プリン大好きアカネさん
喧嘩師、葛城ジンパチ。無銘流空手を使う無頼の超人。
……は、ユカリによってあっさり倒された。
勝った方も負けた方もどちらもそれを戦闘であったとは認識していないだろう。
恐竜の進路に立ち塞がって吠えていたチワワが何か蹴られて大怪我した……みたいな。
まあ、それはそれとしてその後なんだか頻繁にジンパチが『のすたるじあ』に顔を出すようになってしまった。
当然この男の要件は買い物ではない。
「なぁ、姐さん……俺を舎弟にしてくれよ。自分で言うのもナンだがよ、俺はとびきり役に立つ男だぜ!」
ヌン、と自らを親指でさして胸を張っているライダースジャケットの男。
不敵に笑ったジンパチは今日は頭巾のように被ったバンダナでトレードマークのスキンヘッドを覆っている。
「あのね~……」
商品の壺を布巾で磨いていたユカリ。
彼女は手を止めるとこめかみに指先を置いて嘆息した。
「私はただの商店主なの。やくざでもヤンキーでもないの。舎弟とかいらないの」
「だから俺も姐さんの店で働かせてくれ! バイト代はいらねえからよ!!」
カウンターに身を乗り出して意気込んで売り込むジンパチ。
しかしユカリの視線は温度が落ちていく一方だ。
「……だから私は真っ当な商店主で、うちは健全な商いをしているんだっての。良識ある大人はスタッフをタダ働きなんてさせないのよ」
ユカリにちょっと冷たい目で見られてジンパチが「ぐぅ」と唸った。
「大体ね、君、うちで働きたいって言うのならちょっとはこういうものの知識があるんでしょうね」
そう言ってユカリが棚から取り出したものはレトロな玩具。
水色のヒーローらしきソフビの人形が透明な袋に入っていて、袋の口はイラストが描かれた厚紙で閉じてある。古いものだが未開封のものだ。
それを手渡されたルクシエルの目がキラーンと輝いた。
「これはオカダ製作所のスペクタクルマン! オカダが出していた『新ヒーロー・怪獣シリーズ』の内の一体ね。玩具屋さんで販売もされていたけど縁日の露店の射的の景品なんかで出回ったものが多いらしいわ。これの特徴はマスクが着脱式になっていて、外すとスペクタクルマンに変身する主人公の光岡ショウタロウの顔になっている所かしら。ちなみにこの商品には非正規のコピー品、要するにパチモンね、それが存在しているんだけどそっちはマスクが本体に一体化しちゃってて外すことはできないわ。だというのにそのパチモノにも結構なプレミアが付いていてオリジナルに近い値段で現在取引されているというのもこの世界の奇妙で面白い所だと思わない? マスクのゴーグル部分の塗装がズレちゃってるエラー品もあって、そっちは更にプレミアが……」
「あわわわわ、止まらなくなっちゃった……!」
話を振ったユカリの方が慌てている。
そんな彼女に目を留める事無く怒涛のトークを続けるルクシエル。
ジンパチはそんな二人を呆気に取られて眺めていたが……。
「……クッ、わかったぜ。この店に置いてくれってのは諦める。だけどよ、何かあったら声掛けてくれよな! すぐに駆け付けっからよ!」
何故だか捨て台詞の様に言い放ってジンパチは来た時よりかは若干肩を落とし気味に出ていった。
そして彼が立ち去った後のカウンターには二つ折りのメモ紙が残されていた。
訝し気に広げてみるユカリ。
どうやらスマホの番号のようだ。
「しょーがない、一応登録くらいはしといてあげますか」
フゥ、と鼻で息を吐いて軽く肩をすくめるユカリであった。
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また新しい一週間が始まる。
終末にヤマベエイコの家にお邪魔して彼女の母親から話を聞いてきたミレイとキリヲ。
その結果彼女たちはヤマベエイコの失踪について一つの仮説を立てた。
ヤマベエイコは家族にも友人たちにも伏せて誰かと密会していた。失踪にはその何者かが関わっているのではないかとする仮説である。
現時点ではその「何者」かは……。
「男ね。ヤマベさんは誰か男の人と秘密の交際をしていたというわけね」
……と、ミレイはやや盛り上がり気味に断定してしまっている。
まだ仮定の話であるはずなのに。
……………。
また平日になったので放課後の聞き込みを再開した二人。
ただその聞いて回っている内容は先週までとは異なり、未だ実態を掴めない彼女の密会相手にフォーカスを合わせたものに。
しかしその結果は芳しくないものであった。
これまでと同様にやはりヤマベエイコは誰にも何の話も漏らしていなかった。
女子高生ともなれば色恋の話は大好物のはず……しかしそういった話題になっても彼女は穏やかに笑って聞き手に回るだけだったという。
……………。
時刻はお昼休み。
定位置である中庭のベンチで昼食をとるミレイ。
隣には当然のようにキリヲがいる。
「徹底してはりますなぁ」
「うーん……何だか自分の推理に自信が持てなくなってきたわね」
調べども調べども有力な手掛かりはナシ。
根拠のない自信で自分の仮説を半ば真実として行動してきたミレイであるがこうも状況に肩透かしを食らうとその自信が急速に萎んでいくのを感じる。
彼女の内心にもしかしたら自分たちはまったく見当違いのことをしているのでは? という不安がじわじわと湧き上がってくる。
比良坂ミレイの精神は高火力紙防御。
攻めているときは滅法強いが防戦になると貧弱なのだ。
(あ~、ユカリに会いたい。一杯甘えたい。掛けちゃおうかな……だけど急に連絡したら向こうにも迷惑が……)
紙パックのオレンジジュースを飲みながらミレイが悶々と考えていると……。
「いたいた~! 今日もこっちだったんだ!」
元気のいい声が聞こえて小走りに走ってくるクラスの小動物。
九段坂アカネ……そういえば彼女との四方山話が全てのはじまりであった。
事の発端を思い出すミレイ。
「それで、調子はどうなの~? 探偵ごっこ!」
無邪気に聞いてくるアカネ。
ごっこ遊びと言われると引っかかるものもあるミレイであるが、実際そのようなものではある。
「ぼちぼちやんなぁ。男の人と街にいてはったいう話が聞こえてきよって。どなたやろて調べとるとこなんどす」
いつもの笑顔のままつらつらと嘘をつくキリヲ。
この嘘は聞き込みの時も彼女は多用していた。
流石にそれは悪い噂が立ってしまう可能性があるしよくないのでは、とたしなめるミレイであったが……。
キリヲは
「そん時はお父はんやったとかイトコやったとか言えばいいんどすえ。あては別に若い男やとか腕組んどったとかいうたわけやあらへん」
と、取り合ってくれない。
流石は常にグレーゾーンのライン上を歩く女……。
「やっぱり男の人だ!!!」
それを聞いて一気にテンションMAXになるアカネ。
「……あ、でもそれはお兄ちゃんかも?」
一転冷静になり何かを思い出したように小首をかしげるアカネ。
……?
