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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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新しい女と前からの女

 カリカリカリカリ……。


 ゼンマイを巻いてやり、カウンターに下ろすとロボットはギシギシと音を立てて歩き始めた。

 箱を組み合わせた形の単純な構造の玩具のロボットだ。

 表面の装飾は全て塗装……丸いランプが目になっていて横並びの四角いランプが口になっている。

 余りそういった古道具に造詣が深くないルクシエルでも結構な年代物であるという事とよく非常に良い状態で保存されてきたものであるという事はなんとなくわかる。


「見て見て~。半世紀前のオモチャだってちゃんとお手入れしてればこうやって今でもリッパに動いてくれるんだよ~。エライねぇ」


(エライのかな……)


 ブリキのロボットを動かして披露しているユカリは得意げである。

 今一つその感覚は共有できなかったルクシエル


「カワイイね~」


(……ちょっとそこはわかんないかな)


 またも両者の感性に隔たりがある事を感じざるを得ないルクシエル。

 しかし、幸せそうに玩具を見つめているユカリを見ていると自分もなんとなく嬉しい気分になってくる。


(これが恋するって事なのかな。……うわっ、何か気持ち悪い事考えちゃった)


 軽く頭を振ってルクシエルが思考を振り払う。


「そういうのも守備範囲なんだね」


「そうよ~、レトロ玩具(トイ)っていうの。根強いファンのコレクターたちがいるんだから」


 人差し指を立てて解説するユカリ。

『のすたるじあ』にはそういった懐古趣味(レトロ)な玩具を揃えたコーナーもある。

 ブリキのロボットや乗り物、ソフビ人形、ぬいぐるみなど……。

 いずれも洗練されたデザインの現代の玩具と比べれば不格好で単純な構造の品ばかりだが、確かに眺めていると何とも言えない「味」がある気がする。


「ふーん……何か、いいね」


「おおっ! それよ、その感覚が大事なの。『よくわかんないけど、なんか好き』っていうのがね。誰だって初めはなんの知識もないんだから」


 自分の世界にルクシエルが歩み寄った事をユカリは無邪気に喜んでいる。


「ところでさ……」


 一呼吸を置いて、ルクシエルが口を開く。

 先程から切り出すタイミングを窺っていた話だ。


「ちょっと、ユカリにお願いしたい事があって」


「何なに~? 何でも言ってね」


 ユカリが小首を傾げる。

 コケティッシュなそういう仕草も妙にハマっている。

 酷く大人っぽかったり、かと思えば急に子供っぽかったりと印象がコロコロ変わる女である。


「実はさ、ちょっと織原さんと話がしてみたくて……。繋いでくれない?」


「キョーコちゃんと? いいわよ~。番号伝えていいか聞いてみるね」


 あっさり笑ってユカリはOKを出した。

 内心で安堵するルクシエル。


 昔からの彼女に新しくできた彼女が繋がろうというのに特に抵抗はないようだ。

 なんなら喜んでいるように見える。


(私は私でもっとコイツの事をよく知らないとね)


