お昼休みのお喋り娘
営業中の『のすたるじあ』
開店作業のバタバタした時間が過ぎ去りようやくユカリたちにとって一息付いた時のことだ。
自動ドアが開き、誰かが入店してきた。
入ってきたのは光り輝く頭の若い男。
「いらっしゃいませ……あ」
笑顔が一転真顔になるユカリ。
……相手が買い物客ではない事がわかったからだ。
「何~? まだ何か用があるの?」
「……………」
仏頂面で入ってきたのはスキンヘッドの目つきの鋭い若い男……昨晩ユカリに挑んで呆気なくKOされた葛城ジンパチ。
早々に再挑戦か?
……そういう発想が出てくるような実力差ではなかったが。
昨晩、昏倒したジンパチの扱いに困ったユカリは店の裏に転がしておくことにしたのだ。
表に転がしたままでは通行人を驚かせてしまう。かといって店の中に入れてやるのはイヤだ。
通報したいが相手が超人など警察でも持て余すだろう。
そういうわけで店の裏である。
どうやら蘇ってきたらしいジンパチ。
彼はカウンターまでやってきてユカリの前に立ったものの、そこで何を発現するわけでもなく何だか難しい表情で黙ったままだ。
「……いや、その……」
ようやく口を開いたが出てくる言葉は何だか歯切れが悪い。
「負けたぜッッ……!!」
……かと思えば突然叫んで彼は床に両膝を突いて頭を下げた。
「うわっ、何なに?」
その挙動に驚きつつイヤな顔をしているユカリ。
「漢、カツラギ……喧嘩空手と揶揄される無銘流の門を叩いて十六年。これまで数多の猛者どもとやりあって時には負けることもあったが……アンタほどのツワモノにゃあこれまで出会ったことがねえ」
目を閉じて感じ入ったように口上を述べるジンパチ。
台本でもあるのかと思ってしまうような語り口である。
「こうなりゃあジタバタはしねえ。さあ姐さん……煮るなり焼くなりお好きになさっておくんなせえ!!」
「煮るのも焼くのも嫌だから裏に転がしといたんだけどな……」
ルクシエルから受け取ったコーヒーのマグカップを口に運びつつ冷めた口調で言うユカリ。
どうにも両者の熱量差が大きすぎる。
そこでユカリが「ん?」と何かを思いついたように斜め上を見た。
どうとでもしろというのであれば聞きたいことがある。
「じゃあね……教えてほしいんだけど。誰に言われてここに来たの?」
「おっと姐さん!! ……そいつぁ流石に言うわけにはいかねえ。渡世の義理ってやつだ」
ジンパチがまるで歌舞伎で見栄を切るかのように大仰に掌を見せて拒否する。
「……って言いてえとこなんスけど、実は俺も知らねえんスよ。師範に行けって言われてきただけなんで!」
「何だよも~……役に立たないなぁ」
あっけらかんと言い放つジンパチ。
肩透かしを食ったユカリは渋い顔だ。
……すると、それまで黙って話を聞いていたルクシエルが丸椅子から立ち上がった。
「調べれば多分出てくる。……『無毛流』でしょ?」
「無銘ね、ムメイ。無毛なのは俺だけだから、他は割と皆フサフサだから」
ジンパチの訂正を受けてスマホを操作しているルクシエル。
どうやらネットで検索しているようだ。
「ほら出てきた。『無銘流』武拳道……本部は聖王都。裏で糸を引いてるのは最高評議会でしょ。私が戻ってこないなら粛清するって事よね」
うんざりした様子のルクシエル。
聖王都とはウィンザリア聖王国の首都である。
「なるほど~」
「なんであなたが感心してんのよ」
何故だか話を聞いたジンパチが腕組みをしてうんうん肯いている。
そんな彼を半眼で見ているユカリ。
「いやおっしゃる通りうちの本部は聖王都なんスよ。誰の指示かってのはマジで俺は知らねえもんで」
ジンパチが照れ臭そうに毛のない後頭部を撫でている。
「うちの流派はねぇ、とにかく実戦こそが最高の師! 戦ってこいや! っつー主義でしてね。だからケンカ空手とか言われてるんスけど。だから強い奴と戦れそうだってんなら基本的にはどいつも喜んでホイホイ出かけていくんス」
傍迷惑な流派だな……と視線を交し合うユカリとルクシエルだ。
「俺は相手が超人じゃねえと出ていかねえんで今回は久々の出番だったんスよ。それがまさかこんなドえれえ強い姐さんが相手だとは……いや世の中は広えや、だっはっはっはっは」
何だか高笑いしているジンパチ。
そして顔を見合せたまま嘆息する二人なのであった。
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昇降口でミレイが奇妙で美しい転校生、久遠寺キリヲに助けてもらってから数日。
どういうわけかこの風変わりな転校生はミレイに興味を持ったらしく、その後も何かにつけ接触してくる。
初めの内はその事を少々煩わしいと思っていたミレイ。
しかし諦めと慣れが通り過ぎてみると最初に感じていたほどはキリヲとの交流は悪いものでもないとミレイの考えは少しずつ変わってきていた。
……………。
「貴女は変わり者だわ。私にわざわざ関わろうだなんて」
「そないな事はあらしまへん。あての他にもあんたはんと仲良うしたい子なんて大勢おるんちゃいますの?」
……それはどうだろうか。
キリヲの言葉にミレイは曖昧に苦笑する。
大体がミレイは元から孤高を気取る気もなかったのだ。
ただ自分と周囲、そのどちらもが互いに踏み込んでいくタイミングを掴めずにいただけだ。
