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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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向かい風の中を

 最強の黒騎士(オルドザイン)ハイドライドの秘剣『地走リ』の一撃からユカリを救ったのはルクシエルの放った防御障壁の魔術であった。

 必殺のはずの一撃を阻まれ標的を仕留めそこなったショウセイ……しかし彼は何故か上機嫌に見える。


「イイねぇ~、実にイイじゃねえかよ~。愛の奇跡か……ドラマだよなぁ~! そういうのだよ俺が欲しかったのはよ~!」


 楽し気なショウセイ。

 祝い事の場であるかのように彼はパチパチと拍手をしている。


「……ご、ごめんっ、ユカリ……」


 パイプ椅子に座って俯いているルクシエル。

 彼女は荒い呼吸の中で必死に言葉を紡ぐ。


「次は……無理っ! 今のもマグレだから……! 私には……私にはこいつの攻撃が見えてない!!」


「……うん」


 ユカリが肯く。彼女のその献身と愛情に涙が出そうになるがそんな余裕は今の自分にはない。

 死と言う絶望の結論がほんの僅かに先延ばしになっただけで今の自分の状況は何も好転していないのだから。


「だってよぉ~。正しく一度きりの奇跡ってヤツだぁ~。……たった一度だけ、二度とはない事だからこそ尊いんだよな~こういうのはよ~」


「ッッ!!!!」


 今度こそユカリが大きく飛び退る。

 地走リの間合いは5m……それよりも遠くへ。

 ひとまずこれで地走リを浴びることはない……が。


「……ツマンネーやり方だなぁ、ユリアーゼ」


 上機嫌だったショウセイが一転して不満げに表情を歪ませた。


「確かにそこじゃ地走リは届かねえけどよ~。そこからじゃオメーにも俺に有効なダメージ入れられる技がねえだろうがよ~」


 きり、とユカリの奥歯が鳴った。

 この男の言う通りだ。

 ここからでは地走リを受けないという代わりに自分にも攻撃方法が無い。

 いや、まったくないわけではないが序列一位(ハイドライド)に通用するような技はない。


「チッ、しょうがねぇなぁ~……。少しの間だけ付き合ってやるからよぉ~。急いでどうにかする方法を考えろよな~」


 ゆらりと前に踏み出すショウセイ。

 構えが無い……地走リではない。

 あの秘剣には構えという予備動作がある。突然繰り出してくる技ではない。


 踏み込んでくる……最強の黒騎士(オルドザイン)が!!


 一瞬の剣戟。

 鋼と鋼の激突音が無数に重なり合って響き渡る。

 1秒間に何発の打ち合いがあったか……ユカリは七発までは数えていたがそこから先は現実の攻防が意識を超えたのでカウントできなかった。


「よし!! 悪くねえ!!! そこまでナマっちゃいねーようだな~ッッ!!!」


「……ひぃ~! 怖いよー!!」


 火花が散る。

 神速の攻防が続く。

 満足げに笑っているショウセイ。

 おどけた泣き言を口にしながらもユカリの目は真剣そのものだ。


 ……ショウセイが退いた。

 前傾姿勢、目の前に納刀した十六夜を……。


(……地走リッッッ!!!)


 全力で後方退避。


「ホラぁ~!! 逃げんなッッ!! 逃げてもどーにもなんねーだろうがよ~!!!」


 大地を舐める様に斬撃が……。

 退いたユカリの眼前ほんの数cmの所に弧月を描く。

 吐息の掛かるようなすぐ目の前を死が通過していく。


 元より下段の斬撃は地面と一体化して見極めが難しい。

 その上にこの神速。

 斬られてから攻撃があったことに初めて気付くと言われている所以である。


「無茶言わないでよ! 見えないんだってば!! それ!!!」


「なら死ぬしかねぇなぁ~ッッ!!!」


 ユカリの額から血が滴り落ちる。

 その背後の特殊ガラスの壁が砕け、そこから激しいビル風が吹き込んできた。

 当たってもいないのに衝撃波だけでこの破壊力だ。


(……風)


