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居場所のないお嬢様

 高く昇った月が雲間からたまに顔を覗かせている。

 今夜は夜空に雲がかかっている。


 そんな深夜の火倶楽市煌神町。

 時間帯故車通りのほぼなくなった車道を駆け抜けていく一台の白いライトバン。

 かっ飛ばしているのはユカリだ。

 普段割と安全運転な彼女が滅多に見せない爆走である。


「……………」


 ハンドルを握る彼女が下唇を噛んでいる。わずかに血が滲むほどに強く。

 その沈痛な表情が彼女の心境と事態を深刻さを表している。


 ……………。


 ユカリのスマホが鳴ったのは彼女がちょうどベッドに入った時、時刻は間もなく午前1時に差し掛かろうかという頃の事であった。

 欠伸を噛み殺しながらスマホを取り上げ彼女が通話に出ると……。


『ワシじゃ。すまんの、こんな時間に。……じゃがどうしてもおンしの手を借りねばならんのじゃ』


「カラハシ先生? どしたんです?」


 驚いて若干目が冴える。

 こんな時間にこの老人が電話を掛けてくるのは勿論初めての事。

 同時に日中の出来事が思い出される。


 まさかミレイに何かあったのか……。

 悪寒がぞわっと背筋を撫でていく。


『ミレイが病院を抜け出してしもうたんじゃ。……というより病院の一部をぶち壊して行方が分からん』


 ユカリは誰かにミレイが拉致された可能性を指摘したがソウシチロウ老人はそれを否定した。

 一人で飛び去る彼女を目撃した者がいるらしい。


『恐らくミレイは超人(オーバード)になってしまっておる。しかも……』


「暴走している……」


 自分の言葉に対してスマホの向こうの老人は沈黙で肯定の意を示す。


 超人(オーバード)は生まれつきそうである者と、常人から覚醒してそうなる者がいる。

 そして覚醒者の多くはある日突然自分の内から湧き出てくる強大な魔力を上手く制御できずに暴走状態に陥るのだ。

 その行先は……ほとんどが死か廃人。


 ミレイは頭の回転が速い娘だ。

 冷静であれば自分の置かれた状況がわからなくてもどこかへ飛び出していってしまうという事はないはず。

 それが、そうしなかったという事は彼女は暴走状態である可能性が極めて高いという事。


 通話を終えてすぐにユカリは着替えて店を飛び出した。

 ルクシエルも同行すると言ってくれたのだがそれは断って彼女には留守番を任せる。

 暴走状態の超人(オーバード)の扱いは非常に脆い壊れ物を扱うように細心の注意を持って臨まなければいけない。

 見ず知らずの他の超人(オーバード)の存在は危険すぎる。

 どのような更なる暴発を引き起こしてしまうかわからないからだ。


 ……ミレイは今どこにいるのだろう。

 暴走状態とは感情や思考が制御できずに振り回されてしまうという事だ。

 無意識に自分の知っている場所へ向かっているのではあるまいか。

 当てもなくこの広い火倶楽で彼女を探し回るよりもまずはその線で捜索しよう……そう決めたユカリが向かったのは星辰館学園。

 彼女の通っている学校だ。


 足が悪いミレイのテリトリーは狭い。

 自宅か学校か……馴染みの場所といえばそのどちらか。

 屋敷へ戻ったのなら老人から連絡があるだろう。


 それなら自分は学園へと向かう。

 眉根を引き締めるとユカリはアクセルを踏み込んだ。


 ────────────────────────────────────


 深夜の星辰館学園。

 その校門前に乱暴に車を停めたユカリ。


 静まり返った巨大な白い校舎はまるで墓標の様に彼女の目に映って嫌な気分にさせられる。

 その彼女が何かに気付いて足を止めた。


 人影……誰かが校門の前に立っている。

 一瞬ミレイかと思ったが、それにしては背が高すぎる。

 腰まである長い髪が夜風に靡いている誰か……。


「シズク……?」


「ユカリ。お前も来たのか」


 相手も驚いているようだ。

 統治局治安課特務部隊『死喰鷲(フレースヴェルグ)』の超人(オーバード)……蛇沼シズク。

 帯刀している黒いラフな男装の剣士。

 彼女がいたという事でユカリは自分の勘が正しかったのだと悟る。


 やはりここに……ミレイがいるのだ。

 だから彼女(シズク)が派遣されてきた。

 やはり治安課は反応が早い。


 そして……。

 シズクが来ているという事は暴走超人(オーバード)を斬れという指令が出ているという事だ。


「シズク……待って」


 カツカツと靴音を鳴らし早足で彼女に近付いていく。


 蛇沼シズクは超人(オーバード)でも相当上位の実力者。

 戦闘力はかつて自分が所属していた黒騎士(オルドザイン)……その上位メンバーにも匹敵する。

 彼女であれば覚醒したての暴走超人(オーバード)などものともせずに斬り捨ててしまえるはず。


「知り合いなの。お願い……」


 ユカリが頭を下げる。

 暴走した超人(オーバード)は極めて危険な存在であり周囲にどのような被害を及ぼすかわからない。

 殺害して処理しようとするのは治安部隊としては至極真っ当な対応だ。

 自分が割り込んでシズクの任務を妨害すれば彼女もどのような咎を受けることになるか……。


 それでもシズクにミレイを斬らせるわけにはいかない。


「わかった。俺は退く」


 僅かに迷う事もなくシズク。


 彼女は任務に対して不真面目な性分ではない。

 むしろストイックで生真面目な部類の女性である。

 それでも彼女はユカリの横やりを受け入れた。

 その後で自分が被るかもしれないペナルティも考慮した上でだ。

 ユカリの心情を察して……その気持ちに寄り添ったのだ。


「……シズクぅ」


 涙目になったユカリが彼女にガバッと抱き着く。


「ま、待てっ……ここじゃダメ」


 突然の抱擁に顔を赤くして慌てるシズクであった。


 ……………。


 気を付けて、と自分を見送るシズクに笑顔で小さく手を振って……。

 校門をひょいと飛び越えて学園の敷地内に足を踏み入れたユカリ。


 ……ああ、いる。

 視認する前からわかる。

 強い魔力が渦巻いている。


 この魔力の大きさは……これは予想外。

 本当に覚醒してたの超人(オーバード)の放つ魔力なのか?

