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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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一度きりの奇跡

 犬用のジャーキーを食べてさっきまで絶望的な表情で天を仰いでいたショウセイ。


「……おっと、ワンコのおやつ食って凹んでる場合じゃねえんだよ」


 折り畳み式のテーブルの上にクーラーボックスから取り出した缶ビールを並べる。

 つまみは……紙皿の上に開けた柿の種だ。


「こんなもんでいいんだよなぁ~。ゴキゲンな晩酌だ~」


 ビーチチェアーに寝そべる営業四課課長。

 そして彼は取り出したノートPCを開き電源を入れる。

 画面に映し出されたのはカメラの映像である。


「さぁ~って、そろそろメインイベントのお時間かぁ?」


 そこに映し出されたものは……。

 階段の下で膝を抱えるような姿勢で血の海の中で横倒しになっている一人の男の姿であった。


「…………お?」


 呆気にとられるショウセイ。

 同じ画面は斜め後方に座っているルクシエルからも見えている。


(……ユカリっ!)


 瞳の奥に熱を感じ、涙が零れそうになるのを必死に我慢する。


 ……ずっと不安だった。あの男にユカリが殺されてしまうのではないかと。

 自分の身に危害が加えられるかもしれないという事よりもそれを恐れた。

 あの男……リゼルグは桁外れに強かったし彼の序列はユカリの現役時代よりも上位だったから。

 だがそんな心配は杞憂だった。


 ユカリはもう画面に映っていない。その場にいない。

 ここへ向かってきているという事だ。


「……負けてんじゃねえか」


 呆然となっているショウセイが呟く。


「もうやられちまってんじゃねえかよ、オイィッ! 肝心なシーンを俺がまったく見てねぇってのによぉッ!! 殺されちまってんじゃねえかよ~!!」


 ショウセイが乱暴に頭を掻きむしっている。


「そんなんアリかよ~オイ~。クッソ、録画にしとくんだったぜ~。……あいつじゃユリアーゼには勝てねえのはわかってたがよ~。こんな早くやられるとはなぁ~」


 ……今、この男はなんと言った?


 思わず驚いてショウセイを見るルクシエル。

 勝てないのはわかっていた……そう言ったように聞こえた。


「オメェも本当にエンタメってもんがわかってねえよな~……ユリアーゼぇ」


 億劫そうに振り返ったショウセイ。

 その視線の先に……。


「え、何? 誰? ナンパ!?」


 ちょうど階段を上って最上階に姿を見せたユカリがいた。

 見知らぬガラの悪い中年男にいきなり馴れ馴れしく昔の名を呼ばれた彼女は顔を引き攣らせて戸惑っている。

 それから彼女は座らされているルクシエルに気が付いて目を輝かせて、それから安堵の長めの息を吐いた。


「ナンパじゃねえよ~……これだから少しばかりツラのいい女ってのは始末に悪ぃな」


 顔をしかめるショウセイ。

 そんな彼を改めてユカリが目を細めてまじまじと眺める。

 ……やはり知らない男だ。

 こんな胡散臭くてガラの悪い中年男に知り合いはいない。


 いや、本当にそうだろうか?

 喋り方にはまったく覚えはないが声はどこかで聞いた事があるような気がする。


 あの黒髪を……銀髪にして。

 全体的にシルエットを一回り大きくしてがっしりとした体格にして。

 胡散臭い薄い口髭を落として顔付きや表情をもっと厳つくしたら……。


 まさか……。

 いや、そんなはずが。


「……ハイドライド?」


 それは……無敵の黒騎士団(オルドザイン)で百五十年以上もの間序列一位(エース)であり続けた男の名前だ。


『俺の気が変わらない内に行け』


 最後に会った時の言葉が記憶の底から泡のように浮かび上がってくる。


「やっと気付きやがったかよ~。冷て~女だなぁオイ、まだあれから十年そこそこだってのによ~」


「いやわかんないわよ! 気付くはずないでしょ! 全然まったく別人になっちゃってるじゃないの。あの厳めしいザ・武人(モノノフ)!みたいなキャラはどうしちゃったのよ」


 寡黙で実直……喜びも怒りも、感情の起伏というものを他者に晒すことがない。

 その存在自体が一振りの剣のような……。

 ユカリの知るハイドライド・エルドギーアとはそういう男だった。


「そりゃオメ~、俺だって立場がある時ぁそれなりにキャラを作ってんだよ~。今はもうそんなエラソーな肩書背負ってねえんだからカテーこと言うなよなぁ」


「……なんてこった」


 あの全ての黒騎士(オルドザイン)たちにとっての厳格な規範であったハイドライドが……。

 その正体がまさかこんな胡散臭くガラの悪いオッサンだったとは。


 ……道理でリゼルグが素直に従っているわけだ。


「随分スリムになっちゃって……」


「あ~、抜けてから体重(ウェイト)は25kgくれー落ちてるからなぁ~」


 かつては筋肉でゴツゴツしていたはずの体躯が今では中肉体型である。


「あなたは死ぬまで黒騎士やってるんだと思ってた」


「だろうな~。なんせ俺もそう思ってたからよ~。ところがどっこい、お前が抜けてから数年後に陛下が亡くなって、そしたら跡目争いが始まっちまってよ~」


 ……その話は知っている。ニュースで見た。

 しかしユカリが知っているのはそこまでだ。

 お家騒動の顛末も知らない。誰が勝者だったのかだとか。

 報道には載らなかったのである。

 元よりヴェーダー帝国は国外には情報がほとんど出回らない国だ。

 調べようと思えばいくらでもその方法はあったが特にそうしようとも思わなかった。

 古巣にはもうそこまでの興味はなかったから。


「リゼルグのアホは王妃側に付いてな、あの女が負けて追ん出された時に一緒に追放食らってな~。他にも同じ目に遭った黒騎士が何人かいて……」


 ショウセイ……ハイドライドが煙草を咥えてライターで火を付ける。


「そんで話は終わりかと思いきやよ~……殿下が即位したら中立だった奴らまでボロボロ抜けてくじゃねえかよ~。ま~気持ちはわかるけどな……。殿下にゃカリスマが足りてねーんだよカリスマがよ~。先代が立派な方だった分尚のことそこが際立っちまってよ。運も無えよなぁ、あの方にゃ」


