとこれを見てくれる?」


 そう言ってユカリがポケットから取り出したものは鎖のついた銀色の懐中時計だ。

 かなりの年代物だがよく手入れされている。


「……時計?」


「これはね、私のお爺ちゃんがくれたの。私がこの業界に興味を持つきっかけを与えてくれた品物よ。ルクにそういう出会いがあればいいわね」


 ユカリのその言葉……口調には柔らかさと暖かみがあった。


「興味のないものに囲まれて仕事をするよりかは好きなものに囲まれて仕事をしたほうが楽しいだろうしね」


「……………」


 色々と抜けていてアレな部分はあるものの、時折深いことを言ってハッとさせられる。

 何となく本心からそう言っているのであろうことを察してうなずくルクシエルだった。


 ………。

 だがその夜の事だ。


 ギャーっという凄絶な悲鳴に眠っていたルクシエルは叩き起こされることになる。


「ちょっと、何よ……!」


 跳ね起きるとパジャマの上に上着を羽織ってルクシエルは階段を駆け下りた。

 一階へ降りてくると売り場の裏手にある作業部屋から明かりが漏れている。


「……ッ!」


 そこは壊れてしまった品物を補修したり大型のものを処分しなくてはいけなくなった時に解体したりする為の作業を行う部屋だ。

 駆け込んだルクシエルが絶句する。


 ……ユカリが倒れている。

 顔面が真っ赤……血塗れだ。


「店長ッ! ねえ! どうしたの!!??」


 慌てて駆け寄りユカリを抱き起したルクシエル。


「う、うぅ……」


 ルクシエルの腕の中で呻いたユカリがゆっくりと目を開いた。


「とけ……とけ、い……」


 震える手を伸ばす先を見る。

 床に昼間見せてもらった祖父のものだったという懐中時計が落ちている。


「時計、これ……?」


 拾って渡してやると彼女は安堵したように長い息を吐いた。


「時計が……落ちちゃって、拾おうと……したら……」


「うん」


「瓶踏んでコケて……作業台のヘリに、顔面からイッて……」


「は?」


 見回してみれば周囲には無数のビール瓶が転がっている。

 そしてその時になって気が付いた。

 ユカリが異常に酒臭いという事に……。


「……………」


 真顔になるルクシエル。

 見れば作業台の上にはガラスのコップが転がっている。

 手酌で飲んでいたのか、ここで。


「うう、お爺ちゃんの形見が……私に、牙を……」


「剥いてないわよ! 自爆でしょ、ただの!!!」


 心配した分の反動もあってこめかみのあたりに血管を浮かせて怒鳴るルクシエルであった。


 ────────────────────


 ……激動の一夜が明けた。


「……………」


 ルクシエルは不機嫌だ。

 ぶんむくれている。

 理由は言うまでもなく夜中にアホな理由で叩き起こされたからである。


 今朝から彼女はユカリと視線を合わせようともしない。


「……………」


 そして、それに対してユカリは狼狽しまくっていた。


 そんな彼女の額には大きな絆創膏。昨夜ぶつけて切った場所だ。

 本当ならば縫わなければいけないほどの負傷であったがほとんどもう治りかけている。

 常人の治癒力ではない。


 おろおろしつつ時折捨て犬のような目でルクシエルの方を見て、まだ彼女の怒りが収まっていないことを確認してはこの世の終わりのような青ざめた顔でしょげ返るユカリ。


「……ね、ねえ。お腹空いてない? お寿司取りましょうか」


「いらない」


 またも寿司で懐柔しようとしているユカリ。

 即答で断るルクシエル。


(お、終わりよ……もうお終いだわ。せっかく私の好みのど真ん中の美少女が働きに来てくれたのに! 女神様……どうか、どうか彼女の機嫌を……。もうお酒やめますから……!!)


 遂には無神論者のくせに女神に脳内で祈り始めたユカリである。

 ちなみにもうお酒やめますの誓いは今月これで三回目。


 そんなユカリの様子をチラリと横目で窺うルクシエル。


(なんなの。なんなのよ、この女は! 本当にこんなのがパパの片腕を斬り落として聖騎士を辞めなきゃいけなくした原因だっていうの!?)


 ルクシエルの父親ハインツは祖国の聖騎士団の団長を務めていた。

 国では最強の戦士であり、また人格者でもあり多くの人々の尊敬を集めていた男だ。

 そんな父のことは娘であるルクシエルにとっても誇りであった。


 だが……ある時、帝国との戦争で父はある相手に敗れた。

 それが黒騎士ミューラー。

 帝国軍では上位の戦士たちに実力順にナンバーが割り振られて黒い装備が許される。

 黒騎士たちは帝国の強さの象徴だ。

 その序列で六位だったのがこの女……ミヤノモリ・ユカリ。

 黒騎士としてはミューラーと名乗っていた。


 敗れて利き腕を失い、父は聖騎士を辞した。

 序列が六位の相手に敗北したということで心無い言葉を父に浴びせるものもいた。


 父は……一度も言い訳はしなかった。

 どのような批判も甘んじて受け入れた。


 それなのに……。


「あ、あのね、普段はああいう感じじゃないのよ? 昨日はほんのちょっとだけ飲みすぎちゃっただけなの。ああいう事は月に一回あるかないかだからね? 普段の私は落ち着いていてちょっとおちゃめなだけのオトナなお姉さんで……」


(コイツはさっきから延々言い訳しかしてないしッッ……!!!)


 こんなのにやられて父の運命が変わったのかと思うと情けなさと共にまたも怒りがこみ上げてくる。


(しかも月に一回はああいう事があるのか!!!)


 そっちもそっちで腹立たしい。


「ああっ! もう……うるさいわね!! そんな事私にはどうだって……」


 カウンター内で怒りに任せて立ち上がるルクシエル。

 その手が……。


 ガッ、と何かにぶつかった。


「あ……」


 落ちる。


 ガチャン! と音を立てて割れる花瓶。

 それは昨日ユカリが上機嫌で磨いていた玄之坊の花瓶であった。


「……………」


 一瞬にしてルクシエルの血の気が引く。

 心臓を氷の手で撫でていかれたかのようだ。

 値札はよく見ていなかったが数十万が付いていたはず……。


「ごめんなさ……」


「大丈夫!? ケガしてない!!?」


 すぐに駆けてきてルクシエルのぶつけた右手を取って確認するユカリ。

 特に傷はないこと知って彼女はホッとしているようだ。


「私は平気……。でも、大事な花瓶を壊しちゃった。本当にごめんなさい」


 居た堪れない気分で深く頭を下げるルクシエル。


「それはしょうがないわ。形あるものはいつかは壊れる日が来る。この花瓶は今日がその日だったっていう事ね」


 しかし、そうフォローされても自分の不注意からお店の大事な商品を損壊させてしまったルクシエルの気は晴れない。

 彼女の気分が沈んだままであるらしい事を察してユカリは何かを考えていたが……。

 やがてピコンとユカリの頭の上に豆電球が浮かぶ。

 何かを思いついたらしい。


「じゃあ、ルクにはペナルティとして今後私のことを店長って呼ぶのを禁止します。ユカリって呼んでね」


「何それ。普通……逆なんじゃないの?」


 名案だ、とばかりに人差し指を立てて言うユカリに思わず苦笑してしまうルクシエルであった。

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