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ユカリの魔剣

 唐突にショウセイが手渡してきたナンバー……「黒幕」とやらの携帯番号。

 掛けてみろと促されたユカリが自分のスマホを取り出す。

 ……この男の言いなりになると言うのも癪ではあるが、もしも本当にミレイの覚醒を目論んで彼女を陥れた者がいるというのなら見過ごせはしない。


 ショウセイが単なる善意で自分にこの番号を手渡したとは思えない。

 わざわざ目の前で掛けさせるところを見ると……。


(恐らく私が驚く相手……知り合いか~?)


 コールしながらユカリはそんなことを考えている。


 まあ、そんな事はもうどうでもいい……。

 もしも本当にこの番号の相手がミレイをあんな目に遭わせた元凶だというのなら。

 心の傷を抉って命の危険に晒したというのなら。


 その時は……自分がこの手で目にものを見せてやらなければならない。


(ククッ、黒騎士時代(あのころ)のツラだぜぇ……ユカリぃ)


 スマホを耳に当てて徐々に瞳に冷気を纏うユカリを見ているショウセイが無言で口の片端を上げる。


 数コールの後に相手が通話に出た。


『どなたさんどす~? こないな時間に……』


 女だ……!!

 それもこの独特の口調。

 皇国の古都である……さる大都市を含んだエリアの特有の方言。

 一瞬にしてユカリの脳内から十数年の時間が吹き飛んで帝国時代の光景が蘇ってくる。


「キリヲ……!!」


『おやまぁ、懐かしいお声どすなぁ。ユリアーゼ……』


 くすくすとスマホの向こうで久遠寺(クオンジ)キリヲが笑っている。

 ああ、間違いない。

 この鈴を鳴らしたような笑い声は……キリヲだ。


『今はユカリはんと御呼びした方がよろしおすなぁ』


 十年以上連絡を取っていない前の職場の同僚からの突然の深夜のコールにも驚いている様子がない。

 つまりそれはキリヲのは「そういう事があってもおかしくはない」と思っていたということで。

 大体が彼女は知っているはずのないユカリの今の名前も知っている。


「キリヲっ! あんたなの……あんたがミレイさまを巻き込んで……」


『あぁ……そのお話どすか?』


 早口になり口調がきつくなるユカリ。

 しかしキリヲは動じない。彼女は小さく笑うだけ。


 ああ、そうだ。こういう女だった。

 慌てた所も怒った所も見たことがない。

 いつでも薄笑みで全てを知っているかのように振る舞う……それが久遠寺キリヲだった。


『あてはただ、お友達のお手伝いをさせて頂いただけどすえ』


 落ち着いていて、それでいて少しの笑いを含んだキリヲの言葉。

 揶揄われているようでもあるがそもそもがそういう喋りの女だった。


『ミレイはんは、きっとこれからも色々と大変な事がおありでっしゃろ? せやから覚醒(めざめ)のきっかけをご用意させてもろたんどす』


 平然と言い放つキリヲにユカリの視界が一瞬赤く染まる。


「ふッッざけないでよ! 超人(オーバード)への覚醒がどんだけ危険なことなのかあんたが知らないはずないでしょ!!」


 一説によれば……。

 人が超人(オーバード)に覚醒するとき、その半数近くが暴走状態に陥るという。

 そして、暴走状態から持ち直せる超人(オーバード)は……一割未満。

 暴走状態になってしまえばそのまま90%以上の超人(オーバード)は自分の力に飲まれて命を落とすのだ。


『そやけどー……』


 くすりと入った笑い声。

 表情まで思い出せる……彼女の魔性の微笑み。


『それはあの子の星がそこまでの輝きやったていうことやおへん?』


「宣戦布告と受け取ったわよこんにゃろーッッッ!!!!!」


 ……キレた。

 ユカリがキレた。


 凄まじい怒号が車内をビリビリと震わせる。

 思わず運転席のショウセイが顔をしかめて窓側に傾いた。


「何処にいんのよアンタ!!! 今から行くわ……ぶっ飛ばすから!!!!」


『まぁまぁ、そないに興奮せんと……。確かにここからは電話じゃ話しにくおすなぁ』


