我が社で働きませんか
古道具屋『のすたるじあ』の朝。
今日も食卓に並んでいるのは白米とお味噌汁と納豆と焼き魚。
「……相変わらず、ニュースでやんないね、例の事件の話」
「そうね~。まぁ、ご自慢のプラントのオープニングイベントでケチが付いたとか表にはなるべく出したくないだろうしね。……いたた、まだちょっと筋肉痛だわ、私」
朝食をとりながら朝のニュースを見ているユカリとルクシエル。
少しだけ顰め面になったユカリが首を回している。
……あれから数日、テロ組織「火倶楽解放戦線」によるプラント襲撃事件は報道されていない。
かなりの数の報道陣が集められていたにもかかわらずである。
幸いにしてあの事件でパーティーの参加者からは重傷者も死者も出なかった。
彼らも事件後に公の場でパーティーについての感想を尋ねられても口を揃えて楽しかったとか素晴らしかっただとか、パーティーやガイアード社を褒めるコメントを出すだけだ。
忖度が行き届いている。
まあこの火倶楽でガイアード批判などしようものなら大半の仕事を失う事になるだろうし当然だ。
極一部の三流ゴシップ誌だけがテロ事件があった事を紙面に載せているが……。
それらは元から大して信用もされていない雑誌なので社会に大した影響を与える事もなかった。
「各方面に口止め料は出てるでしょうからね」
肩をすくめて笑うユカリ。
二人にも「記念品」という名目で商品券が配られている。額面は二百万。
ガイアード系商店であればどこでも使用可能なもので……それはつまりこの火倶楽のほとんどの店で使えるという事だ。
「よかったじゃない、ルク。何か好きなもの買いなさいよ」
「……特にないんだけど、何も」
今度はルクシエルが肩をすくめる番だ。
彼女は微妙な表情で呆れとも疲労ともつかない感じで鼻で息をするのであった。
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火倶楽中心部、『死喰鷲隊』本部ビル。
蛇沼シズクは現在呼び出しを受けて隊長室にいる。
統治局高官のものに相応しい広いオフィスで彼女は普段の黒いラフな衣装で上司と向き合う。
目の前で豪奢な革張りのデスクチェアに足を組んで優雅に座っている男……『死喰鷲隊』隊長テオドール・フランシス。
彼の印象を一言で言い表すのなら「貴公子」である。
緩やかにウェーブの掛かった銀色のセミロングの髪をえりあしで束ねた美丈夫だ。
涼やかで怜悧な目元の彼は確か三十代半ばくらいであったはずだが、それより十は若く見える。
スーツにアスコットタイ、それを一部の隙も無く着こなす様はモデルのようだ。
「……知っていたのか」
物静かに問うテオドール。
彼の木製の執務机の上に置かれたノート型PCの画面にはある女性の画像が並んでいる。
……壬弥社ユカリ。
大半が盗撮によるものであるはずの画像の全てはカメラ目線であり、中には白い歯を見せて笑いながらピースサインを出しているものまである。
今日、シズクはユカリの事についてこの男に呼び出しを受けたのだ。
先日のプラントの事件で彼女が超人である事が統治局に露見した為である。
「要報告案件だぞ。何故黙っていた?」
「それが彼女が自分の事を黙っている交換条件でしたので」
淀みなく答えるシズク。
答えは予め用意してあったものだ。
嘘なのだが、まあこう言っておけばいいだろう。
自分とユカリの間には超人がどうのと煩わしい話はない。した事が無い。
助けを求めた自分に彼女は親切にしてくれた。
それはきっと自分が超人でなかったとしても変わらなかっただろう。
なるほど、と低い声で呟きテオドールは一輪の薔薇を手にしてそれを口元へ寄せる。
考え事をする時の彼の癖だ。他の者がやるとギャグにもなりかねない仕草だが、この男がやると何とも映える。他の一々気障ったらしい仕草もだ。
ちなみにシズクはこの男のこの薔薇がなんとも鼻につくので苦手であった。
この広い隊長室には大きなグランドピアノが設置されている。
たまにテオドールがそれを気紛れに奏でるのだがプロ級に上手い。
……それがまた鼻につくのでシズクは苦手であった。
「道理だな。だが次からは私には報告しろ。このレベルの話を私が知らなかったでは済まされない」
「わかりました」
ケースバイケースで対処します、と頭の中だけで付け足すシズク。
「同行者の娘に付いてはどうだ」
「そちらは何も……」
それは嘘ではない。
そもそもあの夜、シズクはユカリが独りだったのか誰かと来ていたのかそれを知らない。
誰かと……二人で来ていたのか?
男? それとも女?
