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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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様式美のエンターテイメント

 巨大なビルを見上げるユカリ。

 真下から見上げるとそれは雲を刺し貫いて空の彼方まで伸びているかのように見える。

 真にこの巨大都市を支配している者たちの住まう巨塔。

 ガイアード・エンタープライズ・カグラ本社ビル。

 ここを彼女が訪れるのは初めてだ。


「……着く前にもう疲れちゃったわ」


 ハァ、と嘆息して俯くユカリ。

 渋滞に巻き込まれて身動きが取れなくなった彼女は適当な路肩に車を停めてここまでは徒歩で来た。

 適当な布を巻き付けてカモフラージュした長剣を携帯している彼女。

 もしも職務質問を受けてしまえばごまかすのはさぞ骨が折れる事だろう。


 ……そして彼女はここでおかしな時間の大渋滞の意味を知る事になる。


(誰もいない……?)


 まだ深夜と呼ぶような時間帯でもないのに周囲は静まり返っている。

 明かりは煌々と灯っていて諸々の設備は稼動しているようだ。

 ……ただ人影だけがない。

 当然そこにあるはずのものがスッポリと抜け落ちてしまっている光景は何とも言えない不気味さがある。


 あの大渋滞はガイアードの社員たちが一斉に帰宅した為だったのだ。


(誰がそんな真似ができるの? まさかガストン社長が関わってる……?)


 一瞬ガストンに連絡を入れてみるかと思ったユカリだがすぐに考え直した。

 もしも社長が関わっていなかったら話がややこしくなるだけだ。


 ………………。


 正面入り口の自動ドアに封筒に入ってきたカードキーを読み込ませてみると、ポンという軽快な音と共に自動ドアが開いた。


「………………」


 誰もいないロビーへ足を踏み入れるユカリ。

 無人の受付、無人の事務所……どこを見ても無人。

 深い海の底のように静まり返ったビル内にただユカリの靴音だけが木霊する。


 とにかくカードキーを渡されている以上……これで行ける所まで行ってみるしかない。


 無人のビル内を進みエレベーターまでやってきたユカリ。

 赤い文字で「利用停止中」の表示が点いていたがカードキーを読み込ませると「利用中」の緑色の表示に変わった。

 乗り込むと何も操作する前から勝手に45階が行き先に指定されエレベーターが上昇を始める。


「………………」


 エレベーターの中で壁に寄り掛かるユカリ。

 物憂げに横目で見る窓の外。

 どんどん下界が遠くなっていく。


(本当に私にちょっかいかける為だけにこのおっきなビルをカラッポにしたっての……?)


 しょうもない事で随分と大きな力が働いているものだ。

 元黒騎士(リゼルグ)のような者が出張ってきている……それだけでも街のならず者ともめるのとは話のレベルが違うという事は自覚はしているつもりだったが。

 そうなると連れ去られたルクシエルの事が益々心配になってくる。

 彼女は……無事なのだろうか?


 夜の火倶楽を見下ろしていたユカリの視界が不意にじわりと滲む。


(あーもー、泣いてる場合じゃないってのに……)


 手の甲で乱暴に涙を拭う。


「私のせいで……ゴメンね、ルク」


 彼女が呟いたのと同時にエレベーターが45階へ到着する。

 ポンという軽快な音と共に扉が開く。


「あん……?」


 不快げに表情を歪めるユカリ。


 目の前にずらりと並んでいるのはキャタピラ状の脚が付いた黒い円筒形の機械警備兵(ガードロボット)と小さなプロペラで浮いている円盤型の警備ドローンだ。

 いずれも高圧電流を流す端子を撃ち出したり催涙ガスを噴出する機能を有している。

 一般人には十分驚異ではあるものの超人(オーバード)である自分にとってはオモチャも同然の兵力。


「これとやれって……? ちょっと本気? モノを大事にすればいいのに……安くもないんだからさ~」


 首を横に振ってから大きなため息を付くユカリであった。


 ………………。


 最上階フロア。

 営業四課課長三好ショウセイがスマホで部下と連絡を取っている。


「……ハァ? 勝てねぇって~? バッカ野郎ンな事ぁわかってんだよ。こういうのは様式美(おやくそく)だろうがよ~。オメー、コース料理食いに行ってさっさと肉が食いてえからって前菜(オードブル)全部飛ばせって言えんのかよ。それと同じだおんなじ~!」


 気だるげに不機嫌そうに声を荒げているショウセイ。

 ただこれは普段の彼のテンションなので特別怒っているというわけでもない。

 その辺りは聞き手である部下……クロカワもよくわかっている。


「そうだ、用意してるもんは順番に全部ぶつけろ~! ボットの次は強化人間(ヴァンキッシュ)を四十~それが終わったら獣進化兵(ソリッド)が五体か~。やられ役として生まれてきてんだからキッチリやられるシーン作ってやんなきゃ連中もカワイソーだろうがよ~」