このタイミングというものは一度逃してしまうと結構そのままズルズルいってしまう。
ミレイは初手でクラスの輪に溶け込む事ができず、現在までその状況を打破できていない。
……そこに少々強引に距離を詰めてきたのがセーラー服の転校生である。
ミレイはキリヲしかクラスに言葉を交わす相手はいない。
しかしキリヲは社交的な性格をしている。
初めはキリヲの事を自分と同じ「ぼっち」なのかと思って見ていたミレイ。
だがそれは誤りであった。
今ではミレイと話していない時でもキリヲの周囲には常にほかの生徒たちの姿があった。
それでもキリヲが優先して一緒にいようとするのがミレイなのだ。
必然的にキリヲの周囲のクラスメイトたちとミレイが言葉を話す機会も増え始め……。
半月が過ぎた今ではキリヲを介さなくてもミレイと日常会話ができる生徒が数名できていた。
(もしかして、キリヲさんは私とクラスメイトの関係を取り持とうとお節介を焼いているのでは……)
そう思わないでもないミレイであるが、ストレートにその疑問をぶつけてみてもきっと彼女ははぐらかすだろう。
だからこっそり感謝しておくに留める事にするミレイであった。
……………。
そんなある日の昼休み。
ミレイは中庭で昼食を取っていた。
ここのベンチは彼女のぼっち飯の指定席だったのだが、今の彼女は独りでは無い。
隣にはキリヲが座ってやはり同じように食事を取っている。
そして、目の前には……。
「そんでそんでね! 6組のノムラさん、付き合ったばっかの野球部のタカギ先輩ともう別れちゃったんだって!」
一人のクラスメイトが立って焼きそばパンを食べながら先程からマシンガントークを繰り広げている。
小柄で赤毛のお下げ髪。くりくりと丸い大きな瞳と鼻の上のそばかすがトレードマークな可愛らしい小動物のような生徒。
彼女の名前は九段坂茜。キリヲの仲介で最近ミレイと話をするようになった一人。
アカネはクラスの複数の仲良しグループを渡り歩いて毎日を過ごしている。
今日はそれがたまたまミレイたちの番というわけだ。
お話好きでゴシップ好き。
今日も彼女は噂話に花を咲かせる。
「おやまぁ、お似合いのお二人やったんにねぇ」
やや大げさに驚いているキリヲ。
……凄いな、とミレイは思った。
転校してきてまだそんなに経っていないというのに、ノムラさんとかタカギ先輩とか言われて誰の事なのかわかっているのか。
自分はどっちの顔もまったく思い浮かばないのに。
「何でもね、最初のデートでタカギ先輩がいきなり鞭を取り出して『それで俺をぶってくれ!』とか言い出したんだって! それでノムラさんがすっかり冷めちゃったみたいで!」
「趣向を曝け出すのがちょっと早すぎたわね……」
個人の趣向にどうこう言うつもりはないが少なくとも初デートで相手にやっていい挙動ではない気がするミレイであった。
微妙に食欲が落ちてサンドイッチを食べる速度が若干鈍化する。
とまあこのようにアカネは姦しい少女なのだ。
あまり積極的に会話を展開していくタイプではないミレイにとっては気負わずに接する事の出来るありがたい友人でもある。
時折妙にヘビーな話が出てくるところがちょっと気になる所ではあるが……。
「あっ、そうそう! 実はね! ナイショの話があってさ」
何かを思い出したらしいアカネ。
大袈裟に驚いたようなリアクションを取っている。
見ているだけでも飽きない少女だ。
そして彼女は思わせぶりな表情で二人に顔を寄せてきた。
「これはね……ここだけの話だからね」
これをあちこちのグループでやっているので結局全然「ここだけ」になっていないのだが、それも様式美だ。
さて今度はどこのクラスの誰と誰がくっついたのか破局したのか。
「3組のヤマベさんなんだけど……週末からお家に帰ってないんだって」
「……あらぁ」
ひそひそ話のトーンで言うアカネに思わず咄嗟に反応が出てこなかったミレイ。
そんな自分を代理するかのように声を出したキリヲ。
無断外泊。
良家の子女たる自分たちにはあまりにも縁のない言葉のはずだ。
「誰も何も聞いてないの?」
「うん。パパもママもお友達も何にも知らないみたい」
尋ねるミレイに肯くアカネ。
今日は週の真ん中。つまりその……やっぱり顔は思い浮かばないがヤノさんという生徒は五日前後帰宅していないという事になる。
アカネの話は続く。行方不明になったヤマベさんという女生徒について教師たちは体調不良による欠席だと説明しているようだ。
しかしヤマベさんと仲の良かった数名の生徒がこっそりと教師に呼び出され、何か事情を知っていないかと聞かれたらしい。
「私ね……ピンときたんだ。これはきっとカケオチよ、カケオチ! ヤマベさんには許されない恋の相手がいたのよきっと!」
アカネの語り口が熱を帯びていく。
何であろうと色恋に結びつけて考えるのは恋に恋するお年頃のアカネのいつもの思考だ。
「……………」
むしろ彼女の無責任な妄想の通りであればよいとミレイは思った。
それなら幾分か救いはある。
だがもしそうでないとしたら。
何かの事件にその女子生徒が巻き込まれているのだとしたら。
そう考えると俄かに胸中に暗雲が広がっていくような感じに襲われるミレイであった。




