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放課後探偵団、結成

 前の週末に学園から一人の生徒が姿を消した。

 彼女は今をもって発見されてはいない。


 ……………。


 なるほど。


 ちょこちょこと耳に入ってくる「ヤマベさん」と「エイコちゃん」の二つのワード。

 矢間部(ヤマベ)瑛子(エイコ)、神隠しに遭ったという3組の少女の名前だ。

 ミレイが気にしていなかっただけで既にクラスでは結構な噂になっていたのだ。

 とはいえこのクラスでは件のヤマベさんとあまり親しくしていた生徒はいないようで噂話のトーンはそれほど深刻なものではない。

 中には不謹慎にも面白がっているような者もいる。

 失踪の原因については家出ではないかというのが概ね皆の一致した予想のようだ。

 そんな中、アカネは一人で駆け落ち説を熱く主張し続けていたが……。


 ……そして、放課後になった。

 帰っていく帰宅部や部活動に向かう者のはいなくなり教室にはだらだらと駄弁っている者だけが残っている。

 ミレイは一応外国語会話の部活に所属しているのだが幽霊部員である。

 そんな彼女が帰り支度をしていると……。


「……ほな矢間部さんを探しに行きまひょ」


「……………」


 セーラー服がおかしな事を言い出した。

 何言ってんの? という表情で彼女を見るミレイ。

 少し首をかしげてから不可解そうな表情のまま自分を指さすミレイ。

 私が? と。


「そうどす。あんたはんとあてで見つけるんどすえ」


「いや、知らない子なんだけど……」


 いつもの薄笑みで肯くキリヲ。

 困惑の度合いを深めるミレイ。

 探せと言われても言葉を交わしたこともない顔も知らない生徒である。


「せやねぇ。まずは前情報から。捜査の基本どすなぁ」


 ……違う。そうではない。

 情報をよこせと言っているのではない。

 何故自分がそのようなことをしなければならないのかと言いたいミレイ。

 しかしキリヲはお構いなしにミレイにスマホの画面を向けた。

 そこには学園の制服姿の女子生徒が二人並んで微笑んでいる画像が映し出されている。


「左の子どすえ」


 いわれて左側の子を見てみる。

 栗色のセミロングの髪の顔立ちの整った娘だ。

 年齢からするとやや大人びて見えるような気もする。


「お父はんは矢間部(ヤマベ)印刷(いんさつ)……ヤマベプリントの社長さんどす。羽振りよくやらはってるようやねぇ」


 ヤマベプリントはガイアード系企業の中ではそこそこの規模の会社だ。

 社長令嬢……ただこれはこの学園ではそこまでレアな肩書ではない。

 親は社長であるとかガイアード・エンタープライズ・カグラ社の幹部であるとか統治局の高官であるとか、そんなのがゴロゴロしている学園だ。

 しかしヤマベプリントの社長の娘となるとこの学園に通う子女たちの中でも相当上位に入る。


「クラスの誰とでも仲良くしてはって、関係の悪い子はおらんようやねぇ。せやけどお休みの日に一緒に遊びに行くような友達もおらへん。成績は常に上位3割内……運動はちょっと苦手」


「待って。何でそんなに詳しく知っているの?」


 キリヲの言葉を遮ったミレイ。

 おかしい……何故そんなに詳しく彼女はヤマベエイコの事を知っているのだ。

 彼女がヤマベエイコの失踪を知ったのは昨日のお昼休みのはずなのに。

 するとキリヲはくすりと妖しく笑ってミレイの耳に口を寄せた。


「こういう情報(モン)教師陣(センセがた)で共有されとるもんどすえ」


 キリヲの耳打ちにミレイが露骨に顔をしかめた。

 彼女は教師のPCに勝手にアクセスしてデータベースに侵入したのである。

 やっていることがほぼ……というか完全に犯罪だ。


「何をやってるのよ……」


「まぁまぁ、堪忍どすえ。あてはただヤマベさんが心配なだけなんどす」


 わざとらしくキリヲが袖を目元に当てて泣き真似をしている。


(貴女だって知らない子でしょうに……)


 疲れた顔のミレイ。

 何故キリヲは会ったこともない行方不明の生徒を探すことに拘っているのだろうか。


「探すったって、そんなの徒労に終わるのがわかりきってるわ。私は……足がこんななんだし。大体が警察だって探しているんでしょうし」


「せやから、あては探しまひょ言うとるんどす」


 その言葉にミレイが改めて黒いセーラー服の少女を見た。

 市松人形のように前髪を額で切りそろえた長髪の彼女……。

 笑っている。

 だけど目には冴えた光があって、視線はまっすぐに自分を射抜いている。


「あてはなぁ……ミレイはん」


 再度顔を寄せてくるキリヲ。

 吐息が掛かるほどに近く。


「あんたはんと二人で皆をあっと言わせてみたいんどすえ。その為には皆が無理だと思うとることをせなあきまへん。ヤマベエイコはんはお気の毒様やけど……今回の一件はおあつらえ向きどす」