 勢いでそうなったわけではなく、ルクシエルはルクシエルなりによく考えてユカリの恋人になったのだ。

 ところがこの女は中々に複雑怪奇なキャラをしているのでこれから長い付き合いになるのならその辺をよく理解しておく必要がある。

 というわけで彼女としてのセンパイであり、長くユカリとパートナーとして連れ添っているキョウコに教えを請おうと考えた。

 それを彼女が受け入れてくれれば……という話になるが。


「あ、キョーコちゃん、私ぃ~。えっとね……」


 早速スマホでキョウコに連絡を入れたユカリが話をしてくれている。

 ソワソワしながら様子を窺うルクシエルであったが、幸いにして彼女にとって都合の悪い方向へ会話が転がっていく様子はない。

 そして何度かのやり取りの後……。


「え、それなら私も行く! …………えぇ~? なんでぇ?」


 弾んだ声を出したと思えば一転、情けない表情になるユカリ。

 そして彼女は通話を切ってから。


「それなら一緒にご飯食べましょうって。私は行ったら駄目なんだって……」


 と、泣きそうな顔で言った。


 ─────────────────────────────────────


 エリートで大人の女性を象徴するかのようなキョウコがどんな店に誘ってくれたのかと思えば……。

 一般市民が昼食で入るにしては少々躊躇われる価格帯のそば屋であった。

 一番賑やかな辺りからは少し奥まった場所にある落ち着いた風情の和風家屋の店舗だ。


 待ち合わせの時間に店に行ったルクシエル。

 先に到着していたキョウコがテーブル席から軽く手を振って出迎えてくれる。


「ここはね、天ぷらが絶品なのよ」


 そば屋なのだがキョウコが注文したものは天重である。

 折角なのでルクシエルも同じものを頼む。


 普通に考えれば自分はユカリの「新しい女」な訳で……。

「前からの女」であるキョウコにとってはライバルとも言える存在。

 よく思われなくてもしょうがないと思うのだが、前回大河原邸での一件ではキョウコは自分に親切にしてくれた。

 それもあって今回ルクシエルは彼女を頼ったのだ。


「……それで、私に何かお話があるんですって?」


「うん。ユカリの話を聞きたくって」


 そう前置きしてルクシエルは改めて自己紹介しつつ、自分の立場やユカリとの父を巡る因縁などを先に話しておいた。

 父親がウィンザリア聖王国の先代聖騎士団長であること、その父の片腕を斬り落として引退に追い込んだのがユカリであること。

 その因縁を持ち出されて最高評議会員たちからユカリの暗殺を命じられて火倶楽に来た事。

 ……そして、結局自分は地位も故郷も捨ててユカリと一緒にいることを選んだ事。


「それはまあ……なんというか……」


 一通り話を聞き終えてキョウコは複雑な表情だ。

 呆れているようにも見える。まあしょうがないことではあるが……。


「……人生踏み外したわね」


「……………」


 歯に衣着せぬ物言いのキョウコに自覚はあるルクシエルが気まずそうに俯く。


「気持ちはよくわかるけどね。アイツはそういう魔性の女だし、私もアイツのせいで人生踏み外してるから」


「統治局は……希望する職場じゃなかった?」


 尋ねると彼女は海老天を齧りながら肯く。


「当然でしょ。何もなければ私は必死に骨董の勉強をしてユカリのお店を手伝ってるわよ」


 なるほど、と納得するルクシエル。

 では何故彼女は統治局に就職を……?


「ユカリがね、一生懸命統治局員を褒めるのよ。立派だ! 憧れちゃう! ってね。それで私は真に受けてアカデミーをトップの成績で卒業してそのまま局に勤めたわ。今考えればどう考えてもおかしいのに当時の私は舞い上がっていてその違和感に気付けなかった」


 はぁ、と重たい息を吐くキョウコ。

 言うまでもなく統治局とはこの数百万の火倶楽の住人たちの中でも最高位のエリートたちが集う職場である。

 煽てられたからと言って実際に局員となってしまえる事がキョウコの優秀さの証左であった。


「裏から父が手を回していたの。私を局員にするためにね。ユカリは骨董商の免許や開業を支援させる見返りに私が統治局入りするように誘導させたっていうのが真相よ」


 キョウコの父が統治局の高官である事を聞かされるルクシエル。

 父としては優秀な娘を自分と同じ職場勤めにさせたかったのだろう。

 親バカから出たお節介であり勿論そこに悪意はない。


「……怒らなかったの?」


 ルクシエルが恐る恐る尋ねる。


「怒ったわよ。……まあでもユカリも打算だけで私を統治局へ送り込んだわけではなかったから」


 何事も無ければキョウコはユカリを追って古道具商になったであろう。それはユカリにもわかっていた。

 しかし……残念ながらキョウコにはユカリと違って古いものを愛でる心は無かった。


「好きなわけでもないのに自分が理由で古道具の世界に私が入っていく事をあいつは良しとしなかったのよ。それに、あいつも開業したばかりで店が軌道に乗るかどうかもわからない時期だったし、尚更私を付き合わせるわけにはいかなかったんでしょう」


 湯のみを傾けてからキョウコは当時を思い出すかのように遠い目をした。


『まず好きになるところから始めてね』


 ルクシエルはキョウコの言葉を思い出している。


「……今となっては癪ではあるけどやりがいも感じているし悪い選択ではなかったのだけどね」


 そう言ってほろ苦く笑うキョウコであった。


 ───────────────────────────────────────


 ガイアード社直営の大型カジノ。

 上流階級の者たちが様々な遊戯に興じる大人の社交場。

 ルーレットやカードの卓の他にスロットマシーンが並びビリヤードやダーツを楽しむこともできる。

 煌びやかなその空間では毎夜億単位の金が動く。

 眩い照明が照らし出す夜の世界の黄金郷だ。


 そんな遊戯場でカードの卓に人込みができている。

 チップを積み上げているのはタキシード姿の美丈夫……リゼルグ・アーウィンである。

 映画のワンシーンから抜け出てきたような画になる男が優雅かつクールに勝利を重ねていく様子を周辺の野次馬……特に女性陣が熱い眼差しで見詰めている。


「よォ~、調子よさそうじゃねえかよ~」


 そんなリゼルグに近寄るスレた雰囲気のスーツを着崩した中年男。

 営業四課課長三好ショウセイ。


「こっちは散々だ~。イヤになるぜまったくよ~」


 スロットで遊んでいたはずのショウセイ。

 しかしうんざりした表情で肩をすくめているこの不良中年はもう軍資金を全てスッてしまったようだ。

 そんな課長に顎でしゃくられリゼルグが席を立つ。


 ……そして二人は周囲の喧騒から距離を置いた位置に立った。


「さァて、そんじゃ今度は俺の遊戯(ゲーム)にも付き合ってもらうとしようか~」


「私は何をすれば?」


 尋ねるリゼルグにショウセイがポケットから写真を取り出す。

 角が折れて皺になってしまっているその写真を手渡されてリゼルグは映っている人物を見た。


 ……ルクシエルだ。


「まずはその小娘(おじょうちゃん)を連れてきてもらう~。今回のゲームの賞品だ。やり方は任せるが丁重にお迎えしてくれよな~」


「私に行けという事は訳ありですか」


 写真をタキシードの内ポケットにしまいながら言うリゼルグにショウセイはニヤリと笑った。


「聖王国の聖騎士(パラディーン)だ~。お前でも楽な仕事じゃないかもしれないぜ」


「そうですか。楽ではないのはむしろ望むところではありますが……」


 薄く笑うリゼルグ。


「……ですが、残念ながらこれは楽な部類の仕事ですね」


 軽く肩をすくめて冷たく目を光らせる元黒騎士(オルドザイン)序列三位(ナンバースリー)であった。

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