何故だか胸の奥がざわついて、そしてチクリと針で突かれたような痛みに似た感情が沸くのを感じるシズク。
テオドールがシズクに向けてノートPCを回転させて画面を見せる。
並んだ画像はユカリのものから青い髪の少女のものに変わっていた。
あまり表情はないが非常に整った顔立ちの少女だ。
「……ルクシエル・ヴェルデライヒ。こちらではルクシエル・ノイアーと名乗っているようだが。今ミヤノモリユカリの店で二人で生活している」
淡々と語る部隊長。
目聡い彼は「二人で生活している」の部分で一瞬シズクの顔が強張ったのを見逃さなかった。
「こちらも調べさせたが……驚くべき事に彼女は聖王国の聖騎士だ。何故、聖騎士が水と油のはずの天敵元黒騎士と一緒に生活している? それは今もってわかっていない。何しろ聖王国もヴェーダー帝国と一緒で情報が表に出てこない国だからな」
物憂げに息を吐いて口元に薔薇を寄せるテオドール。
心がざわついている今のシズクにとっては普段の二割増しで薔薇がイラッとくる。
「お前が彼女と良好な関係だというのなら、それは好都合だ。そのまま関係を維持しろ。こちらの情報は与えず彼女を探れ」
「善処します」
視線を伏せて暗い声で答えるシズクであった。
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ガイアード・エンタープライズ・カグラ社本社ビル、社長室。
「……断られたぁ? 断られたってどういう事だ? 彼女にとってはプラスでしかない話だろう」
素っ頓狂な声を上げてギョロ目を剥いているのは社長のガストンである。
「はい、ですがミヤノモリ様はありがたい話で光栄ですが遠慮させていただきたい、とのお返事で」
「………………」
秘書の男の返答に酷く不可解な事態に遭遇したという表情でガストンは腕組みすると乱暴に椅子に腰を下ろす。
「7億では足りんという事か……?」
先日のプラントでの襲撃騒ぎの折にユカリによって助けられた社長。
彼はその後ユカリの仕事を調べてガイアードの社員として迎え入れようと打診したのである。
条件は年収7億。これはガストンが調べた現在のユカリの年収の凡そ百倍。
仕事内容は現在の店舗での業務をそのまま続けてくれればいいという内容だ。
つまりユカリとしては今までとほぼ変わらない生活を送りつつ、収入だけが大幅に跳ね上がる事になる。
それだけの条件を出してもガストンにとってはユカリをガイアード社所属の身分とする事には大変に大きな意味がある。
現在、ガイアード・カグラ社には超人は在籍していないのだ。
この事は長年ガストンにとって恥ずべき悩みの種である。
彼くらいの社会的身分のある人物だと、大体身の回りに一人は超人を置いている事が多い。
超人は戦力であって抑止力。
いなければ超人に攻め込まれたら対処ができないという事だ。
「あのですね、差し出がましいのですが……」
遠慮がちに眼鏡の位置を直しつつ口を開く秘書。
「超人と呼ばれるような御方ならそもそもお金も身分も望めばいくらでも手に入れられるのではないでしょうか。そういったもので心を動かされるとは思えないのですが……」
「うぅ~む……それもそうか」
腕組みをしたままガストンが難しい顔で唸る。
言われてみれば秘書の言う通り。
彼女がそのつもりなら好条件の仕官の口などいくらでもあるだろう。
「では、なんであれば彼女の気を引けるのだ。統治局に抑えられていない超人……何としても友好的な関係を築いておきたいではないか」
「それならまずは普通に御友人として良好な関係を築かれてはいかがでしょう?
ポカンとなるガストン。
虚を突かれたといった様子で。
「……君は中々いい事を言うじゃないか」
「恐れ入ります」
恭しく頭を下げる秘書の前で早速スマホを取り出しどこかにかける社長。
「いやぁ~、どうもどうも! ガストンだよ! ああ、ガイアード社のガストンね。他にガストンさんにお知り合いはいなかったかな! ハッハッハ!!」
(ノリうざっ!!)
やたらとハイテンションなガストンに秘書が思わずゲンナリした表情になった。
「先日は不躾に申し訳なかったね! キミのように綺麗で優秀な女性が我が社の社員だったらどれだけいいかと思ってつい暴走してしまった! 悪く思わないでくれたまえ!」
……とにかく声がデカい。
ちょっと離れた場所に立っている秘書の鼓膜もビリビリ震えている。
「あの話は忘れてくれたまえ! それでだ、そのお詫びと改めて御礼を兼ねて美味いものを届けさせよう。魚は平気かね? 私も行きつけにしてる寿司屋なんだがね。実に腕がいいんだ。特にこの季節だと……コハダなんかいいかな! やっぱりいい寿司屋というのは光り物が美味いんだ! ハハハ!!」
その後もハイテンションのまままくし立て続けているガストンの姿をなんとも言えない微妙な表情で見ている秘書であった。
……………。
耳からかなり離して持っていたスマホを切ってからフゥと一息つくユカリ。
「御寿司届けてくれるって」
「……全部聞こえてた」
半眼のルクシエル。
ユカリはスピーカーモードにしていたわけでもないのに会話は全部駄々漏れであった。
ご機嫌を取りたいときは寿司。
何だか思考がユカリと似通っている。
「この前の話断ったんでしょ?」
ガイアード・カグラ社によるヘッドハントをユカリが断った話はルクシエルも聞いている。
「勿論。でも流石に大物ね。食い下がってはこなかったわ。だけど仲良くはしておきたいって事じゃないかな。超人と仲良くしてればあれこれ旨味がありそうだしね」
まるで他人事のように笑っているユカリであった。