 悪魔が……囁いている。

 ミレイはそう思った。

 人の欲望をくすぐって破滅させる悪魔の誘いだ。


「……あてらの為の舞台(ステージ)どすえ」


 胸の奥で燻っていたものが小さな炎になるのを感じる。

 心の奥底に閉じ込めて蓋をしておいたはずの叫びが浮かび上がってくる。


『私は哀れで悲しい()お姫様じゃない……!!』


 元来の自分は勝ち気で活発な気性だったはずだ。

 だけど火倶楽に来てからはずっとお行儀よくお利口さんにしている。

 大体がこの左足ではお転婆に振舞おうにも振舞えない。


 本当に……。

 もしも本当にこんな足の自分が警察でもどうにもできなかった事件を解決すれば。


『スッゴイじゃないですか~! ミレイさま!』


 ……ユカリも自分を褒めてくれるだろうか。

 喜んでくれるだろうか。


 ……どうせ上手くいきっこないけど。

 今回ばかりはこの奇妙な転校生の口車に乗ってみるのもいいかもしれない。

 鬱屈したものを吐き出すかのように特大のため息をつくミレイ。


「やれる範囲でね。そんな無茶はできないわ。皆に迷惑が掛かるし」


 肩をすくめながら言うミレイに満足げに頷くキリヲであった。


 ──────────────────────────────


 冷たい三日月が空の高い位置へと至る。

 ほとんどの照明が落ちた星辰館学園校舎。

 巨大な学舎はまるで時が止まってしまっているかのようにひっそりと静まり返っている。


 2年2組……ミレイのクラス。

 月明りだけが照らし出す教室に一人の女子生徒がいる。

 久遠寺キリヲ。

 黒いセーラー服の転校生。


 彼女は教卓に腰を下ろして静かに無人の教室を眺めている。

 口元には薄笑み、目には冷たい光。

 見た目は少女……しかしその実は悠久の時を生きる魔人。

 仄かに赤く光る瞳で彼女は現世を睥睨する。


「なァに考えてんだよオメーはよ~」


 不意に響いただみ声にキリヲが端正な顔立ちを僅かに歪ませ片眉を微かに上げた。

 ガチャッと音がしてベランダの戸が開いてスタジャン姿のショウセイが入ってくる。


「随分とまぁ、あの車椅子のお嬢ちゃんにご執心じゃねえか。どういうつもりだ~? 元黒騎士(オルドザイン)鬼の副長が突然慈愛の精神に目覚めちまったのかよ~」


「やかましいお人やなぁ」


 顔をしかめて嘆息するキリヲ。


「あてのやる事に口出しは無用どすえ。それがあてらのルールでっしゃろ?」


 冷たい視線を向けながら言うキリヲにショウセイは半笑いで大袈裟に肩をすくめる。


「口出しする気はねえよ~。純粋な好奇心だ。何なら手伝ってやったっていい~。今はヒマしてるからなぁ」


「遠慮させて頂きますえ。けったいな事になるに決まっとるやろ」


 にべもない。僅かにも迷うことなく突き付けられたNO。

 拒否されるのは予想していたのかショウセイは冷たい拒絶にもニヤリと笑うだけである。


「……あの子はなぁ、近々超人(オーバード)になるんどす」


「あぁ?」


 しかし続いたキリヲの言葉には呆気に取られて口を半開きにすることになったショウセイ。

 ……かと思うと彼は下を向いて喉を鳴らして笑い始める。


「……ククッ。ヘンなギャグ飛ばすんじゃねえよ~。一瞬反応に困っちまっただろうが」


「笑いたければどうぞお好きにしやし」


 意に介した風もなくキリヲは冷たくそっぽを向く。


「オイ~……本気なのかよ。成り上がりの法則なんて俺たちよりもずぅーっと頭のイイ学者先生どもが散々考えてもわかってねえんだぞ?」


 ショウセイの言う「成り上がり」とは超人(オーバード)ではない者が超人(オーバード)になる現象の事を指している。

 一般的には「覚醒」と呼ばれることが多い。

 超人(オーバード)には生まれつきそうである者と途中でそうなる者の二通りが存在しているのだ。

 一部例外はあるが通常、生まれついて超人(オーバード)である者の方が途中からそうなった者よりも優れた能力を持つという。


 ショウセイの言う通り人が何故、どのような条件で超人(オーバード)に覚醒するのかは昔から密かに研究が進められているが未だにそのメカニズムは解明されていないのが現状だ。


「ましてや、俺もオメーも生まれつき(天然モノ)超人(オーバード)だろうがよ~。途中で成り上がる奴の気持ちも状況も想像できねえだろ」


「せやし~、そう思うんやったらお好きにしやし言うとるんどすえ」


 キリヲには何か根拠があって言っているらしい。

 しかしその詳細を語る気はないようだ。


 三好ショウセイ……ハイドライド・エルドギーアと久遠寺キリヲは古い馴染だ。

 黒騎士(オルドザイン)になったのはハイドライドよりもキリヲの方が数十年先である。

 そこから二人は百年を超える付き合いだ。

 だが仲良しというわけではない。

 互いの強さに信頼はあるものの人格的には反発する部分が多い。

 同じ組織で、しかも上下関係があった時は表には出ていなかったそういう両者の関係の微妙な部分が自由な身となった今では前より顕在化している。


 ……そして別に二人とも特に相手との心の距離を詰めたいとは考えていないのである。

 お互いに自由にやるだけだ。


「まあいいさ~。そこまで言うんならお手並み拝見といくぜ」


 スタジャンのポケットに手を突っ込むと軽く肩をすくめてショウセイは入って来たベランダへと出ていき……そして姿を消した。

 この教室は二階だが、そんなものは超人(オーバード)である彼にとっては数cmの段差ほどの意味もない。


 口数の多い男が消えて教室には再び静寂が戻る。

 望んだ静けさの中でキリヲが窓から見えている三日月を見る。

 彼女はこの時間帯が好きだ。

 月を見ていると……血が疼く。


「……恋するって素敵な事やねぇ」


 夢見る様に呟くキリヲ。


「あてがあんたはんがたの恋路を取り持って差し上げますえ。楽しみにしやし、ユリアーゼ」


 言葉とは裏腹に口元に酷薄な笑みを浮かべる黒いセーラー服の転校生であった。

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