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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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黒騎士、辞めます

 もう、随分と……むか~しむかしのお話。


 この世のどこかか、はたまたこの世ではないどこかなのか。

 鮮やかな赤い空の下。

 太陽は無く頭上には薄ぼんやりと光る赤い雲のようなものがどこまでも棚引いている。

 幻想的で神々しくもどこか禍々しさも感じる空間だ。


 灰色の荒涼とした荒地に一箇所だけ白っぽい場所がある。

 大海原にポツンと浮いた無人島のようだ。

 半ば朽ちかけた石造りの神殿のような建物……いや、その残骸であろうか。

 屋根もなく空が直に見えている。

 円柱は何本かが折れて倒れてしまっており、未だに立っているものもヒビが入ったり表面が大きく欠けていたりと損傷が激しい。

 きっと在りし日の姿はさぞや荘厳な神殿だったのだろう。


 そんな廃墟のような石舞台に一組の男女がいる。


「……抜ける?」


 低い声だ。とんでもなく威圧感があるが地の声と普段の喋り方からして彼はそんな感じなのだ。

 威圧感があるのは声と喋り方だけではない。

 長身で鍛え上げられた肉体のその男。

 見た感じ年齢は三十前後といった所か……しかし纏う空気の重厚さは年配の貫禄もあってよくわからない。

 細面だが精悍な顔立ち。眼光は鋭く厳つい。

 銀色の蓬髪を背の中ほどまで伸ばしている。


 装束は黒衣。

 装甲部分は右肩や胸部、腰の一部だけで道着のようなものを身に纏っている。

 腰にはカタナと呼ばれるやや刃の反った長剣を帯びていた。


 ハイドライド・エルドギーア……この男の名前だ。

 かつてユカリが所属していたある精鋭戦士集団の序列一位でリーダー格の彼。

 硬質で鋭利で緊張感の伴う静けさを身に纏う、武人とはどういった存在であるかを全身で体現しているような人物であった。


「今までお世話になったわね。ハイドライド」


 柔らかく笑うユカリ。

 彼女は濃い紫色で縁取りをされている漆黒の鎧で全身を固めている。

 バリバリの現役の軍属であった頃も今とさほど雰囲気は変わらない。

 ふわっと柔らかい雰囲気……そう考えるとユカリとハイドライドは真逆の空気を持っているとも言える。

 しかし二人は仲が悪いとか、別にそういう事はなかった。


「……聞いていないが」


「だから今言ってるんでしょ。お別れのご挨拶」


 始めからここを終の棲家にする気はなかったユカリ。

 しかし自分で今口にしたように今まで彼女は誰にもその話はしたことがない。


 あっけらかんと言う黒髪に赤メッシュの女を眼光鋭くハイドライドが見る。

 鬼神とも呼ばれる男の威圧。

 その額にありもしない角を幻視する者もいるだろう。

 だけどユカリは涼しい顔をしている。


「何が気に入らん」


「何も気に入らなくないわよ。むしろ、理想的な職場だった。私は戦うのもキライじゃなかったし……。お給料も凄く良かったし」


 ユカリはどこか遠くを見るように視線を斜め上に向ける。

 その彼女の様子を見てハイドライドは既に彼女の心がここではないどこかにあるのだという事を悟る。


 もう、目の前の女は()()()()を見ているのだと。


「私のやりたい事は別にあるのよ。辞めるのはそれに必要なお金が貯まったから」


 少しの時間沈黙する両者。

 やがてハイドライドがフーッと長めの息を吐く。

 若干の失望を含んだ吐息であった。


「道理で上位階(うえ)に上がってこないわけだ」


「上がりすぎると辞めにくくなるからね」


 ハイドライドの言葉をすんなり認めるユカリ。

 彼女の現在の序列は六位である。


「何をするつもりだ。話せ。十年二十年の付き合いではない……それを聞く権利くらいはあるだろう」


「別にいいけど。……私ね、古道具屋さんになりたいのよ。資金はできたからどこかの街に自分の店を出すつもりなんだ」


 虚を突かれたらしくハイドライドは怪訝そうな表情になり言葉に詰まる。

 彼にしては酷く珍しい反応であった。


「帝国の黒騎士を辞めて……ガラクタを売って暮らすつもりか」


 ユカリの眉が揺れる。


「はーいちょっとストップ。私がこれから商うって言っている物を腐すんなら、それは私の人格の否定で攻撃よ。そこんトコよぉッッく理解して発言してね?」


 口の端を上げたユカリ。

 笑みだが……目は笑っていない。


「悪かった。訂正する」


 謝罪するハイドライド。

 それを受け入れるという意味でか、肯くユカリ。


 そして……。


 カシャン、と金属音をさせてハイドライドが一歩前へ出た。

 ユカリとの距離を詰めた。

 周囲の気温がそれで数度下がったように感じる。


「引き留めるのは難しいと判断して言うが」


 彼は意味ありげに腰に帯びた刀の柄に手を置く。


「俺が素直にお前を送り出すと思っているのか?」


「思っていないわよ」


 薄く笑うユカリ。

 しかし、やはり目は笑っていない。


「そうなったらあなたを殺さなきゃいけないし、その方法はいくつか考えてきてる」


「……興味深い」


 遂に……最強の黒騎士が抜刀する。

 白刃が外気に晒され冷たい輝きを放った。


 ぶるっ、とユカリが震えた。

 恐怖でも緊張感からでもない。

 ハイドライドの刀の刃……刀身を見たからである。


「くっ……はぁ~ッッ、たまらないわね! 六代目蓮耶(レンヤ)の銘刀『十六夜(いざよい)』!! なんて美しい刃紋なの……!! ねえ、その刀、あなたを殺せたら私が貰っていくけど文句ないわよね?」


