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東方より来たるもの

 その日、ガイアード・エンタープライズ・カグラ社長ガストン・ブルナイルは一人の遠方からの来客を迎えての会食に臨んでいた。

 場所は火倶楽でも最高級の料亭。貸切にして現在料亭の周囲は護衛役の厳つい黒服の男たちが取り囲んでいる。

 かつて無いほどの厳重な警備体制。

 迎えた客はそれほどの人物であるという事だ。


 ……………。


 石灯籠や錦鯉の泳ぐ大きな池、そして松に砂利……そんな広い庭園を臨んだ広間でガストン社長は()()()と卓を挟んで向かい合って座っている。

 目の前のその卓には豪華な和食の煌びやかに並べられている。


「いやぁ、お会いできて光栄ですよ。遠路はるばるお越し頂きありがとうございます! ……このガストン、今日はちと緊張気味ですわ……ハッハッハ」


 普段大体傲岸不遜なこの男が今日は随分と腰が低い。

 愛想笑いも若干引き攣り気味だ。


「火倶楽は初めて訪れたが……」


 目の前のスーツ姿の中年男性が口を開いた。


 大きな男だ。長身のガストン社長にも匹敵する上背。

 それに身体が分厚い。胸板が厚く肩幅もある。

 顔付きはシャープで精悍。眼光が鋭く眉は薄め。髭はない。左の頬には斜めに走った一筋の古い刀傷がある。

 齢五十を超えても僅かに灰色になった部分もない黒髪をオールバックに固めている。

 静かだが圧倒的な「圧」を周囲に放つこの男は……。


「良い所ですな。栄えている……皇都にも匹敵するでしょう」


 名を蛇沼(ヘビヌマ)禅真(ゼンマ)という。

 東方、『皇国(コウコク)』からやってきた男。


『皇国』は東方の巨大軍事国家だ。

 広大な東方大陸のほぼ全域を支配下に収めている。

 その皇国を実質的に支配しているのが『幕府(バクフ)』であり、その幕府のトップが『将軍(ショウグン)』だ。

 ……現在の将軍は比良坂ミレイの叔父。

 そして将軍に次ぐ権力者として『五大老(ゴタイロウ)』と呼ばれる五人の大幹部がいる。

 五人いずれもが『大名(ダイミョウ)』という幕府の従属国の国主たち。


 その五大老の一人がこの蛇沼ゼンマだ。


「皇国は我が社にとっても最大のお得意様でございます。今後も是非是非良好な関係を維持していきたいものですなぁ~」


 愛想笑いを浮べて徳利を手に酌をするガストン。

 ゼンマはにこりともせずそれを受けると静かに盃を呷る。


「それでー……この度は一体どのような御用向きで……?」


 若干の上目遣いで恐る恐るガストンが訪ねる。

 皇国の五大老となればそんじょそこらの大国の国王以上の権力者だ。

 機嫌を損ねればガストンですらどうなるかわからない。


「休暇ですよ。少しまとまった休みが取れたものでね。……火倶楽(ここ)には()()がいる。久しぶりに顔を見ておこうと思いましてな」


 そう告げたゼンマは相変わらずの冷厳な鉄面皮だ。

 休みを利用して我が子に会いにきたというのであればもう少し形だけでも嬉しそうな顔をするものではないか、とガストンは思った。


(息子ねぇ~? 統治局で始末屋みたいな事をやっとるのは知っているが……。妾腹で本家からはとっくに見限られとるって話じゃなかったか? それをなんで今になってこんな大物が自分で会いに来るんだ?)


