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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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ほんの余興

 ……不審な自動車が距離を置いて自分の後をつけてきている。

 背後を振り返らず、気付いている素振りは見せずにルクシエルは後方数十mの気配を窺う。


「……………」


 尾行には最初から気が付いていた。

 ただ彼女は勘違いをしている。

 自分を尾行しているのは祖国、ウィンザリア聖王国から送り込まれて来た者だと思い込んでいた。


 ユカリの暗殺を諦めた時に聖王国には聖騎士の辞表を書面で送ってある。

 真意を問いただす目的か……或いはそれを飛び越していきなり粛清してくるか。

 いずれにせよ自分に対して何らかの使者が送り込まれてきても不思議ではない。


 だからルクシエルは尾行を撒く事やユカリに連絡を入れて合流する事は考えなかった。

 相手が聖王国からの者ならそれは自分が解決しなければならない問題だから……。

 この判断ミスを後に彼女は悔むことになる。


 ルクシエルが足を止める。

 お誂え向きに周囲に人影のないやや広い路地に入った。


「……おや、やはり気が付かれていますね」


 停車させるクロカワ。


「当然だろう。彼女は超人(オーバード)だぞ」


 超人(オーバード)……日常で彼らはそう「脅威」に遭遇する事が無い。

 だからこそ異変が感じられれば誰の手も借りず単独で解決しようと試みる傾向にある。

 ここまでがリゼルグの想定であり、事態は彼の思う通りに推移している。


「……行ってこい、お前たち」


 ブロンドの元黒騎士(オルドザイン)が後部座席の三人の男たちに命じる。

 灰色のスーツの男たちが肯いて車を降りていく。


「彼らは『獣進化兵(ソリッド)』……もしもルクシエル・ヴェルデライヒが並の超人(オーバード)であるのならば彼らだけでカタが付くだろう」


 薄笑みを見せるリゼルグの言葉に少し驚いたクロカワ。

 平均的戦闘力の超人(オーバード)であれば三体で制圧できる……ガイアードの生体兵器開発部門の技術はそこまで上がっていたと言うのか。


 ……………。


 車の後部座席のドアが開き、スーツ姿の三人の体格のいい男たちが降りてきた。

 背格好が良く似ていて顔の造りはまったく異なっているのにまるで三つ子の様に同じ人物の様に錯覚する。


(……違う。聖王国の人間じゃない)


 ルクシエルは男たちを見てすぐに自分の勘違いに気が付いた。

 彼らの纏っている空気というか、雰囲気は聖王国の者たちが持つそれではない。

 言葉にするのは難しいがずっと聖王国で過ごしてきた者として感覚でそれがわかるのだ。


「我々にご同行願います」


 男の内の一人が抑揚のない声で告げる。

 落ち着いた口調ではあるが有無を言わせぬ圧を孕んだ物言いだ。


「御断りよ」


 ルクシエルも端的に拒絶する。

 その反応は当然彼らの想定していたものなのだろう。

 言葉での反応はなく、無言のまま……彼らは変身を開始した。


「……!」


 息を飲むルクシエル。

 目の前の男たちは強化人間(ヴァンキッシュ)だと思っていたが……違う。


 赤く目を輝かせた男たち。

 彼らのシルエットが一回り大きくなり内側からシャツやスーツを引き裂いていく。

 同時に全身を覆っていく青黒い獣毛。

 鼻が前方に突き出していく。面相が人のものから狼や犬に似た獣のものへと変化していく。

 最後に頭部に二本の捻じれて曲がったヤギのような角が生えて変身が完成する。


 ……禍々しい姿の獣の戦士たちが三体。

 ルクシエルに向かって腰を落として構えながら立ちはだかる。


 白いレジ袋をそっと床に下ろすルクシエル。

 卵が入っているのだ。落とせば割ってしまう。

 不快感を覚えて顔を顰めて……それから何かを思い出したように彼女はハッとなり苦笑した。


 誰かを力ずくで思い通りにしようとする輩に腹を立て、そしてそもそも自分もそう言う理由で火倶楽にやってきた事を思い出したのである。


 襲い掛かってくる三体の獣進化兵(ソリッド)

