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カウンター・グリーン

 ……意識がゆっくりと覚醒していく。

 生暖かい泥沼から浮上していくかのように。

 比良坂ミレイはぼんやりとした思考の中で何となく周囲を見回した。


 薄暗い……。

 微かに差し込んでいる光で周囲が淡い橙色に染まっている。

 時刻は……夕刻なのだろうか。


 自分は……どうなっているのだろう。


「……!!」


 頭を殴られたような衝撃と共にミレイの意識が完全に覚醒する。


 緑色に染まった屋内。

 そこで遭遇した異形。

 意識を失う直前の状況や光景も鮮明に目蓋の裏に蘇って来た。


(私は……怪物に襲われて……)


 どうやら現在自分は拘束を受けているらしい。

 両腕を持ち上げた体勢で、全身に蔓が巻き付いている。

 壁に押し付けられているようだ。

 足は地面に付いてはいるがまったく身動きは取れない。

 拘束による窮屈さと鈍痛以外は特に身体に異変はないように感じる。

 大きな負傷などはなさそうだが……。


 相変わらずの緑に覆われた空間。

 結構広い部屋だ。元は居間であった場所か。


 そして自分と向かいになっている壁に同じようにして一人の少女が磔にされている。


(……ヤマベさん!!)


 両腕を上げて縛り付けられている少女。

 俯いていてぴくりとも動かない彼女の顔立ちまではここからではよく見えてはいないが疑いようはない。

 ヤマベエイコだ。

 やはり彼女はここにいたのだ。

 しかし、彼女は生きているのだろうか……。

 行方不明になってすぐにあの状態にされていたのだとしたら……。


「ん……」


 その時、エイコは小さく声を出して僅かに身をよじった。

 意識は無いようだが生きているらしい。

 その事に僅かな希望を見出すミレイであったがすぐに自分の現状に思い至って絶望感が心中に湧き上がってくる。


 現在が夕刻だとすれば自分が捕まってから4~5時間くらいは経過しているはずだ。

 キリヲはどうなったのだろう?

 彼女が通報していてくれればもしかしたら救援(たすけ)が……。


「……ッ!!!」


 その時だ。


 部屋の中央の盛り上がった部分がもぞもぞと動き始めた。

 その部分の床が奇妙に盛り上がっているとは思っていたがそうではなかった。

 あの怪物が寝転がっていたのである。


 緑色の植物と人間の中間のような怪物。

 一応人型はしているものの全身を草や苔や蔦に覆われている。

 おぞましくも神秘的な姿だ。

 それを見ていると人が闇を恐れるような、獣が火を恐れるような……そんな根源的な恐怖を感じる。

 まるで魂に刻み込まれた記憶が()()とは決して相容れないのだと警鐘を鳴らしているかのようだ。


 緩慢な動作で身を起こした緑色の異形がのろのろと自分に顔を向けてくる。

 どんな動物のそれとも似ていない不快感を催す挙動である。


 ……ああ、またあの目だ。

 あの時の目だ。


 最初に顔を合わせてしまった時の恐怖が蘇ってくる。

 顔面らしき部位に……右側にだけ目がある。

 黄色く淀んではいるものの人と同じ目だ。

 どんよりとした視線を向けてくる人植物……そこにどんな感情が込められているのかはわからない。


 腕を持ち上げて、それをミレイに向けてくる緑色のもの。

 指の代わりなのか粘液質な液体で濡れた尖った樹木の枝が手先で無数に蠢いていた。


「……やめてッ! 来ないで!!」


 必死に身をよじるミレイだが自分を束縛している蔓はびくともしない。


「ユカリ……」


 掠れ声でミレイが呟いた。

 その瞬間。


 ……ドゴッッッッッ!!!!!!


 玄関付近から響いた轟音。

 びりびりと震える家。

 居間の天井からパラパラと小型の虫やトカゲが降ってくる。


 緑色の魔物の動きが止まる。

 ゆっくりと首を回して玄関の方を見ている。


「……うわッ! これヒッドいな~……キョーコちゃん、中酷い事になってるよ~」


「いきなりドアを蹴破らないで。慎重にやりなさいっていっつも言ってるでしょ」


 聞こえてくる声。

 どちらも女性のものだ。

 その内片方は明らかに聞き覚えのある声で……。


「ユカリぃ……」


 ミレイの頬を大粒の涙が伝って落ちていく。


 草を踏んで近付いてくる足音。

 彼女だ……。


「ミレイさま、ご無事ですよね? あなたのユカリさんが今助けに来ましたよ~」


 なんとも緊迫感の感じられない台詞と共に居間に顔を出したユカリ。

 彼女はウィンクを一つ投げて敬礼のポーズを取るのであった。


 ───────────────────────────────────


 遡ること数時間前。


『のすたるじあ』のカウンターにある店のノートPCを見ていたルクシエルが何かに気が付いた。

 無数のスパムメールを処理していたら一通の新着メールが届いたのだ。


「……ユカリ、ちょっと」


「はにゃ?」


 そのメールはスルーできないと判断したルクシエルがユカリを呼ぶ。


『ヒラサカ ミレイ キケン ミドリ オセン バショ コウガミチョウ ニシコウガミ……』


 メールを読んでいる内にユカリの目付きが変化していく。

 冴えた光を湛えた真剣なものに。


 読み終える前に既に彼女は自分のスマホを取り出してどこかへコールしていた。


「あ、こんにちは社長。ユカリです。すいません、ちょっと急ぎでお願いしたい事がありまして……」


 ……………。


 同時刻、ガイアード・エンタープライズ・カグラ社本社ビル社長室。

 全面ガラス張りの明るい室内に立つ威風堂々としたブロンドの中年男性。

 火倶楽の王者といっても差支えの無いこの男は今硝子越しに下界を睥睨しながらスマホで誰かと話をしている。


「……ふむ、わかった! すぐに手配しようじゃないか! いやいやとんでもない……市民の安全の為のご協力に感謝するよ! 君も行ってくれるのかな? それならばもう安心だ……ハッハッハ!」


