星辰館学園の転校生
ウィンザリア聖王国……西方でも最大の宗教国家にして世界有数の軍事力を持つ強国だ。
聖王は象徴として君臨してはいるものの統治には直接関わる事は稀で実際にこの巨大国家を運営しているのは十数名からなる最高評議会員たちである。
現在、聖王城の一室にその最高評議会のメンバーたちが集まっている。
全員が金色で縁取りがされ美しい刺繍の施された純白のローブ姿。
中年から老人まで年齢には開きがあり背格好も顔立ちも違うというのに、どういうわけだか全員が似ているような気がする評議会員たち。
纏っている厳粛な空気が共通だからであろうか。
「……困ったことになった」
その内の一人、椅子に座りテーブルに両肘を突いて手を組んでいる長い髭の老人が重たい息を吐き出す。
「聖騎士とは単なる軍人ではない。聖王国の強さの……『武』の象徴であり我らや民草を護る盾でもある」
「その通りだ。抜けました、で済まされるものではない」
眉を顰めて言葉を交し合う口の周りを焦げ茶の髭で覆ったスキンヘッドの男とブロンドを品良く七三に撫で付けた男。
どちらも中年で最高評議会員としては若手の部類に入る。
「ましてやあの娘はハインツの……先代の聖騎士団長の娘だぞ。マイナスの影響はとてつもなく大きい」
「うむ。現役の聖騎士たちの大半はハインツに薫陶を受けた者たちだからな」
ハインツ・フォン・ヴェルデライヒ……先代の聖騎士団長。
利き腕を失いその地位を退いた男。
女性としては平均的な体躯のルクシエルと並べると誰も親子だとは思わない。
熊のような大男である。
「ハインツは何をしてる? 娘に国へ戻るように説得させろ!」
「その返事ならもう来ている……」
うんざりとした表情でスマホを取り出す一人の最高評議会員。
彼がスマホを操作すると録音されていた音声が再生される。
『……知るか!! ド阿呆が!! お前ら人の娘を勝手に鉄砲玉にしおって!! 覚えとけよ!!!』
響き渡る野太い怒声。
窓ガラスはビリビリと震え近くにいた者は顔を顰めたり仰け反ったりしている。
「この有様だ。相変わらず我らがコントロールできる男ではない」
「親娘揃って……」
スマホをしまって嘆息する評議会員に近くにいた別の評議会員が頭を抱えた。
「どうあっても戻るつもりはないというのであれば……」
白髭の評議会員の声のトーンが変わった。
「非常手段に訴える事も考えなくてはな」
部屋の気温が数度下がったように感じた。
眉を顰めたメンバーたちが視線を交し合う。
「そうは言っても駒があるまい。相手は聖騎士の若手のホープ。しかも伝説の黒騎士と組んでいる可能性が大だ」
「然り。こちらも聖騎士を出さねばなるまい。だが……標的がハインツの娘では引き受ける者はおらぬ」
首を横に振る数名のメンバー。
反応のない他の者たちも概ね否定的な空気だ。
「超人が黒騎士と聖騎士だけというわけではない」
髭のメンバーがゆっくりと席を立つ。
「金なり何なりで動かせる者を送りつければよい。聖王国にとって最も大事なものは何だ? 諸君」
一同を見回して白髭の評議会員が厳かに告げる。
「それは権威だ。権威こそが世の中を動かしていく。我らの権威を汚したものはどうあってもこの地上から消えてもらわねばならん」
「……いかにも」
全員が立ち上がりローブの下に持っていた美しい装飾の長剣を鞘から抜き放つ。
そして彼らは剣の胸の前に刃が真っ直ぐ天を指すように掲げ持った。
『我ら千年の栄光の為に』
全員が剣を高く持ち上げ低い声が唱和した。
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『私立星辰館学園』
煌神町に広い敷地を持つ高等学校。
ガイアードグループ直営の学校法人が運営するこの星辰館学園は火倶楽でも有数の名門校である。
制服はベージュのブレザータイプ。青と水色が斜めに格子模様を描くネクタイとリボンを男女それぞれ首元に結ぶ。
主に裕福な家庭の子女たちが通い偏差値も高い。
わが子がここへ通っているという事実は親にとってのわかりやすいステータスシンボルだ。
車椅子の令嬢、比良坂美玲はこの学園に通っている。
後見人である唐橋老人の屋敷から毎日家人に送られ車で校門までやってくる彼女。
介助の役割の者を学園内にも入れてよいと学園から許可を得ている。
だが彼女はそれは望まないと断っていた。
校門を潜ってしまえば彼女は独り。
……それは意地。彼女のプライドだ。
哀れみは受けたくない。
ただでさえ自分は校内で腫れ物のように扱われている。
詳しい事情までは知らなくても「ワケ有り」である事は知れ渡っているのだ。
(左足が満足に動かないというのであれば、それ以外の部位を補えるだけ動かせばいいのよ)
昇降口で車椅子を降りそこからは杖を突いて進む。
しかし、彼女の意地に身体はまだ満足に応える事はできなかった。
躓き大きく傾くミレイ。
……ダメだ。
倒れる。
彼女がそれを覚悟したその時……。
「うふふ、大丈夫どす?」
「あっ……」
しかしそれを誰かが優しくふわっと抱き留めた。
仄かに甘いいい香りのする誰か……。
黒に近い紺色の長い髪が靡いて視界に入る。
(転校生の……。名前は確か……)
たった一人、唯独り……この学校内で黒いセーラー服姿の女生徒。
先日転向してきたばかりの彼女は自分と同じく皇国からやって来たのだと言う。
「久遠寺さん……。ありがとう、助かったわ)