 通話を切ってショウセイがスマホを折りたたみ式のキャンプ用の小テーブルの上にポンと投げ出す。


「……クロカワ(あいつ)はよ~。頭もキレるし言う事よく聞くイイ部下なんだが、どーにもこーにもエンタメってもんがわかってねえ~。そこだきゃタマにキズだよなぁ~」


 ジャーキーの袋に手を突っ込んで中身を取り出しそれを口に放り込むショウセイ。


「こーなるに決まってる、って誰もが思ってるシーンにこそドラマが生まれるかもしれねぇんだよ。丸々カットしたら何にも始まらねーだろうがよ~」


 ムシャムシャと咀嚼していたショウセイがふと怪訝そうな表情になる。


「何だコリャ、味が薄すぎじゃねーのかぁ?」


 ジャーキーの袋を取り上げてまじまじと眺める薄い口髭のやさぐれ中年。


「……ってバカおめー! これペット用じゃねえかよ~! 誰だこれ買ってきた奴! あぁ、俺かあ!!」


 一人でわめいて天を仰いでいるショウセイ。

 そんな彼を見て何とも言えない微妙な表情をしているルクシエルであった。


 ───────────────────────────────────


 ……倒しきった。


 後から後から沸いて出てくる雑魚敵の数々。

 ガードボットを全滅させたと思ったら次は強化人間の大部隊。

 それが終わったら何だか狼男(ライカンスロープ)のように魔獣に変身する五人組……。


「あー……疲れる……」


 負傷はまったくないものの、流石にボロっちくなっているユカリさん。

 順番に出てくる敵の強さが上がっていく所が律儀と言えばいいのかなんなのか……。

 肉体的な疲労もそこまでではないが、とにかく気分的に疲れた。


 45階からはエレベーターが使用できず階段で上を目指したユカリ。

 途中に出てくる障害を倒しながら先へ進んで現在は59階だ。

 この上が最上階……60階。


 幅10m近くもある白い大階段。これまでにはなかった大きな階段は最上階への演出なのか……。

 その広い踊り場に一人の男が立っている。

 羽織ったロングコートにスーツが決まっているブロンドの優男。

 まるで何かの撮影か? と思ってしまうほどの完璧なモデル立ちで思わずユカリの口の端が少し上がってしまう。


(あー、そういうヤツだったわコイツ。ちょっとナルシスト入ってるってゆーか……)


 元黒騎士(オルドザイン)序列三位(ナンバースリー)……リゼルグ・アーウィン。

 鏡を前に自分が最も映える角度も研究していそうな男……まったくの偏見であるが。


 十数年の時を隔てて二人が再会する。

 この世界で最も強く恐ろしいと言われている超人(オーバード)の集団……黒騎士(オルドザイン)だった二人。

 老いることのない両者は当時とまったく外見年齢が変化していない。


「改めて……久しぶりだな、ユリアーゼ」


 悠然と階下のユカリを見下ろして落ち着いた声で告げるリゼルグ。


「本当にあなたなのね、リゼルグ。こんなトコで何してんの? 一体……」


 半眼で自分を見るユカリにリゼルグは芝居がかった仕草で軽く肩をすくめて見せる。

 所作が一々気障ったらしい。それが画になっているのだが。


「仕事だよ。あの頃も今も変わりはしない。私に命を下すものが変わったと言うだけのことだ」


「ふぅん……。わかってないみたいだから教えてあげよっか? 貧乏くじを引かされてるわよ、あなた」


 自分で聞いておきながら大して返答に興味がない様子のユカリ。

 呆れた心情を隠しもせずに声に乗せて彼女が話す。

 何かを返答しかけたリゼルグの片方の眉がやや浮いた。


「……? ユリアーゼ、剣はどうした?」


「あ~、ここに来るまでに折っちゃったわよ。しょうもないのをバンバンけしかけてくるから……」


 首を傾け、フゥと物憂げな息を吐くユカリ。

 彼女のその様子にリゼルグは一瞬真顔になり、それから初めて表情に不快感を表した。


「折っただと? それで何も持たないまま私の前に姿を見せたというのか」


「鉄パイプでも拾ってきた方がよかった?」


 ……風が吹いてきた。


 極寒の暴風。

 それは現実のものではなくそう錯覚するほどの殺気をリゼルグが放ったのだ。

 常人であればそれだけで戦意を喪失する……どころか下手をすれば意識を失いかねない程の圧倒的な殺意を。


「私を……愚弄するつもりか。それとも戦場を離れて生きてきたこの十年間で頭の方まで見る影もなく衰えてしまったというのか?」


「別に私は前からこうだけど……。どう解釈するのかは好きにしてよ」


 ははっ、と口の端を歪めてユカリは軽く笑って……。


「それに、私の剣ならすぐそこにあるじゃない」


「……?」


 リゼルグが怪訝そうに眉を顰め……。


 ……ボッッッ!!!!!


 その彼の剣を持った右手の甲が突然抉れ、血が飛沫いた。

 指先で突いたような穴が開いている。


「グッッ……!!!??」


「……はい、も~らい~」


 その一瞬で階下のユカリはリゼルグのすぐ目の前にいて、彼女の手にはまるで手品のようにリゼルグが握っていたはずの彼の魔剣があった。


 ボルトだ。


 ユカリはここに来るまでに破壊した警備ロボットの残骸からボルトを拾ってそれを握っていた。

 そのボルトを親指で弾き出してリゼルグの手に当て、同時に間合いを詰めて彼の剣を奪い取った。


「~~ッッ!!!!」


 必死の形相でリゼルグは奪われた自分の剣に向かって手を伸ばす。


 ザシュッッッ……!!!


 その右腕が前腕部の中ほどから消失した。

 ……斬り飛ばされた。


「目の前で(わたし)が武器を持ってるのに、何でそんな雑に手を伸ばしちゃうかな~」


 武器を失い、更には右腕も失って愕然となってリゼルグは目を見開く。


「ユリアーゼ……」


「さよなら、リゼルグ」


 横の一閃。


 リゼルグの喉が切り裂かれ、彼は夥しい量の血を吐いた。


「……………」


 ぐらりと身体を前に傾かせて倒れ掛かってくる元黒騎士の三番。

 それをユカリがヒョイっと身体を横に移動させて避ける。

 リゼルグは階段の中ほどで倒れそのまま段々に身体を打ち付けながら滑り落ちていった。


「……大して強くもないのに、私の事をブチキレさせるからよ」


 階段の下で動かなくなった男をチラリと見下ろして肩を竦めて苦笑するユカリであった。

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