 豪快に笑った大柄なスーツの男……ガストン社長。

 彼は通話を切ると即座に傍らの秘書に真剣な顔で告げる。


「今すぐに煌神町の該当エリアを封鎖して住民を残らず避難させてくれたまえ。統治局にも連絡を入れろ。グリーンの案件だと言え」


 慌ててスマホで連絡を取っている秘書を横目にガストンが葉巻を咥えて火を付ける。


「やれやれだな。こんな中心部にまで汚染が発生するようになってしまったか」


 憂鬱そうに顔を顰め、嘆息と共に紫煙を吐きだす社長であった。


 …………。


 ガストンに連絡を入れた後でユカリは環境保全課の課長であるキョウコにも連絡した。

 侵食原生樹海(エンディア・デューラ)に絡んだ話であれば必ず彼女の出番となる。


「……うん、私もすぐ行くから。それじゃまた現地でね」


 通話を切ってフーッと長い息を吐くユカリ。


 珍しくキリッとした顔をしている彼女。

 ユカリがこの顔になるのは数か月に一回の事だ。

 近所のスーパーが滅多にないレベルの大安売りをする時、チラシを見るとこんな顔になったりする。


「よし! じゃあお店閉めて現地向かいましょっか」


「いいの? こんなの信じて……」


 件のメールを見返して眉を顰めているルクシエル。

 悪戯ではないのか? と少し彼女は思わないでもない。


「私とミレイさまの関係を知ってるのと、グリーンアビスの事を知ってる時点でもう一般人じゃないわ、相手」


 壁の向こう側に広がる世界……浸食原生樹海エンディア・デューラの事を知っているのはこの世界でもほんの一部の者たちだけだ。


「それに悪戯なら後で私が大目玉食えばすむ話だしね~」


 おどけて笑うユカリ。

 わかった、とルクシエルも閉店準備に取り掛かかる。


「……で、ミレイさまっていうのは誰?」


「うぇ」


 鋭く問いかけてくるルクシエルに潰れたカエルのような濁った声を上げるユカリであった。


 ──────────────────────────────────────


 対峙する緑色の人間もどきとユカリ。

 そして遅れて居間に入って来たスーツにロングコートを羽織った女性……織原(オリハラ)キョウコ。


 固唾を飲んでそれを見守る壁面に磔になっているミレイ。


「……思いっきり緑人(りょくじん)いるじゃん! キョーコちゃん、これも地下から来たヤツ~?」


中心区域(こんなところ)まで地下を掘り進んでこられるようじゃ北部区域はもう壊滅状態よ」


 首を横に振って否定するキョウコ。

 つまりこの家の汚染はいつぞやかの大河原邸とは異なり地下を進んできた侵食樹海によるものではないという事だが……?


「ま、それは後でいっか。じゃあ、やっちゃうねキョーコちゃん」


「待って、ユカリ」


 前に出ようとしたユカリを後ろから肩に手を置いたキョウコが止めた。

 そしてキョウコは足元に手にしていた蛇腹大剣(スコーピオンテイル)を突き立てる。


「私がやるわ。貴女は見ていて」


(あ、助かるんだ。あの人)


 それで、ユカリは目の前の緑人がまだ助かる可能性があるのだという事を知った。

 人に戻れるかもしれないのだと。

 キョウコが自分が出ると言っているのはそういう事だ。

 ユカリでは相手を破壊してしまうから。


 前に出たキョウコに反応し緑人が襲い掛かってくる。

 本気の戦闘態勢になった緑人は見た目からは到底想像できない速度だ。

 並の戦士では目で追う事ができないほどの。


「……フッ!」


 鋭く呼気を吐いてキョウコは緑人の太い腕を掻い潜って懐に入り込む。


 丁度そこで居間にルクシエルが入って来た。


「……キョウコにやらせるの?」


「うん。キョーコちゃん自分でやるって。あの緑人助かるかもしれないから」


 肯くユカリ。

 二人の目の前でキョウコは緑人に対して超接近戦を挑んでいる。

 ルクシエルの目には緑人の攻撃がキョウコにほとんど当たっているように見えるのだが、実際には彼女は最小の動作で数ミリの間隔を空けて回避しているようだ。


(上手い……速い)


 鮮やかな動きに思わず感嘆してしまうルクシエル。

 ただ避けているだけではない。

 無数の拳や膝による打撃が緑人に叩き込まれている。

 あの動きは……ともすれば以前自分が遭遇し圧倒された元黒騎士(オルドザイン)の序列三位だった男……リゼルグにも匹敵するのではあるまいか。


(それもそうか。だってキョウコの師匠は……)


 チラリと隣を見るルクシエル。

 ユカリは余裕の表情で戦いを見守っている。

 キョウコが劣勢になるなどとは欠片も思っていない様子だ。


 しかし何故彼女は愛用の大剣を置いて素手での格闘戦を挑んだのだろうか?


「キョーコちゃんはね~、対侵食樹海戦のプロフェッショナルなんだ。あっちの生き物相手にするなら力任せにやるしかない私よりもずっと強いの」


 見物しながら誇らしげに胸を張るユカリであった。

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