「いややわぁ、そないに他人行儀に。あての事は霧緒と呼んでおくれやし」
キリヲは口元に手を当ててころころと鈴が鳴るように笑っている。
当たり障りないようにそんな彼女に微笑を返しながら、内心で少し困っているミレイ。
親しげに名前呼びを要求されたが今日までまともに言葉を交わした事もない級友だ。
しかも自分にとって有り難くない事に彼女もまた自分とは違う理由で非常に校内では目立つ存在なのだ。
まずはなんといってもその制服。
一人だけ黒いセーラー服。
それからいつも持ち歩いているこれもまた黒い番傘。
これは担任教師が彼女は肌が弱いので傘を持ち歩いていると説明していた記憶がある。
そしてそんな異質な装束との相乗効果で猶更人目を引くのが彼女の美貌だ。
同性の自分でも思わず息を飲むほど容姿が整っている。
単に美しいというだけではない。
(蠱惑的っていうのか……。傾国の美女ってこういう人の事を言うのかしらね)
見る者を虜にするようなどこか危険な魔性の美しさを持つ少女であった。
ワケ有りの自分と妖しい魅力の転校生。
ゴシップの種をわざわざ提供するかのような組み合わせ。
とはいえ、ミレイは自分に親切にしてくれた相手に邪険な態度が取れるほど荒みきってはいない。
「さぁさ……行きまひょか。あてに掴まっておくれやし」
誰か他の生徒に同じ態度を取られたとしたら……。
多分ミレイはそこまではしてもらわなくてよいと、礼を言いつつも申し出は断っただろう。
だけど彼女はなんとなくキリヲに誘われるままに彼女の手を取っていた。
細くしなやかで、そして少しひんやりとしているその手は見た目から想像していたよりもずっと力強い。
確かにこの手に掴まっていれば安心だと、そんな気にさせられる。
これもまた彼女の妖しい美貌のなせる業なのか。
そんな事を考えつつ、キリヲに手を引かれ教室に向かうミレイであった。
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閉店作業中の『のすたるじあ』
店の外の掃き掃除をしているユカリ。
その男は唐突に闇の中から染み出してくるかのように姿を現した。
以前の丘ちゃんではないが……。
閉店時間に尋ねてくる客はどうにも厄介ごとの匂いをさせている事が多い。
箒と塵取りを手にユカリが目を細める。
スキンヘッドで目付きの悪く荒んだ感じがする若い男。
黒いレザーの上下に首元にはシルバーのネックレスが光っている。
細身だが引き締まった体躯。
心得のある者が見ればすぐにわかる……呼吸や所作がなんらかの武術を高いレベルで修めている者のそれである。
「葛城陣八だ」
いきなり名乗ってニヤリと不敵に笑ったジンパチ。
そんな彼を眉を顰めてうさんくさげにユカリが見ている。
「これでも無銘流の師範代よ。アンタにゃあ恨みはねえがこっちも断れねえスジから依頼を受けちまっててな」
(超人だなぁ。まあまあ場数も踏んでるみたい)
こちらが聞く前から勝手によく喋るジンパチの言葉を聞き流しつつユカリは観察している。
ついに超人が殴り込みに来るお店になってしまったか……と暗澹たる気分に浸りつつ。
「まぁ、そうは言ってもよ。穏便に済むんならそれも結構だ。お仲間や家族が心配してるぜ? 大人しく聖王国へ帰っちゃどうだ?」
(私をルクと勘違いしてるし……)
内心で嘆息するユカリであったが、同時にどうするか決めかねていたこの男の対応方法が決まった。
自分とルクシエルを引き離しにきたというのなら遠慮はいらない。
(何だかなぁ。私たちラブラブなんだから邪魔しないでよねー)
「……ん」
「あ?」
手にした塵取りでチョイチョイと招いているユカリに怪訝そうなジンパチ。
「来なさいってゆってんの。私を目の前にして勝てないって気付けてない時点でもうダメ。失格」
「……言うねぇ」
怒気を帯びたジンパチの声。
纏った闘気で彼の周囲の景色が揺らいで見える。
……考えていたよりかは強いか?
ユカリがジンパチの採点を上方修正する。
「ほざいたからにはガッカリさせんじゃねえぞぉッッ!!!」
怒号と共に放たれた拳打。
大気を……空間そのものを抉り取るかのような猛襲。
踏み込みからの一直線の拳。直突き、直拳……呼び名はいくつかある腕を真っすぐに伸ばして相手を打つ点の攻撃だ。
速い。それに恐らく威力も凄まじいだろう。
内心でさらにジンパチの点数を上げるユカリ。
(……でもまあ、どんだけ加点があっても赤点なのは一緒なんだけどね)
持っていたプラスチックの塵取りでジンパチの拳を受け流すユカリ。
「ウソだろ……!!??」
ジンパチの顔が引き攣る。
あんな薄くて脆いプラスチック製の塵取りを破壊しないでユカリは自分の渾身の打撃を横に受け流してしまった。
どれだけの速度と精度による神業なのか……。
ようやく彼は自分がとてつもなく巨大で暗く深い穴の縁に立っていたことに気付く。
「当たり前でしょ。塵取りったってうちの大事な備品なんですから」
言いながらユカリが箒を持っている方の右手の甲でカツンとジンパチの顎を横に払った。
スキンヘッドの男の眼球がぐりんと裏返る。
……そしてジンパチはその場に両膝を突いてまるで土下座をするかのように倒れて動かなくなった。
「……何かあった?」
物音が聞こえたのか店から顔を出して眉を顰めているルクシエル。
「なんでもな~い。ちょっと地元のヤンキーが出たから教育的指導をね」
そう言いながら振り返ってルクシエルにウインクを一つ飛ばすユカリであった。




