失墜のプリンセス
キリヲによる熱心な説得? に折れて行方不明になっている同学年の女子生徒ヤマベエイコを探すことになったミレイ。
とはいえ彼女たちは学生であり、オマケにミレイは左足が不自由で登下校は送り迎えしてもらっている身である。
平日の放課後にできる事はあまりにも限られている。
その為、二人は平日は校内で簡単な聞き込みを行うに留め本格的な捜査は週末に行うことにした。
……………。
放課後の教室。
ミレイはここ数日、捜査のために迎えの時間を遅らせてもらっている。
「……あんまり真新しい情報はないわね」
自分の席に座っているミレイが嘆息する。
これまでの聞き込みでわかった事といえば事前に得ていた情報を裏付けるような話ばかりだ。
ヤマベエイコは気立てがよく穏やかな性格の女生徒であり誰とでも良好な人間関係を築いていた。
しかし休日を一緒に過ごすほど仲の良い友人はいない。
プライベートの彼女の姿を聞かれて答えられる者は誰もいなかった。
「なんや、けったいな感じがしはりますなぁ。こないに周りと円満にやっとって、けど誰にも自分のちょっと突っ込んだ部分には踏み込ませてないやなんて、そないな事ありえますのん?」
「そうね……」
キリヲが口にしたのはミレイも引っ掛かっていた疑問点である。
休日を誰かと過ごしたという話が一切ないヤマベエイコ。
誘われてもやんわりと断るのだそうだ。
外では問題なく演技をしているが実際は人嫌いの娘なのか? それとも家庭が厳しいのか……?
思い浮かんだ推論は何だかどれもピンとこない気がする。
「そないなわけで、明日はヤマベさんのお宅にお邪魔することにしますえ」
「またヘンな事言う……。行ってどうするというの?」
嘆息する仕草にもどこかお嬢様っぽい気品が漂うミレイ。
自分たちは同じ学校に通っているというだけのヤマベエイコとは赤の他人である。
いきなり彼女の家を訪ねたところで門前払いを食わされるだけだろう。
「うふふ、心配あらしまへん。あてらはヤマベエイコはんのお友達言うことになっとります。友人たちも心配しとるさかいお話お聞かせ願えまへんか言うたらすんなりOK貰えましたえ」
「貴女ね……。そんな本人が見つかったら一発でバレるウソをついて……」
相変わらずキリヲはアウトな手段でも遠慮なしに使う。
初めはそのブレーキ役を担いたいと思っていたミレイであったが、暴走が毎度事後報告なので口をはさむ余地がない。
「あんたはんと二人でお伺いしますー、言うてあるんで大丈夫どすえ」
何がどう大丈夫なのか。
巻き添えを食ってる身としては鉛を飲み込んだように重い気分になる。
……とはいえ、もう先方に話を通してしまっているのならすっぽかすこともできない。
大体が自分が逃げたらキリヲが一人で行くことになる。
それは絶対に阻止しなければいけない気がする。
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かくして、運命の週末はやってきた。
矢間部邸は高級住宅地の一角にあった。
平均的な一軒家に比べれば大きめではあるもののそこまでの大豪邸というわけではない。
小奇麗でモダンな家である。
訪問直前までは軽く耳鳴りがして足が震えるほど緊張していたミレイであったが、いざ屋内へ案内される段になると自分でも驚くくらいに落ち着きを取り戻した。
このいざとなると肝が据わるというのは彼女本来の強さだ。
「瑛子の為にわざわざありがとうね」
応対してくれたのはヤマベエイコの母親である。
上流階級らしく上品で穏やかな中年女性だ。
心労のためと思われるが大分やつれているように見える。
そんな彼女の姿を見てミレイは興味本位のような動機で事件に首を突っ込んでいる自分の姿を顧みて胸が痛んだ。
とはいえ後戻りはできない。
せめてヤマベエイコを見つけ出す手伝いをすることで償いとさせてもらおう。
友人の安否を気遣う様子をきちんと演じつつミレイは母親から話を聞き出す。
幸いにというか意外にというかキリヲはほとんど会話に加わってくることはなかった。
……………。
二時間ほど話し込んで二人の矢間部邸訪問は終了した。
応対してくれた母親に丁寧に礼を言って二人は外へ出る。
「……どういう事なの?」
杖を突いて矢間部邸から屋外に出たミレイ。
彼女は何やら酷く不可解な事態に遭遇したような難しい顔をしている。
「せやねぇ。歩きながら話しまひょか」
ミレイが座った車椅子を押すキリヲ。
二人がヤマベエイコの母親と話をして聞き出すことのできた新たな情報とは……。
「お休みの日はよくお友達と遊びに行っていた? ヤマベさんが?」
「お母はんはそないに思うとりはったようどすなぁ」
ヤマベエイコはちょくちょく休日に友人と遊びに行くと言って家を空けていたというのである。
母親はその友達をミレイたちの事だと勘違いしている様子なので二人は話を合わせてそのように振舞ったのだが……。
だがミレイたちはヤマベエイコが実際には学園の友人たちとは休日を共に過ごしていないことを知っている。
「他校の友達と遊んでいた……? でもお母様にはうちの学園の友達と遊んでいると言っていたみたいだし……」
「嘘つく理由も特に見当たりまへんなぁ。別の学校のお友達ならそう言うたらええだけちゃいますのん?」
……確かにキリヲのいう通りだ。
それでも他校の友人と遊んでいてそれを隠したい理由といえば……。
とんでもなく荒れた学校の子であるとか。
と言ってもそんなヤンキー校はこの周辺にはないが。
「これは……アカネはんの名推理が案外的を射とるんかもしれまへんえ?」
「名推理っていうか、彼女のあれは妄想と願望の混じった決めつけだと思うけど……」
苦笑しつつもミレイも同じことを考えていた。
年頃の娘が家族に噓をついて誰かと出かけている。
ではその誰かとは何者かとなった時にやはりちらつくのは男のイメージだ。
ヤマベエイコは家族にも内緒で誰かと付き合っていたのではないだろうか?