ミレイが怪訝そうに眉をひそめる。
ヤマベエイコは一人っ子のはずだ。
お兄ちゃんとは?
「ヤマベはんにご兄弟はおらへんやろ?」
「ん~ん、そういうんじゃなくて。幼馴染っていうのかちっさい時から仲良くしてるお兄ちゃんがいるって……あれ? 誰から聞いた話だったかな~? ずいぶん前だから忘れちゃった!」
朗らかに笑っているアカネ。
その彼女に気付かれないように視線を交し合ったミレイたち。
これは棚から牡丹餅というべきなのか。
思わぬところから有力な情報が転がり込んできた。
ミレイもキリヲも与り知らぬ事ではあるが、アカネがこの話を耳にしたのは一年以上前のことで聞いた相手はヤマベエイコ本人ではなく又聞きである。
アカネにその話を聞かせた友人自体がもうそんな事を忘れてしまっているような話。
そんなエピソードをいきなりアカネは記憶の底から引っ張り上げてきたのだ。
「アカネはんはええ子やねえ。プリンおあがりやし」
「やった~! プリン大好き!」
キリヲから手渡されたプリンを手にはしゃぐアカネであった。
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ヤマベエイコには兄のような幼馴染がいるらしい。
有力な情報を得て一気に捜査が進展する……と行きたいところであったがそうは現実は都合よくできてはおらず。
捜査はまたしても頓挫してしまった。
考えてみればそんな幼馴染について知っているものがいれば男の影を探っていた時に話が出てくるだろう。
アカネが聞いていた話は相当なレア情報だったようだ。
彼女の母親なら当然その「お兄ちゃん」の存在を知っているだろうがそこへ聞きに行くのはやや躊躇われる。
仮にヤマベエイコが学園の友人と遊びに行くと家族に偽って会っていたのがその「お兄ちゃん」なのだとしたら……。
自分たちがそれを暴露してしまう事になるからだ。
次の週末が迫ってきている。
ヤマベエイコが姿を消してからそろそろ二週間だ。
ふと我に返ると冷たい沼に足首まで浸かっているかのような感覚に襲われるミレイ。
冷たく……そして不吉な予感。
彼女は生きているのだろうか……?
口に出すと不幸が現実になってしまいそうでミレイはその疑問を口にすることができない。
……………。
「『お兄ちゃん』……見つけてきましたえ」
セーラー服がまたおかしな事を……イヤおかしな事ではないか。
唐突にそんな事を言い出し、ミレイは食べていたサンドイッチを危うく喉に詰まらせかけた。
「……え?」
ポカンとしているミレイに対し、自分の肩をトントンと拳で叩いているキリヲ。
普段飄々としている彼女にしては珍しくお疲れのご様子だ。
「えらい難儀やったわぁ。中学の時のデータに潜ってもあかん、小学校のもあかんで……幼稚園まで遡ってようやっとそれらしい名前を見つけたん」
(こいつは……)
どれだけデータベース侵入を繰り返す気なのか。
最早ハッカーである。
昔、ヤマベエイコの通っていた幼稚園の先生同士の申し送りのデータの中にその記述があった。
彼女の両親が忙しいときに代わりに迎えにくる子がいる。
その男の子も小さいのにしっかりしている……と、そういった内容だ。
「……会いにいってみるとしまひょか、『お兄ちゃん』になぁ」
ふふっ、とキリヲがミレイを見て妖しく笑っている。
一瞬だけミレイの背筋にぞくっと寒気が走った。
もしかしたらその男がヤマベエイコに何らかの危害を加えて人前に姿を現すことができないようにしてしまった犯人である可能性がある。
だが自分はもうここまで首を突っ込んでしまった。
ここまできて最後だけは人任せにしたくない。
決意を込めた瞳で黙ったままはっきりと肯くミレイであった。