 そして少しの沈黙。


『……よろしおす。後であてから連絡さしてもらいまひょ。ひとまず今日んとこはおうち帰っておやすみやし』


 ふざけんな、と言いかけるユカリだったが……。


()()()じゃ、ようお話もできひんやろ?』


 続いたキリヲのその一言にスーッと頭が冷えて冷静になりチッと舌打ちをする。

 こっちの状態を把握されている。

 やはりどこかで見ていたのだ。


「……………」


 それなら……。

 今はもうこれ以上話す事はない。

 無言で通話を切るユカリ。


「……あんたは本当に噛んでないんでしょうね?」


「だぁかぁらぁよ~、今回は俺は単なるヤジウマだって言ってんだろ~? オメーとアイツを繋いでやったのはただのお節介だ~。話を短縮(ショートカット)させてやろうと思ってよ~。俺がいなくたってオメーは早晩お嬢ちゃんから聞かされてアイツに辿り着いてたよ~。その手間を省いてやっただけだ~」


 冷たい視線を向けてくるユカリに対してショウセイはハンドル操作をしながら軽く肩をすくめた。


 ……………。


『のすたるじあ』の駐車場に停車するユカリの愛車。

 キャラの割にはショウセイは安全運転であった。


「わかってっと思うがよ~……」


 どっこいせ、と言うかのように億劫そうにショウセイが運転席から車外に出て……それから彼は助手席のユカリを覗き込む様に身を屈めた。


久遠寺霧緒(アイツ)はツエーぞぉ~?」


「……わかってる」


 黒騎士(げんえき)時代……どう逆立ちしたって自分は勝てないだろうと思っていた相手がユカリには二人いる。

 一人は今目の前にいるこの男。総長……序列一位ハイドライド・エルドギーア。

 そしてもう一人が副長だった序列二位の久遠寺キリヲ。


 思いつめた様子のユカリを見てショウセイはククッと喉を鳴らして短く笑った。


「死ぬなよな~。オメーが死んだら俺の楽しみが減っちまう」


「……………」


 欠伸を噛み殺しながら車に背を向けるショウセイ。


「ありがとう、ハイドライド。……足代出すわよ?」


「いらねえよ~。お互い金なんてどーでもいい身分だろがよ~」


 ショウセイが振り返らずに不要だと虫でも払うかのように手を振る。


「すぐに寝ちまうのも惜しい気分だ~。その辺適当にプラプラしてから帰っからよ~。じゃあな~ユカリぃ」


 ポケットに両手を突っ込んで背中を丸めたショウセイが夜の煌神町に消えていく。


「……おやすみ、ハイドライド」


 去り行く後ろ姿に声をかけるユカリであった。


 ───────────────────────────────────


 それから……。


 ユカリは店に戻り、心配して眠らずに待っていたルクシエルに事情を説明した。

 知人が超人(オーバード)化して暴走状態にあるので鎮めにいかなくては……と、ルクシエルには出掛けに大雑把に説明してある。

 どうにかなった、と言うユカリにルクシエルも安堵した様子だった。


 ……キリヲの話はしない。

 これ以上の心配は掛けたくないし、何よりも……。


(ブチ切れた私が誰かをぶっ殺すところなんてルクには見せたくないからね~……)


 ……………。


 1時間半ほど仮眠をとっていつも通りに店を開ける。

 いつもの通りの一日が始まる。

 折れた左腕はしっかりくっついた。動かしてみるが違和感は感じない。


 昼過ぎにユカリのスマホが鳴った。


「は~い、どうも~ユカリさんでーす」


 いつもよりも彼女は幾分か砕けた口調で電話に出て……。

 その親しげな感じからルクシエルは友達かな? と思った。


「うんうん、りょーかい~。行きまーっす。また後でね~」


 笑顔で通話を切ったユカリがポケットにスマホを戻す。


「……友達?」


「うん、今晩会って久しぶりに飲もうって。後で私行ってくるね」


 少しはしゃいでいるように見えるユカリ。

 それを見ているルクシエルが何となく半眼になる。


(相手は女か……それも美女とみた)


