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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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バイトが来た!

 とても……とても大きなお家であった。

 住宅と呼ぶよりかはお屋敷と呼ぶべきか? そんな風に悩むほどのお宅である。

 明らかに周囲の住宅街の中でもその一軒だけがサイズ的に突出している。


 ……下世話な言い方をしてしまえば「いい暮らしをしてそう」なお住まいだ。

 今日のユカリは買取依頼を受けてそんなお家に出向いていた。


「それでね、主人が他界してから手付かずだったんですけどそろそろ片付けようかって話になりまして。捨ててしまうというのもねぇ。それでしたら価値がわかっていただける方の手に渡ってくれればって……そう思いましたのよ。ヲホホホホホホ」


 奥様は小太りで気品がありにこやかなお方であった。

 先ほどからソプラノボイスで浴びせかけるようにトークを繰り広げている。

 ユカリはそれに対して笑顔で相槌を打つのみだ。

 とても口を挟める余裕がない。止めることもできない。

 恐るべき有閑マダムのマシンガントーク。


「主人もワタクシも国外旅行が趣味でしたの。若いころから二人でどの位の国を回ったでしょうかねぇ。主人は行った先で色々なものを買い込むものですから帰りはいつも大荷物でしたのよ。ファラーッホホホホホホホホホホホホホ」


「……………」


 相も変わらず笑顔のユカリ。

 しかしその内心はもう「無」であった。

 甲高い笑い声を浴びすぎて思考も人格も削ぎ落されてしまったかのようだ。


 そうして、4時間後……。


「……中々にタフな現場だったわ」


 ライトバンのハンドルを握っているユカリはげっそりしている。

 実際の買い取り査定自体は30分で済んでしまった。

 3時間以上マダムのトークを浴びていたわけだ。

 出されたお茶はいいものであったしお茶請けのケーキも高額のものではあったが……。


 戦果は……と言われれば正直微妙と言わざるを得ない。

 マダムの怒涛のトークの中にもあった通り、出してもらった品物は外国の土産ものがメインであり残念ながらユカリの基準で「当たり」と言えるような品物はなかった。

 アンティークと言えるようなものが何かあればと期待したのだがそこそこに古い比較的近年のものばかりであった。

 恐らく買った時は新品だったのだろう。


(まあウン十万、ウン百万で売れそうな品物なんてそうそう出てくるもんじゃないのよね)


 その辺はユカリも達観している。

 むしろ引き取ることすらためらわれる真のハズレでなかっただけ今回の買取はよかったとも言える。


 ……とはいえ、この時間も店を閉めて彼女は出向いてきているわけで。


「あれ?」


 店に戻ってきたユカリ。

 目に入ったのは「現在出張買取中。戻り次第開けます」の張り紙が張られた『のすたるじあ』のシャッターの前に立つ一人の少女であった。

 少女……?

 いや、成人はしているのかもしれない。

 二十台前後といった見た目の女性だ。


 ジャンパーにスカート……それにスニーカー。

 ラフな格好でポケットに手を突っ込んで彼女は店の方を見ている。


「お客様ですか? すいません今開けますから」


 車を降りて少女に歩み寄るユカリ。

 すると、彼女が振り返って自分を見る。


 両者の視線が交差して……。

 ユカリの心臓がドクンと一度大きく鳴った。

 その瞬間、自分の周囲の光景も音もすべてはどっかへ吹き飛んでいった。

 どこまでも続く真っ白い世界にただ自分と目の前の彼女だけがいる。


(おい、おいおいおいおい……)


「お客じゃない」


 簡潔にそう言った彼女。

 低い声で。

 地声ではなく意図してそういうトーンで発言したのだろう。


(おいおい……なんて美少女なの……)


 ショートウルフの青い髪に怜悧な目元。

 陶器のような白い肌。

 どこか気だるげで遠くを見ているような視線。

 ツンと澄ましたクール系の美少女だ。


「ギルドでバイトを募集してるって聞いて来たんだけど」


「採用です」


 即答である。多少食い気味で。


 はあ? とクールさんが顔をしかめる。


「いや、まだ何も話してない……」


「いいえ、採用します。何があろうが、例えあなたがイヤだと言っても私のお店で働いてもらいます」


 がしっ、と美少女の右手を両手で取るユカリ。

 目を細めるクールさん。

 ……完全に胡乱なものを見る目つきである。


「とにかく、まず話をさせてよ……」


 ふぅ、と若干重たい息を吐きつつ肩をすくめる美少女であった。


 ……………。


 慌ただしく店を開けて彼女を中へ招き入れる。

 そしてユカリはカウンターに椅子を出してきて恭しく一礼して少女を座らせる。

 まるで貴賓への対応だ。


「……………」


 眉をひそめている青い髪の少女。若干居心地が悪そうである。


 この時点でもうユカリは何があろうが彼女を採用すると決めているので浮かれまくっている。

 ご機嫌でお茶を出してくるユカリ。

 使っている湯飲みは


「お腹空いてない? お寿司取りましょうか」


「い、いい! 別にお腹減ってないから……!」


 ……どこの世界に寿司が出てくるバイト面接があるのだろうか。

 慌てる青髪の少女が履歴書を押し付けるように渡してきた。


「ふむふむ……ルクシエル・ノイアーさんね。素敵なお名前ね、採用です」


「名前読んだだけで決めないでよ……」


 ニコニコ満面の笑顔のユカリ。

 そんな店主を見てルクシエルは「本当に嬉しそうに笑うわね」と思った。


 経歴は……結構いいお家の出らしい。

 某国の士官学校を卒業している。

 その学校は家がかなり裕福でないと学費を賄えないはずだ。


 しかし……士官学校を卒業して軍属にならずにフリーターとは……?

