素晴らしきレトロソフビの世界
本日も古道具屋『のすたるじあ』に開店の時間がやってきた。
エプロン姿のユカリとルクシエルがシャッターを開けて表に陳列する商品を並べ、店外店内の清掃を行う。
これがこの店の朝のルーティーンである。
「おはよ~、市郎さん。今日もよろしくね」
箒を手にしたユカリが店頭の巨大な狸の置物に挨拶している。
これもまた朝のルーティーン。
巨大な狸は今日も店頭で変わらぬ煌神町の風景を見つめ続ける。
「イチロウさんは何でイチロウさんなわけ?」
ルクシエルは前からの疑問をユカリにぶつけてみた。
「何かイチロウさんってお顔してない? 私、市場で見つけた時にパッと頭に浮かんだんだ~。あ、イチロウさんがいるーって」
つまりフィーリングの問題であり、そんなしっかりした理由はないという事だ。
「イチロウさんはね~……このお店をオープンさせる時に看板になってもらおうと思ってお迎えしたのよ。開店時からずっとここに鎮座してらっしゃるの」
何故か得意げなユカリ。
市郎さんは開店以来の彼女の戦友という事か。
「でも売り物なんでしょ?」
「勿論。欲しいってお客さんがいればお譲りするわよ」
迷わず肯くユカリである。
例え苦楽を共にしてきた……かどうかは定かではないが戦友であろうと売り物は売り物。
そこは非情な商売の世界か……。
(と言ってもそう簡単には売れないだろうけど)
ルクシエルは思った。
何しろ市郎さんは中が空洞とはいえ2,5m近くあり重量は200kg前後になる。
移動させるのも並大抵の事ではない。
果たして市郎さんがこの店の店頭から旅立って行く日は来るのだろうか……。
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ルクシエル・ヴェルデライヒがユカリの店にやってきて一緒に暮らし始めてからそろそろ半年になる。
ユカリはルクシエルをレジ打ちと清掃さえできればいいと半ばマスコットのように猫可愛がりだ。
……ルクシエルはそれが気に入らない。
自分もこの『のすたるじあ』の立派なスタッフであると認めさせてやりたい。
……………。
「ルク? 何を読んでるの?」
ある日、休憩時間に丸椅子に腰を下ろして雑誌らしきものを広げているルクシエルにユカリが不思議そうに尋ねる。
「……雑誌」
ルクシエルは誌面から目は離さずにおざなりに返答する。
冷たくあしらっているという風でもなく、誌面に夢中で上の空のようだ。
足音を殺して背後に忍び寄るユカリ。
そして、うしろから彼女の読んでいる雑誌を覗き込む。
それはとあるホビー雑誌のレトロ系の玩具を特集した号であった。
半世紀以上前の玩具たちがカラー写真で誌面を賑わせている。
中でも特にルクシエルが熱心に見ているのはソフトビニール……いわゆるソフビ製の怪獣の人形たちのようだ。
テレビがまだ白黒からカラーに移り変わっていく過渡期に放映されていた子供向けの特撮ヒーロー番組。
その番組で主に悪役としてヒーローに倒されていった怪獣や怪人などなど。
それらは悪役らしい怖さやおどろおどろしい外見をしつつも、どこかまだそういった存在としてのデザインが洗練されきっていないコミカルさのようなのものも併せ持つ。
この時代の悪役だけが持つ独特の味だ。
熱心に雑誌を見ているルクシエル。
ユカリは微笑むと話しかけるのをやめて彼女の側からそっと離れた。
(順調にレトロトイの沼にハマっていってるわね~。いいことだ!)
ウンウンと密かに満足げに肯いているユカリであった。
……と、そんな出来事があった数日後のこと。
「御届け物で~す」
ラクーンドッグエクスプレス……たぬ急便の制服を着た若い男性が店に荷物を持って来た。
長辺30cm弱の長方形の小ぶりな段ボール箱である。
受取人の名前はルクシエルになっていた。
「ありがとう。お疲れ様です」
荷物を受け取ったルクシエルは早速店頭で梱包を解いている。
……心無しか嬉しそうだ。
ほんの僅かな表情の変化であったがユカリは最近ようやくその辺の読み取りができるようになってきた。
そもそもルクシエルはプラス方面の感情方面は希薄なのだ。
怒りや不快感は割とはっきり表情に出すのだが……。
そんな彼女がガサガサと緩衝材の中から取り出したものは……。
水色のボディの怪獣のソフビ人形だ。
恐竜に似たオーソドックスな形状の怪獣。
大きな後ろ足で立ち長い尾を持つ。
頭部はワニに似ていて口には牙が並んでいる。
中でもこの怪獣は頭に黒いツノ? それともコブのようなものだろうか……それが突き出していて目の上に黒い点があるのが特徴的だ。
ユカリはその怪獣に見た覚えはあるものの流石に名前や出自は出てこない。
「見てユカリ、公家怪獣ダイナゴンよ……!」
どこか得意げにソフビ人形を見せつけてくるルクシエル。
ああ、と声を出すユカリ。言われてみればそんな名前の怪獣だった気もする。
「よくわかってないみたいね。これはね、『スペクタクルマン』の第21話『ミヤビな侵略者』に出てきた怪獣でね。この烏帽子型の角とマロ眉が特徴で今でも根強いファンがいるのよ。多数商品化されてるんだけど、中でもこのタカヤマトイズ製のダイナゴンの中でもお腹の塗装が黄色いのは特にレアでプレミアが付いてるんだから」
「……………」
……語る語る。
ルクシエルとはここまで饒舌な娘であっただろうか?