 しょうがないな、と嘆息するルクシエル。


 ……この日のユカリの演技は神がかっていて、ルクシエルは彼女の作り笑いに気付くことができなかった。

 通話の相手はキリヲだ。

 殺し合いの場所を指定してきたのである。


「ルクも行く?」


「行かないわよ。私完全にお邪魔虫じゃん。お酒もそんな好きじゃないし……」


 無邪気に聞いてくるユカリに呆れ顔で苦笑するルクシエルであった。


 ──────────────────────────────────


 仕事着の上にジャンパーを着ただけで身軽に出かけていくユカリ。

 彼女がやってきたのは繁華街の一角にある地下のバー。

 会員制であり入り口でタキシード姿の上品な老紳士が出迎えてくれる。


 彼に会釈して店内へと入るユカリ。

 やや暗めの店内には静かなジャズが流れている。

 落ち着いていて小奇麗なバーである。


「こんばんは、ユカリ。良い夜だな」


 カウンターで出迎えてくれたのは体格のいい長身のバーテンダーだ。

 肩幅があり胸板が厚い。その身体を白いシャツに黒ベスト、そして同じく黒のスラックスというオーソドックスなバーテンダースタイルで固めている。

 黒髪をオールバックにした精悍な二枚目の男性であり右目に黒い眼帯を当てている彼。

 見た目は三十代前後といった感じだ。本当の年齢は不明だ。


「こんばんは、公爵(デューク)


 デューク、それが彼の呼び名。

 本名は知らない。何故公爵なのかもわからない。

 超人(オーバード)ではないと聞いているが、それでも只者ではない雰囲気を漂わせている男だ。

 火倶楽の裏社会に関係している者で彼の名を知らない者はいないといっていいだろう。


「早速だけど例のもの受け取るね。ちょっと今夜は急いでるの」


「わかった。準備はできている」


 静かに肯くデューク。

 彼は靴音を鳴らして店の奥へ引っ込んでいった。


 このバーのオーナー兼バーテンダーであるデューク。彼はある仕事を兼業としている。

 どちらが本職でどちらが副業なのかはあやふやであるが。

 彼のもう一つの仕事とは「預かり屋」

 必要な金を払えばどのようなものでもいつまででも預かってくれるのだ。


 デュークが奥から持ってきたもの……それは一振りの長剣。

 黒い鞘に納められていて、その鞘の形状から察するに肉厚で長い刃を持つ剣のようだ。

 グリップとガードは銀色。鞘にも鍔にも握りにも凝った装飾が施されている。


 そして異様なのは鞘と本体が黒い鎖でガチガチに固定してあること。


 これが……黒騎士(オルドザイン)ユリアーゼの魔剣ブロークンハート。

 この状態でも周囲に邪気を撒き散らして超人(オーバード)ではない周囲の者の精神に悪影響を及ぼすので手元に置いて置けない。

 だから普段は彼に預けているのだ。


「……武運を。ユカリ」


 剣を手渡しながらデュークは穏やかに告げた。

 こんなものを出してきてくれというのだ。要件など尋ねるまでもない。

 ……戦争だ。


 愛剣を受け取りながら軽く笑って肯くユカリであった。


 ……………。


 小一時間後。


 ユカリは星辰館学園の校門の前にいた。

 昨日と同じく深夜の校舎は静まり返っている。

 昨日の騒ぎで体育館が倒壊して校舎の一部も壊れたので今日は学園は臨時休校になっていた。


 ここが……キリヲの指定してきた待合場所だ。


「まっさか、二日続けて夜の学校に忍び込む事になるとはね~……」


 回収してきたばかりの愛剣を肩に担いでフッと苦笑するユカリであった。

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