 この学歴であればかなりのエリートのはず。

 軍属にならなかったとしても就職の口はいくらでもあっただろう。


「家族と喧嘩したのよ。今は……家出みたいな感じ」


 ユカリの内心の疑問を察したのだろう。少しだけ言い辛そうにルクシエルが口にする。


「そうだったの……。大変だったわね、採用です」


「もう採用はわかったわよ」


 はぁ、とため息をついたルクシエル。

 どうあがいても採用されるらしいという自分の運命を悟ったようだ。

 いや、バイトの面接に来ているのだからそれでいいはずなのだが……それにしても一切吟味される事なくフリーパスでOKを貰ってもそれはそれで不安なのだ。


「ルクは今どこで暮らしているの?」


「もうあだ名呼び……。アパートだけど、ここからは遠いから雇ってもらえるなら近くに越してくるつもり」


 馴れ馴れしいユカリに若干引いているルクシエル。


「ここで暮らせばいいわ。二階が居住スペースなんだけど部屋は沢山余っているから」


「え……」


 ルクシエルが絶句する。

 ほんの一時間ちょっと前にあったばかりの者を自分の家に住まわせようというのか。

 無邪気な笑顔のユカリを彼女はやや眉間にしわを刻んで凝視していたが……。


「ちょっとさ、私が言うのもなんだけど不用心過ぎるんじゃないの? 私がおかしなことを考えてたらどうする気なのよ」


「おかしなことって?」


 小首をかしげるユカリにルクシエルは軽い頭痛を覚える。


「お金とか価値のあるものを持って逃げちゃったり」


お店(ここ)、別にそこまで大金が置いてあるわけではないし持っていかれたら取り返しがつかないような物も別にないわよ」


 くすくすと笑ってから、ユカリは「そうね……」と斜め上を見上げて何事か考えている。


「ルクがここから何かを持ち出して逃げちゃったら追いかけるわね」


「それはそう……」


「そんなものは全部あげるからまた一緒に暮らしましょう! って」


「いや、そっちか! ホントもう……何なの……」


 ついに根負けしたルクシエルが力尽きたかのように椅子から浮かせかけた尻を再び座面に戻した。


 ヘンな女だ……。

 とてつもなくヘンな女過ぎる。


「まあいいや。そこまで言ってくれるなら私、ここで暮らすことにする」


「……ありがとうございまずっ!!!」


 泣きながらガバッと床にひれ伏したユカリ。


「何であんたが土下座すんのよ……!!!」


 顔をしかめてのけ反るルクシエルであった。


 ……………。


 数時間後。


 ルクシエルはバスに乗っている。

 すでに日は落ちて窓の外は夜景。

 車内の照明でガラスに映っている自分の顔は酷く無表情だ。

 先ほどまでのどこか気だるげでツンとした表情とも違う……完全な虚無の顔。無表情。


(上手くいった。……ちょっと上手くいき過ぎていて逆に不安だけど)


 今日は一度アパートに戻って荷物の整理や引っ越しの準備をするといってルクシエルは帰宅する事にしたのだ。

 車で送ると言うユカリを諦めさせるのは本当に大変だった……。

 その好意には甘えるわけにはいかない。


 今の自分はホテル住まい。

 アパート暮らしがウソであるというのがバレてしまうから。


『のすたるじあ』の求人の情報を自分が掴んだのは二日前のこと。

 一年以上前から求人が出れば即座に自分に連絡が入るように手配していた。

 準備を整えてすぐに自分はこの火倶楽へとやってきた。

 渡航の準備も偽造された経歴もすべて準備はできていた。


 目的はただ一つ……彼女に接触するためだ。


『のすたるじあ』の店主ミヤノモリ・ユカリに。


「……………」


 遠い日の記憶が蘇る。

 幼い自分の泣き声が耳の奥に木霊する。


『いやぁぁぁ……ッッ!! パパ!! パパッ!! どうしてッッ!! どうしてぇッッ!!!!』


 昏睡している父親。

 その右の上腕部に巻かれている血まみれの包帯。

 そこから先が欠落している。

 最強の聖騎士と謳われた父の利き腕は失われていた。


 ……鮮烈な思い出だ。

 父が聖騎士を辞める事になった出来事である。


(あれが……彼女が、壬弥社ユカリ。いや……黒騎士ミューラー)


 どちらが彼女の本当の名前なのかは知らない。

 窓の外を流れていく夜景の向こうにルクシエルはユカリの面影を見ていた。


 ほんわかしていてどこか間が抜けているようでもあり……だけど愛嬌があって美人で。

 見ていると暖かい気持ちになれる……違う出会い方をしていれば自分もそう思えたかもしれない。


 しかし、そうはならなかった。


 何故なら彼女は……。


(パパの腕を斬り落として、聖騎士を辞めさせた女)


 ルクシエルが幻視するユカリの面影にビシッと蜘蛛の巣状のヒビが入り、ガラスのようにバラバラに砕け散っていくのだった。


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