圧倒されて思わず言葉を失ってしまっているユカリ。
「ちょっと高かったけど奮発して買ってよかったわ。見てよユカリ、このどっちを見ているのかわからない目! 何も考えてなさそうで実は凄く深い事を考えていそうな不思議な魅力があるわね。流石は公家をモチーフにした怪獣だわ」
ルクシエルの中の公家の人のイメージは何も考えてなさそうで実は凄く深い事を考えていそうな人という事になっているのだろうか?
ユカリとしては「おじゃる」と言いながら蹴鞠をしているイメージしかないのだが。
「オジャールっていう鳴き声がまた愛嬌があっていいのよね……」
「……?」
嬉しそうにソフビ怪獣を愛でているルクシエル。
ふと怪訝そうに眉を顰めるユカリ。
何故彼女はその怪獣の鳴き声まで知っているのだろうか? 半世紀前の番組なのに。
「DVDの全巻セットを買ったのよ。スペクタクルマンの」
「え~!!!」
これはまた全然予想もしていなかったことを言い出した。
気が付かない内にDVD全巻揃えていたとは。
ちなみにスペクタクルマンは全80話以上あり、それも決して安い買い物ではない。
ルクシエルはレトロトイの沼にハマったというよりかは昔の特撮番組のオタクになったのでは……?
「私にも見せてよ~! そういうのがあるんなら~!」
「見たいの? 見たいならいくらでも見せるわよ。自分の好きなものを強引に薦めてくるオタクはあんまりいいオタクじゃないって本にあったから黙ってただけ」
軽くOKを出して肩をすくめたルクシエル。
自分がもうオタクになっている自覚はあるらしい。
「ルクの好きなものは私も好きになりたいもん……」
「ふふ、まあ動機は何でもいいわ。退屈する事はないはずよ。スペクタクルマンは子供向け番組だと侮っていると大人が見たって唸らされるような意外と深いテーマやドラマがあるんだから」
……何故か得意げなルクシエルであった。
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昼下がりの公園。
ベンチに座った一人の背の高い中年男が雑誌を広げている。
野球帽をかぶってスタジアムジャンパーを着てジーンズにスニーカーという格好の男だ。
細面で薄い口髭を生やし妙にフレームが太い眼鏡を掛けている。
広げているのはゴシップ系の週刊誌だ。
今彼が見ているのは某有名清純派女優が泥酔して車を運転してスピード違反で捕まったと言うスキャンダル記事であった。
「……飲んだら運転しちゃダメだろうがよ~。人としてのジョーシキだろうがよ~そんなもんは~」
男はブツブツと呟いている。
付近で子供を遊ばせていた若いお母さんが不安げな表情で男を見ながら子供の手を引いて離れていった。
すると、誰かが傍らに立ち男が読んでいた雑誌をヒョイと取り上げた。
「あ~ん? 誰だ~人のコーショーな読書の時間を邪魔する奴はよ~……」
男がジロリと睨みつつ見上げる。
するとその何者かは男の帽子と眼鏡も素早く奪ってしまった。
「あ! テメー、正体がバレちまうだろうが」
「こないけったいな仮装で身を隠してるつもりなんどすか?」
素顔を晒されてしまったのはあの夜にビルから深手を負って落下していった男……元ガイアード・カグラの課長三好ショウセイだ。
そして彼から雑誌を取り上げたのは……。
「……げぇ」
ショウセイが思い切り表情を歪めた。
そこに立っていたのは黒いセーラー服の少女だ。
黒に近い藍色のストレートの長髪で色白の美少女。
外見年齢の割には何とも言えない妖艶な色気があり、左目の下に泣きぼくろがある。
そして今日はいい天気なのだが、少女は手に畳んだ黒い番傘を持っていた。
「キリヲぉ……」
引き攣り笑いを浮かべるショウセイ。
久遠寺キリヲ……かつて自分が黒騎士で同僚だった女。
最も、その見た目はあの頃とは随分変わってしまっているが。
「ええ御身分どすなぁ。集合すっぽかして」
口元は笑っているが目が笑っていないキリヲ。
「ビョーケツだよ病欠~。俺は大怪我してんだぜ~? 大目に見ろよなぁ~」
「お黙りやし。ピンピンしとるやんか。単なるおサボりやん」
さっき奪ったばかりの帽子をショウセイの頭にガボッと深く被せるキリヲ。
「あんたはんがそないにええかげんですと、同じトコの出ってだけであてまで白い目で見られるんどす。しゃっきりしてもらわなあきまへんえ」
「へ~へ~。おキビシーこって」
ぼやきながらショウセイがベンチから立ち上がる。
「ユリアーゼはお元気やったん?」
「お元気過ぎだろ~……アイツ俺の胸に穴開けやがったぜ~。昨日も寝返り打ったら痛くて目ぇ開いちまったよ~」
胸の辺りを手で擦って顔を顰めているショウセイ。
「そらまた……貴重な経験ができてよかったやんなぁ」
口元に手を当て上品にくすくすと笑うキリヲであった。




