捉えどころのない女
普段は比較的緩やかな商いを言っている古道具屋さん「ノスタルジア」
……しかしながら、ここのところは少々忙しい日々が続いている。
先日の超大型買取案件の大河原会長邸の買取で引き取ってきた品々がぼちぼち売れ始めたのである。
とにかく品物の量が多い。広大な敷地の大豪邸をくまなく虱潰しにして吟味した品々。
大きな物も多数含んでいるのでとてもではないが店の売り場や倉庫に収めることはできそうにない。
なので、ユカリはガストン社長の伝手で一時的に倉庫をレンタルしていた。
体育館ほどもある広い倉庫だ。社長の口利きなので格安である。
持ち帰った品物のほとんどはそこへ収めてある。
ごく一部だけは店に持ち帰って陳列したが大半はネットで販売することにした。
いつもはあまりネットでの商品の販売を行わないユカリであるが、大量の品物をなるべく早めに処理したい場合はやはりネットを頼らざるを得ないのであった。
「……好調じゃん」
店のPC画面に表示されている売り上げ集計表を見ているルクシエル。
まだ月の中ほどだが既に現時点で売れた品物の数は先月の総数の三倍だ。
「そりゃ~……相場より少し安く出してるからね。売れるまでのんびりじっくりていうのがユカリさんのポリシーなんだけど今回はしょうがないわ。まあそれでも十分儲けは出てるんだけどね」
おしゃべりをしながらてきぱきとユカリは品物を梱包している。
割れ物を厳重に緩衝材に包み、箱に収めてプリントアウトした宛先を貼る。
商品の発送はラクーンドッグエクスプレス便……通称タヌ急便だ。
「タヌ急の会長さんの所で買い取ってきた品物をタヌ急で配送する。……こういうのって何て言えばいいのかしらね、地産地消?」
「いや、全然違うでしょ……」
ボケたのか真剣に言っているのかわかりにくい。恐らく後者だ。
思わず真顔になってしまうルクシエルであった。
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蛇沼シズマ……シズクは統治局治安課の精鋭部隊『死喰鷲』の隊員である。
黒いラフな装束で長い黒髪が特徴の冷たい美貌の男……と、されているのだが実際には女性だ。
その事実は部隊内でも隊長しか知らない。
死喰鷲は隊長のテオドールを含め八人で構成される部隊であり、その内超人は二名。
シズクと、そしてもう一人。
その二者ではシズクの方が戦闘における技量は上だ。
端的に言えば彼女の方が強い。
これはシズクが部隊内で最強の戦士であるという事であり、ひいては統治局に所属する中では最強の超人であるという事なのであった。
「……………」
その統治局最強の超人は現在、局内の廊下の休憩所で物憂げな表情でベンチに座っている。
彼女の手の中にはとっくに温くなってしまったジンジャエールの缶がある。
そんな彼女に時折通りかかる女性局員たちが熱っぽい視線を送っていた。
何事かを考えこんでいる様子のシズクがそれに気付くことはなかったが……。
超人として畏怖されている彼女であるが、それはそれとして際立った美男子(美女)でもあるので密かに慕っている女性ファンも多いのである。
憂鬱なシズク。
何となく気分が上向かない理由はわかっている。
ふとした時に考えてしまうのはある女性ののほほんとした笑顔。
……ユカリだ。
最後に言葉を交わしてから一週間ほどか。
それがもう随分と昔のことのように感じる。
考えないようにしようとすればするほど彼女が自分の思考を占拠する。
(……イライラする。何なんだ俺は……こんなに面倒くさくて重たい人間だったのか)
メキッと音を立てて手の中で缶がひしゃげた。
声が聞きたいが用事がない。
そもそも……自分と彼女は気軽に雑談ができるような間柄なのか。
鬱屈した気分を何かで発散したい所だがこんな時に限って出動もない。
前回の任務でシズクは体調不良という原因があるとはいえテロリストたちを護衛対象のすぐ近くまで接近させてしまうという失態を演じておりその事で叱責を受けている。
頭を冷やさせるという意味でも当分仕事は回ってこないだろう。
結果としてこんな所で暇を持て余して鬱々としているしかない。
「……随分と不機嫌そうだ」
低く、そして落ち着いた男の声がした。
声を掛けられてその相手を緩慢な動作で見上げるシズク。
そこに立っていたのは非常に背が高くがっしりとした体格の黒髪の男だった。
黒一色で飾り気が全く無く上着の裾が長い聖職者の装束に身を包んでいる。
首から下げているのは女神の聖印……そう、格好の通り彼は神父なのだ。
厳つい四角い顔に穏やかな目元。顎に短めの髭を蓄えている。
大樹のような落ち着きと静けさを持ち、接する者に安心感を与える男。
自分と同じ『死喰鷲』の隊員……甲斐タケル。
そしてやはり自分と同じ超人。
「人目に付く場所であまりカリカリした空気を出すな。皆が不安に思うだろう」
「……うるさい。説教なら他所でやれ」
穏やかに自分を諭す神父にシズクは短く返答して顔をしかめる。
(面倒くさいのに絡まれたな。坊主は人斬りの俺にとっては天敵だ)
