表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
31/57

今日もお店は通常営業

『のすたるじあ』にいつもの日々が戻ってきた。


「あ~もういいよ! 他持ってくから! わざわざ来て損したよ!」


 ……今日もユカリは自分が査定に持ち込んだ品がお宝だと信じて疑わない客にキレられている。


「……ま、またのお越しを~」


 正しい価値を掲示した結果キレてしまって乱暴な足取りで退店していくおじさん。

 引き攣った笑みで見送るユカリ。

 お客様は神様……とそういうワケでもないのだろうがユカリは店内で客に対してキレた事は一度もない。

 丘ちゃんの件は店外だし既に客ではない状態だったのでノーカン。


 そんな彼女の後姿を店内を拭き掃除しながらルクシエルが見ている。


 ……それは不思議な光景であった。

 最強の黒騎士(オルドザイン)ハイドライドを倒した彼女が、全ての超人(オーバード)たちの中でも頂点に近い場所にいるはずの彼女が、あんな何の戦闘力も持たないおじさんにペコペコしている。


「いたた、いたたた……」


 不意にユカリが肩を押さえて顔をしかめる。

 ショウセイとの戦いで負った刀傷ではない。それはもうとっくに完治している。

 現在彼女を蝕んでいる苦痛は筋肉痛である。


「筋肉痛になるのなんて何年ぶり? いや十何年ぶりかな? ここんとこ運動不足だったからね~……」


 肩を自分で揉みほぐしながらユカリがぼやいている。

 ルクシエルからすると彼女の日々もそれなりハードに見えるのだが、その程度ではユカリにとっては運動した内には入らないのだろう。


「……あー、それにしてもハラ立つ! 何で私が罰金払わなくちゃいけないのよ!」


 あの死闘の夜から数日が過ぎたが、ガイアード・カグラ本社ビルの近くに停めてきた自分の車が戻ったら駐車違反を取られていた事にユカリはいまだにキレていた。

 自分が殺されかかった事は大して気にもしていない様子なのにそっちは本当にずっとキレている。


 …………。


 自動ドアが開いて誰かが入店してくる。

 黒ジャケットのスレて飄々とした雰囲気の中年男……周辺地域のならず者たちの顔役、樋口(ヒグチ)ナオヤだ。


「いらっしゃ……アレ? グッチーじゃない、どうしたの?」


 ナオヤを見てユカリが意外そうな顔をする。


「だからグッチーはやめなさいって……。生憎だけどよ、今日はお前さんに用じゃないんだ。そっちのお嬢さんの御用でな」


 ナオヤの視線の先にいるのはルクシエルだ。


「ルク……?」


「うん。私が仕事を頼んだ」


 肯くルクシエル。


 ……彼とコンタクトを取るのは簡単だった。

 所属する組の事務所に出向いて『のすたるじあ』のスタッフだと名乗ったルクシエル。

 ナオヤに連絡を取りたいとその場にいた若い衆に頼んだら後はトントン拍子。

 10分後には自分のスマホに彼からの連絡が入った。


「細かいトコはこれにまとめてある。大雑把な部分だけでも口頭で伝えとくか?」


 小脇に挟んでいた書類封筒を取り出すナオヤ。

 チラリとユカリの方を窺ったのは彼女のいるここで喋ってしまっていいか? という意味だろう。

 構わない、と肯いて応じるルクシエル。


「ガイアード・カグラの営業四課だが解体されたようだ。所属してた社員は他の部署に移ったり辞めたりしてるみたいだぜ。バラバラにな」


「……?」


 不思議そうな表情のユカリ。

 彼女はナオヤが何の話をしているのかピンと来ていない。


「……課長は?」


三好(ミヨシ)将征(ショウセイ)って男の名前はガイアード・カグラ社員のデータベースにゃもうないぜ。どうなってんのかまでは調べようが無かったが、少なくとももうガイアードカグラの社員ではないな」