 暴風に髪を煽られながらユカリが目を細める。

 それを引鉄にしたのか、唐突に記憶の底から蘇ってくる情景があった。


 …………。


 まだユカリ(じぶん)黒騎士(オルドザイン)だった頃の事だ。


「……うぅぅ~、(いった)い!! ハラ立つ!!!」


 帝国の城のある一角で長椅子に座ったユカリは呻いていた。

 彼女は右手を前腕部に添木を当てて首から吊っている。

 鍛錬で折られたのだ。


 ハイドライドの地走リ。

 練習用の木刀で、鞘走りの加速が無いのに自分はまったくそれを視界に収めることができずにまともに食らった。


 骨折程度なら超人(オーバード)であるユカリは安静にしていれば数時間で回復する。

 とはいえ屈辱と自分の不甲斐なさへの怒りで彼女の内心はドロドロのグチャグチャである。


「……おやまぁ、こらまたこっ酷くやられてまいましたなぁ」


 ……涼やかな声が耳に届く。


 見上げればそこには黒い着物姿の女性が立っている。

 ややたれ気味でまつ毛の長い目。左の眼の下には泣きぼくろ。色白の細面で鼻筋の通った美女だ。

 黒に近い紺色の髪を後頭部で紫色の布で縛ってまとめている。

 黒騎士ではあるが鎧姿は見たことがない。

 黒い着物の袖と裾には鮮やかな赤い彼岸花が意匠されている。


「……キリヲぉ」


「ええお日和どすなぁ、ユリアーゼ」


 紅を引いた口元に艶やかな笑みを浮かべるキリヲ……久遠寺(クオンジ)霧緒(キリヲ)

 序列二位、黒騎士(オルドザイン)の副長だ。


 キリヲが上品な所作でユカリの隣に腰を下ろす。

 ……そういえば彼女の下駄の音に気付かなかった。

 いつの間に傍に寄られていたのやら。


「何度ボコボコにされてもまた挑みはるんやねぇ」


「そりゃ~まあ、私も剣を持つ者の端くれですからね~。悔しいじゃない。やられっぱなしって」


 口を尖らせて言うユカリに微笑んでキリヲが相槌を打つ。


「別に世界最強になりたいとかじゃないのにね。だっていうのに、なんかムキになっちゃう」


「……あんたはんはほんに可愛(かい)らしいお人どすなぁ」


 袖で口元を隠してふふっと笑ったキリヲ。

 そして、彼女はゆっくりと立ち上がるとユカリの肩を優しく叩いた。


「向かい風の中をお行きやし」


 そんな一言を残して……。


 キリヲが去っていく。

 不思議そうに彼女を見送るユカリ。


 からん、ころん、と彼女の軽快な下駄の音が遠ざかっていく。


 ……………。


 向かい風の中を行け。


 ……何故今になって急にそんな事を思い出すのだろう。

 あれはあえて辛い道のりを歩めだとかそういうメンタル的な話で精神修養の事だと思っていたのだが。


(向かい風……もしかして……)


 向かって行けという意味なのか。

 あの地走リに……致死の斬撃に。

 だがそんな事をすれば。

 距離を取っても回避ができないのに間合いを詰めたりすれば。

 両断されるだけではないのか……。


「まあ、どっちにしたってこのままじゃやられるだけだしね……」


「インターバルはもう十分だろ~? そろそろいくぜ~」


 三度(みたび)の構え。


 ……地走リが来る。


 二人の戦いを見守るルクシエルは過呼吸寸前であった。

 見ているだけで緊張感で意識を失いそうだ。


「まだなんか残ってるってんなら、そいつを絞り出してみやがれよ~ッッ!!!」


「あ~もぅ、おっかないなぁ……!」


 ボヤきながら……。


 ユカリは前へと踏み出す。

 繰り出される必殺剣に向かって進む。


(……あ)


 見えた。

 いやそれは見えたといってもいいものなのか。


 下段から来るその斬撃の……ほんの端っこを。

 どうにか視界の端に収めることができた。


(見えたけどやっぱかわせないーっ!!!)


 同時に改めてこの斬撃が不可避のものである事を悟るユカリ。

 彼女は前に出ながら体を傾けてどうにか致命傷だけは避けようと試みる。

 凌げば終わりではないのだ。

 勝たなければならないのだから……!!