 鋭い爪を持つ手を振るいこちらを引き裂こうとしてくる。


(……強い)


 攻撃を回避しつつ、ルクシエルがその速度から相手の凡その実力を割り出す。

 強化人間(ヴァンキッシュ)よりは大分強いようだ。

 それだけではない。訓練を重ねてきているのか連携も巧み。

 誰かの攻撃を囮にしつつ別の一体が本命の攻撃を死角から叩き込もうとしてくる。


 数手の攻防からルクシエルが徐々に攻撃を被弾し始めた。

 しかし命中させている側の獣進化兵(ソリッド)に戸惑うような雰囲気が漂っている。

 ……効いていない。

 何発か強打を浴びせているのにルクシエルがダメージを受けている様子がないのだ。


「あれが聖騎士(パラディーン)の使う『加護の力(ディバインフォース)』の一つ、『聖なる盾(イージス)』だ」


 車の中で観戦しているリゼルグが言う。

 この優男はまるでスポーツの観戦か映画を見に来ているかのような寛ぎっぷりだ。


「絶対遮断の魔力の障壁。展開されればこの世のどんな攻撃も彼女には通らない」


「……何ですかそれは。そんなものを使われたんじゃ勝ち目がないじゃないですか」


 呆れたように嘆息するクロカワ。


 聖騎士は騎士であり聖職者でもある。

 全員が『加護の力(ディバインフォース)』と呼ばれる女神の力を借りた神聖魔術を使いこなすことができるのだ。


「そんな万能の能力でもないさ。効果時間は1秒間あるかないか。それに範囲も使い手によって異なるらしいが彼女はそうだな……大き目の画用紙くらいか? 相手の攻撃に対して正確にタイミングを合わせなければ意味がない。極めて精密な運用を要求される能力だ」


 解説するリゼルグの視線の先でルクシエルが次々に魔獣の戦士を制圧していく。

 彼女の得意とする武器は剣のはずだが、徒手空拳である事もお構いなしにだ。

 バズーカ砲の直撃にも耐えるはずのボディ……それが細腕の少女の拳を浴びてひしゃげて異形の戦士たちは血を吐いて悶絶している。


「うん。やはり並の超人(オーバード)じゃない。聖騎士の肩書に偽りはなしだな」


 感心して肯くとリゼルグは助手席のドアを開き車外へ出ていく。

 そういった何気ない所作の一つ一つも洗練されていて魅せられる男だ。


「……リゼルグさん、武器を」


 彼の魔剣は席に立て掛けられたままだ。

 声を掛けるクロカワに彼は軽く首を横に振る。


「必要ない。彼女も素手だ」


 軽く首を横に振ってリゼルグは歩いていってしまう。


「……ああいう人たちの拘りっていうのは、どうにも自分には理解できませんね。楽に済むならそれに越したことはないと思うんですがね」


 悠然と歩いていく同僚を見送って軽く肩を竦めるクロカワであった。


 ……………。


 ……三体目の獣の戦士を戦闘不能にして地に転がしたのと同時だった。

 新手が車から降りてくる。

 それを確認した時、ルクシエルの表情が凍った。


(……失敗した!)