「……………………」


 相手を油断させる為の演技……ではない。これは素だ。

 こういう女だ、ミヤノモリ・ユカリ。


 殺すぞと威嚇されている自分よりも格上の戦士に対して……目がハートマークになっているし、ヨダレ垂らしそうになって手の甲で拭っているし。


 顔を顰めるハイドライド。

 意識が完全に自分の持つ刀にいっているユカリ。

 今、斬れば恐らく呆気なく殺せる。

 だというのにどうしてかそれができない。

 相手があまりにも無防備過ぎるからだろうか。

 気が散るというか……毒気を抜かれる。


 ……気は削がれた。

 嘆息してハイドライドは納刀する。


「……あれ、やんないの?」


「その気は失せた。俺の気が変わらない内に行け」


 くるりとユカリに背を向けるハイドライド。

 ……流石は帝国最強の剣士。その背に奇襲を仕掛けても勝てる気がまったくしない。


「いつかお前の店が繁盛するなら…………湯呑みくらいは買いにいってやる」


「え~? あなたに私の扱う品物の良さがわかるのかしらね」


 ユカリがくすくすと屈託無く笑う。

 それ以上二人に会話は無く、ユカリもまた彼に背を向け反対の方向へと歩き始めるのだった。


 ………………………………。


 ……………………。


 …………。


「……ふがッ!」


 ガクン、と顎がそれを乗せていた掌から滑り落ちて驚いて目を覚ましたユカリ。

 カウンターに肘を突いて彼女は居眠りをしていたのだ。


「アカン。ヒマ過ぎて寝ちゃってたわ……」


 くあ、と大きな欠伸をして彼女は立ち上がり伸びをする。


「あ~あ、懐かしい夢見ちゃった。ハイドライドか……元気にしてるかしら? もうとっくに引退してるかな? 私が抜けてからも随分時間が流れたしね」


 ……思えば、自分は幸運だ。

 あそこで死んでいたとしても別に不思議ではなかった。

 ハイドライドの仏心か気紛れか……それがなければ高確率でそうなっていた事だろう。


 黒騎士は強さの順で序列が決まっていた。

 自分は六位の時に退団したのだが、ハッキリ言って周りを見回してみても自分よりも強いなと思った者はほとんどいなかった。

 ……ただ序列一位と二位の二人だけは別。

 人を超えた者たちの中で、更にその超人たちを持ってしても遠く及ばないホンモノの怪物。


 まあ、あくまでも自分の在籍時の話だ。

 その後彼らの腕も衰えているかもしれないし、下から当時の彼らに匹敵する実力を身に付けて上がってきた者もいるかもしれない。

 いずれにせよもう自分とはまったく無関係……とまでは言わないが遠くなってしまった世界の話である。


「よおーし。物思いに耽ってないでやれる事やっちゃおう」


 スマホを取り出すと何処かへ連絡を入れるユカリ。


『ハイよぉ、こちらいつもニコニコ現金払いのペロペロ町宇宙ロケット発射実験場ですよ』


