修羅場は突然に
大企業の会長、大河原タツヤが実家の大豪邸を引き払うことになった。
その会長の依頼を受けて敷地内の様々な高価な歴史ある品々の査定にやってきたユカリとルクシエル。
ところがそこでユカリは何かを発見したらしく、夜に連絡を入れていたのはまさかの統治局なのであった。
……………。
朝方、ユカリに説明を受けてもタツヤは今一つピンときていない様子である。
「調査? 調査ってなんだい? 統治局が……?」
怪訝そうな表情の大河原会長。
……無理もあるまい。
朝、見積もりの続きをやってもらおうと実家に来た彼を待ち受けていたのは夥しい数の装甲車両。
黒く塗装された車両のドアにはどれも太陽のような模様に塔らしきものが重なり合っている統治局のエンブレムが印刷されている。
そしてそこから降りてきたのはプロテクターとヘルメットで完全武装した男たち。
オマケに全員背には火炎放射器のようなものを背負っている。
何事かと会長が愕然とするのも無理からぬことであった。
「そこから先は私がご説明いたします」
ヒールを鳴らして進み出てきた一人の女性。
(綺麗な女性……)
彼女を見た時、ルクシエルは思わず身構えてしまった。
全身に仕事のできる女、というオーラを纏っている。
クールで「大人」……そんな美女だ。
隙無く着こなした黒に近い灰色のスーツ。そしてベージュのロングコートに袖を通さず肩に羽織っている。
切れ長の目、怜悧な赤い瞳。陶器のような白い肌。大人びた美貌。艶やかな黒いロングヘアをアップでまとめている。
スーツの女性が差し出す名刺を受け取るタツヤ。
そこには統治局環境保全課課長、織原鏡子と記されていた。
「現在、こちらの建物において環境保全の観点からみて深刻な問題が発生している可能性ありとの疑義が出ております」
そしてキョウコはユカリを見た。
「彼女は……」
愛想笑いの類はない。
怜悧冷徹、静謐な表情のままのキョウコ。
「仕事柄そう言った異変に遭遇する回数が多いので……そうなった時は我々に報告をしてくれています。協力者のような立場ですね」
「それはいいんだが……」
不安げなタツヤ。
彼はキョウコの背後にずらっと並んだ完全武装の集団を不安げに見ている。
重装備過ぎて肌が外気に晒されている部分が全くない。
「こんな物々しい集団が必要な状況なのか? まるで戦争でも始めそうな感じじゃないか……」
「彼らは後詰要員です。基本的に出番はありません。調査そのものは私と、それから彼女で」
キョウコが視線を向けるとその先にいるユカリが微笑んでペコリと頭を下げる。
「彼女!? 古道具屋さんなのに!!?」
「大丈夫です。彼女はそちらの専門家でもあります」
キョウコが説明すればするほどタツヤは困惑の度合いを深めているように見える。
……とはいえ、一度この調査が入ってしまうと統治局からOKが出るまでは屋敷を売りに出すことはおろか所有者であっても立ち入りもできなくなってしまう。
いずれにせよ否とは言えない立場の会長なのであった。
──────────────────────────────────────
調査中、一定範囲内には例え建物の所有者であっても近付くことはできない。
タツヤは退避し、屋敷内にはキョウコとユカリと環境保全課の面々と……そしてルクシエルだけが残った。
一行は例の地下に移動し、環境保全課のスタッフたちが重工具を持ち出し鉄扉の開放に取り掛かる。
ズガガガガガ……!!!
轟音が響き、火花が散る。
頑丈過ぎる鉄扉はそう容易く来客を迎え入れてくれる気はなさそうだ。
その作業を揃って見つめているユカリたちだが……。
「何が専門家よ~。テキトー言っちゃってぇ」
「それらしい事を言っておけばいいの。どうせ詳細なんて説明できやしないんだから」
にやっと笑って軽くキョウコの脇腹を肘で小突いたユカリ。
それに対してキョウコは軽く嘆息して肩をすくめるだけだ。
「それより……彼女はいいの? この先見せちゃったら後でクッソ面倒な分厚い書類書いてもらうことになるけど」
「あ~……」
キョウコがルクシエルを見る。
ちょっと困った表情で微妙な鳴き声を出すユカリ。
この先に何か重大な秘密があるのだという事はルクシエルももう説明されずともわかる。
キョウコが言っているのは恐らく機密保持に関係した書類のことだろう。
「いいわ、何か書けっていうなら書く。私も付いていくから」
……しかしここまで来て自分だけ蚊帳の外にいる気はない。
ルクシエルの決意を秘めた瞳を見てキョウコが軽く肯いた。
「まあ書類のことはごまかしてあげられるか……」
「お、さっすがキョーコちゃん。話がわっかるぅ~」
「ユカリの連れならそれなりに優遇はしてあげるつもりよ。でもね……」
おちゃらけるユカリ。
そんな彼女にやおらキョウコは鋭く冷たい視線を向けた。
おや? とユカリの表情が引き攣る。
「……こっちはなあなあで済ませる気はないわよ。最近、連絡をくれなくなったと思ったらこういう事? 若い子に乗り換えたから私はもういらなくなった? さんざん喰い散らかしておいて飽きたらその辺にペッペッて打ち捨てていくつりなの? 許さないわよ、そんなの」
「おへぇッッ!!!??」
愕然として盆踊りを踊っているようなヘンなポーズになるユカリ。
唐突に……修羅場ッ!
