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引退した伝説の黒騎士はこの世の果ての街で骨董屋を経営します  作者: 八葉
第一章 ユカリさんは古道具屋さん
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思春期には劇薬

「……へッッッきしッッッ!!!! うェ~ぃ、何だよ、寒ぃじゃねえかよ火倶楽(こっち)はよ~」


 ハイウェイを走る大型ミニバン。

 助手席に座っているショウセイが大きなくしゃみをして鼻をかんでいる。


「常夏のアルヴァネス王国と比べたらそれは寒いでしょう。そういう季節ですから」


 上司のくしゃみの勢いに若干体が傾いていた運転席のクロカワが姿勢を戻しながら言った。


「先に言っとけよなぁ~。着るモン大半後から届けさせることになってんのによ~」


 鞄一つ持たずに空港に降り立ったショウセイ。

 どうやら現在着替えは全くないらしい。


「どこか寄って着替えてから行きましょう。どちらにせよ、そんな恰好で社内をうろついたら何事かと思われますよ」


「相変わらずお堅いこった。もっと伸び伸びお仕事しようぜ~。アルヴァネス社はホント良かったぜ。会社の目の前がビーチでよ~。仕事上がりにサーフィンする奴とかもいてなぁ。まあソイツ、飛んできたミサイル食らって木っ端微塵になっちまったんだけどよ」


 リゾート地であり戦争中の国でもあるアルヴァネスの現状をよく表しているエピソードである。


(それにしても……)


 チラリとルームミラーで後部座席を確認するクロカワ。


 リゼルグは興味深げに窓の外の景色を眺めている。

 聞けば彼は火倶楽に来るのは初めてであるらしい。


(元黒騎士(オルドザイン)三位(ナンバースリー)とは……。召し抱えるとなればいくらでも金を出す国が複数ありそうだが、課長もどうやって口説いたのだか)


 いずれにせよ、連れてきたからにはこの男を使ってショウセイは何かロクでもない事を企んでいるということだけは疑いようがない。


(まあ自分はただの駒だ。余計なことは考えずに指し手に従うのみ)


 考えを打ち切って運転に意識を戻す。

 緩やかにアクセルを踏んでスピードを上げるクロカワであった。


 ─────────────────────────────────────


 目の前の鉄板の上で大きな肉がじゅうじゅうと音を立てて脂を跳ねさせている。


「ユカリ、人生とはビーフだよ」


 ユカリの目の前に座っている大柄なスーツの男……ガイアード・カグラ社社長ガストンは重々しくそう述べた。

 彼はその肩書に相応しくいつでも堂々として雄大である。


「私はいつもビーフだ。色々美味いものを食っているが最後はビーフに帰ってくる。何故かって? それはこれが母なる大地の味というものだからだよ。人はそのようにできておるのだ」


(うーん、私は母なる海に帰っていきたいタイプだからステーキよりはお寿司がいいかな~)


 と、頭では考えているが口には出さずにはにかんで肯くだけに留めておくユカリさん。

 折角のお誘いなのだ。ここで何も持論を展開する必要もないだろう。


 ……そんなわけで現在ユカリはガストンに昼食に誘われ高層ビル上階の会員制の高級レストランへ来ていた。


「さあ食べてくれ! 足りなければいくらでも焼かせよう。大地に感謝しつつビーフを堪能しようじゃないか!」


「頂いてますよ~。……お代わりよろしいでしょうか?」


 言われなくてもユカリは既に300gのステーキ一枚を胃の中に消している。


「グレイトだ! その調子でいきたまえ。おーい、追加だ!」


「何だか申し訳ないですね。先日お世話になったばっかりなのにこんなご招待まで」


 ユカリが言っているのは先日の大河原邸の買い取りに関する話である。

 搬出の為の人手や車、そして品物を当面預けておく倉庫の手配。

 その辺りで社長に口を利いて貰ったのだ。

 お陰で相場よりは大分お安めで手配することができた。


「なぁに、あの程度は何でもない。どんどん頼ってきなさい。なんと言ってもユカリは私の命の恩人だからな……ハッハッハッハ!!」


 豪快に笑っているガストン。


 ……無論、この強かな剛腕社長が善意だけでこんな事を言っているわけではない。

 超人(オーバード)であるユカリとの関係を良好に維持しておくことで得られる様々なメリットを計算した上での事だろう。

 それをユカリもわかっている。

 わかった上で時折あえて頼みごとをしておくことで彼女も社長との関係を程々に切らさずに維持しているのだ。


(流石にとびっきり美味しい……ちょっと我が家で味わえる肉ではないわね~。……ルクも来ればよかったのに)