 表面上は愛想良くニコニコしながらも内心でもやもやと考えているガストン。

 大体が子供が可愛いのであればこんな祖国から離れた地で()()()仕事には就かせまい。


(……大体が皇国の連中はどいつもこいつも、例の先代の娘といい私の火倶楽を厄介者を送りつける流刑地だと勘違いしおってからに~)


 そんな目の前の社長が内心で歯ぎしりしている事を知ってか知らずか、静かに箸を動かすゼンマであった。


 ──────────────────────────────────


 ……家というよりかは小屋というべきかもしれない。

 賑やかな商店街の端っこにちょこんと建っているその建物には看板が出ている。

 そこには太い文字で『(じん)だこ』と記され赤いタコが描かれていた。


 商店街の隅の小さなたこ焼き屋……そこで湯気の立つ鉄板の前にいるエプロン姿のスキンヘッドの男、葛城(カツラギ)ジンパチ。

 その目は真剣であり、手並みは鮮やかだ。

 焼きあがったたこ焼きが次々とパックに収まっていく。


 湯気の向こうで黙々と作業するジンパチ。

 そこへひょいと顔を出した者がいた。

 ……赤黒い髪で眼鏡を掛けていて、仕事ができる感じのお姉さん。

 要はユカリである。


「……へぇ~、中々鮮やかじゃない」


「姐さぁ~ん! 来てくれたんスね!!」


 ユカリを見て少年のように目を輝かせるジンパチ。

 しかしユカリはそんな彼をじっとりとした目で睨んで……。


「来てくれたんすね、じゃあないのよ……これっ!!」


 そう言いながらスマホの画面を示す。

 そこには無数のメッセージが並んでいる。

 一日に一通、大体が同じ時刻に送られてきたものだ。


『姐さん、俺今度たこ焼き屋始める事になりました!!』


『お疲れ様です、姐さん! 実は俺、たこ焼き売る店を始めまして』


『姐さん、たこ焼きお好きっすか。俺、近所でたこ焼き売ることになったんでよかったら』


『たこ焼きはやっぱ焼きたてっすよ! てわけで俺がお近くで焼き立てをご用意できますんで』


 などなど……。


「怖いんだってば!! 毎日毎日大体同じ時間に!! 前の日の記憶がなくなっちゃってる人みたいで!!」


「だって姐さんお返事くれねーんスもん~!!!」


 怒るユカリに涙目のジンパチ。

 あんまり係わり合いになる気がないのでユカリはスルーしていたのだが根負けして様子を見に来てしまった。


「ま、まぁまぁ、とにかくまずは食ってってくだせえよ。(オトコ)、カツラギ……魂込めて焼かせて頂きますんで!!」


 改めてたこ焼きを焼き始めるジンパチ。

 しょうがないのでそれを眺めているユカリ。

 ……なんというか、別に食べなくても味は想像できる。

 ここまで手際よくちゃんと作っていればおかしな味にする方が難しいだろう。


「できましたッ! おあがり下せえッッ!! 俺のおごりっス!!!」


「ちゃんとお金は払うわよ……。なんか貸し作りたくないし……」


 ちょっと嫌そうな顔でパックを受け取るユカリ。

 そして爪楊枝でたこ焼きを突き刺し、それをひょいと口に放り込む。


「……うん。あつッ、美味しい」


「でしょ~!!? 俺、自信あるんスよたこ焼きは!! 地元でもよく縁日でやってたんで!!」


 普通に、無難に美味いジンパチのたこ焼き。

 たこ焼きとはこういう味だ、というのを基本に忠実になぞっている。

 これならルクシエルのお土産にしてもいいな、とユカリは思った。


「……はぁッ、ビールが欲しくなるじゃないのよ」


 ソースとマヨネーズの風味が何ともビール欲をそそる。

 しかし今のユカリはルクシエルに禁酒を命じられている身だ。


「お! いいっスね~、是非やってくださいよ。ありますよ、ビール」


 ジンパチが背後の業務用冷蔵庫を開けるとそこにはたこ焼きの材料と並んでビールの350缶が冷やしてあった。


「……うォい!! 今の私にそれ見せんなッッ!! 血が流れるわよ!!!」


