闇から来た男、闇へと還る
ヤマモトは最新型の強化人間だ。
従来型より大幅に身体能力が向上しているだけでなく「無色透明の追討者」のコードネームが示す特殊な能力を持っている。
一つは身体から特殊な魔力波動を発してそれをソナー音のように反射させて視界の利かない場所でも周囲の状況を正確に感知する能力。
その他にも任意で聴覚や嗅覚を高めることもできる。
闇の中こそが彼が最も得意とする狩場だ。
……そして、もう一つは極薄の特殊な魔力による被膜で全身を覆う事により短い時間だが自分を完全に相手の認識の「外」に置くことができる。
見えない、気付けない、わからない。
そんな標的の意識外に身を置き攻撃を仕掛ける。
例え相手の真正面で向き合った状態からでも完全な奇襲を仕掛けられるのが彼の強み。
(……ってのはまあ、常識の範囲内って話でね)
人の理から半ば踏み出してしまっているような者たちにとっては自分の特殊技能など児戯でしかないだろう。
闇の中で対峙するヤマモトとユカリ。
人の手によって改造を施された触れえぬ者と生ける伝説黒騎士。
戦っても死、逃げても死……それでも万が一の可能性に賭けてみるのならまだ逃げる方を選択するべきである。
だというのに自分でも不思議だがこの場を離れようという気にはなれないヤマモト。
(この闇もアンタにとっちゃ真昼と一緒なんだろうな。けどよ……)
自分の魔力の被膜はどうだ?
それは展開すれば凡そ2秒間、自分に向けられたあらゆる感覚を遮断し無の存在となれる。
自分たちのレベルの戦いにおいて2秒相手の姿を完全に見失えばそれは確実に死を意味する。
試してみたい。
この目の前の神話に自分の能力が通じるのかどうかを。
怖いのはデタラメに出したラッキーパンチが当たってしまうことだけだが……。
見たところ相手の女は素手だ。
背後に回り込んで襲い掛かればリスクは少ないはず。
(行くぜ……ッッ!!!)
意識のスイッチを入れてヴェールを発動する。
ユカリがわずかに眉をひそめた。
目の前の男が急に消えた。気配すらない。
自らの頭に思い描いた計画の通りに加速したヤマモトはナイフを手にユカリの頭上を飛び越えて背後に回り込んで……。
眼前には無防備な白いうなじ。
ユカリは身動ぎすることすらせずに棒立ちのまま。
(殺ったぁッッッ!!!!)
その分厚い鋼の刃を一息に目の前の首筋に向かって振り下ろす。
完璧なタイミング。
今からではどう反応しようがまず重傷は避けられな……。
………?
闇だ。
闇に巣食い闇から襲い掛かって獲物を仕留めるはずの男が……。
闇を狩場とし己の棲家としているはずの男が……。
今初めて本当の闇の中にいる。
「……ぶフッッッ……!!!」
霧吹きのように真っ赤な血を吹き散らすヤマモト。
その両目に1本ずつフォークが突き刺さっている。
そして、喉には深々とステーキナイフが。
いずれもパーティー会場の食器……ユカリが持ってきたものだ。
振り返ったユカリの両手にはまだ数本のナイフとフォークがある。
彼女はそれを「こんなにいらなかったかな?」というように無造作に足元に落とし、銀の食器はキンキンと音を立てて床の上で跳ねた。
「べ、へへッ……やっぱ、ダメだったか……強すぎ、る……」
両目からフォークを生やしたヤマモトがフラフラと数歩前に進んだ。
常人であれば死んでいるはずの負傷だが強化人間である彼にとってはまだ死に至るほどではない。
とはいえほぼ行動不能にされた以上自分の運命は確定してしまっている。
「離れてな、お姉ちゃん……。俺は、死体は残さ……ねぇ」
血だらけの口元で凄絶な笑みを形作るヤマモト。
「……!」
その言葉で何かを察し、ユカリは息を飲んだ。
……………。
一方その頃、闇に包まれたパーティー会場では。
「何だ!? 何なんだよ、何が起きてんだ!!?」
「誰もいねえって!! それなのに何をされてんだ……!!!?」
一人、また一人……。
解放戦線のメンバーたちが倒れていく。
床に崩れ落ちた時には彼らはすでに息をしていない。
人数が半分になった頃にはさすがに彼らも察していた。
自分たちは狩られているのだと。
だがその相手がいない。見えない。
暗視スコープを装備してこの闇を支配しているのは自分たちのはずなのに。
襲撃犯たちの間を高速で音もなく駆け抜けながら一人ずつ仕留めているシズク。
いくら闇を見通すことができようがこの場に彼女の動きを目で追えるものはいない。
誰一人自分を阻める者はいない。
体調が悪く辛い状態であるものの、こうなれば仕事自体は欠伸が出そうになるほど容易い。
「ふへへへ……やっぱ、こうなるんだよなぁ。俺の人生いっつもそうだもんなぁ」
段々と仲間たちが減っていく中でユキヒコが手にした小銃を構えることもせずだらりと両手をぶら下げてぶつぶつと呟いている。
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら革命軍の男は自分の手で殺めた友人の幻を見ていた。
「ハルオぉ……!!」
襟に指を引っ掛けたユキヒコが上着のボタンを飛ばしながら前を開いた。
……爆薬を身体に巻き付けている。
「チッ……!! バカが!」
シズクが眉間に皺を刻んで舌打ちした