 フーッと紫煙を吐いて遠くを見るショウセイ。


「……そん時にフッと思っちまったんだよ。あ~俺もそろそろ楽になってもいいかもな~ってよ。そんでオメーが黒騎士辞めて壬弥社(ミヤノモリ)(ユカリ)さんになったみてーに、俺も黒騎士辞めて三好(ミヨシ)将征(ショウセイ)さんになったっつーわけよォ」


 その先は……なんとなく想像がつく。

 この男は自分の正体を明かしてガイアードに潜り込んだのだ。

 本社ビルをカラにしてしまえるような権限を与えられているのも元黒騎士だからこそだろう。


「オメーも同じ火倶楽にいると知った時の俺の気持ちがわかるかぁ? ユリアーゼぇ。オメーがいなくなっちまってから俺がどんだけオメーの事を考えて過ごしてきたと思ってんだよ~」


「えぇ……」


 ニヤリと不気味に笑ったショウセイにユカリが頬を引き攣らせる。


「殺しときゃよかった! 抜けるつった時にぶった斬っておくんだった! ってよ~。そりゃぁ、後悔したもんだぜ~」


「うわ、最悪の愛の告白だわ」


 心底イヤそうなユカリ。

 これは冗談の類ではない。この男は本気で言っている。

 それがわかるから猶更たちが悪い。


 ……ほんの少しだけこの男の心情を自分も理解できる。

 自分たち(クラス)になると鍛えて身に付けた武技(わざ)を本気でぶつけ合える者がほとんどいない。

 行き場をなくした強さが飢えている。

 自分はまだ大好きな古いアイテムたちを愛でている事でその飢えを意識せずに生きていくことができているが……。


 荷物の中からショウセイが一振りの刀を取り出す。

 あの頃と同じこの男の愛刀……六代目蓮耶(レンヤ)の銘刀『十六夜(イザヨイ)


(あ……マズい)


 その刀を見た瞬間、一気に「死」のイメージが現実感と寒気を伴って自分の内に満ちていくのを感じる。

 もしもハイドライドの実力が当時と変わりないのだとしたら……ユカリでは勝てない。


(抜けるって言った時は身体中に暗器を仕込んでたからな~! 今は何も持ってないよ!!)


 それどころかメインの武器の剣ですら他人から分捕った間に合わせである。

 リゼルグが愛用していただけあってかなりの剣ではあるものの本来の自分の剣に比べれば腕に馴染んでいないのは当然だ。


「さぁ~……折角だし楽しんでいこうぜぇ~」


 ニヤリと笑みを見せてググッと前傾姿勢になるショウセイ。

 極端な猫背、刀は体の正面で地面と垂直に掲げるように持つ。

 右手は逆手で刀の柄、左手は鞘。


 この構えは……!!!


(『地走(チバシ)リ』ッッッッ……!!!!)


 視界が赤いイメージで染まる。

 全身の全てが……細胞の一つ一つに至るまでが全力で警告を発している。

 お前は死ぬぞと言っている。


 秘剣『地走(チバシ)リ』……ハイドライドの最も得意としている居合斬り。

 その名の通りに地を這うような超低空の剣撃、そこから掬い上げるように相手を斬る。

 ユカリは現役(オルドザイン)時代、一度も彼のこの地走リを見切れた事がないのだ。


 全力で後ろに跳ぶ。

 唯一助かる方法があるとすれば間合いの外に逃れることだけだ。


 だが……。


「遅ぇぞ~? 逝ったなぁ~」


 視界が明滅する。

 身体が大型トレーラーに跳ねられたかのように浮き上がって吹き飛ぶ。


 ……斬られた。

 まともに浴びた。

 あの頃と同じくまったく剣閃は見えなかった。


(ごめん……ルク)


 宙を舞いながらルクシエルの事を想う。


(私はここまでだ……)


「ユカリィィィッッッ……!!!」


 ルクシエルの悲鳴交じりの叫び声が響き渡った。


 床に叩き付けられたユカリ。

 哀れ、その胴体は真っ二つに……。


(……ん?)


 ……なっていない?

 うつ伏せに倒れながらユカリが異変に気付いた。

 斬られていない。傷がない。


「ミョ~な感触だったなぁ。()れてねぇだろ……?」


 刀の刃の様子を確かめながらショウセイも怪訝そうな表情だ。

 ユカリも多少混乱している。

 自分は何もしていない。何もできなかった。


「なるほどォ~」


 ショウセイがルクシエルを見る。

 彼女は酷く汗を掻いて丸で長距離を全力疾走した後のように全身で荒い息を吐いている。


「ウワサの聖騎士(パラディーン)防護魔術(シールド)かよ~。やるじゃねぇかよ~お嬢ちゃん」


 ルクシエルの使った『聖なる盾(イージス)』が間に合ったのだ。

 それはこの世のあらゆる攻撃を完全に遮断する絶対の防壁。

 しかし効果時間は1秒間。


 勿論ルクシエルもショウセイの斬撃は見えていない。

 がむしゃらに放った術が……その1秒間が。

 たまたま、偶然に地走リの着撃の瞬間に重なりユカリの命を救った。


 たった一度きりの奇跡であった。

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