 地走リがユカリの左の肩を切り裂いていく。

 傷から噴き出る真っ赤な飛沫の中をさらに踏み込む。

 そして彼女が交差しながら放った突きが……鋭い剣の切っ先が。


 ショウセイの胸板を貫き通し、その背へと抜けた。


 そして静寂。

 二人とも攻撃を放ち終えた姿勢で固まっている。


「……ふーっ」


 後ろに下がったショウセイ。

 その胸にはユカリが持っていた剣が突き刺さったままだ。

 もう彼女はその剣の柄を握っているだけの体力も残っていない。

 すべてを振り絞った一撃であった。


「ちったぁ見られるように……なった……な……ぐフッッ!!!」


 大量の血を吐くショウセイ。

 ボタボタと床に大きな赤い雫をこぼしつつ彼が後ろに下がっていく。


「どう足掻いても、勝てねーはずの……格上に……ギリギリの土壇場で大逆転……勝利、かぁ。ドラ……ドラマじゃねえかよ~。こういうのだよ……俺が求めてたものはよ~……」


 再び咳き込んだショウセイ。

 彼の足元にぼたぼたと鮮血が滴る。


「クソッ!! イッテーなぁ……クシザシにされるってのはこんなに痛えのかよ~。経験ねーからよぉ……知らなかった……ぜ……」


 よろめきながら後ずさり彼は壁際まで下がった。

 先ほどの壊れた個所だ。

 強い風が吹き込みショウセイの髪を乱す。


「……ククッ」


 顔を上げたショウセイ。

 血だらけの口元で彼は笑っていた。


「楽しかった……なぁ、ユカリぃ」


 感慨深げに男は言葉を紡ぐ。


「……また……遊ぼうぜぇ~」


「まっぴらごめんだっての……」


 座り込んでいるユカリが心底疲れ果てた表情と声で答える。

 血を吐きながらショウセイは再度笑った。


 ……ゆっくりと彼がこちらを向いたまま後ろに倒れていく。

 ガラス壁の亀裂の向こう側、何もない虚空へと。


「……連れねーコト言うんじゃねぇよ~」


 最後に放ったその言葉は激しい風に吹き散らされ……彼は闇の中へと落ちて消えていった。


 ……………。


 ビルの最上階から落下していった宿敵を座り込んだユカリが表情もなく見送る。

 ……何も感慨はない。思い浮かばない。

 まだ思考も感情も麻痺したままだ。


「……ルク」


 ようやくユカリの頭蓋の内が正常に回転を始めた時、初めに思ったのはやはり最愛の少女のことであった。


 立ち上がってふらふらと歩いていく。

 拘束されているルクシエルに向かって。


「見たぁ~? 見ててくれた? 今の。……私もうヒっドい目に遭ったよ~」


「うん。……うん」


 情けない声と情けない顔で苦笑しているユカリ。

 肯くルクシエル。そんな彼女の頬を涙の雫が伝って落ちる。


「ユカリが死ななくて……よかった」


「ホントにね~。今回ばっかりは本気でダメだと思っちゃったよ」


 ルクシエルを拘束している機械式の枷のキーは折り畳み式テーブルのPCの横に置いてあった。

 それを使って彼女を開放するユカリ。


「あれ……」


 そこで彼女はぺたんと床に座り込んでしまう。


「なんか、立てないや」


 えへへ、と困り顔で笑うユカリ。

 気が抜けたのか身体に限界が来たようだ。


 肩の深手を布で縛ってとりあえずの応急手当とする。

 疲労困憊のためかユカリの傷の再生スピードが遅い。

 そんな彼女をルクシエルが背負った。


「あ~……幸せぇ。ルクいい匂い~」


 うなじの辺りに顔を突っ込んでユカリがスーハー呼吸を始める。


「ちょ! バカっ!! 汗かいてるんだから嗅ぐな!! ブン殴るわよ!!」


「ブン殴られたい~、そういうのも好きぃ」


 怒るルクシエルだったが……。

 めげない背中のダメ人間。


「……くっ、コイツ……無敵なの……!!」


 ぐったりしたルクシエルが呻くように言う。


 そうして……やいのやいのと言い合いながら二人は屋上を後にするのであった。

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