そこそこの頻度であったという休日の外出はデートだったのではないだろうか?
だとすれば……失踪は本当に駆け落ちか?
「学校の男子……ではないわよね?」
「少なくとも一緒に行方不明になっとる男の子はおらんようどすなぁ」
……それに、同じ学校の男子と交際していたとしてそこまで徹底してそれを隠すものだろうか。
周囲に一切の噂が立たないように人目のある場所では徹底的に接触を断っていたということになるが。
それは度が過ぎているような気もする。
嘘をついて隠さなければならない恋人……。
(本当に許されざる恋人っていうことなのかしら)
ほんの少しだけ鼻息が荒くなっているミレイ。
まさしくアカネの妄想の通りの展開になってきた気がする。
(……はっ! いけないいけない。ちょっとだけ興奮してしまったわ)
禁断の愛、みたいな言葉につい淡い憧れのようなものを抱いてしまう……そんなお年頃のミレイである。
「とりあえず行き詰るまではその方向で推理を進めるとして隠さなきゃいけない恋人って……どのような恋人だと思う?」
「せやねぇ。家庭のある人なんかはダメやおまへん? あてらみたいのんが相手やとしたら教師なんかもアウトやねえ」
……年上の相手か。それも社会人。
それは学生の身分の自分たちにとっては確かに許されざるパターンが多いだろう。
「……………」
ミレイにとってはそれは他人事ではない。
身につまされる話である。
自分の想い人も年上の社会人だからだ。
壬弥社ユカリ……。
彼女は数年前の一時期、数か月であるがミレイと同じ唐橋老人の屋敷で生活していたことがあるのだ。
当時ユカリは自らミレイの世話係を買って出てくれて甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いた。
皇国から来たばかりで心を閉ざしていたミレイ。それをユカリはでろんでろんのべろんべろんに甘やかした。
凍てついたミレイの心を丁寧にゆっくりと舐る様に解きほぐしまくったのである。
結果としてそれからずっとミレイはユカリに夢中だ。
彼女が屋敷を出て生活が別々になっても変わらない。
むしろ会えない時間が長くなったことで想いが募るばかりだ。
(私は多分もう生まれた国には二度と帰ることはできないだろうけど……)
ミレイの父は先代の将軍。皇国の実質的な支配者。
世が世ならミレイは皇姫だ。
だが父は生まれつき病弱でありミレイが十歳の時についに公務もままならないほどの状態になってしまった。
父は息子……ミレイの兄に将軍職を譲りたがったが当時兄はまだ十二歳。将軍職を継ぐには若すぎた。
その為父は自分の弟、ミレイにとっては叔父に将軍職を譲った。
兄が成人したら叔父は彼に将軍職を譲るという条件でだ。
叔父はそれを了承し新たな将軍となった。
そうして父は病没し叔父による幕府の統治が始まり……。
三年が過ぎ、兄が命を落とした。
その時の光景はいまだに時折悪夢となってミレイを苛んでいる。
ある晩餐会の夜のことだった。
毒を盛られた彼はミレイの目の前で血を吐いて苦しみながら息を引き取った。
ミレイも同じ毒を盛られたのだが幸いにして摂取量が少なく、生死の境は彷徨ったものの一命を取り留めることができた。
今の彼女の左足の麻痺はその時の後遺症だ。
毒殺の首謀者はある幕臣だとされたが、その男は捕らえられる前に自分も毒を飲んで命を落とした……らしい。
すべては伝聞。幕府の……将軍の、叔父の発表だ。
死なずには済んだ、と言えるのか。
何かあっても逃げることもできない身体。
そう遠からず自分も兄の後を追う事になるだろう、と。
左足同様に麻痺した心で当時はそんなことを考えていた気がする。
しかしそんな自分に転機が訪れる。
遠方、火倶楽で暮らす遠縁の唐橋老人がミレイを引き取ることになったのだ。
唐橋家は将軍家の分家の一つ。ソウシチロウ老人はそこのご隠居。
まったくの初対面というわけではないが、ほぼそう言って差し支えない程度の面識しかない老人。
誰のどのような思惑によりそうなったのか知る由もないが自分に否やはなかった。
こうしてミレイはそれまで名乗っていた将軍家の姓を取り上げられ、母方の姓を名乗って14歳の時に火倶楽へやってきた。
自分にとっては流刑地のような街だった。
すべてをなくして流れ着いた終焉の地。
しかし……この地に来たからこそ自分はユカリと出会うことができた。
運命を変える出会いだったと今も信じている。
(ユカリと一緒にいられるのなら火倶楽での暮らしも悪くはないわ)
できるなら将来はユカリの傍にいられる生活がしたい。
しかしそれを思うたびに感覚のないはずの左足に鈍い痛みのようなものを覚えるミレイであった。