事あるごとに人としての正しい在り方を説くタケルはシズクにとっては煙たい相手であった。
大体がどうして聖職者がこんな始末屋を集めたような部署に配属されているのかそこからが疑問だ。
タケルは神職にして辣腕の格闘家でもある。
その実力はシズクほどではないにせよ超人では上位に入る。
「それで何を悩んでいるのだ。私でよければ相談に乗ろう」
「……お前に話すようなことは何もない」
疲れたように嘆息交じりに言うと顔をそむけるシズク。
タケルは勝手に自分の隣に座って完全に話を聞く体勢である。
こちらは話す気などないというのに……。
「……………」
タケルはそんなシズクの横顔を少しの間無言で眺めていたが……。
「なるほど、誰かの事を考えているのか」
突然そんなことを言い出した。
思わずギョッとしてシズクはタケルの顔を凝視してしまう。
「ふふ、図星だったようだな」
グッ、と思わず短い唸り声を上げたシズク。
この男は本当に自分の内心を見抜いていたのか、それとも鎌をかけられただけなのか。
タケルがゆっくりと立ち上がる。
「ならばその誰かに会ってくる事だ。その上でもう一度自分の中にある気持ちと向き合ってみればいい。お前の心が安らかなる事を祈ろう」
「……………」
十字を切り、短く祈ると神父は穏やかに微笑んで去っていく。
「会ってこい……か」
その遠ざかる広い背を見て呟くシズクであった。
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一台の大型乗用車が道路脇に停車している。
運転席にいるのはサングラスにスーツ姿の男……クロカワだ。
時刻は夕暮れ。
車内は茜色に染まっている。
「……君はいつもサングラスを外さないな」
助手席にいるのは同じくスーツ姿のブロンドの貴公子リゼルグ・アーウィン。
言われたクロカワがサングラスを額に指先で押し上げ瞳を外気に晒す。
……左右の瞳の色が違う。左がブラウンで、右がゴールド。
「片方義眼でしてね。あんまり人目に晒したくないんですよ」
「なるほど」
納得して鷹揚に肯くリゼルグ。
雑談に興じている彼らは少し離れた場所に立つ商店の入り口から目線を外さない。
彼らの目的は間もなくそこから出てくるはずの少女だ。
「ミヤノモリ・ユカリの事はよくご存じなんですか?」
今度はクロカワが質問者となる。
「さて、どうだろうな。黒騎士は仲良し集団ではなかったからな……」
過ぎ去った日々を思い返すリゼルグ。
ここではない景色を見やるかのように彼は目を細める。
「ユリアーゼの事を簡単に説明するとしたら、捉えどころのない女性だったよ。……どんな人物であれ、その人柄をある程度知っていけば根幹のイメージができるものだが、彼女はそれがコロコロ変化するんだ。明るく人当たりがいいというのが表層の人格ではあるが、その実何を考えているのかはわからない。……ある日突然黒騎士を抜けたと聞かされた時はメンバーたちは随分驚いていた」
黒騎士とはヴェーダー帝国において皇帝に次ぐ権限を与えられている集団。
国家の中枢にいる者たちだ。
それ故に間違っても他国には流出させられない機密情報にも接触している。
抜けるなどと言い出せば粛清されかねない。
……だが、団長であった序列一位は黙って彼女を見送ったという。
「思えばそこで私たちの頭の中にも『脱退』という選択肢が生まれてしまったのかもしれないな。ある意味で彼女は黒騎士瓦解の原因を作った女性と言えるのかもしれない」
黒騎士から何人もの脱退者を出した直接の原因はお家騒動であるがその前にユカリが抜けていなければもう少し脱退者は少なかったのではないかと思うリゼルグである。
「おっと、過去を懐かしむのはここまでのようだ」
リゼルグの目が鋭く細められる。
……商店から複数の買い物袋をぶら下げてルクシエルが出てきた。
彼女たちの事は事前に詳細に調査してある。
今日のこの時間帯に彼女が買い出しに出る事も、そしてこれから彼女がどういうルートを辿って店まで戻るのかも全てわかっている。
距離を取ってから車を動かすクロカワ。
「この先にこの時間帯はほぼ人気のない場所があります。そこで接触します」
「さて、果たして私の出番は来るものかな」
チラリと後部座席を窺うリゼルグ。
そこには三人のスーツの男たちが座っている。
いずれも体格のいい厳つい面相の者たちだ。
彼らは先程から一切言葉を発する事もなく表情を変える事もなく……微動だにせず座席に収まり続けている。
全員が課長のショウセイが出張先からリゼルグと共に連れて帰って来た者たちだ。
「……皆さんは、強化人間ともちょっと違う雰囲気ですね?」
「その通りだ。彼らは強化人間じゃない。ガイアード・アルヴァネス社軍事部門謹製の次世代型だよ」
クロカワの疑問に肯いて返答するリゼルグ。
「課長殿はついでにデータを取って来いと仰せだ。まずは彼らの性能チェックと……それからかの聖王国の聖騎士殿のお手並みを拝見といこうか」
前方で小さな点となりつつあるルクシエルを見て酷薄な笑みを口元に浮かべるリゼルグであった。