 そこまで聞いてようやくユカリが「あ~」と納得顔になった。

 ガイアード・エンタープライズ・カグラ社営業四課課長三好ショウセイ……その正体は元黒騎士(オルドザイン)序列一位ハイドライド・エルドギーア。

 ルクシエルは彼がその後どうなったのかをナオヤに探らせていたのである。


「ありがとう。これはお礼」


 エプロンのポケットから封筒を取り出すルクシエル。

 封筒はそこそこの厚みがある。

 中身が紙幣だとすれば結構な金額が入っているはずだ。


「この程度、貸しで構わねえんだが……」


 言いながらもナオヤが封筒を受け取った。


「ま、俺らみたいのとあんまグズグズの付き合いにはならん方がいいわな。貰っておくとするぜ。……じゃあな、二人とも。商売(シノギ)に精出せよ」


 ひらひらと肩越しに手を振ってナオヤは店を出ていった。


 ……………。


「ルクはまだアイツの事気にしてんのね~」


 ルクシエルに出されたコーヒーのマグカップを受け取りながら言うユカリ。

 意外だ、みたいな。そんな口調と表情の彼女にルクが若干お疲れ気味の半眼になる。


「気にしてんのねって……。当たり前でしょ。あんな厄介な奴に目を付けられてるのはユカリなのよ? なんでそんな他人事なのよ」


「えー? だって、あんだけの傷であの高さから落ちてったのよ。流石に超人(オーバード)だって死んでるでしょ」


 肩をすくめて苦笑しているユカリだ。

 あっけらかんとしたものである。

 あれほど自分を死の淵の一歩手前まで追い込んだ宿敵の生死がハッキリしていないというのに……。


「……………」


 確かに彼女の言う通りだとも思う。

 あれで生きていたらそんなものはもう超人(オーバード)ですらない、本物の怪物だ。


「だけど、死んだっていう話もない……」


「そりゃまあ、報道はされないでしょ。本社ビルから課長が落ちて死にましたなんて醜聞、ガイアードが報道させるわけないしね~」


 それもユカリの言う通りだ。

 あの日の事は本社ビルで臨時の保安検査があり、その結果一部異常が発見されたので改修中であるとだけ新聞の隅っこに少しだけ載っていた。

 現在本社ビルには工事業者が入っている。

 ユカリとショウセイの戦いで破損した最上階の補修だろう。


 いずれも火倶楽に暮らす者たちにとっては無関係の些事とも言える出来事で……。

 そんな伝説級(レジェンドクラス)の二人の戦いがあった事など知らずに今日も街はいつも通りに時が流れていく。


 ────────────────────────────────────────


 うららかな日差しの昼下がり。

 ユカリの私室。


 この日は非番だからと言って蛇沼シズクが店に顔を出した。

 そんな彼女をユカリはちょっと話があるからと言って自分の部屋へと連れ込んだ。


 まさか昼の日中に()()()()もあるまいと素直に付いてきたシズク。

 しかし彼女は甘かった。

 自分が今捕食される側の存在である事を理解できてはいなかった。


 優しく……しかし有無を言わさぬ強引さでベッドに座らされたシズク。

 そしてユカリはそんな彼女にふわりと覆い被さるといきなり鎖骨の辺りにちろちろと舌を這わせた。


「……ちょ、ちょっと待って! ユカリ!」


 怒涛の展開で押し流されつつあるシズク。

 彼女は必死で裏返った声を上げる。

 思考にも視界にもピンク色の靄が掛かったようだ。

 動揺する彼女が涙目で必死に訴える。


「いやだったらそう言ってね~。私、無理やりはしないから」


 言いながらも手際よくシズクの服を脱がせていくユカリ。

 異様に手慣れている。


「い、いや……」


 その手が止まる。

 改めてユカリが優しい笑顔で真正面からシズクの目を見詰める。


(あぁ……)


 蜘蛛の巣に掛かった虫の心情を理解する。

 ……逆らえない。

 いや、逆らいたくない……。


「……じゃ、ない」


「うふふ、可愛いねシズク」


 シズクの顎を持ち上げ、そこへユカリが唇を寄せて……。

 二人の吐息が重なり合おうとしたその時。


 バーンと勢いよく部屋の扉が開いた。


「……ッッ!!!!」


 電撃に打たれたかのようにシズクがビクンと硬直する。


「チャーハンできたけど」


 部屋の入り口にはエプロン姿で無表情のルクシエルが仁王立ちしていた。

 これ以上ない絶対零度の視線を二人に向けながら。


「あ~……」


 ユカリが何かをごまかすように斜め上に視線を泳がせた。

 そんな彼女にスタスタとルクシエルが近付いていって……。


「真昼間から(サカ)るなッ!! このケダモノ!!!」


 ……スパァン!!!!


 ユカリの臀部に炸裂するミドルキック。

 並の人間であれば尻がダルマ落としの様に飛んでいってしまったかもしれない……そんな破壊力を秘めた蹴撃であった。


「いッッたぁい!!!!」


 飛び上がるユカリ。


「いたたた……。ルク、愛が痛いよぅ」


「うるさいッ! バカ! 性欲魔神!!」


 げしげしと追加の蹴りを入れつつルクシエルがユカリを部屋から追い出した。


 すると、慌てて服を着直したシズクがルクシエルに近付いてくる。


「……俺は」


 何やら少しだけ唇を噛んで涙目で睨んでくるシズク。


「譲らないからな」


「……………」


 絶望的な気分で天を仰ぎつつ嘆息するルクシエルであった。


 ─────────────────────────────────────


 夜になって……。

 食事を終えて二人が風呂も済ませた後。

 ルクシエルは居間で何となくバラエティー番組を見ていた。


「ふふふ……」


 そこへ何故か不敵な笑みを浮かべつつ入ってくるユカリ。

 彼女は風呂敷で覆った何かを手にしている。


「……?」


「じゃじゃ~ん」


 勿体ぶって効果音を口で言いつつ風呂敷を外したユカリ。

 そこには……不思議な金色のラインの模様の黒い花瓶があった。


「あ……」


 ルクシエルはそれが何であるのか即座に思い至った。

 ここへ来たばかりの頃、自分が不注意で割ってしまった玄之坊(ゲンノボウ)焼きの花瓶だ。

 すっかり元の通りに補修されている。外見のシルエットは……。


 しかしこの黒いボディに無数に引かれた金色のラインは?


「中々時間が取れなかったけどやっとお直しできたんだ~」


「え、でも……その金色の線は何?」


 これはね、とユカリが説明してくれる。

 それは「金継(きんつ)ぎ」と呼ばれている補修技術だ。

 接着剤などで器の割れや欠けを補修し、その跡を金粉などで装飾する。


「わざわざ直した所を目立たせるの?」


 修理とは普通、直した所は極力目立たせないようにするものではないのか? 理解が及ばず首を傾げるルクシエルだ。

 これはわざわざ繋ぎ合わせた部分を金色に塗装して目立たせてしまっている。


「こうする事で品物に前には無かった顔や味が出るの。……どう? 見ていると不思議な気分にならない?」


「……………」


 言われてまじまじと花瓶を見詰めてみる。


 漆黒の世界に引かれた黄金のライン。


 ……確かに。

 それはまるで夜空に掛かる光の橋のようで……。


「……うん。少しだけわかるかな」


 素直にルクシエルが肯くとユカリが嬉しそうに笑った。

 ユカリの愛している世界にほんの少しだけ近付けたかもしれない……ルクシエルがそんな事を思った夜の事。


 夜空には美しい大きな月。

 この様子では明日もきっと良い天気になるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