 その事を強く自覚せざるを得ない。

 たった今車から出てきた男に自分は絶対に勝てないとわかったから。

 一部の隙もなくデザイナーズスーツを着こなしベージュのロングコートを羽織った舞台俳優のように容姿の整った若い男だ。

 ただ相手が超人(オーバード)であるとしたら見た目からは実年齢は推測できない。


 若くして超人(オーバード)として覚醒しこれまで研鑽を積んできたルクシエル。

 言わば人を超えた者としてもエリートコースを歩んできた彼女にとって自分よりも大幅に強い相手に敵として相対するのは産まれて初めての経験であった。

 そこまでの実力を持つ相手は極めて希少なのだから。

 ……だが、その希少な相手と今自分は相まみえている。


「私と自分の実力差が正しく認識できているようだな。……大変結構」


 低めのよく通る声で告げる男。


「私の名前はリゼルグ・アーウィン。君の相方(パートナー)と同じ元黒騎士(オルドザイン)だ。序列は三位だった」


「……!」


 全身の血が凍るような感覚に襲われる。

 この数か月でその肩書は以前にも増して自分にとっては威圧の効果が高まっているのだ。

 ……ユカリの強さを目の当たりにしてきているから。


「その元黒騎士が私に何の用なの……」


「私が用があるのではない。用があるのはこの場にはいないある人物だ。私は彼の単なる使いでね」


 目を閉じてリゼルグは軽く笑った。


「……ほんの余興だ。彼が用があるのは黒騎士ユリアーゼ……君にはユカリさんと言った方がいいのかな。彼女を招待するに当たってまずは君をお迎えしてくるようにと仰せつかっている」


 奥歯が鳴る。ルクシエルの眉間に皺が刻まれる。

 つまり……自分をユカリを釣り出すエサにしようというのだ。


「素直に従ってもらえればそれが最上だが、抵抗するのも君の自由だ」


 言いながら自然体のままリゼルグが一歩踏み込んできた。


 どうする……決断しなければならない。

 戦うのか逃げるのか。


 迷ったのは刹那の間。

 ルクシエルが踏み込む。前へと向かって。

 一瞬で両者の10m近い間はゼロになり、二つの殺意が交差する。


 相手の一撃を……『聖なる盾(イージス)』で受けて、どうにか反撃を……!!


 ………。

 その思考を最後に、ルクシエルの視界が……そして意識が暗転した。


「減点1だ。この場の君の最良の選択は迷わず逃げを打つ事だった」


 意識を失ったルクシエルがぐにゃりと身体をくの字に折り曲げる。

 彼女の腹部に拳をめり込ませながらリゼルグがその細身の体を抱き留めた。

 ……最も例えそうしたとしても逃がしはしなかったが、と。そう心の中で付け足しながら。


 ──────────────────────────────────────


 時刻は夕暮れの頃を過ぎて街は段々と濃い紫色に包まれていく。


「……おっそいなぁ~」


『のすたるじあ』ではユカリが先ほどからしきりに外の様子を気にしながらそわそわしていた。

 買い出しに出たルクシエルがいつもの帰宅時間を一時間以上過ぎても帰ってこないのだ。

 スマホに掛けてみても出ない。

 メッセージも送ったが既読が付かない。


「途中でカワイイ野良猫見つけて追いかけていっちゃったのかな~。ルクは猫ちゃん大好きだから……」


 はぁ、と大きくため息を付くユカリ。

 ルクシエルは超人(オーバード)で、しかも聖騎士(パラディーン)だ。

 危害を加えられるような者はいないと思うが……。


 すると、ユカリのスマホが鳴り出した。

 この着信音は……。


「ルク? よかった~、今どこにいるの? 帰りが遅いから心配……」


『申し訳ないがヴェルデライヒ嬢ではない。久しぶりだな、ユリアーゼ』


 しかし……スマホから聞こえてきたのは男の声だ。

 昔の名を呼ばれてユカリの瞳が冷たい光を帯びて彼女は目を細める。


「……誰よ、あなた」


『リゼルグ・アーウィンだ。まさか私の事を忘れてしまったとは言うまいな、序列六位(シックス)


 驚くユカリ。

 またえらく懐かしい名を聞いたものだと。


「リゼルグ? なんであなたが……。ルクシエルに何をしたの?」


『申し訳ないが彼女は私たちが預かっている。迎えに来てあげたまえ。場所は君の店の郵便受けに入れてある』


 ふーっとユカリは長い息を吐いた。

 疲れといら立ちの混じった吐息だった。


「本気なの? 私にちょっかいかけるつもり?」


『遊びだよ、ユリアーゼ。ほんの余興だ。そう青筋を立てるな』


 待っている、と言って相手は通話を切った。


「……………」


 表情のないユカリ。スマホの画面にピシッとヒビが入る。


「そう、そんなに私と遊びたいんだ。それならご希望の通りにしてあげましょうか。遊んであげる……あなたたちがイヤって言ってもね」


 自分以外に人影のない宵の店内で感情の無い声で呟くユカリであった。



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