自爆する気だ。
一瞬でシズクは決断した。
自分が抱えて屋外へ飛び出る他に対処しようがない。
かなりの負傷を覚悟しなくてはならないが超人である自分であれば死なずに持ちこたえることができるはず……。
ユキヒコを背後から羽交い絞めの体勢にして床を蹴りシズクは跳躍する。
そして会場の大窓を突き破り外へ飛び出して……。
……………。
「何してんの、このおバカ……!!」
ハイキックでヤマモトを蹴り飛ばすユカリ。
床と平行に真横に吹き飛んでいった大男は外への鉄扉を突き破って屋外に消えていく。
……そして、次の瞬間。
蹴り飛ばされたヤマモト。
シズクに抱えられ外へ飛び出したユキヒコ。
二か所で同時に大爆発が巻き起こった。
閃光と轟音。
振動がプラントを駆け巡る。
「……つ~~~ッ」
爆風で吹き飛ばされていたシズクが身を起こした。
「……?」
怪訝そうな彼女。
おかしい。傷を負っていない。
至近で爆風と衝撃を浴びているのに……。
死なないだろうとは踏んでいたが重傷は避けられないはず。
そしてシズクは自分の身体が淡い水色の輝きに包まれていることに気が付いた。
見ていると光は徐々に弱まっていきすぐに消えてしまった。
……その頃、パーティー会場では。
突然の爆音と衝撃に内部の参加者たちはまたも悲鳴を上げたり涙したりと混乱のさなかにあった。
そんな中で一人だけ冷静に立っているルクシエル。
「……『聖なる盾』」
その彼女がぽつりと呟いた。
「何だかよくわからないけど、ユカリの友達っぽかったし……」
誰相手にしたものかもわからない言い訳をポツリと呟いてから彼女が手にした皿の上の料理にフォークを刺して口へと運ぶ。
……ユカリが言っていたように鴨肉はとても美味しかった。
……………。
真っ暗な通路で全身で大きく息をするユカリ。
危ないところだった。
ヤマモトが自爆する気であると察した瞬間、最初に彼女は離脱することを考えたのだがすぐにそれはダメだと思い直した。
この位置はまだパーティー会場に近い。
ここで自爆されると規模によっては参加者が巻き添えを食う。
そんな事になれば大事な大事なルクシエルが怪我をするかもしれない……!
それにシズクにしても任務が失敗に近い形でカウントされてしまうだろう。
と、そこまで考えて強制退場頂くことにしたのだ。
「は~、焦ったわ……。爆発落ちはやめてよ爆発落ちは……」
嘆息と共にグッタリと口にするユカリであったが……。
「ンンンンッッ!! ブラボーだッ!! 素晴らしかったよ君ぃ!!!」
「きゃあああああああ!!!!!」
突然間近で聞こえた野太い声に思わず悲鳴を上げてしまう。
誰だっけ。この場にあと誰がいたっけ? と一瞬頭を悩ませて。
ああそうだ、大物がいたんだった。
……ガストン社長である。
ヤマモトによってスタンガンを食らわされて昏倒していたガストンであったが、持ち前の頑健さにより比較的早く意識を取り戻していたのだ。
しかしその場で起き上がってみても逃げられる可能性はなくまた同じ目に遭うか最悪今度は殺されるかだろう……そう思って社長は意識を失っているふりをしながらじっと耐えていたのだった。
ちょうどタイミングよくか悪くか……。
そこで照明が復活し周囲に明るさが戻った。
「おおッ! 丁度よかった! ……とにかくまずはお礼を言わせてくれたまえ! あなたは私の命の恩人……大恩人だッッ! 失礼だがお名前を存じ上げなくてね。私の事は当然ご存じいただいておるだろうね!?」
……ほんの数分までまでかなりの生命の危機だったというのに何とも元気だ。
そして暑苦しい。
「い、いやぁ~名乗るほどの者ではなくてですね……」
思わず引き気味に愛想笑いを浮かべるユカリ。
ナオヤが冗談で口にしていたガストンとの名刺交換の機会がまさか本当にやってこようとは。
しかしいざそうなってみるとまったく気が進まない。
面倒が起きる予感しかしない。
自分の戦いぶりを見られてしまったとなれば特にだ。
……正確には見えてはいなかっただろうが結果から自分があの凄腕の強化人間を倒したという事は疑いようがあるまい。
「……あうっ」
そこでユカリの体がガクンと傾いた。
……右の靴のヒールが折れてしまっている。
さっきヤマモトを蹴り飛ばした時だろう。
そもそも戦闘を想定していない格好だ。当然といえば当然であった。
「おっと、お嬢さん私に掴まりなさい。会場へ戻ろう。私の無事を知らせて……それから今夜のヒーローも紹介しなくてはな!」
「あの~、私、あんまりそういう方面で目立ちたくなくて~……」
ガストンに肩を借りつつ困り顔でユカリが微笑む。
恐れていた展開になりつつある、とそう危惧しながら。
とはいえ相手はこの大都の実質的な支配者。
彼がその気なら自分の意志ではどうにもできないだろう。
「おおッ! そうか。わかるわかる。その美貌に無双の猛者だとなれば話題は沸騰超大人気ッ! 落ち着いて日々も送れんだろうしな」
……しかし、予想に反してガストンは意外と理解のあるところを見せた。
「わかったぞ。私は理解のある男だ。人前で先ほどの大立ち回りの話はしないようにしよう」
自ら理解のあることをアピールしつつ厳つい顔でウィンクを投げニヤリと笑う社長であった。