 まるで歴戦の強者の持つ威圧感だ。


「スゲーよなぁ~。後発の超人(オーバード)は天然モノにゃ及ばねえってのが通説だがよ~」


「ッ!! ハイドライド……!!」


 突然聞こえただみ声。

 校庭に向かう途中の大きな欅の木の幹に寄りかかっていたスタジャン姿の口髭の中年男……三好ショウセイ。


「コイツぁ生まれつきの超人(オーバード)と同等かそれ以上だぜ~。……ククッ、久しぶりだなぁ、ユカリぃ。死闘(あんとき)以来だ……元気そうで何より~」


「なんであんたが……。まさか……」


 ユカリを中心として周囲に目には見えない波紋のように広がる殺気。

 慌てたショウセイが両手を持ち上げて掌を晒しユカリを押し留めるような仕草をする。


「おおっとォ! おっかねぇな~……勘違いすんじゃねえよ~。俺は何もしてねえ、今回はなぁ。単なる見物客(ヤジウマ)だ~。こっからも手出しする気はねぇよ~。オメーの好きにやんなぁ」


「……………」


 嘘は……言っていないだろう。

 少なくともやっておいて白を切るような男ではないと思う。


「余裕ねえじゃねぇかよ~……オトモダチかぁ?」


「うっさいなぁ……。あんたには関係ないでしょ」


 ニヤリと笑って煙草を咥えるショウセイをキッと睨んだユカリ。


「だったらよ~……」


 ショウセイが煙草に火を付けて夜空に向けてフーッと紫煙を吐き出した。


「カッコいいとこ見せてくれよなぁ~。期待してるぜぇ、ユカリぃ~」


 ニヤニヤと笑って自分を見送る男にもう一度だけ鋭い視線で見てからユカリはその場を後にした。

 もうそこからは背後の男の事など意識の端にもないというかのように振り返らず真っすぐに彼女は歩いていく。


 ミレイが……待っている。


 校庭には人影はない。

 ユカリは広いグラウンドをずんずん進む。

 その先にあるのは体育館だ。


 扉が開いている。

 すぐ近くに大きな黒光りする錠前が破壊されて転がっていた。

 無造作に掴んで捩じ切ったのだろう。


「ミレイさま~……」


 恐る恐る中へ呼びかけながら足音を殺して体育館に入る。


「ユカリさんが来ましたよ~……」


 館内は真っ暗闇だ。

 当然照明は付いておらず今夜は月明かりもほとんどない。


 ミレイは……体育館の隅にいた。

 パジャマ姿の彼女は膝を抱えてうつむいて座っている。


「ミレイさま……」


 安堵して一歩前に出て……。


「来ないでッッ!!!!」


 悲鳴にも似たその叫びがユカリを止めた。


「来ないで……私に近づかないで……!!」


 両手で自分の肩を抱くようにしてミレイが震えている。


「傷付けたくないのよ!! 私は今おかしくなってる!! 全部をめちゃくちゃにしたくて……何もかもを破壊してしまいたいのッッ!!!」


 ガクガクと地震のように体育館が揺れ出した。

 荒れ狂う暴風のように魔力を周囲に放出しながらゆっくりと目に見えない力に吊り下げられているかのようにミレイの体が浮き上がる。


「……私の……私の居場所はこの世界のどこにもないんだからッッ!!」


 ずっと彼女は我慢してきた。

 兄が殺された時も、自分の左足が満足に動かせなくなった時も。

 流刑のように住み慣れた皇国から火倶楽へやってきた時も。

 一度も弱音を吐かなかった。


 それが今堤防が決壊したかのように次から次へと溢れ出て止まらない。

 心の奥底に隠して見ないふりをしてきた絶望が今の彼女を動かしている。


「……………」


 無言でユカリがさらに一歩……前へと踏み出す。

 ミレイへ向かって進む。


「来るなぁぁぁッッッッッ!!!!!」


 吹き荒れる魔力の暴風。

 それは魔術ですらない単純な感情の発露だ。

 それなのに体育館は鳴動しすべての窓は枠事吹き飛んだ。


 ユカリの頬が裂けて血飛沫が舞う。

 頬だけではない。一瞬にして全身に無数に刻まれた裂傷。

 だが傷を負っているのはユカリだけではない。


 ミレイの頬や両手にも亀裂に似た裂傷ができてそこから血が滴っている。

 強すぎる魔力の放出に肉体が耐え切れずに壊れ始めているのだ。


「見たでしょう!! 私の力!! 立ち去りなさい……私の前からいなくなってよ!!!」


 金切り声でまくし立てるミレイ。


 ……だが、ユカリは止まらない。

 退けない。

 帰るわけにはいかない。

 彼女のあの叫びはこれまで自分が気付かずに素通りしてきてしまったものだから。


「……死にたいのッッッ!!?? ユカリぃッッ!!!!」


「ドンと来ーい!!!!!」


 悲痛な叫び声をあげるミレイ。

 それに負けないくらいの大音声で叫ぶとユカリは自分の胸板を拳でドンと叩いた。


「……オェッ。ゲホッ!! ゴホ!!」


 ……そして強く叩きすぎたのかえずいて咽せかえった。

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