キョウコさんはどうやらキレておいでのご様子。
……そしてルクシエルの視線が冷たい。
「きょ、キョーコちゃん? ホラ今お仕事中だから! 課の皆さんもいらっしゃるし! ね!?」
突然オープンした地獄……まさに人生は一寸先は闇なのか。
滝のような冷や汗を流しつつユカリが必死にキョウコを宥める。
「そんなの気にしなくていい。……ねえ、誰か何か聞いた?」
工具を手に作業中の環境保全課スタッフに視線を向けるキョウコ。
「……何一つ聞いてないっス!!」
「聞こえません!! 俺の耳今潰れましたぁッ!!」
即座に大声で返答する課のスタッフたち。
なんか少し声が震えている奴がいるし、半分悲鳴気味に声が裏返ってる奴もいる。
「あーッ! いっけないんだーッ! キョーコちゃん! 課の人たちをキョーフで統制してるーッ!!」
「話を逸らさないでッ!! 誰のせいで私がまともな恋愛もできない身体になったと思ってるのよ!!」
掴み合ってぎゃあぎゃあ醜い争いを繰り広げている二人の女性。
「……あれほどッ! あれほど私は何もかもを貴女に捧げたのに! まだ不服だって言うのッ!? この淫乱能天気女ッッ!!!」
「おごごごごごごっ!! きっ、キョーコ……ちゃん……ぎぶ、ギブギブ……」
キョウコが両手で首を絞め上げているユカリの顔が紫色になった所で流石にルクシエルが止めに入った。
「……そうね、こんな事をしている場合じゃないわ」
突然冷静になるキョウコ。
10秒前までの狂乱っぷりが夢だったのかと思ってしまうような切り替えだ。
そして、彼女に実際に触れてみてルクシエルは確信した事がある。
(この人……超人だ)
自分やユカリと同じ……人を超越したもの。
魔人、魔女とも言われる存在。
ついでに今の騒ぎに触れて確信したこともある。
(…………こいつは、サイテーだ)
ルクシエルが止めに入った事で浮気者処刑ショーが何とか収まった事に絞められていた首を手で擦りつつ安堵している様子のユカリ。
そんな同居人を冷たい半眼で見ながら思うルクシエルであった。
……………。
フル装備の環境保全課の男が大きな長い包みを両手で抱えて持ってくる。
「課長、お持ちしました」
「ありがとう」
キョウコはそれを受け取ると革製のカバーを外した。
中から出てきたものは長大な刃を持つ両手持ちの大剣である。
ルクシエルが気になったのは刃に等間隔で入っている横しまのラインだが……。
「相変わらずカッコいいね~! キョウコちゃんの『蠍の尾』」
キョウコが軽々と手にしているゴツい武器を見て少年のように目を輝かせているユカリ。
「色々使ったけど結局私にはこれが一番合っているみたい」
肯いてキョウコが大剣を少し持ち上げて見せる。
「貴女はこっちね」
続いて職員が持って来た包みはキョウコが渡された物と比べると随分小ぶりだ。
中身は長剣。しかし鞘にも柄や鍔の部分にも銀色の古めかしく手の込んだ装飾が施してあり中々の品である事は見ただけでわかる。
「おぉ~、いいものだ!」
「最低でもこのレベルの剣じゃないと、貴女すぐに馬鹿力で折ってしまうから……」
物憂げに嘆息するキョウコ。
そんなさり気ない仕草にも仕事のできる大人の雰囲気が漂っている。
少し前まで目を吊り上げてユカリの首を絞めていた女性と本当に同一人物なのだろうか?
「ぶ~、耐えられないのは私の力じゃなくて技のほう! ゴリラみたいに言わないでよ~!」
「はいはい」
口を尖らせ、頬を膨らませて突っかかってくるユカリを軽くキョウコが受け流す。
そんな所にも二人には長年連れ添った相棒感のようなものが漂っていて、ルクシエルは胸にチクリと微かな痛みを覚えるのだった。
そして、ガゴン! と大きな音を響かせ遂に鉄扉が開かれた。
その先の暗い穴から冷たい風がぶわっと吹き出してくる。
「……うわ」
思わず声が出ていた。
闇だ。地下に開いた口から闇が漏れ出してきた。
視覚では捉えられない不吉を肌で感じる。
ルクシエルの頬を冷たい汗が伝う。
理屈ではない。
本能に訴えかけてくる忌まわしい違和感。
この先は……ただ事ではない。
何かとてつもない厄災が待ち受けているのだと魂が理解してしまう。
職員が何かの計測器のようなものを持ってきてキョウコに向かって差し出した。
彼女はそれを軽く首を横に振って受け取らない。
「……必要ないわ。もう確定。真っ黒よ」
「これ酷いねぇ……。キョーコちゃん、地下もちゃんと調べてるんじゃないの?」
珍しく物憂げな表情のユカリ。
「調べているけど、私たちが調査できる深度には限界がある。恐らく今度の『緑』は相当深く潜ってから地下を進んでこの下まで浮上してきていたのでしょうね」
そして、キョウコはルクシエルを見た。
「今ならまだ引き返せるわよ」
「……いいえ、行くわ」
一瞬だけ迷ってからはっきりと答えるルクシエル。
その返事は予想していたのか、キョウコも肯いて応じる。
「そう。……では一緒に行きましょう。緑色の奈落を覗きにね」
そう言って艶やかな赤い唇の端を微かに上げて笑うキョウコであった。