「ヒィィッ!! さーせんッッ!!!」


 突如スイッチが入ったユカリにビビりまくって慌てて冷蔵庫を閉めるジンパチであった。


 ──────────────────────────────────────


 煌神町の栄えている一角にある高級ナイトレストラン。

 奥まって他の席からは視界に入らないようになっているVIP席で今シズクは父と向き合っている。


「……仕事場から直接来たもので。このような格好で申し訳ありません」


 いつもの黒のラフな装束のシズク。

 仕事場から、は方便である。正装になるのも億劫なのでそのまま来ただけだ。


 ……着飾って見せたい相手というわけでもない。


「構わん。プライベートな場だ。楽にしろ」


 まるで鉄の芯でも入っているかのように表情が変わらぬゼンマ。

 記憶の中の父のままだ。

 と、言ってもこれまで父と顔を合わせた時間など合計しても1時間にも満たない程度だが。


「変わりはないか、シズマ」


「はい。達者でやっております」


 無表情でシズクが頭を下げる。

 何の用事で来たのやら……と内心で嘆息しながら。


 血の繋がった実の父でありながら、この男がこれまで自分に愛情を掛けてくれた事など一度も無い。

 そもそもが彼は今自分の目の前にいるのが息子シズマではないという事すら知らないのだ。

 蛇沼(ヘビヌマ)静真(シズマ)は死んだ。……妹の静玖(シズク)として死んだ。

 そのシズクの葬儀にもこの男は顔を出す事はなかった。

 下手をすればシズマにシズクという双子の妹がいた事すら忘れているのではないかと思う。


「お前の上司とも話をしてきた。優秀な働きぶりだと褒めていたぞ。お前を送り出した身として私も鼻が高い」


「勿体無いお言葉です」


 薄く口元に笑みを浮べていうゼンマであったが、その目はまったく笑ってはいない。

 父の言葉が本心ではない事くらいは付き合いの希薄すぎる自分でもわかる。

 ……おだてて何が狙いだ? と少々薄気味悪くなってくるシズク。


 この男を前にすると否が応でも母の事を思い出す。


 母は……哀れな女性だった。

 複数の父の妾の内の一人であり、自分が生まれたときには既に父の興味は母から離れてしまっていた。

 それでも母は父に対する崇拝の念にも近い情愛を失わず、蛇沼の名を名乗るのに相応しい人間にと兄と自分を厳しく育てた。


 だが皮肉な事に母が執念を燃やして育てた兄シズマは生まれつき病弱であり常人であった。

 圧倒的に男性優位の社会である皇国で家を継ぐのは兄であるというのに……。

 そして……シズクは生まれつきの超人(オーバード)

 母は病没した兄の代わりにシズクにシズマとして生きていくようにと命じ、シズマの亡骸をシズクとして葬儀を行い弔った。


 その時から今日までシズクはシズマとして生きている。


「……お前を呼び戻そうかと思っている」


「!!」


 唐突な父の言葉に驚くシズク。


「お前とていつまでもこのような地で燻っているのは本意ではあるまい」


「お言葉ですが、兄上が煙たがる事でしょう」


 静かに告げて首を横に振るシズク。

 兄上とは父の嫡男……正妻の子、蓮真(レンマ)

 この異母兄との関係が険悪になった事が現在シズクが火倶楽で暮らしている理由である。


「……あれは、お役目で大きな失態を犯した。その事で上様の御不興を買ってな。廃嫡も考えている」


 ……そういう事か! とシズクが内心で渋面になった。

 跡継ぎが仕事で大きなミスを犯して将軍の怒りを買った。

 それで自分を呼び戻したいという事は。


「その時はお前を私の跡継ぎとする。五大老、蛇沼家を継ぐのだ……シズマ」


 厳かに告げられた父の言葉がまるで極寒の風のように心臓を撫でていくのを感じ、僅かに下唇を噛むシズクであった。

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