「バカな事言ってないでちゃんとお仕事しなさいよ」


 スマホの向こう側からのとぼけた男の声にユカリが白けた半眼になる。


 この通話の相手はニックという男だ。

 この火倶楽シティで商工ギルドの職員をしている。

 ユカリもギルドのメンバーだ。

 というより、ギルドはこの街を実質的に支配しているある企業の下部組織なので所属しない事には商売ができないのである。


『どうした? 遂に経営に行き詰ったのか? 融資の相談ならそっちに回すぜ』


「お生憎様。その逆よ。儲かって儲かって仕方がないから人を増やすことにしたの。募集をお願い」


 ふんっ、と不敵に鼻息を荒くするユカリであったが……儲かっていると言うのは嘘であった。

 店を閉める事を考えなければならないほど苦しいわけでもないが、笑えるほど儲かっているわけでもない。


 向こうも本気で言っているわけではないしユカリもそれに合わせて軽口を叩いているだけだ。

 ニックとはその程度の気安さはある間柄である。


『へぇ~、あんたんトコがねえ? ま、めでたいこった。募集はバイトでいいのか? 条件は?』


「未経験者優遇。時給は1500から。女の子限定ね……そこが一番大事だから! 私が見ただけで鼻血を噴き出すくらいの子でお願い」


 段々声量が上がってきて早口になってくるユカリ。

 話しながら彼女は可愛らしい美少女スタッフに自分が手取り足取り仕事を教えているシーンを妄想している。


「住み込みだっていいわ。何ならお風呂も一緒に……!!」


『来るワケねえだろ!! そんな募集で!!!』


 ……そして遂にニックがキレた。


「夢見るくらいいいじゃんかよ~」


『そいつぁ夜にお布団の中だけにしとけよ。垂れ流すな。シロウトさんがビビるだろうが』


 疲れたようなため息が混じるニックの声。


『……あんま差し出がましいことを言いたかないんだがよ。人を使おうってんなら、もうちょい穏便に生きていけよな』


「何よそれ。私がバイオレンスな生き方してるみたいに聞こえるじゃない」


 不満げに口を尖らせたユカリ。

 自分としては上手く周囲と折り合いをつけて社会に溶け込んでいるつもりの彼女であるが……。


強化人間(ヴァンク)素手(ステゴロ)でぶっちめただろうが。……オマケに後始末にヤクザもん使いやがって。全部こっちにゃ情報が入ってんだよ。どこを切り取っても立派な裏社会の住人だぞ、あんた』


 うっ、とユカリが詰まる。

 まったくこれっぽっちも言い訳ができない。

 平穏に穏便に社会に溶け込んでいる者は強化人間相手に喧嘩騒ぎは起こさないし、ましてそれを素手で打ち倒すことはないし、後始末に反社組織が出張ってくることもないのである。


「……き、気を付けます」


 項垂れてそう言うしかないユカリさんであった。


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