 このお誘いにはルクシエルも誘ったが「私はいい。……面倒くさい」とすげなく断られてしまった。

 まあ付き合っていく上で体力を使う相手だというのはユカリも否定し切れない所なのであった。


 ────────────────────────────────────


 統治局、環境保全課研究室。


 超人(オーバード)である女傑、課長の織原キョウコが率いるこの部署は浸食原生樹海エンディア・デューラの分析研究を行い火倶楽を防衛することが業務内容である。

 今も先日の大河原邸地下に発生した浸食空間からキョウコが持ち帰った複数のサンプルを分析し、その結果が彼女のデスクのモニターに映し出されている。


 そして、PC画面の横には写真立てが一つ。

 そこには制服姿でほほ笑む学生時代の自分と肩を組んで笑っている今と全く変わらぬ容姿の壬弥社ユカリの姿があった。


 キョウコが超人(オーバード)に覚醒したのは十代前半である。

 きっかけはもう思い出せない。気が付いた時には既に自分は超常の力を身に宿していたのだ。

 ……子供には大きすぎる力だった。

 当時は制御することもままならず周囲にいかなる被害を出すかわからない彼女は学校へも通えなくなった。

 あの頃のことはあまり思い出せない。

 毎日泣き暮らしていたような気がする。だからきっと思い出せないほうが幸せなのだ。


 記憶が定かではないのは辛すぎて自分で封印してしまっただとか、そういう理由ではなく……。

 そのすぐ後に続く幸福な記憶に上書きされていったから。


 ある日のこと、統治局の高官だった父が一人の女性を連れて帰ってきた。

 今日から彼女が自分の家庭教師になるのだ、とそう言って。

 それがユカリだ。

 自分と同じ超人(オーバード)の女性。

 優しくて明るくて美人で……なんでもできるひと。


 彼女は当時は自分の店を持つために色々と模索しつつ行動していた時代で、キョウコの父と関わりを持ったのもそういった活動の一環だった。

 実際に彼女はこの少し後にキョウコの父の後押しで骨董屋の免許を取得し店舗を入手している。


 心が凍てつき荒み切っていたキョウコは始めはユカリにもかなりキツく当たった。

 しかしユカリは根気強く、丁寧に穏やかにキョウコに優しく接し続けた。

 いつしかキョウコはそんなユカリに絆されて心を許し、そして全力で懐いて慕った。


(劇薬よ、アイツ。……年頃の娘にはほんっとに劇薬!)


 ユカリは何でもできた。

 あれで彼女は相当に頭もいいのだ。読み書きは四か国語を完璧に使いこなし日常会話だけなら九つの国の言語で可能だ。

 そして言うまでもなく超人(オーバード)としての強さも。

 ユカリの指導でキョウコは能力の制御法を学び武器の扱いを学び凄まじい速度で実力をつけていった。


 ユカリのお陰でキョウコはハイスクールからはまた普通の学生生活に戻ることができた。

 しかしそうなってもキョウコはユカリに夢中なままだ。

 十代半ばから二十代前半までの青春はユカリ一色。他のものは何も目に入らなかった。

 初めて気持ちを打ち明けてそれを受け入れてもらえた時は天にも昇る心地であった。

 自分は世界で一番幸福な女だと信じて疑わなかった。


 ……ところがだ。


「~~~~~~~ッ」


 思い出し怒りで課長のこめかみに血管が浮く。


 カタカタと震えるマグカップを持つキョウコの手。

 コーヒーが波打っている。


 自分の幸福の先にはとんでもねー落とし穴が待っていたのだった。

 ユカリはとんでもねー女だったのだ。

 ……プラス方面だけではなくマイナス方面でも。


 とにかく気に入った娘は口説いてあっさり関係を持ってしまう。

 高スペック過ぎてナンパの成功率がハンパではない。

 自分が関係をもって入れあげている時期にも同時に何人もがユカリを運命の相手だと信じ込んで熱を上げていたのである。


(私には……ッ!! 私には貴女だけ……この世に貴女一人しかいないっつーのにィィィッッッ!!!)


 キョウコは大いに怒った。

 泣きながらユカリの脳天にカカト落としをキメた。

 しかし脳天をカチ割られて血の海の中で数時間昏倒していたユカリは目覚めると……。


「ごめんごめん。そんなに怒んないで~。皆で仲良くしましょうよ~」


 顔面血まみれのまま手を合わせてそんな事をほざいたのである。


 ダメだ。

 コイツはダメだ。

 とんでもねーアホだ。


 ……キョウコは真実に辿り着いてしまった。

 ユカリはとんでもねー淫乱(どすけべ)能天気(アホ)女だった。


(だけど、結局離れられなかった……)


 すっかり冷めてしまったコーヒーを口にしてから物憂げな吐息を吐くキョウコ。

 写真立ての中のユカリはあの日から今も全く変わっていない優しい微笑みを浮かべている。

 そう、変わらないのだ。今も昔も変わらない。

 ずっとユカリはユカリのまま。

 自分に優しいまま。

 天然自然体なのだ。

 だからもう妥協するしかなかった。

 切り離すにはもう彼女は自分の一部になってしまっていたから。

 自分の人生は、自分という存在は……彼女の存在なしでは成り立たなくなってしまっていたから。


 とんでもねー淫乱(どすけべ)能天気(アホ)女だから……。

 もうそういうものだと諦めて受け入れていくしかないのだ。


「……課長、出ました」


 プリントアウトされた紙を持った白衣の職員がいつの間にか自分のデスクの前にいる。

 彼の接近と声掛けにも気が付かないほどユカリの事に気を取られていたらしい。


「ご苦労様。見せてちょうだい」


 白い紙を受け取って目を通すキョウコ。

 複雑な数式やグラフ、そして細かい文字がびっしりと印刷されている。

 彼女が知りたいデータは……。


「……地下200m付近、か」


 今回、大河原邸の地下に発生したグリーンアビスが壁の下を潜り地下のどのあたりの深さを進んできたのかということ。

 地下200mでは現在の自分たちの魔道技術では防衛のしようがない。


「魔術院に連絡を入れてこの深さに届く防衛障壁の術式の開発を急いでもらって」


 指示を受けて了解を示し退出していく職員を見送り重苦しい表情で眺めの息を吐くキョウコであった。

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